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罪と、お昼寝と 1/1

区切りとなる4章を書き終えました。ボリュームは、おそらく3章と同じくらいでしょうか。たぶん(適当)。

確認が順調に進めば3章の終わりと同時に投稿できると思います。

********************

 

 

 

 密室に少年と2人きり。

 

 最初は暇潰しに凛達の戦闘力を見ようと考えて着いてきただけだった。

 次は不意打ちのような幸運に恵まれ、いまだ見たことのない魔物と戦うことができ、不満な戦闘ながらも倒すことだけはできた。けっして褒められた内容ではないが、撃退できるという事実だけは嬉しいものだった。

 しかし精神を疲弊させて帰ってみれば、水をぶっかけられた。いたずら好きなあの子のことだからと思えば、その実は適切な対処でしかなかった。

 濡れて透けていた衣服を纏う姿を見られるのは恥ずかしかったが、まあ女性だけだと諦めがつく。少し前に温泉で裸の付き合いをしているのだから恥ずかしくはない。

 問題は唯一の少年がいたことだが、目を瞑り手で塞いでいたのでノーカウントとした。

 

 そして今は、その少年と2人きりで静かな部屋にいる。

 なぜか隣に座った少年が楽しそうに歌う声が心地よく耳を撫でていて、まあそんな時間も悪くないかと感じながら魔物の情報を綴っていた。

 

 ベータ世界の魔物ランク、そこでランク8を冠する最上位の魔物。1度だけ観測された際はいくつもの街と村、そして種族の大半を失ってなお"撃退という名の幸運"に救われたと聞いている。

 今回はなんとか倒せはしたが、あれは敗北と変わりない。

 訓練なので情報を持ち帰られただけで勝利ともいえるのだが、実戦であればいくつもの街が崩壊していたかもしれない。なにより、この盾が力を発揮してくれるとは限らないのだ。

 それでも盾の加護があるだけで他人よりも有利な状況なのだから不満はない。ようは私が盾の性能を引き出せていないだけ。

 

 ……しかしながら、書くことが無い。

 わざわざ残ってまで書き進めてみようとしたのはいいものの、新鮮な感覚が失われていないにも関わらず、これといった記載すべき情報が少ないのだ。

 やはり、ここから解析と戦闘方法の考案を行うのは私の役目ではない。優秀な友の役目としておこう。

 そう決め込んで小さく息を吐けば

 

「ひゃぁ!?」

 

 素肌に触れる暖かな感触が感じられた。

 気を抜いていたわけではないが、誰かに触られたということだ。

 

「あれ、触られると恥ずかしいの?」

 

 いつの間にか止まっていた歌の代わりに、不思議そうな声が耳を打つ。

 その声の主はわかっている。今、視線の先で衣服の破れた部分に手を重ねている少年だ。

 

「本来ならば衣服に隠れる部分に触れられれば、それは恥かしいでしょう」

 

「その姿は恥ずかしくないの?」

 

 可愛く首を傾げれば真っ白で長い髪が小さく揺れ、澄んだ真っ赤な瞳でこちらを見抜いてくる。

 日本人の中でも極めて小さいといえる、小学校に通っていると言われても疑わない身体をしてはいるが15歳らしい。見た目通りの年齢だとしても笑顔で許せる範囲ではないが、15ともなれば常識を備えていなければならない年齢だ。

 

「破れてしまったものはしかたないでしょう。それにこの程度……街中ではもっと露出の多い服を着た娘達が歩いているではないですか」

 

 言葉で示したのはこの世界の街中ではなく、アルファ世界の日本の首都。つまり、目の前で首を傾げた少年と同じ国の首都である。

 

「それはそういうふぁっしょんだよね? 見せるための服であって、今のあなたのような見せたくないのに見せてしまっている状態ではないと思うんだけど……違う?」

 

