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チェス盤の上で 1/x

 広がる景色は鬱蒼と生い茂る木々であり、それぞれが別々の果実を成しているのが見受けられます。これならば仮に長期戦となっても食料と飽きの心配はしなくてもよさそうです。

 他の場所はといえば湿地帯に沼地、海や草原と様々な環境が一定範囲ごとに広がっています。初期配置が海ではなかったのは幸運でした。

 そして空を見上げれば青空が広がっており、この一瞬を切り取ればピクニックに来た少年が兎に触ろうと近づいている場面に見えるでしょうか。

 

「う~ん……動きやすくなった気がするよ」

 

 それだけこの子の身体が弱かったということでしょう。

 さて、準備を――

 

「イナバ、少し休憩しようか」

 

 柔らかな感触に抱き上げられたと思えば、すぐそばの木へと近づき振り返り、視点が下がりました。

 近くに魔物がいないと理解しているのでしょうね、この子は。

 まあ初めから緊張していては保たないかもしれません。魔物がいない今の状況ならば、開始直後であろうと休んでおくのもありですか。

 他の場所では既に戦闘が始まっていることに目を瞑れば、ですが。

 

「う~ん……静かで暖かくて、どうにも眠気を誘うよね。水源が近くにあれば、小屋を立てて穏やかな生活ができそうだよ」

 

 たしかに大物が出てこない限りは、結界でも張れば問題なく生活はできそうですねぇ。

 

「イナバが寂しくなければ、望んでくれればそんな生活もいいかなって……」

 

 村から追われ、ようやく落ち着いた先での言葉のような雰囲気で告げられましたが、暇なのならそう言ってくれれば……まあなにも提供できませんけどね。

 

「なんて、待つだけは暇だよね。それでも役割上、積極的に動くわけにもいかないし……どうしよっか」

 

 それは穏やかな声で見えない顔から告げられました。

 このような心休まる静かな時も良いものですけどね。それでもまだまだやることがあるのですから、足を止めることはないでしょうね。きっと、お互い。

 

「そういえばさ、イナバはどうして強い人がキングに入ると危ないってわかったの?」

 

『あれがなんの魔法陣だったか、わかりますか?』

 

 ユウの質問に答えるのは目の前の空中に描かれた日本語のそんな文字。別に答えを聞きたいわけではないでしょうから、これでいいでしょう。

 

「わからないかな。僕達の世界に魔法なんて無かったからね」

 

 続く言葉はありません。答える言葉もありません。

 少し離れた場所で戦闘が続く中、この場所だけは穏やかな時間が過ぎていきます。

 誰かがキングを選んでくれればユウと歩き回って暇をつぶせたのですけどね。まあゆったりとした時間も、ユウとなら悪くはないものです。

 他の場所へ目を向けつつ楽しむことにしましょう。

 

 

 

 光差し込まぬ暗い洞窟の中。灰色の髪から同様に灰色で狼のような耳を覗かせる少年が見えぬ相手達と戦闘を繰り広げていた。

 今もまた跳躍した彼の爪が空を舞う何かを引き裂くが、同時に彼も何かを受けたのか普段ならば目を瞑っていても問題なく行える程度の着地でふらついてしまう。

 

「ああ、もう。早くキングを守りに行かねえとならねえのに厄介な場所で厄介な相手と戦うことになるとはなぁ」

 

 彼は開始直後からこの暗い洞窟の中にいた。

 真夜中のまりでも魔物と戦うこともあるので暗いだけなら問題はない。彼らの種族には目よりも優秀な感覚器官として鼻があるのだから。今も鼻を頼りに、飛び回っている魔物を鋭くした爪で切り裂いている。

 しかし魔物の数が1体ではなかったのだ。その上で今の状況、どうにも平衡感覚を狂わされているらしいことはわかっているのだが、彼には原因がわからなかった。

 そのことが彼に相手の正体について迷わせる原因の一端にもなっている。

 

「たまたま俺の場所だけに魔物がいたと願いたいものだぜ」

 

 あまり強くない魔物だとはわかっているのだが、未知の能力を扱うために強行突破できない。壁を背に魔物を減らし続ける彼は、再び跳んで魔物に爪を振るうのだった。

 

 

 

 見渡す限り広がる水の絨毯。時折、小さな魚が水面から飛び出てくるだけの静かな場所。しかし空に滞空する竜にとっては心安らぐ場所ではなかった。

 蒼い鱗に包まれた巨躯。背から生える空を覆うような大きな翼に、強靭そうな長い尻尾。そして四肢の先にある鋭そうな爪が弱き者に振るわれたなら、それが軽くであっても裂かれる未来を連想してしまう。それは転送直後は人族と似た容姿をしていたのだが真下が水だけのその場所を見て、すぐさま本来の姿に変身した竜人。

 そんな彼がこの場を動けない理由は眼下に広がる塩水の中にある。

 

「ぬぅ……よもやクラーケンとまみえるとはな」

 

 彼はキングのコマを任せることになってしまった"少女"を守ると言った。すぐにでも彼女の居場所を探し出し、守りにつきたかった。

 そのため開始直後に変身した時はすぐに感知範囲を広げ近くにいないと知り、感を頼りに何かがある場所まで移動を開始しようとしたのだ。

 しかし、その直後に阻まれた。今もまた、海の中から脅威が迫る。

 

「くっ!」

 

 半透明な青色をしたイカの脚のようなものが水面から飛び出し彼へと迫ったが、身体を捻りながら不可解な軌道を描き真横に移動した彼には当たらない。

 そして空を通過した脚は再び水中へと戻っていくが、彼にそれを追うことはできない。

 

「里の近くであれば水竜の誰かを呼べたのだがな……」

 

 同じ竜人族であっても水中を最も得意とする水竜種の者であれば待つことなく攻めればいいのだ。しかし彼は水竜種ではない。水中で呼吸はできず、あまり長くは行動できない。

 さらに彼の得意魔法は水と相性が悪いのだ。水中に潜ったところで鋭い牙と爪、尻尾程度しか武器がなく、この場所にいなければあの脚を避けられない状況である。

 そうでなければ放っておいて移動している。

 

「これは未熟さを痛感するな。小さき少女に重荷を背負わせるに留まらず、約束すら守れぬとは」

 

 それでも無闇に移動するわけにはいかない。初撃に続く2回の攻撃を避けられなかった時点で移動を優先すれば海に引き込まれると悟ってしまったのだから。

 逆に空であれば掴まれても対処はできるのだが、そう何度もできることではない。感知範囲内に何も見つけられず、見渡す限り海が続くのだから何度弾けばいいのか知れず、魔力が尽きてしまえば海に引き込まれるだけだ。

 まだ迎撃したほうが可能性があると、彼は判断した。

 

「他の皆はどうであろうな。1人でも彼女のもとに辿り着き、守ることができていればいいのだが……」

 

 静かな空に呟きが流れていく中、海を眺めて脚を待つ。

 

 

 

 寒さの結晶達が空を舞う。風が吹き付け身体を冷やす。一面銀世界の中、動く姿は複数あった。

 2つの真っ白な丸い身体が積み重なる。それらの接続箇所は薄い青によって囲まれており、下の丸に刺さった2本の枝の先端には暖かそうな5本指。それらが極寒の地にて、見るものに暖かさを幻視させる。

 そして頭部となる上の丸にはオレンジの三角錐と黒い円が2つ。脚が無くとも滑るように移動するそれは特に意味もなく動き回っているように思える。

 そう、誰もいない。今この場所には誰もいない。直前までいた女王は、もういない。

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