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いっぱんじん してん 3/x

「そういえば誰が招待されたの?」

 

 他愛ない会話の一部ともいえるその言葉。咄嗟に理解できなかったけど、続く返答でようやく飲み込めた。

 

「イナバが誘ってくれましたよ」

 

「イナバ……誰?」

 

 楓ちゃんの答えを聞き、イザナミ様は頬に手のひらを当てて問い返した。

 イナバはここで召喚されたって聞いたから、知らないのは当然だろう。むしろ知っている前提で答えたのは、楓ちゃんにしては珍しいミスだと思う。

 

「……ほら、ユウくんの傍にいるうさ耳の女の子ですよ」

 

 楓ちゃんはそう言いながら、両手を頭の上に移動させて耳のようにぴょこぴょこと動かした。

 

「いえ、知らないわよ?」

 

「私達が参加した領土戦。その決勝戦で長門さんと戦ってたうさ耳の女の子です」

 

 それを聞いたイザナミ様は少し悩んで、「ああ」と納得した様子を見せた。

 

「え、でも彼女は楓ちゃんが召喚した従魔じゃないの?」

 

「いえ、ユウくんですよ」

 

「あら、そう。あの子なら自分も一緒に場に出ると思ってたから、勘違いしてたみたい。先入観って怖いわね」

 

 ボクとしてはむしろ、ユウちゃ……ユウくんのほうが似合っていると思ったのだけど……出会い方が特殊だったからかもしれない。

 

「でも、そうなると第3陣よね。アリサ、黙ってないで教えてよ」

 

「情報体や魔法の知識を持っていたりと不思議な娘でしたが、それはあなたのところの彼女達も同じだと聞いています。むしろユウのほうが不思議でしたが?」

 

「そういうことじゃないんだけど……まあいいわ。それじゃあ記帳されてるのはイナバちゃんなのね」 

 

 そうは言ったものの、イザナミ様は納得がいっていないように見えた。

 

「……、……あら。もしかしてチュートリアルでユウくんに面白い表情をさせてた兎がイナバちゃんということになるのかしら?」

 

「あれ、美波さん。どこで見られました?」

 

「いえ、知らないわよ?」

 

 楓ちゃんの質問に、イザナミ様はぷいっと顔を逸した。

 たしかにおかしいような気がするけど、どこがおかしかったか指摘できるほど理解はできていない。別に一緒の場所にいたイザナミ様が見ていてもおかしくはないけど……あれ、うん、わからない。

 

「まあいいです。どうせ次の参加者を募った時にでもわかるでしょうから」

 

「わかってるじゃない~」

 

 納得し合ったような雰囲気の2人だけど、ボクにはわからない。

 ちらりと周囲に視線を巡らせれば、皆はわかったような顔をしていた。つまりボクだけがわからないらしい。

 

「そういえば楓ちゃん、兎の国の雰囲気はどうかしら? 特にあなたの学校」

 

 そうだといった様子でイザナミ様は話題を一気に変えた。

 兎の国とはどこだろうか。

 

「兎の国になったことはないですけどね。まあ街の雰囲気は悪くないです。学校も今まで通り……というか、一般から外れすぎてて参考にならないって言ったのイザナミ様ですよね?」

 

「だから不安になることもあるのよ。もし真っ白なキャンバスだったら絵の具を一滴、垂らすだけで様変わりしてしまう。それならまだ、雑に描かれた絵のほうが安心できるというものよ」

 

 こう、不鮮明にするような言葉を使われてはよくわからない。

 真っ白が無邪気だとして、そのような学校だということだろうか。そうならば羨ましいと思う反面、あり得ないと思ってしまう。

 ……いや、ボクはあってほしくないと思っているのだろうか。

 

「あれは白いキャンバスなんかじゃないです。バケツをぶち撒けようが、容易くは塗り替えられません」

 

 楓ちゃんは珍しく不機嫌さを露わにして答えた。

 それは綻びの無い絵だと告げられたようで、現実に存在すると告げられたようで、いっそう羨ましくなる。あれだけの才能と容姿に恵まれていて、そのうえ運にまで恵まれている気がして。

 

「知らない人から見れば真っ白なキャンバスに見える、要らぬ色を塗りたくりたくなる。それがわからないあなたではないでしょう」

 

「神に浸りすぎたのでは?」

 

