才能 2/4
「お嫁さん、なんてどうですか?」
天を向く楓の顔が緩み、赤くなり、手で覆われました。
「な、なに言ってるのよ!」
手で覆われた奥から、そんな反応が得られました。
それは予想外の反応であり、とても嬉しい反応でもあります。
「誰を想像したのですか?」
だからこそ興味が湧いて、いじわるが口から漏れてしまいました。
翠や葵どころか、部屋にいる全員が驚きの様子とともに見守る中
「イナバ!? おちょくらないの!」
勢い良く起き上がった楓はこちらを向き、赤く染まったままの顔でそう言いました。
「いや、考え方によっては真面目な意見にも思える」
それは部屋の隅に備えられた畳の上でぬいぐるみを編んでいた凛からの言葉です。
というかこの部屋、自由が過ぎませんかね。ソファーにカーペットに座椅子に畳と、統一感がまったくありません。あえてコンセプトをつけるなら、そのままに『自由』なのでしょうか。
「嫁とは家を護るものという考え方がある。それに照らせばなんでもできる楓は、帰るべき場所を護る力を目指すべきだといえないだろうか。私は"敵"と戦えるが、企み事はさっぱりだ。それは翠も葵も同じこと。そして誰かが外に出ていても、楓ならば穴を埋める程度は容易くできるだろう」
編んでいる途中のぬいぐるみと道具を畳に置いた凛は真面目な表情で語ります。
「そこまで考えての、すべての要素が含まれた『嫁』なのかもしれない。あとはイナバなりに、あまり無茶をするなと言ってくれているのかもな」
そこまでを聞き終えれば、額に手を当て脱帽するしかありませんでした。噛み砕いていえば間違っていないのですから。
やはり凛は鋭い、というのが変わらずの評価です。刀による戦闘技術よりも、むしろこちらこそが凛の強さなのかもしれません。
「……え、そうなの?」
驚いた表情の楓は凛に向けていた顔をこちらに向け、問いかけてきました。
「まあ、ほぼほぼ凛の言ったとおりです。少し立ち止まって周囲を見直してみてはどうですか?」
「……焦ってたのかな、私は」
苦しそうにあははと笑う楓を見れば、つい抱きしめて甘い言葉をかけたくなってしまいます。
しかし今回に限れば、それは必要ありませんでした。
「楓ちゃん、困ってるなら相談してよ。頼りないかもしれないけど、友達なんだから」
その言葉の主は今しがた開けられたドアから入ってきたサリア。両手にお菓子を満載したお皿と袋を持った、とても直前の状況には似合わない……いえ、とても似合う姿をした少女。
背負いすぎた様子もなく、ただただ困っている友達が見えたからそう言ったとでもいわんばかりの雰囲気の彼女を見た楓は、唖然とした表情を浮かべています。
「来る時に空に打ち上がってたファイアボールが見えたから、魔法の出力に関すること? それなら少しだけ力になれると思うけど」
サリアは慣れた手つきでテーブルの上にお菓子を並べつつ、悩み事を聞き出そうと言葉を並べました。その姿を見て笑いそうになります。
ユウの時もそうですが、自分が助けを求めるような状況であっても人が困っていれば手を差し伸べてしまうのが彼女なのでしょう。今もまた、窮地ともいえる状況にあるというのにそれを一切、感じさせず手を差し伸べています。
「あれは翠ねぇの魔法だけど、そこから繋がった話でもある。まとめると楓は何を目指せばいいか」
部屋にいた最後の1人、すべてを傍観していた葵が現状を大雑把に伝えました。
「う~ん……とりあえずゆっくりと遊んでたらどう? 見てて思ったんだけどさ、楓ちゃんは色々しすぎ。すべてを背負い込んで完璧に仕上げようとしてるみたいで、心配になっちゃう」
サリアはそこまで言い終えて、言葉そのままの想いを表すように楓をぎゅっと抱きしめました。
……初めて、お姉さんらしいサリアを見た気がします。このサリアならお姉さん設定があってもいいと思いました。
「だそうですよ、楓。友達からの言葉は大切に受け取るべきだと思いませんか?」
まあ私が言えたことではありませんが。
「結構ゆっくりしてるつもりだったんだけどな……」
「詰まりきった予定に日常を挟み込むような状況は『ゆっくり』とはいえませんね。私のように日がな一日、ユウと一緒に昼寝をしたり遊んだりするような生活こそがゆっくりといえるのです」
「え、そんなことしてたの?」
言葉は楓のものだけですが、視線は部屋中から注がれています。
「ええ。心を落ち着ける時間というのは必ず設けるべきですから。そうしなければいつか壊れます。どれだけ頑強な精神であっても、たった1人で歩み続けることはできないでしょう」
年月の前後はあれ、いつかは壊れる。
光を目指していなければ足は止まりますし、支えがなければ立っていられない。
倒れたあとはゆっくりと朽ちるだけ。
「……じゃあイナバ。お昼から一緒に寝よっか」
「ええ、一緒に木漏れ日でも浴びて寝ましょう」
そう告げれば楓は穏やかな雰囲気を取り戻し、う~んと背伸びをしました。
「じゃあそれは置いておいて、時雨ちゃんの魔法についてだったよね」
