祝勝会のあと 1/1
料理を作って帰ってきてみれば、既に部屋は和やかな雰囲気で満たされていました。昨日、領土を巡って争いあった仲とは思えない、笑顔が咲く好ましい場です。
「イナバ、おかえり」
「はい、戻りました」
アイテムボックスから料理を取り出して並べていれば見慣れた顔が2人、加わっていました。
「追加で欲しいものがあれば言ってください。材料がなくともあまり高すぎなければ仕入れてきますので」
料理を並べ終え、そう言っておきます。
「さて、改めて初めまして。領土『日本』所属、秋津島・護が召喚したナガトだ。昨日の接戦は楽しかったので、また機会があればお願いしたい」
立ち上がったながもんがそう言い、こちらに右手を差し出してきました。
「聞いているかもしれませんが、そこのユウが召喚したイナバです。私はあれでギリギリですので、勘弁願いたいですが」
その手を握りつつ、こちらも自己紹介で応えます。
それにしても、初めて会った時と同じく『ながもん』と紹介してくれればいいものを、真面目に自己紹介をするなんて。間違えてながもんと呼んでしまったらどうしましょうか。
まあ今日、帰るまでにながもん呼びの理由付けと定着を行っておきましょう。
さてと、手を離してもう1人を向きます。
「領土未所属、四葉が召喚したイロハです」
そう言って右手を差し出してきたイロハは笑顔こそ浮かべていますが、どうにも避けられている雰囲気があります。まあ昨日、あれだけ言ったので当然でしょうか。
「はい、そこのユウが召喚したイナバです」
まず自己紹介で応えて手を握り、離してから続きを口にします。
「ええっと、昨日は言い過ぎました。ごめんなさい」
そう言い頭を下げます。
言い過ぎたのは自覚していましたが、それでもあの場では止めることなどできませんでした。幸せで強くない四葉をしっかりと見て欲しいと、伝えたかったのです。
「いえ、どちらかといえば救われました。決勝までスムーズに進めて天狗になっていたのでしょう。鼻を折って頂き、ありがとうございます」
イロハはそう言い頭を下げました。
ああ、もう。これだからイロハは強くなるのです。変に意地を張らず、向けられた言葉をすべて受け止め、自分で最善を見つけ出す。私なんかとは大違いですよ、まったく。
「あなた達は強いですよ、間違いなく。ただ経験が違うだけの話で、それは時間が解決してくれるでしょう。だからゆっくり、道端に咲く花も見ながら進めばいいのです」
そう、全力で駆ける必要なんてない。そんな人生に意味などないのですから。
「ええ、そうしようと思います」
そう言いニッコリと笑ったイロハの笑顔が眩しくて、きっとこんな未来が欲しかったのだろうと思わされます。
「ねえ、どんな話をしたの?」
「この雰囲気、どう考えても秘密な話ですよね。教えてあげません」
「そうですよ、楓。女の子は秘して美しさを増す……とか聞いたことがあります」
秘密の種類にもよるのでしょうね。それに美しさの種類が、きっと私の好みではありません。
「ぼくは素直な笑顔のほうが好きだな」
「私も」
イロハの意見に対して、ユウと四葉が否を示します。いえ、正確にはより好きなほうを伝えたのでしょうか。
それは誰に、と少し気になりますが……ああ、こういう"見えない言葉"が、相手をより魅力的に映すのですね。
「まあ隠されて悲しいこともあるから、ほどほどに」
さっそく料理を小皿に移していた葵の言葉に、少しドキッとしてしまいます。
部屋を見ていた情報の眼が、イロハの動きがぎこちなくなったことを、ながもんが一瞬だけ手に力を込めたことを知ってしまいます。
私は当然として、ながもんの拳も気づかれないでしょう。それぞれの召喚主以外には、ですが。
「そういえばイロハも料理ができるの?」
四葉の一言が場の雰囲気を変えます。