 楓ちゃんのその言葉を聞いて、凛ちゃんの手がその口を閉ざした。

 私でもわかる。いくら親しいからと、ゲームの中だからと、それは過ぎた言葉だ。日本に、私たちにいくらもたらしてくれたかもしれない相手に向かって、それはいけない。

 

「楓、落ち着け」

 

「いえ、いいのよ凛ちゃん。これは私の失態。こうなると知っていて言葉を続けた私の失態だもの」

 

 そう言って、手で離してあげるように示したイザナミ様はとても嬉しそうに見えた。

 自分の功績を貶められて、なぜ嬉しそうにしているのかわからない。いや、嬉しそうに見えたのが間違いだったのだろうか。

 

「ごめんなさい、美波さん」

 

 解放された楓ちゃんはそう言い、ペコリと頭を下げた。

 その表情はイザナミ様と対象的に、やってしまったと後悔するようなものに見える。

 

「でも、あの子が心配してましたよ。最近、疲れてるんじゃないかって」

 

「うっ……まあ、このゲームが休憩みたいなものだから。久しぶりにのびのびとしてるわよ」

 

「受け入れ準備をしながらですか?」

 

 そう言われたイザナミ様の目が泳いだ。

 なんというか、この2人は親しさの具合が凄い気がする。もう親戚のお姉さんレベルの親しさはある気がしている。

 

「私達の場を保ってくれていることは感謝していますけど、それであなたが崩れては意味がないでしょう。今は弓弦さんがいるんですから、もう少し手を抜くことを覚えてください」

 

「まあ、あの子は優秀だからね。それに良い秘書も見つけたみたいだから、もう少し手を抜くつもりよ」

 

「へえ、弓弦さんが秘書ですか。一生、秘書は採らないと思ってました」

 

 弓弦という有名な名前から目を背けつつ、お湯を堪能することにした。

 

「誰に似たのか国一筋なのよね」

 

 皆の視線が1人の集まっているが、気にしない気にしない。

 それにしても、そろそろのぼせてもいい頃合いなのだが、まだまだ何時間でも入っていられそうな気がしている。ぬるいお湯ではないはずだけど、それどころか入った瞬間からぽかぽかになるほどの温度なのだけど、どうしてだろうか。

 からからから、ぴしゃ。

 

「お待たせ~……あれ、お邪魔します?」

 

 振っていた手が徐々に勢いを弱くし、ついには止まった。

 肩下まで伸びる焦げ茶の髪を揺らし、綺麗な緑色の瞳でこちらを見つめる少女はサリアちゃん。ボクより少し身長が高くて、おっきい彼女は特徴的な羽を背に浮かべている。

 半透明な青色をした蝶のような綺麗な羽は背から少し離れて浮いているらしく、出し入れというか、消し出し自由らしい。

 そんな彼女はガンマ世界の妖精族。領土のメンバーの中で唯一のアルファ世界以外の人。

 でもほがらかにっこりほんわかぱっぱの、とても近づきやすく慣れ親しみやすい良い子だったから緊張などはほとんど感じなかった。

 

「いらっしゃい。えっと……美波です。美波お姉さんって呼んでね」

 

 少し周囲を見渡したイザナミ様は、再びサリアちゃんのほうを向いてにっこりと自己紹介をした。

 

「あ、えっと、サリアです。アリサさんのお知り合いさん、ですか?」

 

「この場は皆が知り合いで、今はあなたも知り合いよ。さあさあ、身体が冷える前にお湯に浸かって」

 

「は、はい」

 

 手招きするイザナミ様に誘われるように、やや困惑した様子のサリアちゃんはその隣へと腰を下ろした。

 

「楓ちゃんに凛ちゃん翠ちゃん葵ちゃんと、やんちゃな娘が多いけど振り回されてない? 大丈夫?」

 

 イザナミ様の言葉に示された4人が身体を揺らしたように見えた。

 

「み、皆やさしくて、楽しいです」

 

 縮こまるように普段とは違った……そう、借りてきた猫のような様子でサリアちゃんは答えた。

 "イザナミ様"を知ればもっと恐縮な感じになりそうだけど、今は美波さんだ。サリアちゃんならば少し経てば馴染んでいるだろうと思う。

 こんなボクでさえ、すっと輪の中に入れてくれたのだから。

 

「それは良かったわ。ゲームの中だけという限られた時間だけど、仲良くしてあげてね」

 

「……はい」

 

