四葉 1/2
試合終了後の控室。参加した皆が疲れた様子で床に座っています。傷は治り、体力も回復しているはずなので、精神的な理由でしょうか。
「優勝おめでとうございます」
私がそう言えば、皆はこちらを向いてニコっと笑い返してくれました。
さすがにこの状況で対戦相手に会いに行こう、などとは言えません。落ち着き、祝勝会で気分を盛り上げて、それから希望者だけで行くことにしますか。
まあ楓だけは連れていきますけど。
そう結論を出して兎形態に再展開し、ユウの膝の上に飛び乗ります。
ながもんとの会話で少し落ち着いたとはいえ、まだ冷静になれていない気がしますから。待っている間に落ち着いておきましょう。
「イナバもお疲れ様」
ユウがそう言い、撫でてくれます。
幸い控室は日付が変わるまで私達が使用できることになっているので、皆の気力が回復するまではこのままでもいいでしょう。ユウとサリアのお腹が空くという点に目を瞑れば、ですが。
暇なので空いた時間で集めていた情報体をいじっていれば、視界の隅に文字が表示されました。そこはこの建物の管理情報体からの通達などを表示するよう設定していたのですが、どうやら来客のようです。
この部屋にこのタイミングでの来客。控室に繋がっている通路は出場選手しか入れないとくれば、もう答えは出ています。対戦相手の誰か、あるいは街の管理権限を有する誰かです。
幸い千里眼は一部を残して使っていないので、私にも誰が来たかはわかりません。あれだけ煽ったので、もしかしたらイロハかもしれません。
少しドキドキしながら通話を選択しようとすれば、それよりも先にサリアが立ち上がりました。そしてドアへ向かって歩いていき、開け放ちます。
「どなたですか?」
「私は四葉。このタイミングで来るのはまずいかと思ったけど、少し話をさせて欲しい」
サリアがとても微妙な表情を浮かべながら、こちらを振り返りました。困ったような、警戒しているような、そんな表情です。
「誰に用事? あと、1人かな?」
「兎の子。1人で来た」
サリアに応じてユウが問いかければ、四葉が答える頃には皆の視線がドアのほう、四葉へと向いていました。その訝しげな視線は、なぜ会ってもいないはずのイナバなのか、と問いかけているようです。
「イナバちゃんは疲れて眠ってるの。あとにして」
そう言ったサリアは、ドアをバシンと閉めました。そしてそのまま少しだけ固まったのち、苦笑いを浮かべてこちらを振り向きます。
「もしかして、まずかったかな?」
「いえ、かまいませんよ。あなたの行動は間違っていません」
「良かった」
ホッと笑顔を浮かべたサリアは再び長椅子へ、ユウの隣へと腰かけます。
「精神的に疲れている状況での話し合いなど、相手に有利に進むだけですから。こちらに選択権があるのならば、十分に回復するまで引き伸ばすのは間違っていません」
などとは言いましたが、別に疲れていないのですよね。むしろ少し高揚しているので、相手に不利な条件を叩きつけつつ煽るくらいはしたかもしれません。
と、まあそれは交渉事などの場合です。よもやながもんがいながら領土を譲って欲しいなどとのたまうとは思えないので、もしかするとイロハが落ち込んでしまったのかもしれません。
それで直前まで戦っていた私に理由を尋ねに、といったところでしょうか。ながもんは『追いついたら既にイナバ1人だった』とか言ってそうですし。
「あの様子はイナバに"良い"興味を持っていた感じだったね。見えていなかったと思うんだけど、どうしてだろう」
と、上から声が降ってきたので答えておきます。
「小さな航空機が飛んでいたでしょう。あれが視界を代替していたのかもしれません」
「あの上空で飛んでいたのだな。私の刀も楓の魔法も、葵の矢すらうまく避けていて厄介このうえなかったな……」
少し落ち着いた様子の凛が思い返すように呟きました。他の3人も外からの来訪者により緊張感が戻ったのでしょう。試合終了直後にくらべて、気を引き締めているように思えます。
「……ねえ、イナバ」
「はい」
「私達から会いに行ってみない?」
