竜と塔とお姫様と 1/2
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用事を済ませた帰り。領土館へと足を向けず、訓練場の一角へとやってきた。
石造りで床に魔法陣が描かれているだけの部屋。その中央では薄っすらと向かいが見える仮想モニターがどこかの様子を映し出しており、金髪碧眼の女性と白髪赤眼の女性がそれに視線を注いでいた。
「きれいなおねえさんたち、ちょっとおはなししませんか?」
「おや、こんなに幼い参加者もいたのですね。その年ならお世辞を言うよりも、きゃっきゃしてたほうが魅力的ですよ」
おふざけで声をかけてみれば金髪碧眼の女性がこちらを向いて、微笑みながら諭してくれた。
お世辞ではなく素直な感想なのに。そう落ち込めばもっと楽しめるだろうか。
「? すなおなかんそうですよ?」
「っ!? ……いえ、ええ。それはありがとうございます」
金髪碧眼の女性は少しビクッとして頬を薄く染め、少しだけ止まったあとでにっこりと笑ってくれた。
言われ慣れているだろうに、それらを本当にお世辞だと思っているのだろう。立場上しかたがないとはいえ、昔はそう言ってくれた同年代もいただろうに。
そこで少しだけ視線をずらしてみれば、もう1人の女性がモニターから目を離し、こちらにちらりと視線を向けてくる。まるでタイミングを合わせたように。
だから"無邪気な"笑顔を崩さず、1歩を踏み出して、再び声をかける。
「姉さんは部屋かな?」
「おかえりなさい、ユウ。楓は部屋で落ち込んでますよ」
再びモニターに視線を戻したイナバが姉さんの状況を手短に伝えてくれた。
隣で驚いたような、狐につままれたようなアリサさんがさらに頬を赤くしているけど、見なかったことにしようと思う。
「様子がおかしかったから今日あたりかなって思ってたけど、その様子だとイナバに無茶を言ったのかな。そのうち来ると思うから甘やかしてくれると嬉しいよ」
「あなたが甘やかせばいいでしょうに」
呆れた顔でそう言ってくれたイナバには申し訳ないけど、それはできないと思う。
彼女は勇者であって、ぼくはお姫様だったのだから。姉さんとイナバの関係性でなければ、姉さんが素直に甘えることはないだろう。
「……やっぱり不思議な子ですね、あなたは」
「ふふふ」
不敵な笑いというものは、タイミングさえ計れば何も企む必要はないと思う。それで何をさせたいのかではなく、それがどんな影響をおよぼすのかだけ把握しておけば十分な結果を得られるのだから。
「なにも考えてませんね」
イナバのその言葉にびくっと身体を震わせかけたけど、積み重ねられた経験がそれを許さない。
せっかく見破ってくれた2人目なのだから、そう言った対処も楽しそうだけど……彼女の前では少し背伸びをしたいという奥底の考えが優先されてしまった。
「ところでなにをしているの?」
「そろそろ領土戦みたいですから、皆の実力を知っておきたいと思いまして」
「私もその話で立ち寄ったのですが、楓があの様子ですからね。立ち直ってから簡単な概要だけでも伝えようかと思っています」
第3陣。ぼく達と同じタイミングで参加したアリサさんが、まだ未経験のはずの領土戦について伝えるというのも面白い話だと思う。
なにも知らなければ楽しく調べていたかもしれない。それでもぼくは知っているから今更、純粋な気持ちで調べられるはずもなく。
「あれ、イナバなら姉さんに一任すると思っていたよ」
「そのつもりだったのですけどね」
そう言ったイナバの視線がぼくを射抜く。
情報がすべて揃っていれば予想できるかなという程度のことなのに、目の前のうさ耳少女はは本当に優秀だから気づいてしまったのだろう。
「まあ楓の領土ですから、これといって特別なことをしようとは思っていません。相談があれば乗るくらいでしょう」
その言葉を聞いて、つい笑いそうになってしまった。
一方的ないちゃもんを受けた直後だというのに、既に甘やかそうとしている。
「それでは、なぜ私は呼ばれたのですか?」
「楓のために時間を割いてくれていますから、暇程度は満喫してもらおうかと」
「暇ですが?」
「先程、楽しい思いをしたでしょう。まあ別件を用意していますから安心してください」
「っ! やはり2人揃って、いたずらが好きなようですね」
せっかく白色に戻った頬は、再び薄く染まった。
その頬から視線を逸し、楽しそうに笑う隣の少女へと移せば少しだけ心が高鳴ってしまう。
"やっぱりイナバは気づけていた"のだと。
