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 部屋に通され、シャワーを浴びている音を聞きながらパソコンを操作する。

 邪な気持ちを覚えたら負けだ。俺は今市役所の職員としてここに居るんだ。


 しばらくすると、シャワーを浴びたハルが出てきた。小さなアパートの一室で、なんと脱衣所すらないこの部屋の構造は欠陥なんじゃないかと考えながら仕事を続ける。

 勿論バスルームには背を向けていたから視界にハルが入ることはないのだが、なんとなく、なんとなくだが少しずつハルが近づいてきているような気がする。


「親と同じくらいの年のオッサンをからかうのはやめろ……」


 書類を作り、携帯用プリンターで印刷するとノートパソコンをパタンと閉じて伝えた。

 ハルがどんな表情をしていたのか分からなかったが、数拍おいた後に「んー、まぁいいか」と呟くと衣擦れの音が聞こえてくる。ってことはさっきまで全裸だったのか?


「もう着ましたよ」

「お前はなぁ…………って馬鹿服着ろ! 服を! 着ろ!!」


 呆れ顔で振り返って軽く説教しようとしたところ、そこに映ったのは豊満な肉体を申し訳程度に覆い隠す黒い下着姿のハルで――


 見てしまったのはコンマ一秒ほどか。だが、場所がアパートの一室だったことも相まって、ダンジョンで全裸を見て――見てないが――してしまった時よりも、なんというか、エロく見えた。煩悩退散煩悩退散! 今の記憶を瀬戸内寂聴で上書きしろ!


「これが普段着ですけど?」

「嘘言うな。アパートの一階で暮らしてる奴がそんな格好してるわけないだろ」

「わぁド正論」

「服着ないと、この紙置いて本当に帰るぞ」


 先程作成したのは、保護者からサインを貰わないといけない3枚の書類だ。

 気軽に救助要請して組合や役所に迷惑をかけないよう面倒な事後手続きが残されているのは、たしかに利点もあるが対応する役所の人間としては少々厄介である。


「えー、今帰られるとお母さんにガチで叱られるんでやめて下さい。二度とダンジョン入れなくなるかもしれないんで」

「……未成年者の探索者登録は保護者の同意が必須だからな。保護者側から探索者登録の取り消しがいつでも出来るから、大怪我とかして保護者権限で登録取り消された探索者が二十歳までダンジョン潜れないなんてのは割とよくあるぞ」

「生々しい脅しやめて下さい。服ちゃんと着るんで、あとご飯食べてって下さいね」

「……そこまで相伴に預かるつもりもないが」

「2人分も3人分もそこまで変わりませんよ。っていうかいっつも4人分くらい作ってお弁当にもしてるんで、切原さんが食べなくてもどうせ残ります。だから食べてって下さい」

「……じゃあ、それだけ頂くよ」


 壁に掛けられた可愛らしい時計を見ると、22時を回ったところだった。この時間にガッツリ夕食食べて寝れるって、女子高生すごいな。

 俺はたぶん寝れなくなるから、明日は午前休を申請することになると思う。


 しばらくスマホでニュースを眺めたり、エプロン付けて料理するハルの後姿を眺めたり、懐かしい友人に連絡を取ってみたりしながら待っていると、ガチャリと扉が開かれる。小さいアパートだから玄関即ワンルームだ。


 即座に立ち上がり、水商売のような恰好の女性に向かって、頭に中に叩き込んでおいた台本通りに言葉を発す。


「お疲れ様です。夜分遅く大変申し訳ございません。私、町田市役所ダンジョン課主任、切原郁夫と申します。この度は娘さんのダンジョン探索に関してお伝えしてたいことがあり、こうしてお部屋で待たせて頂きました。少々お時間宜しいでしょうか?」

「え? あ、はい」


 気の抜けた声で返されるが、会話をハルがぶった切る。


「お母さんおかえりー。あとで説明するから、先にご飯食べちゃわない? もう出来ちゃった」

「あ、じゃあそうするわね。切原さんも、良ければご一緒にどうぞ。私が全然作れないのに、この子ってばすっごい料理上手なんですよ。誰の血引いたんでしょう?」


 なんというか、この母にしてこの子ありといった感じだ。

 普通の母親なら、家に帰ってきたらいきなり知らない男、しかも市役所の人間が居たら驚いて焦って取り乱すものだろう。だが、ハルの母親はそうではないらしい。


 雑談を挟みながらもハルの手料理――豚の生姜焼きに味噌汁、作り置きであろう酢の物に海藻サラダという女子高生にしては渋いセレクションの数々を平らげ、食後に温かいお茶を飲んでいると、ハルから説明を始めた。

