恐怖の先で 3/x
『ごめんね……ごめんね、時雨』
『私の夢を、返して!』
『……』
似たようなことが続いて、気づけば3回目の夜。繰り返される時間の中にいるのかと思うそれも、今日は違うと実感できる。
少しひんやりする草のベット、昨日一昨日と同じそれだが、今日は暖かさもある。手を辿っていってみれば、指の先からも繋がる先がある。
目の前にはうさ耳をだらけさせ、2つの赤い瞳で見つめてくれる相手が1人。
ボクから言い出したことじゃない、あちらからの提案だ。『今日は一緒に眠りますか?』と聞かれれば、返す返事で『お願いします』しかないだろう。
2人で寄れば寒さも薄まる。草原の夜風も暖かさを感じるためのスパイスになる。
「……握り慣れていますね」
「子供っぽくて悪かったね」
声も自然と脱力していて、やっぱり人と一緒に眠るのは落ち着くのだと実感できる。
「いえ、そういう意味ではないのですが……まあ、あなたは子供でしょう。そこに悪さはありませんよ?」
なにを当たり前なことを、といった様子のイナバ。
よくよく考えてみれば、ボクは子供と呼ばれるに相応しい年齢だった。いや、大人と子供の境界なのだろうか。しかし異世界の皆と比べれば子供なのだろう。精神的にも、身体的にも、能力的にも。
「……そう言うイナバは何歳なのさ?」
「そうですね……まあ、あなたが驚く年齢でしょうか。私達の種族は年齢という概念が少々曖昧でして、身体だけで考えれば生まれた瞬間から大人とも、ずっと子供ともいえるのですよ」
「ごめん、よくわからない」
ちょっとじゃなく意味がわからない。まあ異世界なのだから、そういう種族もいるのだろう。
……というか、獣人族兎種ではないのか。
「耳に触っていいかな?」
「かまいませんが、飾りですよ?」
前半で耳に動いていた手が、後半の言葉で止まる。
「え、飾り?」
「引っ張っても取れたりはしませんが、兎という要素を含んでいるだけで音を聞き取ったりはしません。音はこちらの耳で感じています」
そう言って髪をずらし、耳を見せるイナバ。
リーダーも耳は4つあったし、それが普通かと思っていた。でもリーダーの耳は両方とも聞こえるみたいだし……やはりイナバは獣人族ではないということなのだろう。
「でも、動いてたよね?」
「耳としては飾り、という意味です」
その言葉とともにピコピコと動かされる耳。
それを見て尻尾はどうなのだろうかと思いはしたが、さすがに見せてとは言えない。それに、なんだかイナバを見ていると聞いただけで見ますかと、それも聞かずに『はい』と見せてくることも考えられる。
なんだろうか……そう、こちらを信じすぎている感じがする、のだろうか。……出会って数日のボクを信じるなんて、バカバカしい。まだ眠っていないというのに、少し夢を見すぎているようだ。
「触らないのなら、そろそろ眠りましょうか。あなたも慣れない環境と意味不明な出来事で疲れているでしょう、早く眠ったほうが良い」
すっと髪に隠れた耳を見て、まさかそちらを触らせてくれるつもりだったのだろうかと考えてしまう。
そしてそれ以降、イナバは口を開かない。すぅすぅと小さな寝息が聞こえる。こんな状況だというのに、よくすぐに眠れるものだ。やはり経験の差なのだろうか。
そんな事を考えていれば、少しずつ視界が闇に落ちていく。
『時雨!』
『大丈夫だった!?』
『無事で良かった……』
『本当に……』
『~~~~♪』
『ちょっと取材させてもらってもいいですか?』
『帰れ!』
『どうしても居る場所がなければ、島根に来なさい。今までの暮らしは無理ですが、優遇される可能性を与えましょう』
3度目になる、鼓膜を震わせる爆音が朝を知らせてくれた。
既に慣れたもので、目を開けてみれば……なぜイナバが眠ったままなのだろうか。
「ん、おはようございます」
微睡み感じさせる声が耳に届く。
まさか、本当にあれは目覚ましなのだろうかと疑問に思っていれば、朝風に身体がブルッと震えた。そこまで寒くないはずなのだが、どうにも起きた直後は寒さを感じる風が吹く。
イナバが手を振れば、いつも通り荒れた大地が草原へと戻っていく。今日もここから始まる。
「ん~……あと75日ですか」
起き上がって背伸びをしたイナバが何かの期限を呟いた。いったい――
「どうしましたか?」
そうだ、そうだった。
ボクの夢は、あと75日で途切れるのだ。次があるかどうかなんて、わからない。
「私が攻撃している時よりもよほど怖そうな顔をしていますね。ですが、まだ75日もあるのですから、笑って楽しく過ごした方がマシですよ?」