予想できていたそれも言葉にされてしまえば、より実感できてしまう。より心を撃ち抜いてくる。
でもこれは恋じゃない。そうであれば、姉さんにも恋をしていることになってしまうから。
そう、気付けるのは彼女だけじゃない。
「ところで別件って?」
「そうですね。ユウとのお昼寝と、貴重な魔物との対戦権のどちらかを選んでいいですよ。あなたはそれだけの情報を楓にもたらしてくれそうですから」
「……とうぜん、魔物を選びます」
その間が何を示していたのかは聞かないことにしておこう。
「ですが、それは貴重な魔物であった場合です。知っている魔物であれば、もう片側を選ぶことになりますね」
そう言ったアリサさんはちらりとこちらを見てきたが、その頬は薄っすらとすら染まらない。
それはある意味でぼくの価値を正しく理解しているかもしれないし、ただ単に子供が好きなだけかもしれない。まあ胸は高鳴っているようだから期待はしているのだろう。
それでも"領土長"としての彼女は揺るがない。この程度の餌では領土の利を離さない。
「アリサはどこの魔物ランクを参考にしていますか?」
「ベータですよ」
「それではランク8ですね。影魚との対戦を提供できます」
影魚、影魚……なんだか思考の隅をつつかれるような感覚に、記憶の海からそれを探り始める。
「……どこで戦いましたか?」
「ユウとのお昼寝中に、影に住み着いてきましたから、他に移らないように気をつけつつ置いてあったランプで炙りました」
「え、その程度で倒せるのですか?」
「出現直後なら、ということですね。あなたが戦うのは少し膨れた相手にしますから、良い経験を期待していいですよ」
ああ、思い出した。イナバに膝枕をして歌っていたところに現れた不思議な影だ。
それを中断してまで丁寧に対応してたから、きっと希少な素材が得られるのだと思っていたけど……まさかランク8とは。ただ、なかなかに香ばしい匂いが漂っていたから、美味しいかどうかだけは気になった。
ただ、少し迷いながらも『あげませんよ?』と言われたので諦めた魔物。うん、きっと間違いない。
「あれって珍しい魔物だったんだね。美味しいの?」
「まだ諦めていなかったのですか。あれは貴重な魔物ですから、群れにでも出会わない限り食べるなどもったいないですよ」
呆れた顔のイナバが、再び釘を差すようにそう言ってきた。
群れならいいということは、消費期限とかあったりするのだろうか。
「それにしても、出会い倒した魔物しか戦えないというシステムはどうにかならないものですかね。条件さえ満たせばカロリーだけで戦えるというのだから情報を蓄積しているはずなのですが……」
真剣な表情で呟いていたアリサさんは、そこで首を振って言葉を続ける。
「いえ、贅沢な不満ですか。普通は再戦すらできないのですから」
「正確には完全な情報体が保管されている魔物だけ、でしょうね。まあ誰も倒せない魔物を出現させてはまずいので、しかたのない制限ですよ」
「……どういう意味ですか?」
アリサさんはイナバの言葉に首を傾げたが、答えは返ってこない。
代わりに、仮想モニターに準備完了という文字が表示された。答える気はないと伝えるように。
「負けたらユウと一緒にお風呂ですからね」
「なっ!?」
今度は真っ赤に染まった頬が拝めた。
やはり『男の子』と一緒にお風呂は異性を意識してしまうのだろう。
「まあ初見でアダマンタイト・ゴーレムを倒せたあなたですから心配はしていません。そもそも、私がそれを許せば楓に怒られます」
「……やっぱり少年と楓は姉弟なのですよね?」
「不思議なことを言いますね。楓もユウも、そう言っているではありませんか」
今度はイナバが首を傾げる。
「いえ、大切な勝負を前に考え事はいけませんね。今のは忘れてください」
アリサさんはそれだけを言い残し、何もない空間に触れたと思えばその身体を消した。
「まったく」
イナバは、そんなアリサさんを懐かしそうに微笑んで見送る。それはきっと、ぼくの知らないイナバなのだろう。
「さて、そろそろ凛達のほうが終わりますね。もう少しだけ余裕が見えますから、あと1つは上の段階にすればよかったです」
聞いてくれないんだね、なんて聞かない。
ぼくや、特に姉さんが話さないのだから、今はその時じゃないと思っているのだろうから。
それは間違いで、正解で。きっと聞いてほしいんだと思う。姉さんも、そしてぼくも。
イナバの言葉通りに次々と姿を現し床にへたり込むように座る皆を見て、その考えを打ち切る。