そう言った楓は、まるでいたずら小娘のようにニコっと笑いました。
「それはいいな。私もあの男性と話がしてみたい」
「私も同行しましょう」
凛と翠が楓の意見に賛同し、部屋の中にいるうちの半分以上が行くことに。
そこで残る3人にそれぞれが視線を向けてみれば、誰も頷きはしませんでした。
「う~ん」
「後日のほうがいいと思う」
サリアは唸り、葵は否定意見を出してくれます。まあ勝った側がすぐに会いたいとなれば、それは勧誘の可能性が高く見られるでしょう。
それの何がまずいか。楓の領土が人を迎える気がある、あるいは人材を欲しているととられて、領土に参加希望の人達が集まってしまいます。
最初から躊躇しない人には関係のない話ですが、こちらの様子を見て決めようと思っていた人達ですら来てしまう可能性が高まってしまいます。
つまり面倒なのですが、楓がそこに気づいていないとは思えません。なので対策を思いついているか、そのリスクを負ってでもこちらから会いたいのか。
「葵とサリアは、会ってみたくはないですか?」
提案者は楓。ならば面倒なことはすべて楓が対処するのですから、大切なのはここでしょう。
「私は興味が無い」
葵はきっぱりと言い放ちます。
「私はどっちでもいいよ。うちの国もよく、戦った相手を招待してたりしたから」
サリアは朗らかな笑顔でそう答えましたが、それは大人のお話でしょう。笑顔で帰れたのでしょうかね、相手国の人達は。
「葵、リスクが無ければどうですか?」
「通路でも外から見られることは知ってる。どう考えてもリスクが発生する」
葵は首を横に振ります。他の皆はと見回してみれば、楓、凛、翠の3人は静かに見守っています。サリアはぽけ~っとしています。ユウはお菓子を食べています。
つまり葵の意見が変わらない限りは会いに行くことはない、ということでしょう。
そうなると……リスクがリスクでなくなればいいのですか。
どうせいずれは人を誘うことになるのでしょうし、今はここにいるメンバーだけでということを考慮すれば……ああ、そうでしたか。
楓はリスクを受け入れなければならない可能性がある、ということでしたか。
「それでは外から覗かれない可能性が高い場所を提供します。それならばどうでしょうか?」
そこでようやく葵は悩む様子を見せてくれました。
ハッキリ言ってしまえば、どれだけ隔離された場所であっても、そこに辿り着く過程を見られてしまうのでバレないのは不可能です。幻影魔法を使おうが、変化魔法を使おうが、情報体で補っても、この街ではバレてしまうでしょう。1・2陣というのはそれだけ有能揃いみたいですから。
そもそも、です。にぃの存在が確認できているので、全員を欺くなど無理だと理解しています。
「私は……」
葵は何かを言いかけ、言葉を止めました。
その様子を見て、楓と翠も悩む様子を見せ始めます。葵を悩ませてまで行く意味があるのか、と考えているのでしょうか。
「……葵、私は行くべきだと思う」
と、1人悩んでいた様子を見せていなかった凛が口を開きました。
「あの少年と戦った時の楓はおかしかった。近くにいた私だから分かった程度だが、たしかにおかしかった。それを解決するため、と考えてはどうだろうか」
「え……そうなの?」
葵は驚いた様子を見せ、楓に問いかけます。
「うん、まあ……おかしかったとは思ってる。バリアを破れないって知ってたはずなのに、魔法も使わずに、ナイフ1本で突撃しちゃったから。結果的にどうしてか倒せたけど、あれの原因は知っておきたいかな。もっと大切な場面で暴走なんてしちゃったら、あとで泣いちゃうから……」
尻すぼみになる声に、涙を押し隠したような表情に。
大切な場面で最も適切な行動をとった、と私は思うのですけどね。まあそれは"知っている"私の考えであり、同じ考えをできるのはあの場を知っていて記憶もあるイロハくらいのものでしょう。
「べ、別に会うことを否定するわけじゃない。大会は大変だったから、終わったあと少しは休んでいて欲しかったから……だから……」
葵が冷静にあわあわと言葉を並べます。