 少年は私を見上げ、そう問いかけてきた。

 そう言われればたしかにと納得してしまいそうになるが、自分から衣服を破るファッションもあったはずだと心の中で首を振る。

 なにより

 

「こんな貧相な身体を見ても嬉しくないでしょう」

 

 現実世界の身体ならともかく、一反木綿のような出っ張りのない身体を見ても欲情する輩は少ないはずだ。むしろはしゃぐ子供と微笑ましい視線だけが集まるはずである。

 特に美波の国であれば。

 

「……ふむ」

 

 少年は顎に手を当てて何かを考え始めた。

 その様子は、なんとなく勝ったと思えて気分が良い気がする。私とて、からかわれてばかりではないのだ。

 と、心の中で慢心していたから次の行動で驚かされる。

 

「どう?」

 

 少年が着ていたワンピースからするりと抜け出した……ではなく、着ていたワンピースがするりと落ちた。

 顔が熱くなるのを感じた。

 この歳になって子供の裸を見た程度で恥ずかしさを覚えるはずがない。そう思っていたが、実際は真っ赤っ赤になっているのだろう。

 別に裸の男性を見たことが無いわけではないし、噴水や海辺で裸同然の子供を見たことはある。しかしながら現実は今の状況なのだ。

 

「な!? なに……を……」

 

 ワンピースの下から現れた少年の身体は薄空色の洋服と海色のホットパンツに包まれていた。

 それを認識すれば肩が隠れるタイプのワンピースだったために、肩紐が隠れていたのだとわかる。

 

「……まさか驚かすためだけに用意していたのですか?」

 

「脱いだ瞬間に情報体を展開したんだよ? まあちょっと遅れたけど」

 

 その言葉を聞いている途中で耳を塞ぎたくなった。

 情報体の展開、つまり実体化によって作られる衣服があるのは知っていた。初期装備ともいうべき衣服がそうだったのだから。

 しかし常時エネルギーを消費するため避けられ、たいていは実体の衣服を購入していると聞いていた。目の前の少年もそれに漏れずと思っていたのだが、よくよく考えてみればイナバがいるのだから、より安全なこちらを選ぶのは当然だろう。

 

 それよりも、だ。

 ちょっと遅れたということは、少し見えたかもしれない。必死に思い出さないようにしているが、なんとなく白いあれが見えていたのがわかる。

 というか、ソックスとそれ以外の部分は肌色が占めていたはずだ。

 ……まあ、はっきりいえば見えていた。魔物の行動よりも遅いそれを、拳銃や機関銃の弾よりも遅いそれを、私の眼が追いきれないはずがない。

 

「ほら、見ている側ですら恥ずかしかったよね。あちらではあなたに手を出すような輩はいないけど、ここは違う。あなたは頂点の1つではなくて、ただの少女でしかない場所だよ」

 

 そう諭されながら優しく頭を撫でられれば、納得せざる得なかった。

 ただ1度、同じように諭された時を思い出して余計に恥ずかしくなる。

 

「あ、消えそう」

 

 その言葉を聞いた瞬間を身体を反転させ、少年を視界から外していた。

 後ろからするすると衣擦れの音が聞こえてきて正解だったと確信すると同時に、また顔が熱くなるのを感じた。

 

「別に見てくれてても良かったのに?」

 

 音がやみ、後ろからそんな疑問形の言葉が聞こえてきても、まだ振り向けない。

 

「だから、はい」

 

 ふわっと軽いものが身体に覆いかぶさるのを感じた。それを手で引き寄せてみれば、真っ白な布が1枚。

 

「イナバからの贈り物だよ。ほら、あの子も素直じゃないから」

 

「そうですか……って、素直じゃないもう1人は誰ですか?」

 

 やはりあの兎は油断ならない。この子も油断ならない。

 気を許せばくらっと傾いてしまいそうなほど、優しすぎるのだ。表面には出ていない部分は多いが感覚でわかる。そして私のこれは千を超える機会を乗り越えてすら外れたことがない。