 そこで違和感を覚えた。

 一見、なんとはない社交辞令ともとれる会話だったはずだ。それなのに、最後に見えた儚げで嬉しそうな笑顔が……どうにも似合わない。

 

「サリア。私の時と差が酷くありませんか?」

 

「あ、あれは出会いが悪かったんです!」

 

「え、なになに。どんな出会いだったの?」

 

 つい聞いてしまったことを後悔した。

 身体をびくっと跳ねさせた2人が、気まずそうに顔を逸したからだ。

 

「あ、不躾だったね……ごめんなさい」

 

 そう告げて頭を俯ける。

 自分でもどうして聞いたのかはわからない。それでも自然と口から出てしまったのだから、戻せない。

 

「いえ、私も聞きたいわ」

 

「私も」

 

 その言葉に顔を上げてみれば、イザナミ様と楓ちゃんの顔がアリサさんを向いていた。私の擁護に言ってくれたのかと思ったけど、なんだかそんな雰囲気には見えない。

 

「……私が、ですね。ユウを殴り飛ばしました。出会い頭に」

 

 言い難そうなアリサさんが告げた内容は、まさしく言い難いものだった。

 ユウくんが姉さんと呼んでいるのだから、楓ちゃんとは姉弟なのだろう。その楓ちゃんと仲が良さげなアリサさんが、楓ちゃんの弟のユウくんを出会い頭に殴り飛ばした。

 姉弟だからといって双方とも知り合いとは限らないけど、それを抜きにしたとしても出会い頭に殴り飛ばすのは異常だと思う。それもあの無邪気そうで可愛い子を、だ。

 

「どうして?」

 

 イザナミ様の先程よりも1段は低い声がアリサさんに浴びせられた。

 

「申し開きのないことです。ですが言い訳をさせてもらえるのなら……自分でもわからないのです」

 

 アリサさんは湯面に、湯面に映っているだろう自分の顔を見ながら悔しそうに、静かに語る。

 

「走っていった凛を追いかけてあの子を視界に収めて、気づけば身体が動いていました。その時にはどうにもできず、弱められても止めるには至れない状況だったのです」

 

「それで?」

 

「デコピンをいただきました。それで解決だと」

 

 そう言いながらアリサさんはおでこを撫でた。少しだけ嬉しそうに頬を緩めて。

 

「嬉しそうにしない」

 

 そして『ごん』と。

 おでこから頭頂に映った手を見れば、容赦ないげんこつであったことが窺える。

 

「楓ちゃん、これで許してあげて。この子も疲れてるのよ」

 

「凛ちゃん、事実?」

 

「そのあとは何事も無かったかのように昼食に誘っていたな」

 

「むしろ一番、嫌ってたのは私だと思うよ?」

 

 楓ちゃんの問いに凛ちゃんが頷きながら答え、サリアちゃんが追加した。

 繋げれば出会い頭に殴り飛ばされて、でこぴんを仕返して、仲直りして一緒に昼食を食べたと。

 うん、意味がわからない。

 

「か、かえで……」

 

 まるで怒った友達の様子を窺うようなアリサさんに、楓ちゃんはニッコリと笑って答える。

 

「それを許せないのはアリサさんでしょう。だから、私は何も言いません。言う必要がありません」

 

「う……」

 

 アリサさんが苦そうな表情で唸った。

 

「そもそもあの子とイナバが許したんだから、私は気にしてませんから。なんなら2人、裸で混浴でもして、ゆっくり語りますか?」

 

「そ、それなら「もちろんユウくんとですよ」

 

「なっ!?」

 

 一瞬だけ安堵の表情を浮かべていたアリサさんの顔が真っ赤に茹で上がった。色白の肌がその赤さを一層と際立てさせて、覗く肩や腕までもが赤くなったように感じる。

 

「ほらほら、からかわない。というか、私はダメでアリサは良いのかしら?」

 

「美波さんは見破るじゃないですか」

 

 そう言い合う2人は既にもとの雰囲気へと戻っていた。

 正直にいってすぐにでも場を離れたいような、それでも身体が動かないような状況だったからすごく助かった気分だ。

 

「じょ、じょうだんですよね!?」

 

 アリサさんの問いに楓ちゃんはニッコリと笑うことで答える。

 あ、怖い。あれは怖い。

 

 そんなこんなで、和やかな雰囲気へと戻った会話は続いていく。

 暖かな温泉に見合うような、そんな会話が。


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