にぃの企み 1/1
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もうすぐ太陽が頂点へと到達しそうな頃、最近になって住人が現れた館のすぐ前では2人の竜人族がイライラとした様子を隠そうともせず、館を睨んでいた。
「くそ、連絡手段が無い」
「呼び鈴すら付けられんとは、これだから人族は……」
道行く人々が視線を向けるが、2人は気にしない。
赤色の髪と赤い瞳、藍色の髪と藍色の瞳を持つ2人はともに僅かな幼さを感じ取れる見た目をしているが、それを差し引いても視線を向けられてしまう。それはもう1つの同名種族が要因なのだが、この2人はそれを知らない。
「おや、こちらにごようですか?」
「そうだが……誰だ?」
2人に尋ねたのは1人の女性。
腰下まで伸びる黒曜のような黒髪と同色の瞳を持つ、落ち着いた雰囲気の女性だが、多くの人の目を引くのは容姿ではない。黒色をしていて弛そうな上下の衣服、アルファ世界の日本でジャージと呼ばれる衣服を着ているからだ。
街は魔物が出難いだけで出ないわけではないと知っていれば、たとえ街中であっても戦える服装をしているのが普通。そこで戦うつもりの無いような服装をしているとなれば、よほどの自信があるか、それが常識ではないか。
見た目が人族に似ていたこともあり、竜人族の2人は後者、安全なアルファ世界からログインしている無知で弱い種族だと判断した。
「別に名乗るほどの者ではありませんが……もしかして中と連絡が取れないのですか?」
「そうだ。人族は呼び鈴すらつけられないと見える」
1人が嘲りと苛立ちが混ざったような声で返せば、女性は柔らかな笑顔を浮かべて口を開いた。
「そんな不必要なものをつける意味がないからですよ。ですが、お困りのようなら外に出てくるように、連絡しましょうか?」
「なんだ、知り合いか?」
「知り合いでなくとも連絡はとれますので」
嘲りもなにもない、それが普通だと告げるたような返答に竜人族の2人の苛立ちは増す。
「ちなみに要件は?」
「弱い種族に領土の長は務まらないだろうからな、強い我々が代わりに治めてやろうと思ってな」
「あのような卑怯なことさえされなければ、圧倒できたものを……」
それを聞いた女性は笑みを増す。
「それは面白い。それでは、私に勝つことができたら連絡しましょう」
「そのような無駄な時間はない。早く連絡しろ」
「いえいえ、ここで逃げるような雑魚が領土を治められるはずがないでしょう?」
苛立ちを増していく竜人族の2人に対して、答える女性は変わらぬ笑顔のまま。それがさらに、2人の機嫌を悪くしていく。
「尻尾を巻いて帰るか、僅かな可能性に縋るか。早く選びません?」
「いいだろう。たとえ矮小な相手の挑発とはいえ、逃げては竜人族の名が廃る。特別に受けてやろう」
「そうですか。それでは訓練場で行いましょう。大丈夫、費用はこちらが持ちますから」
「当然だ」
竜人族のうち1人は自分達をここから離す作戦かとも思ったが、それならば早々に蹴散らして戻ってくればいいと考えた。
それに約束を破るようならばアルファ世界の人族は、この領土の長はその程度の人間だと触れ回ることができる。そうなれば相応しい長が治めるべきだと声が上がるかもしれないと夢想を描く。
振り向いた女性が訓練場へと足を進めれば、意気揚々と、先程までよりも機嫌を良くした竜人族の2人がついていく。
処刑場への、その道を。
数十分後、竜人族の2人は草原に伏せていた。伏せさせられていた。
2人の身体を抑えるのは多くの槍と、鎖と、それを持つ人型達。四肢と翼は多くの槍で地面に縫い付けられ、巨躯は槍の穂先に繋がる鎖で縛られている。
「貴様、騙したな!」
「1人で戦うと言いながらも、これだけの大人数を待ち伏せさせておくとは!」
その視線の先には2人を優雅に見下ろす女性が1人。そして槍を持った、数多の人型達がまるで護衛のように取り囲む。いや、それは正確ではない。
「これは私が召喚した人形達です。情報体や素材の獲得から加工、召喚まですべて、私1人の力で行ったものです。そうであれば、これは私1人といえませんか?」
女性はそう言い、伏せる2人にニッコリと笑顔を向ける。
「それにしても、この程度の力で領土を治めるなんて竜人族の方は冗談が下手なのですか?」
不思議そうに首を傾げた女性だったが、"名案"だと言わんばかりの表情を浮かべて言葉を発する。
「ああ、我らが国の民が得た領土を難癖をつけて掻っ攫おうということですか。つまり、我らが国へ喧嘩を売りたかったのですね」
伏せさせられたままの竜人族の2人は、何を言っているんだと女性を見る。
「それでは領土『日本国』の総代代理補佐である『ニヨド』が、その喧嘩を……つまらないですね」
女性はとても楽しそうに語っていたが、途中で言葉を止めたかと思えば、続く言葉通り表情をつまらなそうなものへと変化させた。
「とても残念ですが、ガンマ世界の竜人族の長から連絡がありました。そのような愚かな同胞はいないと。そう、強さを誇示して負けるような愚か者はいないと」
一転して表情を変えた竜人族の2人。今までのような不遜さは無く、ただただ怯えるような表情へと。
「う、嘘だ。貴様のような人族程度に、我らが長が、言葉をかけるはずがない」
「嘘でもいいではないですか。ここにいるのは勝者と負け犬だけ。領土同士のいざこざなど無く、日本国に属する私が、どこにも属さない愚か者を負かしただけ」
侮辱の言葉に声をあげようとした2人だが、それは叶わない。
既に開けさせる意味の無い口は槍で貫かれ、抑えられ、ぴくりとも開くことはない。
「良い機会だと少し揺らしてみましたが、噂通り長"だけ"は優秀なようで」
女性がそう言いながら持ち上げた手を振り下ろせば、2人に数多の槍が突き刺さる。僅かに暴れようとしていた身体は力無く止まり、すぐにこの場から消えていった。
「まあ彼女が止められている限りは敵国ではありません。彼女が離れるか、彼女を離すかすれば、そもそも勝負になりません。そうなれば……そうですね、得られた領土はもう1つの竜人族へと渡して頂けるように提案しましょうか。より良い同盟国となって頂けるように」
そう言い終えてニッコリと笑った女性だったが、すぐに落ち込んだ様子を見せた。
「それにしても、です。どうして私も呼んでくれなかったのでしょうか……イナバ達との祝勝会、楽しみだったのに」
独り言を呟く女性を残し、取り囲んでいた多くの人型達が消えていく。僅か1秒にも満たぬ時間が過ぎれば、草原を埋め尽くしていた人型達はもういない。ただ頭脳1人を残すだけとなった。
そして残る勝者が戦闘終了により帰れば、静かな草原には誰もいない。
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