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いっぱんじん してん 5/x

 模擬戦の場所は森だった。

 ボクの背丈を超えてなお天を目指し伸び続ける木々に、足をくすぐる草に。駆け抜ける風が街中では遭遇できないような匂いと心地良さを教えてくれて、目が覚めた瞬間であれば2度寝をしたいくらいだ。

 しかし背に感じる重さが、直前までの状況を思い出させてくれる。

 少し重いとは思うが、それでも背負って移動できる程度の重さ。これで同い年の男の子だというのだから、世の中は不思議で満ち溢れていると思う。

 まあ、今プレイしている仮想ゲームこそが最も不思議なことの1つなのだろうけど。

 

 とりあえず周囲を見渡して安全を確認した後、そっと腰を下ろす。

 首をくすぐる微かな寝息がくすぐったくて……ではなく、別の場所で戦いに備えているだろう少女達へと考えを巡らせる。

 本来ならばボクも参加していた場所なのだから、少しは考えておいたほうが良いだろうから。

 

「……あれ。こんな時はどうすればいいんだろう」

 

 つい声に出てしまったが、言葉通りだ。

 危険とは程遠い"はず"の場所で暮らしていたのだから、そんな経験はない。リーダー……シヴェやフェリ達は魔物が身近にいる危険な場所で暮らしていたのだから、知っていて当然だと思う。

 しかし楓ちゃんは? 凛ちゃんは? 翠ちゃんは? 葵ちゃんは? 四葉くんは?

 そして今、背負っているこの子は?

 

 領土獲得戦の時は気づかなかったが、楓ちゃん達はほぼボクと同じ世界、同じ国からログインしているのだ。サリアちゃんがいるとはいえ……なんだか違う気がする。

 失礼かもしれないが、サリアちゃんが指示していたとは思えない。それほどに楓ちゃんがまとめているように見えてしまっている。

 

 イナバならば戦い方を知っているような気はするが、少し接しただけでわかってしまった。彼女はできることを優遇しない。差し迫った窮地でもなければ手を貸してくれない。

 むしろその状況ですら……まあ、甘々な性格だとは思っているけど。

 

「ぅん……」

 

 と、そんなことを考えていれば背から声が聞こえてきた。

 なんとも早いタイミングでのお目覚めだ。もう少し寝てくれていてもよかったのにと思ってしまう。

 

「はゎ~……おはよう、時雨ちゃん」

 

「うん、おはよう」

 

 心地良さそうな寝起きの挨拶に、つい場違いな言葉を返してしまう。

 

「ごめんね、背中で眠ってしまって。どうにもあなたの音が心地よくて」

 

「気にしなくていいよ。そういえばイナバも言っていたけど、ボクの音ってどんななのかな?」

 

 放り出して戦場へ、とは思えない。

 この子を1人、放り出して行きたくない。

 この子から目を離せば、誰も見ていなければ、いなくなっていそうだから。

 

「う~ん、そうだね……とりあえず実際の音だけを聞いているわけじゃないよ」

 

 実際の音も聞いているようだ。

 変な音を出していなかったかと少し気になったが、なにが変な音なのかわからないことに気づけばどうでもよくなった。

 

「息遣いとか、動きとか、反応とか。性格や意思、状況からくるものを、それに関わる音から感じ取ってるようなものかな? ほら、音を色で感じられる人もいるよね」

 

 まったくわからないが、その話は先程も思い出した。

 ……あれ。

 

「それってさ、考えてる事とかもある程度、わかるってこと?」

 

「時雨さんが今、ドキドキしてることはわかるよ」

 

 楽しそうな声に導かれ胸に意識を向けてみれば、たしかにドキドキしているのがわかる。心臓が高鳴っていて、まるでマラソンの途中の……とは違うか。

 

「……って、ふぇ!?」

 

 これは恥ずかしい音ではないだろうか。

 間違いない気がするが、どうだろうか。

 

「それは恥ずかしくないよ。貴重で希少な普通の反応でしかない」

 

