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ノロイ 2/x

 いったいどれだけの時間が経過していたのでしょうか。

 四葉を解放した時には楓が結界を展開していて、イロハも情報兵装を展開して周囲を警戒していました。

 

「どうしたの、イナバ」

 

 顔を赤くした四葉が問いかけてきます。

 今更ながらに考えてみれば、窒息の危険すらあったかもしれません。それほど強く抱きしめていた気がします。

 

「……」

 

 その結果として安堵することができたのですが、どう説明すればいいのか言葉が出てきません。

 

「私も説明が欲しいですね。1時間の間、抱きしめるのは明らかに異常です」

 

 情報兵装を解除して近寄ってきたイロハにも問われます。

 

「四葉、どうして私が見つけられていないと思いましたか?」

 

「いえ、あなたの言葉を聞いて安心したかっただけ。見つけられていなかったの?」

 

 首を傾げる四葉に、首を横に振って答えます。

 

「そうだよね。あの笑顔は見惚れるほど綺麗だったから」

 

 嬉しそうに微笑む四葉を見て、ようやく緊張が解けた気がします。

 しかし説明を求める3つの視線は納得してくれません。まあ、当然ですか。

 

「イナバ、四葉に危険はあったのかな?」

 

 どう説明すればいいかと再び頭を悩ませていれば、隣から解決策を示す声が聞こえてきました。

 

「いえ、ありませんでした。しっかりと確認しましたが、私の思い過ごしでした」

 

 首を横に振り、テヘッと……なんてするはずもなく、ニコっと答えます。

 

「私は危険だったの?」

 

「何が危険かもしれなかったのですか?」

 

「これは知らなくていいです。あまり広めたくないことなので、誰にも教えません」

 

 ながもんにも、にぃにも、いちにも。四葉どころか楓にも教えていないこと。

 それどころか私が優旗から教えて貰った、きっと2人しか知らなかったもの。

 

「……危険はなかったのですね?」

 

「一応、知識だけはありますからね。少なくともその身体での異常は見られませんでした」

 

「まあ、納得しておきます」

 

 やれやれといった様子のイロハですが、絶対に納得していないでしょう。

 そもそもあれは勇者の素質ともいうべき才能の一種なのです。危険などと、異常などとして怯えさせていいものではありません。

 

「ねえ、イナバ。抱きしめる意味はあったの?」

 

「……必要ではありませんが、接触していたほうが早いのですよ」

 

 にんまりとした楓の問いに、苦々しく答えます。

 たしかに接触していなくても、それこそ普段通り生活してもらっていても確認は可能なのですが……数年単位で時間がかかるのです。

 急ぐことでしたし、"接触して受け入れられている状況"で調べるのが最適でした。

 ええ、他意はありません。本当に。

 

「本当かな?」

 

「楓、あなたも四葉に話があるのでしょう。私が言えたことではありませんが、あまり遅くなりすぎないようにすべきですよ」

 

「は~い」

 

 楽しそうに返事をした楓は、すぐ近くにいる四葉を向きます。

 

「四葉くん。少し話があるんだけど、時間を貰ってもいいかな?」

 

「それはかまわない。あと、四葉でいい」

 

「じゃあ四葉。あっちのベンチで話そっか」

 

 楓はそう言い、四葉の手を引いてベンチへと向かって歩いていきました。

 これで残ったのはユウと私と、なぜか残ったイロハだけ。そのイロハは四葉がベンチに座ったのを確認した後、立ち上がって私の隣へと座り直しました。

 

「行かなくてよかったのですか?」

 

「四葉を領土へ勧誘するのでしょう? それに、楓が四葉に危害を加えるとは思えませんから」

 

 楓と四葉が話す様子を嬉しそうに見つめるイロハは、きっとその光景を望んでいたのでしょう。

 私と同じように。

 

「ところで、本当に何をしていたのですか?」

 

「いったら怒りそうだから言いません」

 

 隣りに座ったユウへアイテムボックスから取り出した飲み物を渡しつつ、イロハの質問に答えます。

 

「心配で眠れそうにないのですけど?」

 

「四葉を覗いていたんじゃないかな、多分」

 

「ユウ……」

 

 なぜか答えてくれたユウへと視線を向けます。じっと見つめます。

 

「覗いていた? まさか核となる情報体を、ですか!?」

 

「そうですよ。まあ所詮は一致探査ですから、0・1確認に近いものです」

 

「それは……手を加えたりは?」

 

 イロハが真剣な表情で、心配そうな声音で聞いてきました。

 それは四葉を心配したものではなく、きっと私を心配したものでしょう。

 