「葵は優しいのですね。翠と凛はイケイケな感じがありますから、あなたのような人がいなければユウも不安になってしまいます」
「私もそちら側ですか」
翠がジト目を向けてきますが、これは事実だと思います。
楓も、凛も、翠も、それぞれを高く見すぎている感じがしますから。実際に能力はあるのですが、求めすぎているような……まあそんな感じです。
「別に優しくない」
「皆、優しいよ?」
葵がプイッとそっぽを向いた先で待ち構えていたサリアの言葉。それを受けて、もう逃げ場はなく、葵は頬を赤く染めます。
「まあ入領希望者は気にしなくていいです。いまざっと説明を読んでいましたが、人数にコストキャパシティなど、入れられない理由は十分にあります。小さくしょっぼい領土の今、ここにいる全員とあと1人、それも人族が限界でしょう」
申請したのが私でしたからね、説明などもすべて私に届いています。
とりあえず領土長に楓を設定しておいて、あとはユウにも同じ文面を投げていたのですが……のんびりとお菓子を食べていますね、今も。
「それ知らないんだけど?」
「四葉が来たあとに届きましたから、話が終わってから送ろうかと思っていました。今、確認しますか?」
「ええ」
楓が頷いたのを確認して、この場にいる全員を対象に送られてきた情報を共有します。
「……コストの決め方について記載がありませんが、あと1人で間違いありませんか?」
「他の領土と、その構成員を参考にしたコストですので間違っているかもしれません。楓や凛は特に強いので、例外として高い可能性もあります」
楓については問題ありませんが、凛が高い場合は問題です。
領土長にあたる総代および幹部級、最初ならば副領土長にあたる総代代理ならばコストを無視できるのですが、総代代理の枠は1つしかありません。
楓はそこに誰を入れるか。当然、ユウになるでしょう。
私という不安定要素を抱えていますし、なによりユウのコストを公開したくはないでしょうから。
「イナバ、ちょっと」
楓がこちらを向き、胸元のペンダントを握ります。
それを専用通信で話したい、つまり内緒話をしたいのだと解釈して楓に繋ぎます。
『どうしてましたか、楓』
『これさ、凛ちゃんが入れない気がするの』
『私もそう予想していますが、実際に登録してみるまではわからないものです』
領土にある登録クリスタルに触れてみなければコストが判明しないというのは、どうにも首を傾げてしまう仕様です。これでは、領土によってコストが変化するようにも思えてしまいますから。
『そう、よね……』
『例外であれば、他が1人や2人変わったところで入れません。例外は総代代理として入る以外に方法はありません。翠や葵、サリアが遠慮したところで例外は入れませんし、他の1人が入ったことで例外の加入が遠のくということもありません』
例外とはそれだけコストが高いらしいので……ああ、ながもん達が例外なのですか。だから新しい領土が欲しかったのですね。
『……でもさ、それは裏切りだよ』
楓は悲しそうに呟きます。それでも表の楓は真剣そうに空中を視線で追っているようにしか見えません。
『あの子とその従魔は強力な戦力です。協力を願えるならば、それをしないほうが裏切りでしょう。コストキャパシティは倒した魔物の数や、奉納した素材によって得られるポイントで増やせると記載がありますよね』
『そうだけど、そうだけどさ』
ついに空中を追っていた楓の視線が止まりました。
『私は、ここにいる全員で始めたいんだよ。凛ちゃんも、あなたも、誰1人欠けることなく』
『それは無理でしょう。領土は例外なく総代、総代代理1人ずつからのスタートです。事前に素材などを集めておけば足りない期間は短くなるでしょうけど、足りない期間が無くなることはありません』
『じゃあ私が後から――』
『それで凛が笑ってくれるとでも?』
『……』
そんなわけがないでしょう。楓が、それで笑えていないのですから。
『すべてを満たす必要はありません。足りぬ時もまた、価値があるのですから』
『……ありがとう』
そこで通信があちらから切断されました。