 どうやら普通らしいから、問題ない……のだろう。きっとそうだ。

 

「よいしょっと」

 

 そんな掛け声とともに、暖かさが背から離れる。

 少し惜しいような気がしながらも、安堵したような複雑な心境だ。

 

「さて、もう少しお話をしていようか」

 

 前に回り込んできた彼はかがんで、そう言ってきた。

 澄んだ真っ赤な瞳に見つめられ、目を離せない。

 

「大丈夫、アリサさんにはぼくが謝っておくから」

 

「そ、それなら……いいかな?」

 

 なんとなくだけど、アリサさんは納得しそうな気がする。いや、この子が納得させそうな気がする。

 

「ありがとう」

 

 白い髪を僅かに揺らして告げられたそれは、子供らしい無邪気な微笑みではなく、お姉さんが向けてくるような慈愛に満ちたような笑みに見えた。

 だから口を開いてしまったのかもしれない。

 

「ねえ、どうしてボクと話したかったの?」

 

 あの場所にはボク以外にもたくさんの人がいたのだ。新入りのボクだから、ということかもしれないが、知ってみたかった。

 

「あなたをより知りたかったのと、確認と、お願いごとと」

 

 より知りたかったなどと言われれば、ついときめいてしまう。

 異性に告白されたことなど……まああるのだが、この子は別格だろう。男女問わず惹きつけられそうな容姿に、子供らしい性格に。可愛さ溢れながらも時折、美しさも見せてくれる。

 "なにより影が見える"。放っておけない。

 

「ちょっと痛いけど、ごめんね」

 

 彼はそう言いながらボクの手を取り、人差し指を咥えて――

 

「いたっ!?」

 

 慣れない痛みに声をあげてしまう。

 しかし、それを実感していくにつれて、頭が真っ白になっていく。真っ黒でうまっていく。

 

「え、ど、え……どう、して?」

 

 けっして傷を負わないはずのボクが、傷を負っている。

 土砂崩れに巻き込まれようが、落石の先の車に乗っていようが、乗っていたバスが崖から落ちようが傷1つなく綺麗な身体のまま次の時間を過ごしてきたボクが。

 例外といえばこの前、初めて痛みをくれたイナバだけ。

 

「もしかして、イナバに聞いたの?」

 

 声が悲しみに落ちているのが自覚できる。

 彼女は誰にも言わないと、2人だけの秘密だと思っていたから。

 勝手に思い込んでいたのはこちらだが、それでも……。

 

「ごめんね。ボクはイナバよりも早くから知っていたんだ。あなたがあらゆる不幸を避ける幸運の持ち主だって」

 

「……え?」

 

「イナバには何も言っていなかったけど。それでも彼女は気づいて、『救いたい』と願ってくれた。それは嬉しい半面、少しだけ困ってしまうことなんだ」

 

 目の前の微笑み顔は悲しそうに嬉しそうに告げる。

 イナバよりも早く知っていた、と。

 

「じゃ、じゃあ……い、イナバからそれのやり方を聞いたってこと?」

 

 自分の声が震えているのがわかる。

 あってほしくない結果を聞きたくないと。その先を考えたくないと。予想したくないと。

 

「なにも聞いていないよ。確信はできなかったけど、ほぼできると確信していたから」

 

 揺れない赤い瞳が怖かった。

 どうにか揺れていて欲しかった。そう見えて欲しかった。

 

「じゃ、じゃあ……どうしてっ!」

 

 早くがいつからかは知らないが、ゲームの中でということはないはずだ。

 だって彼は起きた直後だけ、時雨"ちゃん"と呼んだのだから。

 

「助けてくれなかったの、なんて言えないよね」

 

 自分の喉から出るはずの声が、他の喉から聞こえてきた。

 確信したような声音の通り、正解だと納得している自分がいる。

 

「……」

 

