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よめないルールブック 1/2

 カマキリが消滅した湖のすぐそば、見上げるほど大きな木の根元。そこに座るユウの足の間で、ユウに手を取られてバンザイをしています。

 あのあの、私は周囲の警戒をしていて忙しいのですけどねぇ。まあこの子も警戒してくれているみたいですし、この程度であれば問題はありませんけど。

 

「改めて自己紹介するね。私はサリア。えっと……ガンマ世界? からログインしている妖精族だよ」

 

 ユウの隣で同じく気を背に座り休憩しているサリアが語ります。何を言えばいいのかわからなければ、スリーサイズとか言ってもいいのですよ。

 

「ぼくはユウ。アルファ世界からログインしている人族、でいいのかな。魔物のいない世界からログインしているんだけど、ガンマ世界には魔物がいるの?」

 

「うん。魔物はどこにでも現れるし、動物よりも人を優先して狙うの。だから魔物を倒す力は誰もが必要とする世界、なのかな」

 

 少しだけ悲しそうに語るサリアは、空を見上げて言葉を続けます。

 

「魔物がいない世界って想像がつかないけど……戦いの魔法は何か使える?」

 

「ごめんなさい。アルファ世界で戦う力といえば科学技術を利用した『兵器』と呼ばれる道具が一般的なんだ。当然、兵器を使わない戦い方もあるんだけど、それを修めているのは一部の人だけ。多くの人は身体能力任せに叩いたり蹴ったり、機転を利かせて道具を使ったりが精々じゃないかな」

 

 そして唯一の力、科学兵器さえも……ですか。

 

「身体能力が特別高かったりは……しないよね。剣とか弓とかは扱えるのかな?」

 

「その2つも一部の人が扱えるだけで、それも実際に脅威を目の前にしてうまく扱えるかっていうと……ほとんどの人が無理だと思う。そんな危険がない、平和な世界だったから」

 

 ここでいきなりギュッと抱きしめられました。

 剣道を習っていたとしても、あれはルールの上で戦うものですからね。活かすことはできてもそれだけでかつことは難しいでしょう。

 弓道もそうです。素早く動く的に当てられるかというと、まあ難しいでしょうね。一部の天才は知りませんが。

 それはそうと、ユウのそれは首を傾げてしまう解答なのですが……ログインしているのが安全な国だけだから、というわけではないでしょうね。

 さすがに全世界が平和だなんて妄想は抱けませんし、なにが目的なのやらです。

 

「そうなんだ……うん、大丈夫。お姉さんは魔法が使えるから、戦えるから」

 

「それにイナバもいるからね」

 

 サリアが『ぐっ』という擬音が似合いそうなポーズで自信を前面に押し出し、まるで言い聞かせるような、納得させるような声音で告げました。

 対してユウはといえば、私にバンザイのポーズをさせて自信満々に付け加えたのです。

 

「うん、そうだね。じゃあイナバちゃんにはユウ"ちゃん"を守ってもらって、私が魔物を倒そうかな」

 

「大丈夫、隠れるのは得意なんだ。だから安心してイナバと2人で魔物を倒してほしいな」

 

 頬に人差し指をあてて戦闘時の計画を語るサリアに対し、ユウは少し心配さを滲ませた笑顔で提案します。はてさて、なにからどうやって隠れるんですかね。

 それよりも魔物が減ってきましたね。他の人達も私達と同じく2人以上で行動していて、残る魔物もすぐに倒されることでしょう。

 はい、1人に1体が割り当てられていた魔物が、です。

 そして私達が倒した魔物は1体。気絶状態にしたウルフが残っているんですよね。現状ではウルフのものといえど貴重な情報体ですので回収はしておきたいのですが……今はこの場を離れたくない気分です。それに私1人で回収に向かおうとしても、サリアに止められるでしょう。

 これはどうしたものかと上を見上げてみれば、こちらを向いたユウが迎えてくれます。

 

「どうしたの、イナバ」

 

 ふむ。首を少しだけ傾げる仕草も、この子がすれば可愛いものですね。

 さて、不自然なくサリアと一緒に進むためには少しでも情報体があったほうがいい。やはり回収しておきますか。

 そう思い駆けだそうとしたところ、私の身体をユウがしっかりと抱きしめてきました。別に力強くもない、どちらかといえば非力なもので、今の身体でも簡単に振りほどけるだろうものです。

 

「大丈夫。君が望む方を選べばいいよ」

 