「う、うん」
一転した楓の言葉に、時雨はたたらを踏んだように応えました。
「時雨ちゃんの魔法がどしたの?」
さきほどの雰囲気はどこへやら。既に座ってお菓子を手に持ったサリアが問いかけます。
「時雨に魔法の才能が無いという話です」
「え。あのファイアボールなら諦めるほどじゃないと思うけど?」
サリアはそう言って不思議そうに首を傾げます。
別にどのような出力であれ、使えるのならば諦めるなどという選択肢はありません。それは世界による差なのでしょうね。
「先程、葵が言いましたがあれは翠のファイアボールです。時雨のものはあれの半分以下でしょう」
「……時雨ちゃんは可愛いから、料理とか頑張ってもいいと思うよ!」
少しだけ動きを止めたサリアは、時雨の方を向いて腕をぐっとしながら別の道筋を示しました。
「え……そんなになの?」
涙目の時雨が問い返します。
「……あれの半分以下になると私もほとんど知らないかな。まあ私は世間知らずだからあんまり参考にならないかもしれないけど」
「ち、ちなみに楓ちゃんってどれくらいなのかな?」
時雨は諦めまいと、この部屋で最高の適性を持つだろう楓に話を振りました。
ですが、それは……。
「私は参考にしないほうがいいと思うな~」
「1回、1回だけでいいから!」
時雨はやんわりと拒否した楓の肩を揺らし、なおも要求します。
「じゃ、じゃあ」
折れた楓は立ち上がり、開け放たれた窓に歩み寄り。そして綺麗な詠唱を終えて、その手のひらから火の玉を打ち出しました。
それは翠のものが霞むほど大きく、"ハッキリとした"形状の火の玉であり、空高く昇っていってもなかなか消えません。
「まあ大きければいいってもんじゃないよ?」
手のひらを閉じると同時に消えた火球を確認して振り向いた楓は時雨に向かってそう言いました。
「うわ、私のとおんなしくらい」
空をみあげていたサリアが小さく漏らしたその言葉を聞けば、やはりという感想しかありません。
「時雨、どうしますか?」
「……諦める」
震える声で、涙を溜めた目でそう言われてしまえば心苦しくもなってしまいます。
というか皆の雰囲気が、どうにかしようとそわそわしている様子が、ありありと伝わってきているのです。
「いえ、諦める必要ありませんよ。少なくとも私よりは才能があるので、時間さえかければ私程度の魔法までは辿り着けます」
「ほ、本当!?」
一転して期待に満ち溢れた時雨の顔"よりも"、周囲の驚きの表情が気になりました。
なにを驚くことがあったというのでしょうか。
「え、イナバちゃんって私よりも魔法の才能あるよね?」
「いえ」
それだけを告げて、立ち上がり窓へと近寄ります。そして雑な詠唱を終えて、手のひらから基準魔法を打ち出しました。
それは非常に小さく、人魂がゆっくり飛んでいるのかと見間違うようなものです。
「……うん。これは諦めたほうがいいって説得するレベル、かな」
すぐに消えたそれを見終えたタイミングで、後ろからサリアのそんな言葉が聞こえてきました。
「まあこういうことですので、諦める必要ありません。しかし他の軸を得てからのほうが、都合がいいでしょう」
「というかイナバ。この才能って出力だけのことよね?」
まあ楓は気づきますか。
「ええ。ですが定められた詠唱を使う限り、この出力は絶対です。どれだけ燃費が良かろうと、どれだけの数が放てようと、同じ魔法の強大な一撃を打ち消すことはできません」
「ああ、そういうこと。だったらたしかに、後回しのほうがいいかも」
納得した様子の楓は、既に別のことへ思考を向けているように思えます。
たとえば、時雨にどんなものが合うかなどかもしれません。
「ん、ちょっとよくわからないんだけど……どういうこと?」
「私も理解できませんでした」
時雨と翠の言葉に、他の皆も同意するように頷きます。
「足し算と掛け算みたいなものかな。3を10回足しても、3に10を乗じても答えは同じ。ただ過程が違うだけ……とは違う……のかな? 私にもよくわかんない」
楓が絞り出したような説明をしてくれましたが、やはり自分でも納得がいかない様子です。
私も説明しろといわれてもできません。自分の感覚に合わせて会得するものですから、明確に定められないのです。
「そういえば楓ちゃんも無詠唱魔法を使えるんだよね。それのこと?」
「ううん。無詠唱はそれの次だと思う。まずは理解してからだから……」
人によってはその段階をすっ飛ばしたりもしますが、まあその過程を踏むのが王道でしょうか。
「ん、理解? 詠唱を理解するってこと?」
「ううん、そうじゃ……って、これ以上は言えないかな。大丈夫大丈夫、そのうちわかると思うから」
続きを呟きかけたところで、思考の海から帰ってきた楓が話題を止めました。
あとすこし続けていればお菓子を口に詰め込むつもりでしたが、残念ですね。
「けち~」
「ごめんね。ところで情報体の方面はどうなの?」
楓は頬を膨らませたサリアから視線を逸し、イナバに向けて問いかける。