「それはあなたが知っている通り。あれは情報を得る技術であって、覗いたといっても撮影した写真と手元の情報を見比べるようなものですから」

 

「やはり"それ"を汎用化したのですか。よくでき……いつからしていましたか?」

 

 イロハは表情を苦々しそうなから、少しだけ期待するようなものへと変えて問いかけてきました。

 ころころと変わる表情ですね、まったく。

 

「私達は展開直後から、欠片程度なら誰でもできていたことですよ。ところでコーヒーを飲みますね?」

 

「ええ、いただきま……失礼しました。ちょっとしたヤキモチとして、許してください」

 

 アイテムボックスから取り出した激甘コーヒーを、『黙れ』と押し付けます。

 一口飲んだ直後に一瞬だけ動きを止めましたが、さすがイロハ。そのまま何も無かったかのように飲み続けました。

 

「……やはりあなた達は、遥か先を進んでいるのですね」

 

 遠く手が届かぬものを見るように、月を見上げたイロハが呟きました。

 それは聞かなかったことにして、別のことを問いかけます。

 

「四葉は楓の領土に参加すると思いますか?」

 

「あなたがいるのですから、するでしょうね。なぜだか四葉は楓よりも、あなたに視線を向けていますから」

 

「それは解決したでしょう」

 

「どうだか」

 

 そう言ったイロハがずずずっとコーヒーを飲めば、口に手を当てて咳き込みました。

 

「にぃ……仁淀や長門から誘われたでしょう? そちらはいいのですか?」

 

「あちらに参加させるくらいなら、楓の傍で暮らしてほしいです。自由に生きろと言ってくれたのはあなたでしょう?」

 

 そう言ったイロハは「ねぇ?」と笑いかけてきました。

 

「まあ今の日本は強いらしいですからね。どうなってるんですか、そのあたりは」

 

「護や四葉から聞いた話によると、なんでも守護神……本物の神様がいるみたいですね。情報体も魔法もない世界でただ2人、唯一の強力な異能を使う存在。それでいて長門や仁淀のような思想の持ち主。あんな人がいればと、つい思ってしまいましたよ」

 

 イロハは、まるで今ではない場所を見るように何もない空間を眺めながら答えてくれました。

 そんなイロハを見て、疲れているのだなと思い

 

「イロハ」

 

 身体を抱き寄せ頭を膝に乗せさせます。手に持っていたカップは便利な魔法で、横になってもその中身を零すことはありません。

 

「アルファ世界が最も強い力を有している世界です。あなたがそれを見逃しているということは、疲れているのですよ」

 

「そうかもしれませんが……いえ、そうなのでしょうけど……なぜ膝枕なのですか?」

 

「絵面が楽しいからです」

 

 嘘です。

 抱きしめるのも、膝枕も。私がされて、とても落ち着いたことだったから。それだけの理由です。

 

「絵面って……まあ、今は甘えさせてもらいましょう。子守唄は無いのですか?」

 

 とイロハが問えば、隣から綺麗な音が聞こえてきました。

 

「あら、ありがとう」

 

 と笑ったイロハは、すぐに瞼を伏せます。

 そして数分と経たずして、小さな寝息が聞こえてきました。

 

「ようやくこの子にも、安らぎが与えられましたか」

 

 夜空の星星を見上げて呟けば、心地良い音と綺麗な景色に私も眠ってしまいになります。

 それでも寝かしつけた本人なのですから、少なくとも四葉と2人での帰りを見送るところまでは起きていないといけません。そうでなければ、私の膝は安心を与えられないことになりますので。

 と、そんなことを考えていれば背中に暖かい重さが加わりました。当然、音の発生源も後ろへと移動しています。

 

「楓は勧誘できるでしょうか」

 

 呟いてみても、音は揺れません。背中の暖かさも変わりません。

 ついでに膝のうえの寝息も変わりません。この程度で起きられるほど、ユウの子守唄は甘くありませんから。

 

「まあ最初から、交渉の失敗など考えていませんでした」

 

 そう、どちらでもいいとしか考えていないのです。

 チラリと2人がいるベンチへ目を向けてみれば、楓と四葉は座ることなく向かい合っていました。そして楓が微笑みかけて、四葉が頷いて。

 

「楓が交渉を望んだ時点で、四葉が決勝に来た時点で、楓と戦ってしまった時点でこの結末は確定していたのかもしれません」

 

 得ている情報に意識を回せば、解析すれば音は拾えるでしょう。しかし、そんな無粋なことはしたくありません。

 平然とした足取りで、少しだけ嬉しそうにこちらへ向かってきている楓から、少しだけ後ろを歩く不思議そうな様子の四葉から、答えを聞きたいのです。

 結果を知るという意味においても、この選択による違いは遥かな情報の違いをもたらすでしょうが、なによりワクワクするではありませんか。

 