 耳元で囁かれた言葉を聞き、身体から力を抜きます。

 ウルフの情報体程度、誤差ですよ、誤差。別に必須ではありませんし、なんとでもなるでしょう。そもそもこの世界で死んでしまってもログアウトするだけ。この子が望んでくれるほうを選びましょう。

 そんなやり取りを終えたところで考え込んでいた様子のサリアが口を開きました。

 

「……うん、やっぱりイナバちゃんにはユウちゃんを守っていてほしいな。ほら、私の魔法って見えない風型の魔法だから、巻き込んじゃうかもしれないし」

 

 風系統の攻撃魔法は単独であれば強いと言われる理由の1つですね。

 慣れた相手、あるいは技量がある相手であれば問題ないのですが、私達とサリアは先程、出会ったばかり。私をユウの護衛に専念させる理由としては十分なものでしょう。

 

「そうだね、そうするよ。ありがとう、サリアさん」

 

「ううん。私が未熟なばっかりに、ごめんね?」

 

 笑顔でお礼を告げるユウに対し、サリアは顔の前で手のひらを合わせて謝りのポーズをとりました。

 まあウルフを相手として想定した場合ですら、サリアを超えてユウに牙が届きそうな気がしますから間違ってはいないのかもしれません。私を足止め以上の戦力に換算しなければ、ですが。

 と、戦闘時の役割が決まったところで最後の1体、起きたばかりのウルフが爪に引き裂かれました。直後に視界が暗転し、次の瞬間にはまったく別の場所を映し出します。

 

「え、え!?」

 

 慌ててきょろきょろと顔を振るアリサと、冷静に周囲を見渡すユウ。どっちがお姉さんなのでしょうねぇ。

 

「ん、チェスかな?」

 

 どこか1箇所を見るのではなく、まるで空間そのものをを眺めている様子のユウが突然そんな言葉をもらしました。

 周囲は、というかこの部屋は磨かれた石で築かれた一室。陽光届かぬ暗闇を照らすのは四方の壁に取り付けられた蝋燭の灯火達。そして唯一存在する扉には錠前がかけられており、その手前には8マス2列に区切られた床と、それらに1つずつ描かれた計16の魔法陣。

 まあ先程のユウの言葉から察するに魔法陣は各コマに相当するのでしょう。

 

「ちぇす? この説明されてるゲームの名称?」

 

 サリアが振り返ってユウに問いかけました。

 周囲にいる様々な種族の人達もまた、ユウへと視線を注ぎます。1人を除いて。

 

「いや、チェスとは違うものだよ。ただ発想をそこから得たのではないかなと思う程度にはよく似ているかな」

 

「ほう、それでは勝敗条件を知っているのか?」

 

 薄暗い空間から低い声が響いてきます。

 その主は唯一ユウへと視線を向けなかった1人。身体の一部が鮮やかな青色をした鱗に包まれた、立派な尻尾と翼を持つ人物。

 

「キングを失えば敗北だよ」

 

 異世界の住人といえど背の羽を消せば人族と変わらぬ見た目のサリアとは違う、ファンタジーの世界を描いた本から飛び出てきたような相手。

 それでもユウは平然と、それこそ友達とクイズを解いているような雰囲気で言葉を返しました。

 

「そうか、有益な情報に感謝する」

 

 その言葉に続くのは静かな暗闇に響く足音だけ。その向かう先は輝き始めた魔法陣の1つ、左から4つ目に位置するキングのコマが浮かぶものでしょう。

 はてさて、どうしましょうか。このままでは敗北で終了してしまうでしょうね、きっと。

 と、思考の海に浮かぶ船の錨をあげようとしたところで、ユウに抱えられていた身体が浮遊感を得ました。否、投げられました。向かう先は輝く魔法陣と、歩みをすすめる人物の間。言葉を語れぬ私にどうしろというのでしょうかねぇ。

 

「ぬ、魔物か?」

 

 青く澄んだ瞳が私を捉えます。その身体はユウよりも一回りどころか二回りを超えて大きなものですが、引き締まっており鈍重さを感じさせません。まあ鈍重さを感じさせる見た目から高速移動とかよくあることですので、見た目だけのイメージです。

 次の瞬間には逞しい尻尾が迫りくる可能性を考え、私が敵ではないことをどう示すか考えます。……つぶらなひとみで見つめる作戦でいきましょう。『私は悪い兎じゃないですよ』っと。

 しかしながら、準備したそれは無駄に終わりました。


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