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帰宅 1/1

 石造りで床に魔法陣が描かれているだけの部屋、その中央。視界の中央では視野拡張により映し出された『勝利』の文字が主張しています。

 時雨の『降参宣言』により勝敗条件が満たさて、訓練場の部屋へと戻ってきました。建物の中に部屋が拡張される方式なので急いで出る必要もありませんが、残って何かをするということもありません。

 

「時雨、ここで解散にしましょう」

 

「え……あ、そっか。そうだね」

 

 少しだけしょんぼりとした様子の時雨が答えました。

 数日とはいえ2人の空間にいましたし、あれだけのことがあったので別れが惜しいのはわかります。それでもこの子が帰るべき場所は仲間達のもとであり、それは早いほうがいい。長引かせればどっち付かずとなって迷わせるだけです。

 

「黒メニューが待っているといいですね」

 

「そうだね。皆なら、きっと黒メニューの1つや2つ分、稼いでいるよ」

 

 自信有りげに語る様子を見れば、戻る方向性でも問題ないと思えます。

 そう、時雨は"普通の女の子"なのですから、日常に戻るべきなのです。

 

「そうだ、アクセサリーを出してください」

 

「ん? はい」

 

 服の胸元から出てきたアクセサリーに自分のアクセサリーを接触させて操作し、接触型接続を利用した情報の譲渡を申請しました。

 

「え、これなに?」

 

「気にせず了承を押してください」

 

 ここで気にせず空中を指で突いてしまうところが時雨なのでしょう。ウイルスを送ることもできるので確認を怠ることはとても危険なのですが、直前の出来事が無条件に信じさせてしまっている可能性が高く、安易に危険だとは言えません。

 そして空中に浮かぶ何かを指で数えるような様子を見せて、みるみる表情が変わっていきます。不安気な方向へ。

 

「え、なにか間違えてない? 確認した?」

 

 困惑気味の笑顔で問いかけてくる時雨に答えます。

 

「間違いではありませんよ。仲間との大切な数日を奪ってしまったようなものなので、その対価と考えてください」

 

「それ以上の結果を貰ったから、唯一を受け取ったのだから、これは受け取れない」

 

「そうですか。まあ信頼している相手であっても確認は大事ですよと、勉強になりましたね」

 

 うっ、と苦そうな表情を浮かべた時雨ですが、既にこちらが了承しなければ返すことができない状況です。そもそも時雨が仲間達と合流すれば、それは少しだけ多いお金にしかなりません。

 時雨に頼った戦術だったとはいえ、決して弱かったわけではないあの子達。特に天翼族の子は格別に強かった。楓を相手に初撃を避けてから8秒を保たせるということが、どれだけ難しいかということですね。

 しかし、それでも時雨の前では霞んでしまう。時雨の幸運は魔法でも情報体でも、まして固有能力ですら無い。その絶対的な防御能力は1人で飛び込むことで最大に機能する、確実に相手の情報を得られる手段ともいえます。

 それが未知の魔物相手にどれだけ望まれている能力か、時雨は知らないでしょう。だから、"現実世界でも同じ能力を有している"時雨が疎まれる場所は魔物がいないアルファ世界の、敵国がいないに等しい日本以外には無かったのです。

 

「それでは失礼します」

 

「あ……」

 

 背を向けてドアに手をかければ、後ろの時雨が一瞬だけ手を伸ばしかけて、それでも戻した様子が見えました。

 

「またね」

 

 と微笑む声を聞き届け、ドアを開けて外に出ます。

 千里眼の範囲を広げれば街の外、少しだけ離れた位置で見知った4人が並んで帰ってきている姿が見えて、数時間後には最後の1人と合流し、自慢げに話しながらご飯を食べている様子が目に浮かぶようです。

 やはり、この子は日常が似合うということでしょうね。

 

 

 

「おかえりなさい、イナバ」

 

 宿泊している宿の部屋に戻ろうとしたところ、ちょうど部屋から出てきた楓に声をかけられました。その様子に影はなく、無事に勝ち進めていることが窺えます。

 

「ただいま、楓。ところでユウはどこに?」

 

「あれ、帰り道で合流してるかと思ってた。それならまだ遊技場じゃないかな」

 

 遊技場といえば各世界の様々なゲームで遊ぶための空間、でしたか。申請すれば利用は無料ですが道具は持ち込む必要がある、実際は場所だけを提供している施設でしたね。

 まあ楓達も領土獲得戦に集中しなければいけませんし、1人だけ手持ち無沙汰にさせてしまいましたから、良い遊び場があって良かったともいえます。

 