イロハの動揺は召喚主どころか、凛や楓にすら気づかれようとしていたのでフォロー、ということでしょうね。あるいは召喚主の四葉は、もっと前から知っていたか。
「できますよ。長門さんもできますよね?」
「すまないな」
イロハの振りに、ながもんが余裕ある笑顔で答えました。
ながもんは料理はできるのですが、やればできるのですが、やらないのです。前に罰ゲームで指定した料理を作ってもらった時は細工まで問題なくできていたので、やらないだけです。
「たしかに料理は知識だけでできるものではないからな。私もおにぎりと卵焼きしか作れないよ」
「凛は飾り付けとかだけを任せると私よりも上手いのですが……」
凛がうんうんと頷き、翠が付け加えました。
これで私が料理の腕を知らないのは残り4人。サリア、葵、護、四葉だけですね。
「葵は料理がうまいのでは?」
「葵ちゃんはそつなくこなす感じだよ」
おや、もっとうまいかと思っていましたが……まあ、15歳で料理をそつなくこなせる人材がどれだけいるかという話ですよね。
「翠ねぇや楓やイナバと比べられると、見劣りする」
「私の調理は欠点があるので単純な比較はできないでしょう。ところで男性陣は?」
そう言いチラリと"護に"視線を送ります。
ああ、こういう時に大人"な"男性がいるって便利ですね。
「伊達に1人暮らしはしてないからな、ここに並んでる料理や本職とまではいかずとも一通りはできるよ」
「私も凝ったものでなければ」
「え!?」
四葉の答えに驚きを表したのは、なぜかイロハでした。
「どうして驚くの?」
「いえ、男の子は料理などよりも外で悪ガキをしているもの、と思っていたので」
視線を逸したイロハがそう言いました。
「……ねえ、イナバ達の知識っていつの時代が基準になってるの?」
楓が訝しげな視線を向けて問いかけてきたので、ユウの隣に座りながら答えます。
「いつ、と言われても今を知りませんので。それに個々に差があるようなので、もしかしたら幽霊として彷徨っていて、その時に得た知識かもしれませんね」
「あはは……怖いことを言うね、イナバ」
私の言葉を聞いた途端、楓は声は僅かな震えを帯び、まるでその系統の話は苦手ですと言わんばかりの様子を見せました。
その様子に疑問を覚えます。楓は幽霊に怯えない、それこそ幽霊すら受け入れるような性格だと思っていましたから。そして、それが間違いでないと示すように凛と翠と葵が、不思議そうな視線を楓に向けました。
今にも3人の誰かが問いただしそうな、そんな雰囲気の中で
「え、幽霊って魔物じゃないの?」
サリアが明るい声で質問をしてくれ、怪しげな雰囲気が取り払われます。
「幽霊とは死者が何かしらの心残りから、意識だけとなって現世に留まり続ける存在。あなたの世界にも似た話があるのでは?」
「え……死んじゃっても、残れるの?」
明るさを残しつつも緊迫を含んだ、まるで縋り期待するようなサリアの声音に違和感を感じます。
「ダメだよ、サリアさん。魂が汚れて、よほど高潔な魂でもない限り、いずれは悪霊となるような存在だから。残した娘が心配で、気づけば大人になった娘が恐怖の眼を向けてきているなんてこともあるからね」
ユウの言葉にサリアが息を呑みます。
強い意志だけでどうにかなる問題ではありませんからね。見守ってきたはずが気づけば祓われる間際で、恐怖に歪んだ娘の顔が祓師に問いかけていて……なんて悲しいものです。
「だから大切な存在に、そんな形でも残っていて欲しいなんて願ってはいけないよ」
そう言ったユウが浮かべる哀しげな表情が、まるで実体験のように思わせてきて。聞いていた皆が動きを止めてユウを見つめています。
「最期のあとは安心して逝けるように笑顔で見送るんだ、『私は大丈夫だから』って。そして年に1度は伝えるんだ、『私は幸せだから安心してね』って」
移り変わった幸せそうな笑顔が、幸せを抱くような仕草が、言葉通りの『安心』を伝えてくれるようで。緊張が解きほぐされたように皆が安堵の息を吐き出しました。