 黙るしかなかった。

 だって、ボク自身がすべての手を取れなかったのだから。

 燃え盛る火の海が、木々の弾ける音が、"少しだけ"熱い空気が蘇ってくる。思い出せば力無さに悔しく思い、今にも泣いてしまいそうになった。

 ただ1人、立って周囲を見渡せば、色々な音が聞こえていたはずだ。それらから耳を塞ぎ、仲の良かった子のもとへ……なんてできなかった。

 だって、綺麗な子よりもぐちゃぐちゃの子からでないと間に合わない。仲が良い子は絶対に生きてほしかったけど、他の子が死んでいいわけではない。

 1人、雪原の真ん中で立っている夢を見た。だから全員が助かるか、誰も助からないかのほうが幸せだと知っていた。

 だって、"そうでない人"を助けたなんて思いたくなかったから。

 

「でもね」

 

 彼はそう言いながら、ボクの耳をふさぐ。

 

「あなたの手はすべてをすくいあげられた」

 

 耳が塞がれているはずなのに、その声は鮮明に聞こえてくる。

 

「幾重の後悔を重ねようと、そこにくいはないはずだ」

 

 その言葉が染み渡れば、あとの光景が溢れてきた。

 裏で何を言っていたのかは知らない。知りたくもない。

 でも、ボクの前では皆が笑顔でお礼を言ってくれた。そこには一切の悪意は感じられなかった。

 

「……」

 

 彼の口は動くが、声は聞こえない。言葉は伝わってこない。

 ただ最後の一言だけはなんとなくわかってしまった。

 ……『ごめんね』と。

 

「あ」

 

 再び聞こえてきた声はそんな拍子抜けするもので、一瞬前までの雰囲気が嘘だったように思える。

 続いて手を引かれ、大きな木の傍へとやって来て、木に背を当てさせられて、覆うように彼の身体が視界を満たして……

 

「ふぇ!?」

 

 "外"から轟音が聞こえてきた。視界を満たす彼の背の、さらに向こうから。

 

「あはは~、ごめんね」

 

 普段と変わらぬ彼の陽気な声が聞こえてきた。

 なにが「ごめん」なのかはわからないけど、背の向こうが酷い有様なのは予想できる。

 

「……ねえ、どうして守ってくれたの? 意味がないの、必要ないの知ってるよね」

 

 素直に「ありがとう」と言えばいいものを、口からはそんな言葉が漏れ出ていた。

 

「イナバも言ってなかった?」

 

 くるりと振り向いた彼には傷1つ無く。

 

「万が一を狙っているのに、それを他の何かに譲るはずがないって」

 

 ただそうあるのが当たり前のように微笑みかけてくれた。

 これが最弱の魔物ラビットすら倒せない、ボクよりも弱い少年とは、とてもではないが信じられない。

 

「まあ、女の子を守るのは男の子の権利だからね」

 

 普段は弱気な男の子が、突然の危機だけかっこよくあれたようなそんな雰囲気で。

 

「それよりもお願いがあるんだけど、内容を聞いてくれるかな?」

 

 一転して彼はお姉さんに甘えるような雰囲気で問いかけてきた。

 

「べ、別にいいけど」

 

「ありがとう。それじゃあ、領土戦の時に別行動をお願いしたいんだけど」

 

 リーダーの楓ちゃんではなく、弟の彼が告げてくるそれはどうにも

 

「……それはボクが足手まといってこと、だよね?」

 

 と告げられているようで。

 悔しさが滲み出る声で聞き返してしまった。

 

「放り込んでも残るのはあなた1人だよ。そうじゃなくて、あなたにしかできない役割をお願いしたいなって」

 

 前半で現実を突きつけられて、後半で希望を見せられて。

 帰ったら即座にベットにダイブしたいほど、頭が急展開だ。

 

「な、内容は?」

 

「開始直後にイナバから伝えられる場所に行って、そこにあるものを砕いてきてほしいんだ」

 

「ボクに砕けるの?」

 

「大丈夫。このあと、イナバが魔法教室してくれるから。そこで必要な魔法を教えてもらって」

 