 楓が1歩、2歩と近づいてくれば、しだいに奏でられていた音が溶け込んでいき、ついには静かな空間へと移り変わりました。

 

「イナバはさ、四葉が姉さんを選んでもよかったの?」

 

 背中側からひっそりと、声が聞こえてきました。

 

「互いを知らない状態で選んだのなら、引き離します」

 

 そう、運命などという不確かな繋がりだけで選び取るのなら。

 

「ですが、あの子達はまず互いを知ろうとするでしょう。特に楓は」

 

 確かな理由を携えれば、運命の繋がりがどうあったとしても、それを知ってしまったあとでも、相手を好きでいられる。少なくとも私はそう思います。

 

「ふふっ、そっか」

 

 嬉しそうな声が通り抜ければ、楓はすぐ近く。

 それは結論の時もすぐ近く、ということです。

 

「どうでしたか、楓」

 

「かなり無茶な頼みだったけど、承諾してくれたわ。ちょっと危ないんじゃないかって説教したいくらいよ」

 

 嬉しそうにハミカミながら伝えてくれる楓を見て、思わず頬が緩みます。

 

「違う。あの子のためだから、あの子を思うあなたのためだから引き受けたの。他の子なら、きっと引き受けていない」

 

 "他の子"が示したのはどちらなのでしょうね。あるいは両方、であれば嬉しい気がします。

 

「それでも頼んだ以上は対価があったほうがいいわ」

 

「それであの子の笑顔が見えるかもしれないのだから、十分な対価」

 

 四葉の返しに、楓はぐぬぬと言葉が出ない様子です。

 

「まあ終わった後に報いればいいではありませんか。まさか感謝の気持ちまで払いのけることはしませんよね?」

 

「それは受け取る。ただ金銭や物品を対価に引き受けたくなかっただけ」

 

 四葉が不満そうな表情を浮かべて答えてくれます。

 楓はいったい何を提示したのでしょうね。

 

「金銭や物品ではない、思いによる対価ならいいのですよね。それなら1日デート権とか、どうですか?」

 

「そ、それは……」

 

 四葉は少しだけ頬を赤くして、続きを言い淀みます。

 完全に身内贔屓が入りますが、客観的に見ても楓は可愛いですからね。そのうえ友達のために動く姿勢から性格も良いと判断できますし、あまり知らない今であっても1日デート権ならば嬉しいものでしょう。

 ああ、尾行したいです。

 

「イナバ……」「イナバ……」

 

 恨めしそうに呟いた楓の声とは別に、もう1つ私の名を呼ぶ声が聞こえてきました。それは膝の上からではありません。

 

「まあ、それも楽しそうだからいっか」

 

 と小さく、きっと私だけ聞こえるように呟かれた言葉が、2人に届いたかはわかりません。

 それでも楽しそう……いえ、期待しているように聞こえたのですから、私が致命的な間違いをしたわけではないでしょう。そうであれば正してくれるはずですから。

 

「ところで。どうしてイロハはイナバの膝枕で眠っているの?」

 

「ほら、女の子でも意地を張りたい時はあるものだということです」

 

 ね、と微笑みかければ四葉が首を傾げました。

 四葉の隣だから、四葉に良い所を見せたいから、この子の笑顔が見たいから、だから多少の無理は押し通りで頑張ったりはするものです。

 ただ少し長すぎた、それだけのこと。

 

「あとでほっぺにちゅ~してあげれば良いってことだよ」

 

「え、そうなの?」

 

 真剣な表情で、少し恥ずかしそうな様子の四葉が私の後ろに向かって問い返します。

 

「ユウくん、あんまりからかわない」

 

「は~い」

 

「え、からかわれたの?」

 

 楓のお叱りを受けたユウが楽しそうに返事をし、そのやり取りで四葉がさらに混乱して。

 その様子を見て、イロハの頭を撫でながら思うのです。膝の上で眠るこの子は、きっとこんな未来を望んでいたのでしょうか、と。

 まあこの子の様子を見ていれば、それが答えとなるのでしょうね。

 

 続く賑やかさに耳を傾けながら、続く夜空を眺めます。明日も続いていますように、と。


これにて2章完結です。

少し長くなりましたが、ご覧頂きありがとうございました。


2章冒頭で記載した凛ちゃん戦に関しては暇を見つけて書き進め、3章との間に投稿します。1話か2話程度になる可能性が高いです。

3章に関しては終盤を書いている途中ですので、2章よりはお待たせしないかなと思っています。(多分)


最後になりますが、次もお付き合い頂ければ嬉しく思います。

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