 

「誰だろうね。それよりも少し頼みたいことがあるのだけど、いいかな?」

 

「……本命はそちらでしたか。しかし、それならば帰ってからでもいいのではないですか?」

 

 イナバや楓に聞かれたくない内緒話ということだろうが、念のための確認をしておく。

 

「言ったはずだよ、内緒話にはここが最適だって。領土館程度の壁では筒抜けてしまうから」

 

「ここよりはマシだと思っていたのですが……」

 

 背にかけられた声の内容を思考の海に浮かべる。

 あのドア1枚くぐれば人々が行き交う通路である。敷地に通過制限のある領土館よりも秘匿に優れているとは思えない。

 これが転送先のフィールドであるならば話は別だ。あそこは別世界、切り離された小さな世界とも呼べる場所なのだから、通信制限さえかけておけば秘匿するに最も適した場所と言える。

 しかし、ここではドア1枚、壁1枚の障壁しかない。

 

「まあ、あなたがここで良いというのなら、ここで良いです。それで内容は?」

 

「始めに対価の話をしようか」

 

「内容次第ですが、対価などいりませんよ」

 

 むしろ、それが要るような内容であれば断るだろう。

 

「対価はイナバと同等のお昼寝、でどうかな? さっき惜しそうにしていたからね」

 

 そしてふふっと笑いを付け加えて。

 完璧に対応したはずだが、どうやら見破られていたらしい。たしかに少年との、その世代の異性とのお昼寝は興味があった。しかし今は枯れてしまった興味でもある。今更なのだ。

 あの時代、あの時に欲しかったのであり、幾年も経過した今では。

 

「まあ、それでいいですよ」

 

 しかし対価を受けたほうが少年も頼みやすいだろう。そう思い受けておく。

 

「それでは明日の昼食後に、ぼくの部屋に来てね。今日は姉さんのこともあるし、なによりお昼を過ぎたらお昼寝じゃないからね」

 

 一瞬、何を用意していけばいいだろうかと考えてしまったが、今はそれよりも頼みごとの内容だ。

 そちらしだいでは断らなければいけないのだから。

 

「それじゃあ頼み事だけど……その前に少し話そっか」

 

 その言葉が終えられると同時、背中に軽く優しい衝撃を感じた。

 もしかして言い難い話なのだろうか。たとえば現実世界の何かであったり。

 

「ええ、いいですよ」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 それにしても胸が、心がチクチクしているのを感じる。

 何かが被っているはずだが思い出せない。

 

「あなたの国は日本には追いつけないよ。少なくとも、100年近くは」

 

「ッ! な、なぜ……」

 

 突然の言葉に反論しようとしたが、言葉をそこまでしか紡げなかった。

 なんのことはない、実感しているのだ。我が国が日本に追いつけないことなど。いくら追いかけようとも、あの背中どころか影すら踏めないことを。

 そして思い出した。

 チクチクする感覚は、あの時のあの人の行動と重なっているからだと。

 

「別にあなたが劣っているわけではないよ。むしろあなたは優秀で、もう少しで追い抜かしていた」

 

「違う、それはないです」

 

 口が勝手に否定する。

 その曖昧な内容ですらはっきりと理解できる。

 あの背中はそんなに近いものではない。私の歩みはそこまで早くなかった。

 

「でも弓弦さんが生まれてきて、護さんと出会って、日本が歩き始めた。かつてイザナミに頼り切っていた日本はもう無いんだ」

 

「……ッ!」

 

 それこそが負けている証明ではないかと言いたい。

 イザナミという絶対的な神が居らずとも、世界最高と呼ばれる国であるというのだから。

 そこまで国を育てた結果こそがイザナミという、美波という個人の優秀さを証明しているのだから。

 

「あと1歩でも遅ければ、イザナミという幻想は消えていたんだ。でもあなたは何歩、進もうとも消えはしない。その差は絶対で、確実な差だった」

 

