よめないルールブック 2/2
「イナバ、急に飛び出してどうしたの?」
と、放り投げた本人がそんなことを言いながら、とてとてと駆け寄ってくるではありませんか。
まあ周囲の視線は飛んでいた私に注がれ投げ放ったこの子には向いていませんでしたから、誰も気づいていないのでしょうけど。
「ぬっ、召喚精霊であったか。威圧してしまい申し訳ない」
軽く頭をさげた目の前の人物、おそらく竜人族であるその人。
逆にこちらが頭を下げるべきとすら思うのですが、まあ後々を考えれば正解かもしれません。間違っていなければ感謝として受け取りましょう。
それよりも私を投げてまで介入したのですから解決を期待していますよ、ユウ。
「イナバ、なにか気になることでもあったの?」
私の真横まで移動してきたユウがかがんで問いかけてきたので、ここは乗っておくべきだと判断してまずは頷きます。そして左側にいる竜人を見て、次に右側の魔法陣の真上、宙に浮かぶキングのコマへと視線を注ぎました。
半透明で青色のそれは、まるで立体映像のようであり、おそらく触れることはできないのでしょう。
「先程、話にあったキングのコマであるな。私がそれを選択することが問題だと言いたいのだろうか?」
「ふむ……」
ユウと竜人族の青年は2人揃って口元に手を当てて考えるポーズをとります。
仮定の話ですが、最も弱いアルファ世界の住人だけが知る情報を活用できるか、それを試されているのでしょうか。
他の世界にチェスがあるかなど知らないのですが、チェスについて聞いた反応と続く様子から誰も知らない可能性は十分にありそうです。
まあ、そんなことはどうでもいいのです。その世界にあろうが知らないものは知らないのですから。
それよりも、なぜ私だけゲームの情報が見えないのですかねぇ。情報アクセサリーを通じて見せているのでしょうから私にも見せてくれてもいいと思うのですが……やはり私はプレイヤーとして数えられていないということでしょうか。
「あれ、もしかしてイナバはゲームのルールが見えていないのかな?」
ユウの問いかけにこくこくと頷きます。
「読み上げてもいいけど……画像をそのままには伝えられないし、なにより時間がかかりそうだよね。どうにかできないかな?」
きました、その言葉が欲しかったのです。別に勝手にしても怒られないでしょうけど、ねえ。急ぐことでもありませんし、なによりこの子は答えを知っているでしょうから。
それはさておき早速、接続開始です。
「わっ……これは許可すればいいのかな?」
少しだけ驚いた様子を見せながら目の前の何も無い空間を指でつつくユウ。同時に私の視界にはプレイヤーだけが見ていたであろう情報が表示されます。
そこにはコマの種類とそれぞれの動き方、そして魔法陣の上に立つことでそのコマとなることを選択できることが示されていました。
そして戦う相手のコマは魔物であることも。
それだけです。これから何が始まるのかさえも書かれてはいません。
「どうかな、イナバ」
隠しきれないワクワク感を纏い問いかけてきたユウの声を聞き、面倒になってきたので魔法で氷柱を作り出します。その先端を床に走らせれば溶けるように削れ、朧気に光を放つインクとなって暗い空間に文字が描かれました。
『キングは弱いコマ』と。
「ぬっ、竜人族の文字か。キングは弱いコマ、とはどういう意味だ?」
「もしかしてコマによって能力に制限がかかるんじゃないのかな?」
竜人族の青年の呟きに答えたのは、なんとなんといつの間にか近づいてきていたサリアです。しかし惜しい、そこではありません。
「つまりもっと強いコマを選べってことか?」
「たしかに竜人族は強者揃いと聞きますね。こちらの世界では、の話ですが」
「兄さん、どこの世界の出身だい?」
「デルタだ」
「デルタの竜人なら強くて紳士的って評判だぞ。自分を下っ端って言ってた人でさえ、他の種族の一個大隊と同格って話だ」
「それにさっきまでいた場所で魔物と戦ってるのを見てたけど、ランク3の魔物を一撃で倒してたよ」
周囲で経過を見守っていた少年達が次々と会話に加わってきました。男女比が偏っているのが少し気になりますが、ログインしている人数自体に差があるのでしょうか。
「それじゃあクイーンがいいのか?」
「いや待て。そもそも本当にキングは弱いのか? それに失えば負になるなら、多少賭けになっても強い人が選ぶべきじゃないのか?」
「たしかにそうだな……」
再び場を沈黙が包み込みます。
そう、私の情報も、もしかしたら程度のものです。それを信じ切って選ぶのならば、ここで退場となってもしかたがないでしょう。
ほ~らほ~ら、考えろ~。
「上限」
私の視線の先から広がった小さな呟き、それは静寂を僅かな間で終わらせます。
「上限、とは?」
「そうだね……コマがコップだとして、選んだプレイヤーは水だと考えてみて。注ぐ量がコップの容量よりも多ければ、溢れてしまう。これがさっきまでの『制限』」
私の手元から氷柱を受け取ったユウは、まずコップの絵を描きました。そして追加で矢印と、その先にコップから何かが溢れる絵も描きます。
「でも、もしコップではなく風船だったら?」
そして隣には丸の端っこに三角が引っ付いた風船の絵と別の矢印、その先に『はてなマーク』。風船は通じるのかなと思いましたが、皆の反応を見る限り通じているようです。
それらを眺め、しばらく考えるポーズをとっていた竜人族の青年が口を開きます。
