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ex-if『英雄』02

 特別な感知能力はない。特別な能力もない。ただ人としては優れた身体能力と技術があるだけ。

 アダマンタイト・ゴレーム2体の注意を引きつけている凛は、視線を周囲に巡らせた。はっきりいえばアダマンタイト・ゴーレムの動きは遅い。僅かな間によそ見しようが避ける程度ならば問題はなかったのだ。

 周囲の状況は1体に対して複数人、人数に上下はあっても問題ない程度の数で相手をできている。しかし妙な感覚は振り払えない。

 事前に書き込まれていた予定通り、この中で飛び抜けて強い竜人種のウミナリがそれなりの数を引き受けるとは聞いていた。しかし先程の隕石の魔法ではどれだけの数が彼に向かっただろうか。

 特別な眼も感覚も持たない凛は見える範囲しか知ることができない。それでも、見える範囲ですら向かった数が多すぎる気がしたのだ。

 複数の攻撃を受けて動きを変えたゴレームを刀で斬りつける。両断とはいかないが、その斬撃は太い金属の足の半分ほどまでを通過した。

 装甲を傷つけられない拳や矢と、もうひと押しで両断を成せるかもしれない一撃。ゴーレムは再び脅威を思い出し、凛へとターゲットを変更する。

 その判断は間違っていない。凛は最初の一太刀で、両断が可能だと判断していたのだから。今は核を破壊する魔法の準備を待っているだけで、それさえ整えば核を剥き出しにする斬線を描き始める。

 再びターゲットが自分だけとなったことを確認した凛は再び考えを巡らせ始める。考え事をしていようと、むしろ戦闘中に考え事をする余裕を生むための稽古を受けていた。格上相手ならばそんな余裕はないが、時間を稼ぐだけの作業であれば磨き上げた技術がそれだけの余裕を生み出してくれる。

 凛はもともと気になっていたのだ。作戦の内容を読んだ際、ウミナリの対応できる数が書かれていなかったことが。

 ウミナリの強さは聞き及んでいるが、実際に見たわけではない。皆は何体を相手にしても大丈夫だと語っていたが、それを信じることはできなかった。

 だから信頼できる相手に聞いた。

 

『倒すだけならば何十何百いようと勝てるでしょう』

『それよりも数よりも致命的な見逃しに気をつけるべきかと思います』

 

 2つの言葉の真意は結局、わからずじまいだ。考えるのは自分の役目ではなく友の役目……いや、友が担ってくれていたからこそ、今までは考えずにいられた。凛はそう考え、今回も考えることを放棄した。

 別に無理だと諦めたわけではない。自分が最も役に立てることを考えた結果、いつもと同じように目の前の脅威と戦うことだと判断したからだ。

 そもそも凛はアダマンタイト・ゴーレムを知らない。刀で斬れぬとなれば有効な攻撃手段すらなくなる相手なのだ。そこに結論がでるかも怪しい考えまで持ち込むなど慢心に他ならない。

 しかし少数なら勝てるとわかってしまった今、考えに割り振る余裕が生まれてしまった。ならば考えなくてはならない。

 先で待つ友たちに笑顔を向けるために。

 

 

 

「っーーーーーー!」

 

 突然、皆の耳に力強い咆哮が届いた。目の前にアダマンタイト・ゴーレムがいるというのに、それだけで身を震わせて動きを鈍らせてしまうものがいたほど強いものだった。

 その発生源は最も多くの魔物が集う場所。ウミナリがいるはずの場所。しかし何層にもわたるアダマンタイト・ゴーレムの壁でウミナリが何をしているかは見えない。僅かに見えるのは空に広がる青色の巨大な翼だけ。

 竜人族の戦闘を見たことがあるものは理解した。それは竜化と呼ばれる、竜人族が最も強い力を発揮した姿であると。人族よりも遥かに大きな巨体に空を覆うような翼、森を薙ぎ払うような尻尾に撫でるだけで人を斬り裂く爪を有した、鱗を纏ったトカゲに翼を生やしたと現すには畏れ多い"力"を宿した姿であると。

 しかし竜人族の"戦闘を"見たことのあるものは少ない。人の姿で戦うこともあるが、それを彼ら彼女らの戦闘とは呼べないと竜の姿による戦闘を見た者達は評した。

 

 直前までとは異なる、いくつもの強大な音が戦う者達の耳を打ち始める。竜人族にしか聞き取れないと言われている多重詠唱が耳を撫でていく。

 先程4体目の核を剥き出した凛は次の相手に向かう間に、そちらへと視線を向けた。しかし見えるのは巨大な翼だけ。聞こえるのは強大な打音と身を震わせる咆哮だけ。

 

 凛は駆け回るが、既に救援が必要そうな場所はなかった。しかし皆が戦っている中、手持ち無沙汰に空を眺めているなど許されない。それだけの余裕があるのはいいことだが、そんな姿を見れば必死に戦っている者達の士気は落ちるだろう。