「……それは、誰かを納得させるための言葉だったのでは?」
思わず口から漏れ出た言葉に、ユウは驚いた表情を浮かべました。
「よくわかったね」
ユウの応えはその言葉と、嬉しそうな笑顔だけ。続く言葉はなく、話は終わりと言わんばかりにユウの手は並べられた料理へと向けられました。
「ところでサリア、そっちの世界には幽霊という概念はないのか?」
「あるのはあるんだけどね、結末はすべてゴースト系統の魔物になって退治されるばかりだったから……どうしても結び付けられなくて」
サリアは凛の質問に答えつつ、恥ずかしそうに頬をかいています。
「こちらにもそういう話はありますね。むしろ幽霊といえば驚かしてくる怖い存在、というイメージが強いのではないでしょうか」
「そうなの?」
「たしかに。夏には怖がるために幽霊がいそうな場所を散歩する肝試しもある」
翠の解説にサリアが首を傾げれば、葵が補足してくれます。
そして肝試しで思い出しましたが、そういえば
「すぐ近くに肝試しに最適そうなな墓地のようなオブジェクトがたくさんありましたね」
と呟けば、四葉"だけが"ビクッと反応しました。
「え、いつ見てきたの? 時雨ちゃんのところに行ってた時以外、ほとんど一緒にいたよね?」
「私達の種族はあなた達ほど眠る必要はありませんので」
驚いた様子の楓から質問ですが、きっとフォローなのでしょうね。これで今の私が街の外を知っていても、ここにいる皆は納得する理由ができたわけですから。
まあ実際に街の外に遊びに行っていた場所の知識しか話していないので怪しまれることはないでしょう。
「……ちゃんと寝なきゃダメだよ?」
とか考えていれば楓から心配されてしまいました。
……やはり、人の心を見通すことはとても難しいですね。いえ、私は"楓を"よく知らないのですか。
でも、知っていても――
「むむ、グラタンが消えている?」
四葉の声に思考が中断します。そしてテーブルのグラタンを置いた位置を見てみれば、確かに空のお皿だけが存在していました。
「当然、早い者勝ちだよね?」
ユウがニコっと笑顔を浮かべて、そう言いました。そういえば、ユウの好物の1つはグラタンでしたね。
「そうだぞ。こんなに美味しい料理、冷めてしまってはもったいない」
大人げなく大人な護は、既に複数の料理を小皿に取っています。隣に座っているながもんも同様に。
「大人げないですね、秋津島さん」
そう言いながらも楓は小皿を手に取り、料理を確保していきます。
「君は知っている側だろう。大人は汚さを請け負うもんだよ」
護のその言葉には十分な重みがあり、しかしながら追加で料理を確保する手が重さを消して。
「たしかにせっかくの料理。冷めてはもったいないし、イナバにも失礼です。私達も食べましょう」
そう言いながら翠はお皿に料理を取り、葵の前に置きました。
「翠ねぇ、自分のも取って?」
その行動に対して、葵が不満そうに要求します。
そんな2人を見てみれば双子ではなく姉と妹のようにも見えてしまって、それでも"互いをしっかりと見ている"ところがとても良く似ていると思いました。
……私はどうだったのでしょうね。双子でもなければ同じ母から生まれた存在でもない。それでも妹であると可愛がられ、姉と慕い、笑いあって。
自分が弱いと悩んでいながら、最期には私にできない強さを見せつけて。
……まあ、今に悩む必要はないでしょう。もしかしたら願ってはいけないことなのかもしれませんが……待っていますよ、もみじ姉さん。
気持ちに一区切りをつけたところでテーブルにある空の皿をアイテムボックスにしまい、次の料理が乗った皿を入れ替えるように取り出します。
そうすればすぐに皿の上から料理が減って、それを見て思わず笑ってしまって。
ああ、やっぱり料理は気の置けない仲間達と一緒に食べるのが良いですね。