 どうやらイナバに通してある話ではあるらしい。

 この子なら単独で行動してても不思議じゃない気がしたが、気のせいだったようだ。

 

「誰にも言ってないから、誰にも言わないでね。2人だけの秘密だよ?」

 

「……え?」

 

「姉さんはあなたとサリアさんに本陣の守りを頼むつもりだと思うから、『なにかの気配が!』とか言って抜け出して行ってきてくれればいいから」

 

 自由奔放というか、不思議な子というか。

 

「ね、ねえ。一応さ、楓ちゃんに相談したほうがよくないかな?」

 

「言わない方がいいから、あなただけに頼んだんだ」

 

 突き刺し通り抜けるような声が、それを伝えてきた。

 笑顔のような表情は変わらないけど、隠れて伝えることを許さないような圧力を感じてしまう。

 

 言葉……いや、文字だけで拾い上げれば断るべきなのはわかってるし、そうでなくても楓ちゃんか、あるいは他の誰かに意見を仰ぐことは間違っていないはずだ。

 でも……ボクよりも楓ちゃんを知っている彼の言葉こそ、正しい気がしてならない。

 

 ボクから見た楓ちゃんは完璧だった。欠点すら含んで、それでいてこそ完璧だった。

 正しく、目指したいと思える場所に立っていた。そうありたいと思えた。

 

 目の前の瞳はただこちらを見つめたまま、待っている。何1つ発することなく、ただボクの答えを待っている。

 制限時間はない。傷を負うはずのないボクすら守ってくれる相手が待ってくれているのだから、訓練が終わるまでという制限しかない。

 なにせ楓ちゃんに聞かれてはいけないのだから。

 

 落ち着いて、深呼吸して。

 まずはなぜボクに頼んできたか。

 

 楓ちゃんに知られたくないという前提から考えれば、凛ちゃん、翠ちゃん、葵ちゃんがまず排除される。彼女達はユウくんよりも楓ちゃんを信じるから。

 あとは四葉くんと、サリアちゃん。

 四葉くんと楓ちゃんはなんというか……転校してきたヒロインと主人公みたいな感じがするからパス。

 サリアちゃんは……うん、何もない。

 

 ではなぜボクか。

 領土戦の途中に行ってほしいということだから、危険が伴う……それこそ、魔物の合間を抜けていくような場所であれば、適性はボクにある。

 ただ、その理由は違うはずだ。

 だって彼は……。

 そこで思考が止まって、気づけた。単純な理由だった。

 

「ボクのため、だよね?」

 

 戦場で最後まで残すことはできない。知られてしまうから。

 本拠地で守らせることは意味がない。1人だけ残っても、攻撃を止められないから。そして、先に待っているのは"無傷で"生き残りながら守れなかったという結果だけ。

 だから彼の依頼ということで離して、戦わせずして、無能を背負ってくれるということ。

 楓ちゃんの、リーダーの弟という立場を利用して。

 よくよく考えてみれば、今も寝たふりまでして戦場から、確実にバレてしまう場所から遠ざけてくれたのではないだろうか。

 

「ついでという意味合いであれば。でも最優先は姉さんだ。あなたを第一に考えることはない」

 

 その言葉をどういう意味合いで受け取るか、などとは考えられなかった。

 "最優先は姉さんだ"、その部分は絶対であると思ってしまった。彼が姉を、楓ちゃんを裏切ることはないと確信できるほどに。

 もし社会が楓ちゃんを排除しようとするのなら、社会のほうが排除されると思ってしまうほどに。

 

「それならいいや。引き受ける」

 

 ボクが1番でないのならばそれでいい。

 1番にされてしまえば、ころっと惚れてしまう。傷をつけられた時点で隣にいてくれることが嬉しいと思ってしまったのだから。

 ちょろい、かどうかはわからない。

 それは天変地異ですらかなわなかったことをした2人なのだから。

 

「……そんなあなただから、ぼくは見捨てたんだよ?」

 

 ギリギリ聞こえるかどうかといった声量で呟かれた、その言葉の意味がわからない。


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