 だから3箇所へすぐさま駆けつけられる位置で止まり、刀をしまって最もアダマンタイト・ゴーレムが存在する場所へと視線を向ける。

 打音は止まらず、今は空からいくつもの雷が降り注いでいる。青白い光はその戦場だけでなく、周囲で戦う者達をも照らしていた。

 ウミナリという人物は1人で外殻を壊し、核すら壊せるだけの力を有している。それは疑いようがなかった。そしてあの数を相手にしてなお生き残り攻撃すら行えているのだから、この集団の中で最も強いことは誰の目にも明らかだ。

 その光景を見て、まるでたった1人の英雄が生贄になっているようにも見えてしまって、凛は唇を強く結ぶ。

 

『英雄の存在が当たり前となってしまえば、ようやく英雄は消えるだろうね』

 

 強い者に頼るのはしかたがない。自分は弱く、英雄は強く。その場を切り抜けるため、次を生きるために頼ることを躊躇してはいけない。

 しかし英雄を英雄でいさせてはいけないとも思う。たった1つの英雄という柱は……きっと人でしかないのだ。自分達と変わらない人でしかないのだ。

 それが凛の出した結論。幼き日に聞いた言葉から導き出した、凛だけの結論だった。

 この言葉だけは誰にも相談していない。翠にも葵にも、それどころか楓にすら相談していない。だから幼い人生を経た凛という人物だけの答えなのだ。

 

 それを思い出した凛は再び考える。今は頼るべき時なのだろうかと。

 打音が鳴り響き、咆哮が地を揺らし、雷が照らす中で考え続ける。アダマンタイト・ゴーレムが1体、また1体と消えていく中で考え続ける。

 迂闊に動けば英雄を生まれさせることなく殺してしまうかもしれない。それだけは避けたかった。

 

 

 

 青い鱗に包まれた巨体を、その腕と尻尾を振り回す。狙う必要はなく、当たれば向こう側が砕けるのだから。

 そして露出した水晶に青白い光が殺到させ、砕けさせる。周囲に存在する外殻へと触れてしまえば雷が吸収されるため、そこだけは緻密に狙う必要があった。

 それを幾度、繰り返したのだろうか。壁と呼べるような数すべてのターゲットを自らに向けるため翼を広げ、微細な魔法を放ち続け。竜の身体を暴れさせ。既にいくつもの金属が地面に散らばっていて。

 それでも壁の先は見えない。戦っている皆の姿を確認できない。十分に余裕をみた数だけを任せたが、万が一にも対応できていない可能性がある。初めて戦う魔物に恐怖してパニックになっている可能性もある。

 魔力の眼は殺到するゴーレム達が邪魔で機能しない。視界はその巨体で遮られている。飛んで眺めようにもどの個体かが維持している重力"乗算"の魔法によって立っているのがやっとだ。

 ただ1人で戦い続ける竜は思う、ただ見えないだけのことがこれほどにも怖かったとは、と。自らに蓄積されていくダメージよりも、その恐怖が動きを鈍らせている気がした。

 あといくつ倒せば壁の先が見えるのか。あといくつ倒せば空から眺められるのか。何十何百が来ようと負けることはないだろうが、それでも油断はできない。竜の鱗を貫通してダメージを与えているという事実が、負けの可能性を忘れさせてくれないのだから。

 自分が死ねば、自分に向かってきていたすべてが周囲に向かう。周囲に散らばっていた数倍もの魔物が突然、襲ってくる。今の数ですら終えられていないのにそれに対応できるはずがないのだ。

 ウミナリはそんな事に思考の一部を支配されながら攻撃を続ける。いつかは見える壁の先を望みながら。

 ――それ自体が慢心であると疑いもせずに。

 

「ガハッ!」

 

 視界が落ちた。身体に強い衝撃を感じる。口から生暖かいものが飛び出ていった。

 それは久しく感じていなかった致命傷だと、ウミナリが気づくためには数秒を要し、同時に今までの慢心が吹き飛び頭の中が疑問で埋め尽くされた。

 壁の内側は魔力感知が通じるのだから、なにかをされればわかる。しかし何もされていないはずでも実際に致命傷を受けているのだ。

 致命傷を受けることすら叶わず死んでしまったチュートリアルとは、焦って誰1人として救えなかったあの時とは違う。

 相手を知っていて簡単ではあっても作戦も練って、しっかりと対応したにも関わらず既知の魔物に遅れを取ってしまった。数が多いだけで脅威ではなかったはずの魔物を見上げている。

 

 (しかし、まだ動けるのだ)

 

 ウミナリは脱力した身体に檄を飛ばす。空を覆えなくなった翼は閉じたまま、大地を踏みしめて、両腕に力を込めて、再び同じ位置に立とうとする。

 しかし、それは叶わなかった。

 

 (なんだ……この魔物は……?)

 

 アダマンタイト・ゴーレムが外装に纏えるはずのない、風の魔法で作られた刃が自らに突き刺さっていた。途切れそうなる意識をなんとか保ち魔物の姿を確認するが、やはりアダマンタイト・ゴーレムと同じ大きさで、同じ形状で、同じ色をしている。

 それでもその手からは魔法の刃が伸びていて、その先にはウミナリの胸があり……ついに視界が闇に染まった。目が空を映さなくなったその時、その巨体は大地を揺らす音を鳴らす。


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