ずっこいのはよくないですから 2/2
撃ち出された青く透明な弾丸が楓の頬を掠ります。
それでも前進してきた楓は、その手に展開している揺らめく橙色の刃でこちらを斬りつけて――その手を止めました。思い切り力を込めていることは見ればわかるのですが、それでも刃は進みません。
そもそも炎属性の刃が停止すること自体がおかしいのです。霧散するか、突き抜けるかが普通なのですから。
楓が諦めたのか力を緩めた瞬間に、左手に展開していた情報体の刀で斬りつけます。それは楓のお腹に線を描き、それでも軽い手応えでしか返してきません。
既に10メートルは離れているだろう位置にいる楓に向けて、右手に展開しているライフル形状の情報体のトリガーを引きます。それは再び青い弾丸を放ち、楓が振るった刀に触れることで消えていきました。
「楓、休憩です」
こちらを向いて一挙手一投足を見逃さないように集中している楓の足元に魔法を発動させます。その"空っぽの魔法"を無意識に避けようとして跳び上がったタイミングで、上空に発生させた風魔法により軽く撃ち落せば、楓は綺麗に尻もちをついてくれました。
「空の魔法なんてあるんだね」
「便利ですよ」
楓に近寄りつつ、アイテムボックスから冷えたぶどうジュースを2つ取り出します。
「ありがとう」
それを楓と、近づいてきたユウに渡して、新たに1つを取り出しつつ地面へと座れば休憩の始まりです。
強制的に休憩を挟まなければ、楓はいつまででも続けますから。
「ふぅ……って、もうこんな時間なの!?」
「姉さん、無理はしない」
コップを置いて立ち上がろうとした楓の肩を、いつの間にか後ろに回っていたユウが抑えます。動きを止めた楓は苦い表情を浮かべながらも立ち上がることを諦めて、再びコップを手に取りました。
「休憩じゃなくて、終わりじゃない」
「別に負けてもいいではないですか。もしかして領土が欲しくなりましたか?」
「便利って言ったのはイナバでしょ。ログイン時は現実世界の身体が"安全"なんだから、隠れ家として凄い便利じゃないかな、と思ってね」
街の噂では、ログイン時に残された身体はどのような攻撃を受けようと傷を負うことはない、でしたか。正確には最高の保護を提供されているだとか。
「どこかの領土に所属すればいいではないですか。日本も大きな領土を保有していると聞きますよ?」
「それじゃあ日本からは守れないじゃないの」
なんとも楓らしい。個人が集団である国に敵対しようなんて笑い話だというのに、一切の冗談なく真面目に語るのですから。
「得られた小さな領土は、日本から護るに足りますか?」
「足りないよね~……はぁ。まあ、いざとなったら異世界にでも跳んでみよっか。やり方、知らないけど」
あはは~、と乾いた笑みを浮かべる楓は、やはり疲れているのでしょう。
「……楓は信じているのですね。彼ら彼女らが、異世界の住人であると。AIではないと」
「日本の守護神が優先して動いてるんだから異世界よ。そうでもなければ日本を蔑ろにして遊んでいることになってしまうから、そっちを信じるよりは異世界を信じるほうがまだ可能性があるもの」
「つまり"渡れると知っているから"、より脅威となる異世界を優先したということですか」
「そこまでは言わないけどさ、対処できる脅威よりも未知の脅威を知るだろうなって思ってね」
予想はしていましたが、やはり知り合いなのでしょうね。楓と"イザナミ"は。
問題はどういう経緯で知り合ったかと、あちらがこちらをどう見ているか。楓の様子から友好的だとは思いますけど、油断しすぎてはいけませんか。
それに『にぃ』と『ながもん』がいるのですから、敵対すれば厳しいのは確実です。イザナミが評判通りの人物だとしたら、なおさら。
「……それでは従魔は? 最もAIだと判断されてもしかたのない存在だと思いますよ」
「召喚精霊みたいな存在かなって考えてたけど、違うよね。"あっちはAIだけど"、従魔は……少なくともイナバは違う。実は転生者……かなって思ってる」
転生者のあとの僅かな間は、私の反応を見られていましたかね。
「まず違うでしょう」
死んだ瞬間に他の場所で再誕する『転生』とも、記憶を保持したまま情報を引き継いで生まれる『生まれ変わり』とも違います。そもそも従魔は"生まれていない"のですから。
誰が最初に知りえますかね、これを。従魔ですら知らない真実を。
「まあイナバはイナバでいいじゃない。たとえAIだったとしても大好きなのは変わらないし、私に優しいのも変わらない。この世界『ベアリアス・ワールド』で生まれた人ってことで会いにくればいいから」
楓は言葉通り気にした様子もなく、コップに口をつけます。
まあAIだろうが記憶を蓄積して自己成長、自己進化を続けるのなら、それは人と変わらぬ存在なのではないでしょうか。そのうち感情も生まれますし、常識も形作られます。
むしろ人よりも人らしく育ってくれるかもしれませんね。
「さて、帰ろっか。そろそろ夜ご飯作らないと」
「私は後片付けをして帰りますので、先に帰っていてください」
「僕も手伝っていくよ」
「わかったわ。それじゃあ待ってるからね~」
コップを置いて、手を振りながらドアへと向かっていく楓。そして開けられたドアが閉まってしまえば、この空間には私とユウが残るだけ。
とっても静かなそこでは呼吸音すら、心音すら聞こえてしまいそうです。
「ねえ、イナバ」
「はい」
楓と居た時はずっと黙ったいたユウが、ここに来て初めて私に言葉を向けてきました。
「観測する能力は誰でも使えるよね」
「……はい」
一般的にはほぼ固有能力といってもいいものなので、バレないと思っていたのですが……まあ高望みが過ぎましたか。ユウを相手にするならば、無知の真実で塗りつぶさなければいけません。
「……僕に"本当"を教えて欲しいな」
僅かな間だけ躊躇したであろうユウは、それでも告げてきます。どうせ教えてくれないのだろう、と悲しそうに笑って。
だから答えましょう。
そんな"仮面"など知ったことかと。
私は"答え"を知っているぞと。
「嫌です。知ってください。私の傍にいて、知ってください」
あなただけが知っていた呪いを。
「ありがとう、イナバ」
やっと見せてくれた子供のような無邪気な笑みが、それを浮かべる優旗が、ただ愛おしくて。
だから私も知らなければいけません、この子から真実の笑顔を奪った原因を。知った先で望んでくれれば、私は指し示しましょう。
銀の指針を。