「……戦いが始まることすらない、か。それではキングはある程度、弱い者が務めるべきとなるが……負けてしまえば意味はなかろう?」
「ええ。だから強いあなたはキングを守ればいい。それですべて解決すると思わない?」
笑顔で告げられたそれは、竜人族の青年がキングを担う可能性を断ったのかもしれません。
「しかしな……皆はそれで納得できるか?」
納得せざる得ない、それでもなお諦めきれずといった様子で周囲に問いかける竜人族の青年。
「俺はそれが良いと思うぜ。正直なところ、あんたも相手のキングをパッと倒したほうが早いと思わないか?」
すぐに答えたのは灰色の髪から、同様に灰色の狼のような耳を覗かせる少年。その言葉に続き、皆が肯定の意思をそれぞれの言葉で示し始めました。
「ぬぅ。それではおそらく最も強いクイーンのコマを任せてもらおう。他のコマはどうするか?」
「わ、私は弱いからポーンでいい、かな……」
サリアが恐る恐るといった様子で手を挙げながらポーンを希望しました。それを皮切りに他の人達もそれぞれが希望のコマを告げていきます。
「それじゃあぼくがキングで決まりだね」
遠慮もあったのでしょうが、最後にユウがキングを"選択する"ことで誰1人として被ることなく、全員が希望のコマを選ぶことができました。
続いて竜人族の青年を中心としておおまかに作戦を決めて準備は完了。これで残るは全員が魔法陣に足を踏み入れることで意味不明なゲームが幕を開けます。
「ぬっ……」
などとうまくは進まないらしく、キングの魔法陣に足を踏み入れたユウに続いてクイーンの魔法陣に足を踏み入れようとした竜人族の青年が魔法陣の淵あたりで何かに弾かれました。
何度か試みていますが、まるで見えない壁に阻まれているように進むことができていません。
「もしかしてクイーンだから女性じゃないとダメってこと?」
1度、魔法陣に乗ったものはでることができません。それは今、魔法陣の淵にある見えない壁を叩いているユウが証明しています。
つまり、この場で唯一の女性であるサリアが"試しに"入ることはもう少しあとで検討されるべきでしょう。
「いや、他の条件かもしれん。狼獣族殿、入ってみてくれないか?」
「ほう、俺でいいのか?」
竜人族の青年の言葉に、嬉しそうに笑うのは灰色の狼耳を覗かせた少年。
先程の言葉からも自身の戦闘力に自信があり、それを認められたことが嬉しいのかもしれません。なにせ、この場で竜人族に続いて強いと認められたようなものですから。
「私の見立てでしかないが、おそらく君が適任だろう」
「それじゃあ試してみるぜ」
やや弾むように足を進めていた狼獣族の少年ですが、やはりというか弾かれます。それを見ていた全員がそうだろうなと納得している様子を見せました。
「となると……妖精族の嬢ちゃんだけか?」
振り向いた狼獣族の少年がに続き、皆の視線がサリアへと向きます。少し訂正したいですが、まあいいでしょう。
「兎の主殿は既にキングから出られぬからな。妖精族殿、試してみてほしい」
「は、はい……」
その条件ではもともとサリアしかいませんがねぇと思いながら千里眼もどきで周囲を視れば、"ユウがキングの魔法陣に乗れた"違和感に気づいたのか首を傾げる姿が数名、見受けられました。しかし今はそんなことはいいのです。
サリアがゆっくりとクイーンの魔法陣の真上へと手を差し入れます。少しずつ、少しずつ、竜人族の青年が弾かれた先まで進み、続いて足を踏み入れます。ええ、弾かれることなく。
「やはり女性限定であったか。しかし、もともとポーンを希望していたのだからクイーンになってしまったからといって無理に戦う必要はない。強敵との戦闘は我々に任せてくれ」
「そうだぞ。そもそも俺は強い奴と戦えたほうが嬉しいからな」
そんな2人の言葉にサリアはホッとした様子を見せ、「ありがとうございます」と頭をさげました。
強敵との戦いを望むということは、これに参加した理由にも関係がありそうですね。今のところアルファ、つまりユウの世界以外には魔物が存在しているようですから、安全なこの世界での訓練を目的としているのでしょうか。
「そうなると……すまないが、ルークのコマを譲ってはもらえないだろうか。私がポーンでもいいのだが、そうなるとキングを諦めた意味がなくなってしまう」
「いえ、私よりもあなたがルークでいたほうがゲームに勝てそうですから気にしないでください。それに自分にはルークは過ぎた選択だったかと思っていたところです」
申し訳なさそうに頭をさげた竜人族の青年に対し、そう答えたのは人族とくらべて長めの耳が特徴といえる少年。
言葉をそのまま受け取れば、この中で活躍できるかが微妙なところであっても活躍の見込みはあったということです。予想できる種族から考えるに場所しだいだったのでしょうね。
「そう言ってもらえると助かる。譲ってもらっただけの働きは期待してくれていい」
「ええ」
笑顔を浮かべて握手を交わした2人。
あ~……ながもんが好きそうな行動ですねぇと、思わず旧友の顔を思いだしました。私も好きな行動なのですけどね。
と、そんなことを考えているうちに竜人族の青年がルークの魔法陣へと足を踏み入れましたが、今度は弾かれることはありません。他の人達も選んでいたコマの魔法陣へと乗っていき、最後の1人、さきほど竜人族の青年にルークを譲った少年がポーンに乗り終えたところで魔法陣が輝きを増し始めます。
『仮想体大戦・たいぷチェスを起動します』
そんな言葉が響いたかと思えば、次の瞬間には視界が暗転しました。