「違う。私の憧れたイザナミは消えない!」

 

 気づけば声を張り上げていた。

 かつて救ってくれた、千年を超えて日本を護り育ててきた目標が、そう容易く消えるはずがないと。

 

「でも弓弦さんが保たせ、この世界という機会を得て、イザナミはようやく"あなたに追いついた"」

 

「ちが……う……」

 

 泣きじゃくる声は、震える身体が、"追いついた"という事実を否定しきれない。

 静かに淡々と言葉を紡ぐ語り部が不思議と否定させてくれないのだ。

 それでも追いつける要素など、国にとって最高の神を追い抜いた要素など思い浮かばない。

 

「まあ自分のことで手一杯の子供に求めたことが間違いだったんだよ」

 

 その言葉が、なぜだかとても悲しそうに聞こえた。

 ただただ語るだけの声のはずなのに、なぜだか、とても。

 

「でも、これで良かったと思ってる。1箇所に集中してしまえば世界が集まってきてしまう。より異常を当たり前として享受し、"正常"を迎えてしまったかもしれないから」

 

「……よく意味がわからないのですが?」

 

 そもそもこの子が知っていていい話ではない。

 国の最高機密とかではなく、誰も知らないはずの話である。

 

「だから今1度、問おうか」

 

 背の声はこちらの問いを聞いてはくれない。

 いや、聞いているからこそ問いかけてきたのかもしれない。

 答えを与えるために。

 

「あなたの罪と、お昼寝と。どちらが対価として欲しい?」

 

 心臓がドクンッと跳ねたように感じた。

 冷や汗が全身から流れ落ちているように思えた。

 

 この短く意味のわからない話は、少年が頼み事を言い難くて引き伸ばすためのものではない。対価を、正当な対価を求め選ばせるためのもの。

 つまり求めてはいけない。

 それだけの対価が必要な頼み事であるということ。

 でも、それでも……私は……。

 

「お昼寝を、いただきましょうか」

 

 それは間違いだらけの選択をしている人生の中で、もっとも褒めてもいい選択だったと思う。なにもわからず手探りすら許されない会話の中で、きっと正解を引き当てた自信がある。

 私のこれは千を超える機会を乗り越えてすら外れたことがないのだから。

 

「……もしかして小さい子が好きなの?」

 

「はい……ではなく、逃してしまったものからということです」

 

 ずるい。ちょっと嬉しそうに聞かれれば、つい『はい』と答えたくなる。『いいえ』などとは言えなくなる。

 

「四葉にも手を出すの?」

 

「……いえ、あの子は違います」

 

 否定することに戸惑いを覚えてしまって、少し不安になってしまう。

 小さく可愛い子が好きなだけなのではないかと。

 

「そっか。じゃあ待ってるね」

 

 嬉しそうに弾んだ言葉に振り向いてみれば、そこには誰もいなかった。

 

「……あれ?」

 

 たしかに背中合わせで話していたはずの誰かは居らず、自分ただ1人だった。

 部屋を見渡しても誰も居ない。そう認識すれば心が震えそうになる。

 

「日本の怪談ではないのですから、冗談はよしてくださいよ」

 

 自分の口から飛び出た震える問いかけには、誰も応えない。静かな空間だけが答えを与えてくれるように思えた。

 このビクビクとする心は昔々、美波が日本の怪談を良い雰囲気で語ってきたせいだ。そうに違いない。

 

「……約束も、夏の夢だったのでしょうか」

 

 儚く消え去る夏のひととき。

 夢のような時間は、夢だったのではないか。

 

 しかし案外と悔しく感じている自分がおかしく、心が弾んできた。

 貴重な魔物との戦いから得られるものが少なく、落ち込んでいたのが嘘のように。

 今は明日の約束を楽しみにしている。

 間違っていたら、そのまま居座ればいいだけの話なのだから、と。


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