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竜と塔とお姫様と 2/2

 息の音だけが重なる時間が少し経過すれば、皆の視線がイナバに向いた。

 

「イナバ。君は結構、無茶をさせるのだな」

 

「え、これからもう1戦ですよ」

 

 驚いたというような表情で答えたイナバの言葉に、皆の身体がびくっと震えた。

 唯一の例外はサリアさん、ただ1人。

 

「……冗談ですよ」

 

 僅かな間だけ視線を逸したイナバの言葉に、皆の安堵が窺える。

 先程の言葉を聞いていれば冗談ではなかったとわかるものだが、聞いていたのはぼく1人。ぼくが口を閉ざしていれば冗談で済まされる。

 

「え、しないの?」

 

「少し段階を踏んだほうがいいと判断しましたし、なによりこれは私の役目ではありませんので」

 

 きょとんと首を傾げたサリアさんに皆の驚いたような視線が向かったが、それはすぐにイナバへ向けられた。

 今後を考えるならば受けておくべきだったのだ。イナバから言い出してくれることなど、とても珍しいことなのだから。なので凛さんは後悔しただろう。自分1人ならば続行していたそれを、周りの皆を思って中断させてしまったのだから。

 

 まあ、壁の向こう側にいる1人がすべて貰い受けるのだから問題はないのだろうか。

 

「対応可能範囲はいま参加した全員でランク5まで、といったところでしょうか。少し前に魔物に触れ始めたことを考えれば十分に優秀な結果ですね。よく頑張りました」

 

 そう言い終えたイナバの表情からはお世辞など一切感じられない。揺るがない絶対評価により優秀の印を押されたことを嬉しむ、ニッコリと咲いたような笑顔だった。

 むしろ嬉しさを隠そうとしている声のほうに笑いそうになる。ここの誰もが気づけないだろうそれでも、ぼくは気づけてしまうのだから。

 

「……ユウ、なにか言いたいことがありますか?」

 

 こちらを振り向いたイナバが悔しそうにそう言ってきたが、別に言いたいことはない。むしろ言いたくはない。

 

「ふふふ、ないよ。それよりも頑張ったご褒美にジュースなんてどうかな?」

 

「それもそうですね。頑張りには相応の対価を、ということで買ってきます」

 

 そう言い残して扉の外に消えていく背中に手を振り終え、残った皆へと視線を向けてみる。

 頬に手を当てている、見るからに嬉しそうな時雨さんを除く4人は同様にぽかーんとしているが、その内訳は違っているだろう。

 珍しくイナバのミスだけど、ランク5なんて言ってもアルファから来ている3人に伝わるわけがない。だから理解できる1人だけが、真の意味で驚いている。

 その他の3人は実感が追いついていないだけだ。

 

「……今の私達が、ランク5に対応できる? でも、ここに来るにはアダマンタイト・ゴーレムを倒さなきゃだから、間違ってないのかな。う~ん、でも……」

 

 サリアさんは頭を抱えて、そう呟いた。

 イナバはアダマンタイト・ゴーレムのランクを2相当と言っていたけど、それは知識があってのことだろうから。知識のない皆にとってのアダマンタイト・ゴーレムはランク6のはず。

 サリアさんはイナバの力であれを倒せたと思っているから、受け入れるのが難しいのかな。

 

「……そう言えば君はどこまでの魔物を倒せるんだい?」

 

「ぼくはどの魔物も倒せないよ。チュートリアルですらラビットに負けているからね」

 

 問いかけてきた時雨さんが驚いたような顔をしているけど、これは真実。訓練場にはそれなりに足を運んでいるけど、いまだに最弱と言われているラビットにすら勝てない。

 勝てるはずなのに、勝てない。ぼく自身もなにが原因かよく分かってない状況。それでもイナバは助言をくれないし……まあ、ぼくの役割は"人"相手だから問題はないけど。

 それでも足は止めたくなかった。だからこれからも訓練場に足を運ぶのだろう。

 

「イナバに任せっきりってこと?」

 

「ぼくとイナバは役割を分けているからね。ぼくはイナバにできないことができるから、背負われてはいないよ」

 

 そう言えば時雨さんが苦い表情を浮かべた。

 イナバの隣に相応しくない、というのは受け入れられない。だからきっちりと答えておく。

 

「ねえ、ユウ。それはなに?」

 

「秘密」

 

 唇に人差し指を当てて答えてみれば、唇を尖らせた葵さんを見ることができた。

 "1度目は覚えているから"葵さんの悩みはわかっているけど、それがなくともわかっているけど、それでも今じゃない。そもそも気づくかどうかの差しかないから教えてはならない。

 姉さんの友達相手に妥協なんてしたくないからね。"間に合うのなら"最善を求めたい。

 

「……ところでランク5とは、どれくらいなんだろうか」

 

「あ、そっか。凛ちゃん達は知らないんだよね。有名な魔物だと……ナナホシ・テントウかな。麻痺毒を散布したり、感覚を狂わせる音波を出してきたり、7つの状態異常を使ってくる厄介な魔物だよ」

 

 凛さんの問いに、サリアさんが指を振りながら説明してくれた。

 それにしても、なんというか……アルファに関連してそうな名前が多いよね、魔物って。自動翻訳の結果"じゃない"のはわかっているから、こちらからあちらに渡った誰かが名付けたのかもしれない。

 

「麻痺……気合でなんとかなるのだろうか?」

 

