小学校の七不思議 1/1
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「それでは領土戦の説明を行いましょうか。まあイナバは知っていそうですけどね」
領土館で昼食を食べ終えた夕方も近い昼下がり。再びやって来た訓練場ではアリサさんに視線が集まる中での開口1番がこれである。
アリサさんの服装は昼食にやってくる前に着替えたのか、普段通りの冒険者服。街中で売っている、それこそ露店でも見かけそうなおしゃれとはかけ離れたもの。
これから行う説明に関係あるのだろうけど、むしろお昼前までの服装のほうが"戦闘服"なのだろう。つまり相手にするのは強い魔物ではなくて、弱い人であると。
「いえ、詳しくは知りませんよ。それに直接、話を聞いているあなたのほうが説明役として適していると思います」
アリサさんがちらりと視線を向ければ、間を空けずイナバが答えた。
「まあ、そうでなければわざわざ足を伸ばした意味がありません。ちなみにイナバと少年は参加するのですか?」
「私は「ぼくとイナバは参加しないよ」」
アリサさんの質問に対して、イナバの言葉を遮るように不参加を伝える。
「なに、参加してくれないのか?」
こちらを向いた凛さんが問いかけてきた。
ぼく達も領土に参加している以上、当然の問いだとは思うけど協力しないわけではない。
「いえ、楓達の戦場に参加しないという意味でしょう。少し気になることもありますし、万が一に備えて別の場所に陣を構えます」
「一緒ではダメ?」
イナバの答えに葵さんが疑問を浮かべた。
さて、イナバはどうやって答えてくれるのだろうか。少し楽しみでもあるけど、矛先が向いてしまうようなことがあれば口を出させてもらおう。
イナバには大変な役割を務めてもらうのだから、万全の状態で迎えてほしい。
「手一杯になるかもしれません。もし手一杯になる前にそちらだけが苦戦すると判断すれば向かいます」
「待ってください、話を進めないでください」
イナバの答えに翠さんが口を開きかけたが、アリサさんがより早く口を開いた。
「まだ侵攻があると決まったわけではないのですから、まずは説明を聞き終えてからでもいいでしょうに。なぜ侵攻されることが確定のように話すのですか」
「イナバが別の場所に陣取るということは、それだけの情報が得られたということ。ここで聞いておかなければ2人は無茶をしそうだから」
イナバを挟んでぼくとは逆側に座る、用事を終えて戻ってきた四葉が理由を告げた。
肩に届きそうな黒髪、穢れを知らないような澄んだ黒い瞳、少女よりの中性的な容姿をしているが男の子である。そしていつもは隣に綺麗な女性が佇んでいるが、今日はいない。
きっと負けてしまったのだろうけど、四葉を逃がせただけでも最低限の勝利といえるかもしれない。あの人にとっては。
「……聞いていませんよ?」
「情報を共有しているわけではないから」
こちらを向いて『すべて話せ』と目で問いかけてきたアリサさんに、言葉で答える。
実際のところイナバがどの情報を得て、どんな判断をしたのかは知らない。聞く必要はない。お願いしたぼくから話す必要はあっても、お願いされたイナバから話してくれる必要はない。
「え、アリサさん。ユウくんから何か聞いたんですか?」
「いえ、なにも。だから聞きました」
平然と答えるアリサさんに、姉さんは訝しげな視線を向ける。
お願い事をするとは言ったけど、詳細は何も伝えていないから嘘ではない。だから姉さんでも読み取れない。だって本当なのだから。
「そういえば2人で残っていましたね。なにかありましたか?」
「いえ。なにもありませんでしたよ?」
間がおかしいから
「……ユウくんの裸を見た?」
姉さんが気づいてしまった。
その言葉にイナバの耳がぴくりと反応したが、必要なことだったのでしかたがない。この反応が見たかったからイナバの眼を逸したのだから。
「っ!? あの場所で裸になる理由がありますか?」
「アリサ。今の間はなに?」
今度の一瞬以上の間と冷静から足を浮かせた反応に葵さんが指摘する。
「気になることはあったということです。少年が隠しているのですから詳細は秘密ということで」
