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「切原さん、スキルスロットに空きありますか?」
「ん? あー、1個あるな」
「じゃあこれ、どうぞ。助けて貰ったお礼です」
ハルのダンジョン知識が、動画配信者――つまりそれなりのベテラン探索者依存であることから必要な知識がいくつも抜けていることを指摘すると、「じゃあ切原さんが教えてください」なんてことになり、結局予定を空けて彼女の指導をすることになった。
ちなみに、ダンジョンであやうく命を落としかけたとは思えないほどの積極性を見せられたので、まだ出会って二日目である。
ダンジョンに入ると、探索者は『収納』という権能が使えるようになる。まさにアイテムボックスだが、そこに入れていたものをダンジョンの外に持ち出すことは出来ない。
だが手に持って出ることは出来るので、スキルオーブの売買などはダンジョンの外で行われることが多い。
逆に武器などは銃刀法の関係もありダンジョン内で手渡しになることが多く、関東に探索者が集中しがちなのはアイテム流通経路の確保という面も大きい。
「これ、なんのオーブだ?」
「私の気持ちです。あ、売れるようなものじゃないので気にせず使ってください」
鑑定関連のスキルを取っていないので、ダンジョンに入ってすぐハルから渡されたスキルオーブ――手の平サイズの水晶が何のスキルを内包しているのか、使ってみるまで分からない。
だが本音を言うと、『物理耐性』によってダンジョン探索が困難になったとはいえ、17年前には完成していたビルドだ。ハルの気持ちは嬉しいが、今以上に相性の良いスキルの組み合わせは、現実的な範囲では見つかりそうにないと考えていた。
とはいえどうせスロットは空いたままだし、彼女の気持ちを受け取っておこう。
スキルオーブを胸に押し当てると、身体の中に溶けていく。――懐かしい感覚だ。
17年前までは飽きるほど繰り返していた動作なのに、年を取ってからもう一度経験してみるとどこか郷愁を覚えてしまう。
「えぇと……」
自分にしか見えないポップアップウィンドウを操作しスキルスロットを確認する。通常5枠しかないスロットは現役時代30枠まで拡張されており、探すのも一苦労だ。
最大限自分のスタイルを生かせる組み合わせをされていたスキルスロットの中に一つだけ、見覚えのないスキルがあった。
「…………は?」
『邪視』Lv1
確かにスロットには、新しいスキルが入っていた。
だがそれは、20億で出品されているような、超激レアスキルで――――
「おい待て使ったらオーブに戻すこと出来ねえんだぞ!?」
「そのくらい知ってますよ?」
「…………これをどうした?」
「気付いたら持ってました。私は倒してないので、たぶん切原さんが倒したラミアのドロップですよね。いやー、車で値段見た時は驚きましたよ」
ハルは昨日と同じような軽い表情で、にひひと笑っている。
確かに、採取家で戦闘スキルを持っていない彼女がラミアのドロップを手に入れる手段はないので、そうなのだろう。
モンスター討伐時、戦闘に加わった探索者同士がパーティを組んでいなかった場合、一番最初に戦闘を始めた者にドロップアイテムが入る仕組みがある。その仕組みを利用して行われる迷惑行為もあるのだが、今回はそれが順当に作用した。
ハルを丸呑みにしていたあの個体が、スキルオーブをドロップしたのだろう。
「……売ればもっといい生活出来たろうに」
思わず口から本音が零れてしまった。
ハルが母親と二人で暮らすボロアパートを見れば、深夜まで働く母親に毎晩料理を作って待っている彼女の立場を思えば、安く見積もっても10億で売れるスキルを俺なんかに使わせる理由なんて存在しない。
「でも、切原さんに助けて貰えなかったら、私はあそこで死んでましたよね」
「……それは、そうだが」
「それに、ラミアを倒したのも切原さんです。なら、切原さんに渡すのがスジってものじゃないですか?」
スジなんて、ヤクザみたいなことを――いや、過ぎてしまったことは仕方ない。取り返しがつかないからだ。
ならば俺が今すべきこと、聞くべきことは。
「ハルは俺に、何をさせたいんだ?」
20億で出品されるほど希少価値の高いもの。それをたった一度しか会っていない、自分の母親よりも年上の男に渡す理由。
それが、義理だけであるはずがない。打算があって然るべきだ。
「付き合ってください」
「…………それは脅迫か?」
「いいえ、ただのお願いです。ぶっちゃけ私ただの女子高生なので、切原さんがお前にはもう会わない二度と話さない一生関わるなーとか言ってきたら引き下がるしかないんですよ。まだ既成事実も作れてないですし、無理につきまとってストーカー規制法に引っかかるのは私なんです、今はまだ」
まだ、と度々強調されそう説明されたが、納得出来そうで出来ない。
だって、それは人を縛るために使えっていいようなものなのか? 別に、売ってからもっと安いものを買って渡すでも良かったはずだ。
だが、彼女はそうしなかった。いや既成事実作ろうとするな馬鹿。
「まー切原さん見るからにお堅そうですし、あと3年は返答待ちます」
「……3年?」
「東京都青少年ナントカって18歳までですもんね。難しい文章読むの苦手なんでよくわかんなかったですけど、18歳過ぎたら何しても許されるってことだけは分かりました」
「独自の法解釈を披露するんじゃない!」
「なので、それまでは待ちます。良い返事、期待してますよ?」
俺の唇に人差し指をチョンとして、微笑むハル。
きっと彼女にはずっとこんな扱いをされるんだろうなと、少し諦めている自分が居た。