「いや、無理じゃないかな」

 

 きっとそこで翠さんや時雨さんなんだろうと思う。あるいは葵さんか。

 イナバは遭遇戦なんて言っていないから、十分な準備があれば対応できる程度なのだろう。

 

「……ところでユウくん、楓の様子は見てきていませんか?」

 

「イナバから少し聞いているけど、ぼくは館に戻っていないよ。まあ様子がおかしかったのは気づいてたから、そろそろかなって思ってたけど」

 

 あれを15歳の少女が背負うのは無理があるから。

 ぼくであれば耐えられはするけど……きっとかなわない。できることがはっきりしているぼくでは。

 ううん、おそらく諦めているのかもしれない。だって、それに妥協なんて許したくないから。

 

「そろそろ? 何か知っているのですか?」

 

「今回が初めてじゃないってことかな。でも知らなくていいよ。むしろ知ってはいけないよ」

 

「楓があれだけ苦しんでいるというのに、知らなくてもいいのですか?」

 

「知ることができれば助けになれるかもしれない、その可能性が生まれる。なんて甘い話じゃないから。限りなく0に近い可能性に手を出したいのなら、ぼくが止めてあげるよ」

 

 悔しそうに口を閉ざした翠さんには悪いと思っているけど、その線引は超えてほしくない。

 1%でも可能性が見えていれば、引き込んでいる。誰もその1%すら可能性を見せてくれないから遠ざけるしかない。

 

「あなたが知っても、それは変わらなかったの?」

 

「ぼくはなにも伝えられていないからね。どれだけ予想できていても、それを本人の口から聞かなければ動くに動けない。それに……ううん、そっちは気のせいだと思う」

 

 動く意味があるのかどうか。

 無謀に勝手に動けば最善が妥協に成り下がりそうで、怖くて動けない。

 それでも姉さんの様子を見ていれば乗り越えられてはいるはずだから、動かないほうがいいとは思っている。

 "ぼくのあれ"と"姉さんのあれ"、どっちがより怖いものなんだろうね。とりあえず今を生きていられるのだから割り振りは間違っていなかったと感謝はしているけど。

 

「翠、葵。それに関しては私も気づいていたが放っているんだ。私達だけの問題ならそんなことはしないが、あれは他も対象としている気がするし、今のユウくんの発言で私達だけではないと知れたからな」

 

 翠さんと葵さんが驚きの表情を浮かべて凛さんに視線を向けた。

 他人の機微が読めるのは葵さんのはずなのに、気にしているのは翠さんのはずなのに、凛さんが最も理解している。あれは一種の才能だと思う。

 あと少し行き過ぎていればまずかったけど、ちょうど良い位置で止まれている。まさしく天賦の才能だと思う。

 

「まあ、凛がそう言うのならもう少しだけ放っておきましょう。ですが知れた範囲では動きますよね?」

 

「知ってしまっているのだから足を止める意味は無いな。手助けするにせよ、見守るにせよ、進むだけだろう」

 

 凛さんはそう言い1度だけ頷いた。

 本当にこういうところはカッコイイと思う。ちょくちょく覗くあれがなければもっとカッコイイと思う。

 だから、それを知らない他人にはカッコよく見えるのだろう。

 まあ知ったところで魅力は増した、といえるかもしれないけど。

 

「む、凛に見惚れてる?」

 

「そうだよ。凛さんは昔からカッコイイから」

 

 まずいと思ったのもつかの間、頬を真っ赤に染めた凛さんが見えてしまった。

 まずいのは言葉じゃなくて、声と表情だったかもしれない。幸いにも皆の視線はこちらに向いていたし、凛さんは"可愛い子が好き"だから間違えてくれることだろう。

 姉さんにこんなにも良い親友がいると実感できてしまったからか、気を抜きすぎた。

 

「だから、たまには可愛く着飾ってみたらどうかな。お姫様も悪くないよ?」

 

「……いや、私にそちらは似合わないだろう」

 

 ニコっと笑顔を浮かべて提案してみれば、凛さんは少しだけ考えた様子を見せたあと首を横に振りそう答えた。

 

「それよりも君の方がお姫様が似合う気がするよ。ちょっと塔に捕らわれてみないか?」

 

「ふふふ、ぼくを捕らえるのに塔と竜では無理かな。こう見えても行動派なんだよ?」

 

 姉と兎さんになら捕まるかもね。ううん、兎さん相手は捕まえる側かも。

 

「竜までは言っていないんだがな、知っていたのか」

 

 そう言った凛さんは恥ずかしそうに頬をかいた。

 その頬の色はもとに戻っていて、凛さんの心も揺れていない。今の状況は普段通りの凛さんといえるもの。

 これでミスは挽回できたから問題はない。"イナバに見られていたのは"悔しいけど、別に初めてのミスじゃないからそこまで気にしない。お互いね。

 

「竜と塔? なにかのゲームにあったような……」

 

「それは別物だよ」

 

 "なぜか"別世界のサリアさんが類似ゲームを思い出しそうになっているけど、凛さんのそれは別物。落ち着かせるため語られたに過ぎない一夜だけの夢物語。

 

「私も誰かから聞いたとしか覚えていなくてね。もしよければ、どんな本の物語か教えてもらえないだろうか?」

 

「ぼくも本では見たことがないよ。だから、あなたが見つけると良いかな」

 

 優しく微笑んでそう伝えた裏で思ってしまう。

『まずいかもしれない、実感がない』と。


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