「でも」
「葵、誰しも秘密はあるものです。私も興味はありますが、それよりも今は領土戦について聞きましょう。そちらのほうが重要です」
イナバの言うとおり、姉さんたちにとっては領土戦こそ最重要だろう。
葵さんもそれが理解できたからこそ諦めて引き下がる。用意されていただろう言葉を飲み込んだ。
「それでは。領土戦はこの街のあるフィールドとは別、実際に領土のある場所で行われます。領土には行ってみましたか?」
「とりあえず私とイナバだけね」
「では別の空間にあるということだけ理解できていればいいです」
そこで区切ったアリサさんは少し気になるといった様子でこちらに視線を向けてきたが、当然のように無視しておく。
ぼくが行かなかったのではなく、イナバが着いていっただけなのだから。
「領土毎に空間が違うので普段は接しておらず侵犯される心配もないのですが、領土戦の時だけは決まった空間同士で繋がり、すべての領土空間が繋がります。なので領土戦の時だけ、侵攻を心配すればいいと考えてください」
それ以上の心配は実力がついていかないのだから必要ない、ということだろう。
仮にそれ以外の方法があったとしても、今の姉さんたちではそれに対策できるだけの準備ができないのだから。
「領土を得るために所属する全員を倒す必要はなく、核となるクリスタルを破壊して自分たちのクリスタルを配置するだけでかまいません。ですので領土権を護るだけなら中央に全員がいればいいのですが、設置した施設などが破壊されれば終わった後もそのままです。それは力の低下に繋がりますし、次回以降にも響くでしょう。なにより中央の位置は変更できませんので、愚策と言えます」
制御クリスタルはぽっかりと空いた空間の穴、その先に広がる小部屋に存在しているらしいけど中で待機するのも良くないだろう。なんだか簡単に探知できるらしいから。
なにより中に入られれば、侵攻側は強力な攻撃をぶっ放すだけでよく、防衛側は護りながらクリスタルに気を使って撃退しなければならない。
「あと領土戦中に死んでしまっても、ログアウトにはならず観戦部屋に転送されるだけです。まあ重要なのはこんなところですかね」
「アリサさん。それ領土長着任時に貰った説明書に全部、書いてあるんだけど?」
「え?」
姉さんの言葉にアリサさんが固まった。
良い友がいるようでなによりだと思う。
「で、でも実戦訓練をしてくれるのよね?」
「え、ええ。そのつもりで来ましたから」
アリサさんは頬を少しだけ赤く染めて、姉さんのフォローに頷き答えた。
まあ、この説明こそついでであり、後の模擬戦こそアリサさんの行いたかった説明なのは間違いないだろう。だからこそ、この場所なのだろうから。
「戦闘準備ができていない人はいますか?」
「はいは~い」
元気よく手を挙げておく。
「……少し待ちますが?」
アリサさんが呆れた顔で、そう提案してくれた。
「いいよ。待たれても追加の準備なんてないから」
「そうですか。というか、あなたは戦えるのですか?」
「妖怪『鹿威し』と呼ばれた実力を見せてあげるよ」
誰も居ないはずなのに、突然と声が聞こえた。『誰だ貴様は』と振り返るも、誰も居ない。少しだけビクビクとしながら前を向き直せば、なぜかいる。
小学校の頃の七不思議の1つ。
「む、どこかで聞いたことのある話だな?」
「私も引っかかります」
「茜が話してた。小学校の七不思議の1つだって」
首を傾げる2人に葵さんが答えをもたらせば、すっきり納得といった様子で2人が「ああ」と頷いた。
「そういえば楓と茜は同じ小学校でしたね」
そこから存分に膨らみそうな話ではあるけれど、しまったといった表情を浮かべた翠さんの口はそこで止まった。
同じ小学校であっても同じ中学にはいなかった存在。そこに踏み込むのはまずいと思ったのだろう。
「そういえば少年とはこの世界で初めて出会いましたね。違う学校に通っているのですか?」
「アリサ。現実のことを詮索するのはマナー違反。控えて」
口を開こうとしていた姉さんよりも早く、四葉の声が通り抜けた。
「これは失礼。気をつけていたつもりですが、居心地がいいからか口が軽くなっていたようです。申し訳ない」
