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「あー、緊張する。切原さん、なんか緊張ほぐれる話して下さい」
「……イマドキの女子高生が喜びそうな話出来るとは思えないが」
水だけをちびちび飲みながら項垂れてるハルに話を振られる
元パーティメンバーであるライカとの予定が合ったのは、話をしてから数日後だった。
普通のOLが行くようなオフィスビルにあるカフェで、芸能人がそんなところに行って大丈夫なのかと思ったが、本人曰くよく使ってるので問題ないらしい。
「それもそうですね。じゃ、共通の趣味ってことでダンジョンの話にしましょうか。一つ疑問があるんですけど、どうして異世界の人はこっちの世界にダンジョンなんて作ったんですか? モンスターがダンジョンから出てきたことはないんですよね?」
「そんな話で良いのか。あぁ、モンスターは作られたダンジョンから出ることは出来ない。そもそもモンスターって存在自体、別にあちらの世界の原生生物じゃなくてダンジョン産の疑似生命らしいからな」
「じゃあ、あちらの人は親切にも異世界人である私達を育ててくれてるってことですか? 低階層は弱いモンスターを設置して、少しずつ強くなるように設計したり……」
彼女の話題が思ったより難しい方向であることに驚きつつ、そういう話はダンジョン課の職員同士でもよくするなと思い、この議題を十数年擦り続けた自分の考えを述べる。
「これ、たぶん代理戦争なんだよ」
「代理戦争?」
「あぁ、あちらの世界――学者連中がアースに準えてヴァースなんて呼んでる異世界は、直接的な武力を用いた戦争を禁止しているらしいんだ」
「えっと、『代理戦争とは戦争に際し紛争当事者や大国の衛星国が――』ごめんなさい難しい言葉は分かりません。JKにも分かるように説明して下さい」
スマホで検索してみたが分からなかったのか、スマホを放り投げそう言われた。
「雑に言うと、直接当事者にならずに戦争をすることだな。金だったり武器だったり情報だったりを別の国に送って、それによって他の国と戦争することだ」
「……それとダンジョンに、どんな関りが?」
「ダンジョンを攻略しているのは、ヴァースの住人からしたら異世界人の俺達だ。そんな俺達に育成場所や武器を提供し、ダンジョンを攻略させてる」
ちなみにこのあたりは、異世界学においてほとんど確定情報として扱われている。
それもそのはず、ヴァースからアースに接触を図った存在――俗に編纂者と呼ばれる、ダンジョン管理者が居たからだ。彼から様々な情報を得、学問としての異世界学が成立したのである。
「でもそれ、やっぱりおかしくないですか? 自分たちでプレイするゲームならともかく、プレイしてるのが敵なのか味方なのかも分からない異世界人なんですから、攻略されるのが目的ならもっと簡単にすればいいし、されたくないなら難しくすればいいのに、滅茶苦茶ユーザーに親切なダンジョンを作られてるんですよね」
「……昔はたまにあったぞ、探索者に親切じゃないダンジョン。1階層しかなくてモンスターのレベルがゴチャゴチャになってるとことか」
「今はないんですか?」
「ないな。だからたぶん、レギュレーションがあるんじゃないか?」
「レギュレーション……?」
また知らない単語だったか、ハルは即座にスマホで検索し「ルールね」と呟いた。
「たとえばレベル1からデモプレイして攻略出来ないといけないとか、階層ごとにレベルを設定しなければいけないとか、そういうのが戦争のルールにあれば納得出来ないか?」
「……それなら、なんとか。でも、結局自分たちが攻略されたら負けになるんですよね?」
「あぁ、そうだろうな。だからそのあたりも考慮されてるんだと思う。年間何人以上の探索者が入らないといけないとか、ドロップアイテムの設定とかでな」
「……なんか、途端に自分たちが神様の作ったゲームのプレイヤーな気がしてきました」
「実際そうだろう。異世界にダンジョンを作るなんて、神様の御業でもないと理解出来ない。俺達は、高次の存在によって作られたダンジョンで遊ばせてもらってるだけなんだよ」
「あー、そう言われると納得かも」
グラスの中に入った氷をカラカラと鳴らしながら、ハルはそんなことを呟いた。
オッサンと女子高生という組み合わせでオフィスビルのカフェに入店し、はじめは他の客に奇異の目で見られていたような感覚があったが、話の内容からパパ活感がなかったからか周囲の人間の意識からはだいぶ逸れているようだ。
「面白そうな話してんじゃない?」
ふと、後ろから声がかかる。声を掛けて来たのは俺達が来店する前からコーヒーを飲んでいた、僅かに色が抜けた黒髪を後ろで纏めたデキる女感を出してるスーツの美人だ。
「ん? どっから聞いてたんだ?」
「最初っから。いやーキルオ君全然気づかないんだもん。変装、完璧ね」
「……完璧すぎて声聞くまで分かんなかったぞ。ライカ、久しぶり」