「75日しかないんだ!」
つい怒鳴ってしまった。
でも75日"しか"ないんだ。76日目も笑って過ごせるイナバとは、違うんだ。
「あなたは75日すべてをこの世界で過ごせるでしょう。ログアウトしてしまえば、それは1日にも満たない"残り"なのですよ」
「……ごめん」
そうだった。ボクは75日すべてを確実に生き残れる。ボクよりも酷い状況の人だっているはずなのに、その人は75日を過ごせない可能性もあるのに……思い至らなかった。
もしかしたら、笑って過ごしていた皆がそうかもしれない。踏み入ったことを聞くことは避けてたけど、あの中の誰か1人、あるいは全員がログアウトすれば地獄のような日々を過ごすのかもしれない。
そして、残る75日すら約束されていない。
「ああ、大丈夫ですよ。しっかりと生き残ることを考えさえすれば、75日を生き残ることはできます。それだけの余裕がある街みたいですから、最初の期間くらいは守ってくれますよ」
初心者に対するサービスのようなものなのだろうか。
それでも、もし皆が危なくなればボクが考えよう。それで75日だけでも夢を見せられるのなら、頑張ろう。
「それにしても魔物が出ませんね。遠くに出現するものは処理していますが、あなたの周りでは何もしていません。結界でも敷いてありますかね?」
あれだけ様々な攻撃をぶっ放しておいて、なにもしていませんはないと思う。
そもそも、だ。
「魔物って出てくるの?」
「……ああ、そうでしたか。訓練場は基本的に魔物が出現することが前提です。設定欄に何も記載がなかったということは、魔物が出現するということです」
よく考えてみれば、魔物が出現することが普通の世界にいるのだった。
「おそらく場所を提供しているだけなのでしょうね。素材も持って帰れますよ」
その言葉だけを切り取って聞けば、街の外に出る必要性がないと思えてしまう。
しかし、ボクは知っている。設定を変更するのにお金がかかることを。わざわざ弱い魔物だけを出現させるように設定すればいくらかかるのかは考えたくない。とりあえず収支が赤になることは確実だ。
「どこまでの魔物が出るのかな?」
「無設定ですからね。上限が無いと考えれば、9までは見える可能性があります」
試練の魔物であるアダマンタイト・ゴーレムがランク6だったはずだ。皆でギリギリ倒せたとはいえ、それは致命的な弱点まで追加されたから。それがなければ絶対に無理とはリーダーだけでなく皆の言葉。
それを3つも超えるランク9とは、いったいどれほどの魔物になるのだろうか。
「まあ基本的に上位となる魔物は出現自体が稀です。出会ったら運が悪かったと思って逃げればいいですよ」
「え、逃げられるの?」
「相手しだいでしょうか」
動きの遅い相手や、こちらに興味を示さない相手がいるということだろうか。しかし残念、逃げる判断をするための知識がないから、その判断ができないかもしれない。
まあボク1人なら問題ないし、仲間の誰かがいれば、その子が判断してくれるだろう。今までそういう世界で生きてきた人達に知識で勝つのは難しいだろうし、直感的なものならば、なおさら異世界の人に任せたほうが良い。
「……ねえ、1つ聞いていいかな?」
「朝ご飯の準備の片手間なら」
イナバはそう言いながら早速、調理器具と材料を何もない空間から取り出し始めた。
「なんで、ボクにそんなことを教えてくれるの?」
「なんでって、それは――」
言葉は途切れ、風が吹き抜け、イナバが消えたと認識できて。
その瞬間に身体が動かなくなった。今にも頭を抱えて震えたいのに、それすらも許さないほどの鎖に締め付けられる。
「い、い……」
震える声ですら欠片ほどしか出ない。
先程のイナバの言葉が蘇る。
『魔物が出現することが前提です』
『上限が無いと考えれば、9までは見える可能性があります』
ボクには見えすらしないレベルの魔物が現れていて、イナバすら気づけない攻撃が飛んできていて、それが原因で……そう考えれば、辻褄が合ってしまう。
この場に残されたのがボク1人だと。
「や、やだ……」
ようやく出た声が望むのだった。自分勝手なものだった。
「1人に……しないで……」
怖かった。ずっと怖かった。
一切の危険が降りかからないボクでも、いや、降りかからないからこそ怖かった。
だって、絶対に最後の1人になるのだから。
と、大地を揺るがすような大きな音が真後ろから鳴り響く。いや、実際に地面が揺れていて立っていられず、尻もちをついてしまった。
嫌な予感が繋がってしまう。その脅威が、それを起こした脅威が、真後ろにいるのだと。