驚いた表情を浮かべたアリサさんはそう言い、軽く頭を下げる。その様子はなぜ居心地がいいのかわからない、といったように見えてしまった。
きっと理由を知っていそうな隣に座る少女へちらりと視線を向けてみるが、アリサさんへ興味深そうな視線を向けているだけ。きっと教えてはくれないだろう。
あるいは四葉から夢を余すことなく聞き出せれば何かわかるかもしれないが……それはしたくない。
最善では足りないから。最高が欲しいから。
「ありがとう、四葉」
「っ……いい、気にしないで」
ただいつも通りに返事をしただけのつもりだったけど、なにか表情に出ていたのだろうか。四葉の返しに違和感を感じてしまった。
表情に出ていたとしても四葉では見きれないとは思うけど、やはり『夢』という固有の知識が欠けている以上は確信できない。
うん。というか、裏で今は出てきていないイロハさんと会話しているのだろうから、そちらかもしれない。彼女はぼくを知っていたから、イナバが見ていたぼくを知っていたから。
「中断してしまいましたが続けましょう。先程の話を考慮して、1度目のチーム分けは私、イナバとユウで1チームとその他の全員で1チームとします。それ以降は1度目を見てから考えましょう」
イナバは適切に手を抜くだろうし、ぼくはそもそも戦わず隠れて見ているだけ。そうなると実質アリサさん1人になるのだけど、仮想敵として足りないかもしれない。
だからといって全力でなんてお願いできないし……どうしようか。
「実質1対7ですが、いいのですか?」
「いえ、3対7ですよ?」
イナバの言葉を聞いたアリサさんは、不思議そうに首を傾げて問い返す。
「ほら、私のような弱い兎は戦力としてカウントしてはいけませんし、ユウも同様です。お荷物にならないようにはしますが、あなたの隣に立って戦力の1人です、などとは言えません」
「いえ、あなたが弱いはずがないでしょう?」
「午前中のあれは膨れ上がってない状態、つまり弱い魔物と同等です。ユウには倒せませんが、楓でも倒せる魔物です」
事実なだけに反論できない。
「……サリアと2人でオリハルゴン・ゴーレムを倒したと聞いていますが?」
「対処法を知っていれば弱いものです。万事対処する『人』と同様に考えてはいけません」
まあ誰でも外殻を対処できる方法を用意していたみたいだから、対処法を知っていれば弱い魔物であったという事実は変わらないのだろう。
実際は船からの砲撃で外殻を砕いていたけど。
「しかしですね……」
2人のじゃれ合いはまだ続きそうだからと視線を外して、静かにしていて口も開いていない時雨さんへと視線を向ける。
遠くを見るような黒い瞳には戸惑いが見え、本当は混ざりたいという本音がとても良く見える。はっきりいえば輪の外に近い場所にいるから、割り込むのに躊躇してしまうのだろう。
だから座ったままするすると近づいて――
「ひゃ!?」
後ろから抱きついてみた。
「し、時雨ちゃん? ……あ、ごめん。なんでもないよ」
残念な子を見るような視線が時雨さんへと集まる。いや、その後ろのぼくへと突き刺さる。
「ど、どうしたの?」
嫌そうな素振りも見せず、顔は正面を向けたままの時雨さんが問いかけてきた。
たったこれだけのことからも、この子の人の良さが見えてくる。今、イナバから呆れたような視線を向けられたぼくとは大違いだ。
「暇だから話し相手になってくれないかなと思って」
「そ、それはいいけど……このまま?」
冷静から足を浮かせた言葉に、冷静から飛び立った心音に。
本当に、この子は落ち着ける心をしている。ただこうしているだけで心地よいほどに。
「だめ、かな?」
「いい……いやいや……でも……」
だんだんと時雨さんの声が遠のいていく。皆の姿も瞼の表に隠れていき、微睡みの誘いを受けてしまいそうになる。
ここで眠ってしまえば開始を遅らせてしまうけど、でも……時雨さんにもたれかかった時から周囲の音が聞こえなくなったのだし、微睡みを受け入れてしまおう。
きっと限界なのだ。ぼくをよく知る2人の内の1人がそう示したのだから。
おやすみなさい。