「それで何日、帰っていませんか?」

 

「……イナバが帰ってきてない日から。まあ遊びに行ったんじゃなくて、あちらに泊まりにいったのだから心配はしないで」

 

「泊まりに。それほど親しい相手がログインしていたのですね」

 

 "あれ"が親しい相手とは少し気になりますが……まあ敵対しない限りは最も安全な場所かもしれませんから。楓が試合に集中できるようにと、一切の心配が無い場所に向かったといったところでしょうか。

 

「まあ私もよく知っている相手だし、十分に信用してもいい相手だから」

 

 そう言いながらも、楓は複雑さが隠れているような笑顔を浮かべました。

 これは隠し事をされていますかね。まあ知る必要のないこと、ということでしょう。

 

「お礼も兼ねて迎えに行ってきますが、問題ありませんか?」

 

「ダメ」

 

 現実世界でのユウの交友関係など知らないので尋ねておいたのですが、功を成したようです。……と思っていたのですが、私の手を握った楓の手が違うと伝えてきます。

 止めるだけなら、引っ張る必要はありませんから。

 

「イナバは今から寝るの。ユウじゃなくても、私でもわかる。どうせ時雨ちゃんを魔物から守るために寝てないんでしょう」

 

 問いかけではなく、断定的な声音に否と告げることはできません。

 楓は自分の部屋のドアを開けながら言葉を続けます。

 

「そんな状態で行かせたらユウくんに怒られるし、なにより私が不安になるの。それにユウくんの帰ってくる場所はこちらだから、迎えに行けば必ずこっちの手を取るから。だから安心して休んで」

 

 ベットに放られて、ふわっと布団を掛けられれば眠る準備は完了です。

 まあ楓が安心して任せられるような相手なのですから、もともと心配はしていませんでした。迎えに行くのも会ったという事実を作りに行くためだったので、今無理にする必要はありません。

 なにより、心地良い今を捨ててまで行こうとは思えません。

 

「ほら、そんな格好で眠ろうとしない」

 

 ベットから足をだらけさせた、放られた状態のままで眠ろうとしたら、体勢を正されて全身がベットの上に。

 

「楓も一緒に眠りましょうか。隣が空いてますよ」

 

 なんとく悔しかったので赤面した楓が見たかったのですが

 

「そうね、そうしようかな。イナバは抱き心地がいいから」

 

 すっと布団に入られて計画が崩れましたが、入る瞬間に衣服を寝間着に変更するという情報体に慣れきった技まで見せてくれたので満足です。

 

「兎に戻らないでね」

 

 そのうえ気楽に我が儘を言ってくれるという十分な進歩まで見えて、つい頬が緩んでしまいます。

 だから瞼を閉じる前に楓の頭を撫でてみて、少しだけ頬を赤くした楓の恥ずかしがる姿に首を傾げそうになりました。この子の恥ずかしさの線引はどこなのでしょうか。

 

「おやすみなさい、楓」

 

「おやすみ、イナバ」

 

 

 

『おや、良い匂いだ。クッキーですか?』

 

『ココアクッキーよ。今日は大作になる予感がするの』

 

『そうですね、四葉が来てますものね』

 

『い、いつも頑張ってるから!』

 

『……私もたまにはお菓子を作りますか』

 

『試食なら任せてね』

 

『姉さんは手先が器用なのに作ろうとしませんね』

 

『作られたほうが嬉しいもの。それなら出来なくていいと思わない?』

 

 

 

 気分良く目覚めてみれば、両側に柔らかな感触を感じました。瞼を開く前に千里眼で確認してみれば眠る前と同じ位置に楓が、逆側にユウが、私を抱きまくら状態にして眠っています。

 本来なら起こらなかったはずのこの光景、足りない1人を歯がゆく思いますが、私は待つことを選んだのです。だから、貴重な今を存分に堪能しておきましょう。

 安心しきった2人の、嬉しそうな寝顔を見えるのは本当に数少ない、それこそ今では私だけかもしれません。

 

 とりあえずドアを完全に施錠して防音の魔法を展開し、ドアに『起こさないでください』と書いた紙を張って、皆の夜ご飯を作っておきましょう。動けば崩れる今の状況ですから、すべて魔法で。

 ……奇跡を日常まで落とし込んだ人物はなにを考えてそうしたのでしょうか。

 対価を知らなかったか、真髄まで知っていて早めたか、声を聞き届けてしまったか。どれだったとしても、『間違いではなかった』という言葉を贈りましょう。

 だって、きっと救われた人達は多いのだから。


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