 意図的に性的アプローチを省かれた説明を最後まで真面目な顔で黙って聞いていたハルの母は、ハルが料理を作るところまで経緯を聞いて、ようやく口を開く。


「で、ヤったの?」

「ごぶふぁっ!!」


 開口一番とんでも発言が飛び出したことで、飲んでたお茶が変なとこ入った。


「まだだよー」

「あの! 東京都青少年の健全な育成に関する条例というものがありまして!!」


 ヤバい、マジでこの母にしてこの子あり案件だぞこれは。まさかこの状況で味方でなく敵が増えることは想像していなかった。


「えぇと、切原さん? ――()()()()()()()()()()()()()()()()

「独自の法解釈披露するのやめてもらえますかお母さん!?」

「あらあら、同い年くらいの私に向かってお義母さんだなんて、気が早いこと」

「違いますからね!?」


 あははと笑うハル。いやお前は俺を助けろ。そもそもお前が原因だぞ。


「そもそも私、(ゆず)産んだのだって高校在学中よ? 産後にちょっと体調崩したせいで出席日数不足で卒業出来ずに中退になっちゃったけど……」

「あ、そうだよね。今34ってことは、お姉ちゃんはお母さんが16の時の子なんだよね」


 そういえばそうなるのか。ハルが15歳、姉が少なくとも17歳だとすると、産んだのは17歳の時ということになる。かなりの早婚・早期出産だ。

 その調子で少子高齢化と戦っていて欲しかった。なんで日本にダンジョンなんか生えたんだよ。


「そうそう。これたぶんそのうちなぁなぁで逃げられるなーと思ってたから、ゴム全部に穴開けてたら3カ月で出来たのが柚よ」


 既成事実ガチ勢じゃねえか。怖いよ杼木家。


「えー、でもそれ、まずヤれなきゃじゃない?」

「そうねぇ、切原さんお堅そうだし、1年くらいは粘ってみたら? 遥が全力出して落ちない男が居たら、インポかゲイよ」

「そうだよね! さっき勃起してたから不能じゃなさそうだし頑張る!」

「そういう話、俺が居ないところでして貰えないか!?」


 怖い。怖いよこの一家。ここに俺の味方は居ない誰か助けてくれ。と、都条例とか……。


「それにね、男を顔だけで選ぶのは本当にやめた方が良いわ。顔が良い男、顔が良い以外の利点が一つもないから結婚したら辛いわよ。収入は安定しないし甲斐性もないし意気地なしだし、ほんと顔が良くなきゃ絶対に結婚しなかったわ」

「でも顔だけは良かったんだよね」

「そうなのよねぇ、あ、でもね、今の彼氏は違うわよ。もう包容力の塊! みたいな感じなの。結構太ってて昔の私だったら絶対選ばなかったタイプなんだけど、落ち着いてるし力持ちだし頼りになるしバツイチだからって馬鹿にしてこないし都合のいい女扱いしてこないし警察官だから頼りになるし……やっぱり選ぶなら公務員よ公務員」

「それって(たい)(ぞう)さんのこと? 付き合ってたんだ」

「そうなのよー。大人の付き合いは子供ほど激しくないからね、しっとりとゆっくりじっくりと関係育んでるところなのよ」

「…………太蔵? 名字は?」


 まぁ、偶然だろうが、偶然親戚の警察官と同じ名前だったので思わず声に出してしまう。

 若干太り気味でイケメンってわけでもないから恋人いない歴イコール年齢だったのに、最近美人の彼女が出来たってはしゃいでたっけ。おいちょっと待ってくれ。俺をいろんなところから囲い込むのはやめてくれマジで。


