不思議な依頼 3/3
到着してみれば、少し大きめの新築一戸建てといった雰囲気の建物が待っていた。
それは白を貴重とした壁と薄い紺色の屋根の、"見慣れた"家屋。現代の日本に放り入れても誰も不思議とは思わない程度には似通っている。
「許可を出しました。中へどうぞ」
イナバはそう言って開けられた扉を持ち、手で中へと促す。
"つい"、玄関でブーツを脱ぎながら奥へと視線を巡らせれば、板張りの廊下と左右の壁に並ぶドア。他の世界の家屋がどうなのかは知らないけど、現代の日本家屋に似ているように思えてしまう。
「2階にあがって左側の2部屋です」
その言葉に従い階段をあがってみれば左右に2つずつのドアが確認できた。先頭を進むリーダーが階段側のドアノブへ手をかけ、ゆっくりと開ける。
そして皆に続いて部屋へと入ってみれば、なんてことはない12畳ほどの部屋だ。床には白い絨毯が敷かれており、壁際にはベットが1つあり、宿のものと似た道具箱もあり、冷蔵庫らしき白い箱もあり、青空を眺められる窓もあり。
真ん中に四角いテーブルがあれど椅子がないということは、履物を脱いだのは間違いではなかったのだろう。皆は外履きのままだが、イナバが注意しなかったのだから問題はないはずだ。
「こちらは私の部屋ですからかまいませんが、もう片方では入る前に靴を脱いでくださいね。スリッパはあるはずですから」
その言葉にドキッとする。玄関で脱がなくてもよかったのではないかと。
しかし段差があったのだから、つい脱いでしまったのだ。当然、初日の宿屋、部屋に入る前にも同じことをしたが、フェリの『どうして脱ぐの?』という言葉で気づくことができたので問題はない。
「そういえば時雨も最初の日、宿屋で脱いでたよね?」
「時雨の国はそういう文化なのです。まあ今回のような一般家屋では玄関で脱ぐことが多いですけど」
「へ~、そうなんだ」
と質問しつつも、フェリは靴を脱いで手に持っていた。既に他の皆も靴は手の中。
忠告がなく気にしていないようなので謝るようなことはしないが、様式にはすぐに従う。他の世界、他種族が混在する場所ではそれが普通なのかもしれない。
「もう1部屋も確認してください」
その言葉に一番ドア側にいたボクが反対側にあるドアを開けてみる。
そこはさっきの部屋と違い床が畳に、ベットが敷布団になってはいたが、それ以外に目立った差はない部屋になっていた。どちらかといえば、こちらが好みかもしれない。
「不思議な床だね?」
ペタペタと畳を触る男性勢3人。しかしフェリは興味を示していない。
「フェリは畳を知っているの?」
「天翼族の里にあるからね」
日本に似た文化があっても不思議ではないとは思っていたが、意外にもフェリの住む天翼族の里に畳があるらしい。しかしどこなら意外ではなかったかと言われれば、答えは出せない。きっとどこでも意外と思ってしまったに違いない気がする。
「さて、確認は十分でしょう。もう1つの部屋へ移動してください」
皆が言葉に従って移動する。今度は入り口で靴を脱いで。
「それでは、決めてください」
正面に立つ、その赤い瞳を見つめて思う。
受けることに否はない。既に受けることは決めている。
だからこそ、気になってしまったのかもしれない。彼女が何を得られるのか。
「受けるよ。もしボクがログアウトしてしまったら、報酬はフェリに渡して」
「あれ、私?」
ボクが受け取るはずだった部屋を管理するのだ、同じ女性のフェリがいいに決まっている。リーダー達が嫌なのではなく、性別の差にすぎない。
「ダメです。あなたの所有物として、あの子達に使用権を与えます」
なんとも律儀な。
「それができるなら、それでいいよ。それじゃあさっさと勝負を終わらせてしまおう」
「そうですね、早く始めたほうがいいでしょう。私も決勝には出たいので」
仲間達が決勝までいくことを一切疑っていない、そんな雰囲気。
ボクも3回戦が始まるまでは負けることなんて考えてなかった。イナバも、そうなのだろうか……いや、あの子達は強い。客観的に見て決勝までは負けないと判断したのだろう。
「それでは……あなた達はどうしますか? 勝負が始まるまで、この子についてきますか?」
「……いや、いいよ。俺達は俺達ができることをしておく。時雨が帰ってきた時、一緒になにか美味しいものでも食べるために」
「良い心がけです。それでは1つだけ」
嬉しそうに微笑んだイナバはそこで僅かな間を置き、続ける。
「情報体やドロップアイテムを売る時は冒険者ギルドにしておきなさい。あなた達は少し素直過ぎます」
皆が固まった。ボクもまあ、固まった。
ボクでも理解できる、買い叩かれていたのだろう。
「それではいきますよ」
いつの間にか取られていた手に、優しく引っ張られる。思ったよりも暖かく、やわらかい手だ。
「じゃあ、行ってくるよ。ご飯、期待してるからね?」
少しいたずらげに笑ってみて、ひとまずのさよならを告げる。