そこに居たのは、高校時代一緒にパーティを組んでいた同級生、中曽根来夏だった。
直接顔を合わせるのは久しぶりである。メッセージアプリでやり取りをすることはあったが、有名歌手は忙しいだろうなと、こちらから声を掛けることはなかった。
俺自身が市役所職員で、両親の仕事柄警察官の知り合いが多いから色々相談を受けることはあったのだが、個人的に会って食事をするのは何年ぶりだろうか。
「え!? あ、RI――――」
「あー、それナシ。私はライカさんね。ただのライカさんよ」
「ら、ライカさん」
「はいそれで宜しい。で、この可愛い子がキルオ君が私に会わせたがってた子?」
頷くと、ライカは席を立ちこちらのテーブルの前に立ち、少し悩んだ末、俺でなくハルの隣に座った。 ハルは緊張してガチガチになってる。普段見ない姿に、少し笑えてきた。
「あ、あの、キルオって……?」
チラチラ横目でライカを見はするが話しかける勇気はないのか、俺に向かっていつもと違うテンションで聞いてくるハル。
「探索者登録名だよ」
「切原郁夫でキルオだよ? 安直すぎて笑えない?」
「いやそれ言えばライカなんて名前そのままだろ」
「アタシは自分の名前好きだからそれでいいんでーす」
「…………そうか」
そう言われると、自分の名前が嫌いなのかとかそういう感覚に陥るが、たぶんそういう意図は一切ない。なんとなく本名のままだと嫌だと思ったから適当に付けただけなのだ。
「えーと、あなたが遥ちゃんよね」
「ひゃ、ひゃい!」
「うっわ顔だけじゃなくて反応まで超可愛い。それに胸すっご。いくつ?」
「え、えっと、……89のFです」
「わっすっごい。ちなみに聞いたのは年齢の方ね」
ライカが言うと、ハルは一瞬にして顔を茹蛸のように赤くした。いやでも今のはライカの質問の仕方が悪いと思う。
「15歳で、高1です……」
ハルが顔を真っ赤に染めたまま小さくなって答えると、ライカは「ごめんごめん」と笑いながら肩に手を載せ――胸に触れた。いや今の明らかにセクハラだろ。おまわりさーん!
しばらくハルが正気に戻るまで待っていようとしたが、「飲み物買ってきます!」といきなり席を立たれたので、ライカと二人で向き合う。
「ありゃ可愛いわ。キルオ君が落ちるのも分かるよ」
「落ちたわけじゃないが?」
「もう8割がた落ちてるでしょ。で、最近はあの子の面倒見てダンジョン入ってるの?」
「……あぁ、まだ3回だけどな」
「ふぅん。『物理耐性』は?」
「なんとかする算段が付いた。まぁ、昔みたいな難易度のとこまでは通用しないが、ハルの付き添いくらいなら出来るよ」
「そっか。んー、じゃあ私もそろそろ復帰しよっかなぁ」
「…………は?」
とんでもないことを言い出すライカに、俺は言葉を失った。
彼女は探索者だった夫を鎌倉事変からの救出劇で亡くし、その報告を受けたショックで流産し子供まで亡くしているのだ。
こちらがダンジョンの話を振らないようにしていたのに、まさかこんなノリで話されるとは。
「だって最近あんま好きなように歌えてないし、ブランドの方もデザイナー揃ってきたから私が率先して何かする必要なくなってきたし、大御所扱いされて出演料も高いから小さい番組も呼ばれなくなってきたし、これでも割と暇なのよね」
「え、いやだってお前、ダンジョンは――」
「旦那と子供を殺された場所ね。でも、もう吹っ切れて良い頃なんじゃない? だって、もう8年前の話なのよ」
もう8年。そう言われ、17年ダンジョンから離れられなかった自分が馬鹿らしくなる。
姉のことを諦めたハルの母親と、諦められなかった父親――そっか。同じなんだ。
「……女は強いな」
「そうよ。女は強いの」
俺は先生を失ったことを悔やんでいた。けれど、忘れられずにずっとダンジョンに関わる仕事をしている。
それなのに、女はそれを乗り越えて先に進もうとしている。流されてダンジョンに戻った俺とは大違いだ。
「あの、ライカさんも……?」
話が聞こえていたのか、やけに生クリームが大量に乗った成人男性一日分のカロリーが摂取出来そうな巨大なドリンク片手に戻ってきたハルが、恐る恐る聞いてくる。
「私もパーティ入れてくれる?」
「は、はい! 喜んで!」
「俺への確認は……?」
「要らないでしょ」
「断りませんよね」
「はい……」
駄目だ。この状況だと女には勝てない。多数決でも、精神面でも、成すがままだ。
「じゃ、世間話かダンジョンの話か、どっちにする?」
「…………ダンジョンの方で、お願いします」
まだ世間話をする勇気はないのか、ハルが小さくなってそう言った。
ずぞぞぞぞと巨大なストローで吸われていく生クリームまみれの謎ドリンクが、みるみる嵩を減らしていく。
この日は自己紹介やダンジョンの話を1時間ほどして解散となった。マネージャーにスケジュールを相談してから予定を組むことになったので、しばらくは二人での探索が続きそうだ。
結局次に3人で集まれたのは、ライカとの顔合わせから一月が経ち、ハルの高校が夏休みに突入した頃であった。