曲輪(くるわ)太蔵さんよ」

従兄(いとこ)……」


 まさに親戚、従兄の太蔵兄さんその人だった。

 今でも警察柔道で全国レベルの実力を持つ太蔵兄さんは、高校生くらいまでは自分と同じで祖父の経営する総合格闘技道場に通っていたので昔からよく話していた。

 同年代の親戚の中で唯一未婚の二人なので今でも月に一回くらいは会ってるし、成人して家を出てからは祖父の次くらいに話してる親族だ。ここ最近は惚気を聞かされてばかりだったが、まさかこんなところに飛んでくるとは。


「……遥」

「何?」


 突然真剣な顔になるハル母。でも俺は分かる。これ絶対真面目なこと言わないやつだ。


「逃がしちゃ駄目よ。それに切原さん、スーツだと分かりづらいけど結構いい感じに筋肉付いてるんじゃない? 髪もほら、こう跳ねさせてみると結構ワイルドな感じで……」


 そう言って俺の髪をくしゃくしゃと逆立てていたハル母が、首を傾げた。


「……あら? 私が小さいころよくテレビに出てたユージン君にソックリじゃない」

「ユージン? それ、俳優か何か?」

「うぅん、格闘家。よく知らないけど、なんでもありのデスマッチみたいな格闘技の番組によく出てたのよ。金獅子の貴公子とか呼ばれてたわ」

「へぇー、そういえば最近ってあんまり格闘技の番組やらないよね」

「そういえばユージン君、いきなりテレビ出なくなったけど……」

「……たぶん警察官に採用されたからですね。副業になっちゃうとかどうとか」

「「え?」」

「親父です」


 ちなみに俺は父が10代の時に出来た子なので、小さい頃からテレビで総合格闘家である父の活躍を見ていたものだ。

 父が武道採用で念願であった警察官になってからは、公務員による副業禁止の規則もあり総合格闘家としての活動を引退したが、就職前に世界タイトルマッチに勝利していたのもあって、武道家としては十分満足していたらしい。


「切原さんが強いのも、お父さんの影響?」

「……違う。ほとんど祖父の影響だ。育児放棄されてたようなもんだからな」

「ふぅん……」


 良いこと聞いたぞみたいな顔でニヤリとハルが微笑むので、嫌な予感がする。


「私はしないよ? 育児放棄。なんなら学校だって辞めて熱心に育てるし」

「一体何を育てるつもりなんだ!?」

「ふふふ」

「ニヤけるなニヤけるな!!」


 実の母親が隣に居てもノリが変わらないどころか悪化してぐいぐい近寄ってくるハルをなんとか押し留めていると、ハルの母が驚いた顔でこちらを見ていた。


「……遥がこんな親しそうに男性と話してるの、お父さん以来じゃない?」


 当のハルは声に出さず「そう?」のような表情を返すが、「そうよそうよ」と続けられる。


「私が変な人達に騙されそうになった時も、カラオケバイトのオジサンに付きまとわれてた時も、そんなじゃなかったわよ」

「えー、そうかなぁ。でもお父さんとどう話してたかなんて覚えてないよ?」

「……血なのかしらねぇ」


 うふふと微笑むハルの母は、確かにこうして見ると明らかに美人だ。夜職であろう派手な服を着て濃いめの化粧をしているから分かりづらいが、ハルに似て整った顔立ちとスタイルをお持ちである。

 そりゃ太蔵兄さんもこんな美人に言い寄られたらテンション上がるわけだと納得しつつ、いや待てよ俺の相手は未成年だぞと理性が訴えかけてくる。


「据え膳食わぬはなんとやらですよ、切原さん」

「そうですよ? 娘が私みたいなことをしないうちに、自分から手を出すのをお勧めします。逃げられなくなったから仕方なく選ぶのと、自分から選ぶのじゃ心持ちが違うでしょうから」

「……この母子の自信はなんなんだ」

「そりゃあ、遥は私に似て超可愛いですし? 胸なんか私より全然大きいですし? 私に似て結構献身的に尽くすタイプだと思いますよ」

「そうそう、こんなあるのに触ってこないのおかしくない? 男なら触るもんでしょ?」

「ぐいぐいすな」

「あんまり賢くもない娘ですが、よろしくお願いしますね? 切原郁夫さん」


 ニッコリ笑顔で手を握られ、苦笑で返すしかない夜であった。

 ――こういう時、大人としてどう返すのが正しかったのだろう。

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