そう考えれば、自然と震えが止まった。当然だろう。
だって、それは既に脅威ではないのだから。
すべてが奪われたあとなのだから。奪ったものには奪えるものがないのだから。
揺れが収まれば十分に立つことができ、ゆっくりと立ち上がって後ろを振り返る。
せめて仕返し程度は挑戦してやろうと。
「まさか、それが魔物の出現にも影響していたとは」
涼しそうな顔をしたイナバが、広範囲で立ち昇る光の粒子を見つめていた。
その光景を見た瞬間に胸の奥底からぶわっと何かが溢れてきて、また尻もちをついてしまう。ついでに視界が滲んできた。
「む、もしかして上位の魔物は怖かったですか? まああのような見た目でしたからね」
見てないけど、まあ怖かったことは事実だ。認めてよう。
「イナバが、突然消えて、それで……」
「ああ、そうでしたか。ごめんなさい。あのレベルになると伝える一瞬が命取りになるので、即座に行動に移るのです。強い人達ならまだしも、私は弱いですから」
すぐに上位の魔物を倒し切るイナバのどこが弱いか、ちょっと基準はわからない。まあ上の方で弱いということだろうか。
「まあ私は死んだことがないので、安心してください」
それが普通だと言わんばかりの表情と雰囲気に、もっと泣きたくなった。
それは無茶をするということだから。
「え、あれ、ええと……えい」
滲んだ視界を正常にすべく目を拭っていたら、暗闇が訪れるとともに柔らかな感触に包み込まれた。
とってもとっても暖かく、心地良い、ボクが持ってないものを持っているような、そんな包容。
……おっきい。なんだか涙が治まってきた。
「落ち着きましたか?」
心配していることがバレバレの声が降ってくる。
それでも気分は治まらない。
「どうして魔物からボクを守ったの? 放っておけば、勝てたのに」
ボクが的になればそれだけ安全性が増したのに。脅威から遠ざかっていたのに。わざわざ脅威に飛び込むような真似はやめて、と。
「なぜって、あの攻撃が当たらないとは限らないでしょう? そもそも、それを狙っている私が万一以下の可能性とはいえ、それを譲る真似をするはずがありません」
その答えを聞いて、思わず笑ってしまった。馬鹿ではないのかと。
あれだけの攻撃が当たらなかったのだから、本人が何も当たらないと認めているようなものなのだから、魔物の攻撃が当たることなど考慮せずに自身も攻撃していれば良かったはずだ。
それを譲る真似をしたくなかったとは。
もう深く考えるのはやめようと決めれば、気分も治まった。
「ねえ、言葉の続きを聞いていい?」
そして安心すればすぐに他のことが気になってしまう。
「続き……そういえば途中でしたね。あなたに色々教えている理由は、あなたに生きて欲しかったからです。別に特別なものではありません」
「え……イナバはボクをログアウトさせて、勝ちたいんじゃないの?」
思わず首を傾げてしまったほどの意味不明さだ。
そこを目指していないのならば攻撃をやめない意味がわからないし、『どちらかがダメージを負うこと』を条件にしないだろう。
その条件さえなければ既にボクが降参していたのだから。
「なぜ負け前提の勝負に大切な場所を賭けなければいけないのですか」
不思議だといった様子で首を傾げるイナバ。
「え、だって、ダメージを負うことが条件って、降参できないようにしたんだから……そうじゃないの?」
「あれは途中であなたが降参しないようにです。あなたなら初日一撃目のあとから降参も考えられましたので」
さすがにそこまではと思い出してみれば、余裕がなかっただけだと判明した。それでも少しくらいは続行していたはずだ、多分。
「それじゃあ、イナバの目的ってなに?」
「あなたのような存在に通用する攻撃手段を知っておくこと、です」
その言葉を聞き終えた瞬間、理解し終えた瞬間、時が止まったように感じられた。
それでも口は開こうとしているのだから、時は進んでいる。
「……どうして?」
「一般的な理由でねじ伏せてほしければ、すべての人類の能力はそれと同等のものが魔物にも発生する可能性がある、と答えましょう」
「他は」
「……、……、……あなたは悪くないですから」
とても悲しそうな表情で、とても悲しそうな声で、震えるそれで、イナバは告げた。
誰にも殺せない脅威など、1人残ってしまった愚か者など、寿命までに壊れてしまう心の持ち主など、ゆくみちは1つしかない。
「私を自殺させないための力だよね」
「それはないです」
冴えきった頭で出した結論は即座に切り捨てられた。
「自殺できるほど甘いものだと思っているのですか?」