もうお昼を過ぎているし、帰りは明日の朝になるかもしれない。それまでにどれだけ稼げているか、先程の指摘を活かせているか。
まあ、お子様ランチでもいいんだけど。
目の前に佇むのは白い石で作られた大きな建物。両開きのドアの上に冒険者ギルドと書かれた看板が鎮座するそこは、書かれた通りの場所だ。
「確実に契約が遂行されるように仲介者をお願いします。費用はこちらが持ちますので安心してください」
訓練所とは別の方向に進んでいると思えば、どこまで不安を消してくれるのだろうか。
それとも、この一件は彼女にとって、それだけ大切なことなのだろうか。
出会った時からあまり変わらぬ、暖かさと優しさと無表情が混じったような横顔からは予想できない。
「別にそこまでしなくてもいいんじゃない?」
「そもそも出会ったばかりの私が無理を言っているのです、この程度で信用が得られるのなら安いものです」
「そうなのかな」
行き過ぎているとは思うが、この世界ではそれが普通のなのかもしれない。
そして私は新参者、素直に従っておこう。
ドアを開けばからーんからーんとベルが鳴り響く。
外よりも青に寄った石で作られた内部には人が多くいて、それでもこちらを向いたのは僅かだけ。それもカウンターの奥からだ。
当然、来たことはあるけど依頼の対象となっていた魔物が強すぎてすぐに出たのはつい最近の話。あそこでもう少し調べていれば、もっと良い宿に泊まれていたかもと思い視線が室内の至る所を彷徨ってしまう。
それでも引っ張る手は止まらない。一直線に総合受付の看板の下へと向かって行く。
「契約の仲介を頼みたいのですが……ああ、あそこの青年でいいです」
そう言い指を指した先には黒髪と黒目の、日本人にしか見えないお兄さん。中肉中背でどこにでもいそうな容姿の、それでも優しそうな人だ。
ただ指を指された瞬間にこちらを向いたのだから、絶対に"どこにでもいそう"ではないだろう。
隣りにいた白いフード付きのマントを被った人物が小さく手を振って見送る中、こちらに歩いてくる。
「僕になにか用かな?」
「契約の仲介をお願いします。私とこの子の決闘による景品の譲渡を遂行してください」
「それは、ログアウトさせてしまうようなものなのかな?」
「あそこを使わない以上、それはしかたのないことでしょう。決闘ですから」
「それもそうか」
軽そうに返事をしたお兄さんは空中を指で突く。
ボクの知らない間に契約書が送られていたらしい。普通はボクも確認するものではないのだろうか。
「……なに、この小さなお嬢さんが脅してるの?」
なんとも言えない微妙な表情を浮かべたお兄さんが聞いて"いる"。
いったいなにが書いてあったのだろうか。
「私が提示した条件です。そもそも私の周囲を脅してくるような相手なら、それ以上の恐怖を叩き込みます」
そんな言葉を特に気負うこともなく、平然と日常会話の一言のような雰囲気で告げたイナバ。
「自信があるのはいいことだけど、行き過ぎないようにね」
「引き受けて頂き、ありがとうございます。別に自信があるのではなく、するかどうかの話なので」
「もっと危ない気がするけどね」
振り返ったイナバと、「じゃあね~」と手を降って見送るお兄さん。
気づいていなかったわけじゃないけど、イナバは少しズレている気がする。それにこの2人、なんだか雰囲気が似ている気が……そう思いお兄さんとイナバを順番に見てみたが、首を横に振る。違う、きっと気のせいだったのだろう。
「時雨、準備はいいですか?」
「うん、かまわないよ」
武器や装備のことだろうが、それを準備するほどのお金はない。宿にも替えのナイフくらいしか置いていない。新品のナイフを持っている今、戻る理由はないのだ。
「それでは決戦と行きましょうかね」
と、小さく呟いたイナバに手を引かれ、冒険者ギルドから外に出た。
冒険者ギルドとよく似た作りをしている訓練場入り口の一角、イナバと2人きりの個室の中。
「今回のルール設定です。確認してください」
視覚拡張により表示された仮想ウィンドウに並ぶ文字。その下にある了解へと指を伸ばそうとしたが、止められた。
「しっかり確認してください」
仮想ウィンドウは見えていないはずなのに、ルール部分をスクロールするだけにも見えるはずなのにと思う。それでも事実なので、言葉に従って了承ではなくスクロールするために指を伸ばす。
流し読みもバレそうなのでよく読み、イナバが提示していたルールで間違いないことを確認して了承へと触れる。
『30秒後に転移を開始します』
このゲームをプレイし始めてから、節目節目に聞く声が頭の中に響く。
この暇な30秒をどういしようかと何もない部屋を眺めていれば
「条件次第では無条件で私の勝利を確定させることもできますから、気をつけてくださいね」
少しだけ心配そうな声にドキッとしてしまった。
なぜ初対面のボクにここまでしてくれるのか、そう思ってイナバを向こうと思えば、そこで視界が暗転する。ええい、タイミングの悪い奴め。




