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不思議な依頼 1/3

 場所は変わって街中の飲食店。酒場とファミレスを混ぜたような場所。

 板張りの床に木製の丸テーブルと、同じく木製の椅子。陽を取り込める高い天井と、両開きのドア。

 一見、異世界の酒場といった雰囲気だが、料理はすべてアルファ世界のもの。いや、似ているだけかもしれないが、少なくとも見た目はアルファ世界で見たことがあるものばかりだ。

 

「こちらへどうぞ」

 

 ミニスカートのメイド服を着た店員さんがテーブルに案内してくれた。

 少しぎこちない動きをした皆が好き好きの椅子へと腰かけていく。それにならいフェリの隣の席へと座れば、さらに隣に来訪者が座る。

 

「とりあえず何か頼みましょうか。支払はすべて持ちますので、好きに頼んでください」

 

 その言葉に格の違いを思い知らされる。

 この店は街に来た初日にたまたま入った店であり、皆が入ったことを後悔すると同時に嬉々とした表情で出た店なのだから。

 そう、高いのだ。いや、正確には高くない。それなりの魔物も倒せないボク達の懐が空にならなかったのだから、高くない。それでも駆け出しの1食には過ぎた金額だと思う。

 しかし同じ時期に始めたはずの彼女は全員分を奢るという。それも好きに頼めときた。それだけ余裕があるのだろう。

 

 皆も同じようなことを考えたのか、互いの顔をチラチラ見るばかりで何も注文しない。きっと「賑わっているようですから、ここにしますか」と初めて来たような感じを醸し出していたのが悪いのだ。

 そんなある意味、注目の的である少女がメニューを開いた。

 

「良心的な値段ですね」

 

 こちらの思いを知ってか知らずか、そんな言葉を漏らす。

 味を知っているボク達は良心的な値段だと知っているが、彼女は知らないはずだ。それでも良心的と言っているのだから、きっと高くない、十分に払える範囲なのだろう。

 そう思えば胸のつっかえがとれ、メニューを開くことができた。

 

「ああ、やはり夜に儲けるタイプでしたか」

 

 もう1つの黒いメニューを開いたイナバが呟く。ボクも見たから知っているが、あちらは桁が違う。2桁くらい。

 

「先程、好きに頼んでくださいと言いましたが、黒いメニューは1品までにしてください。さすがに懐が寒くなります」

 

 思わずイナバの顔を見てしまった。皆も。

 あれを払えるのは、最低5人分払えるのはおかしい。絶対に同じ時期に始めた人じゃない。

 

「いや、白いメニューからしか頼まないからね?」

 

 ボクの言葉に全員が頷いて同意を示してくれた。

 さすがに、そこまで図々しくはない。

 

「皆で1品ならば頼みやすいのでは?」

 

 なぜ勧めてくるのか。

 

「いや、頼まないからね?」

 

 目を逸らした何名かがいたが、流石に頼めない。あとが怖いというのもあるけど、他人の財布でそこまでの美味しさを知ってしまうのも良くない。

 ああいうのは皆で貯めて、ようやく注文できてこそ、より美味しくなると思うから。

 

「最近の子は欲がありませんね。どうせ他人の財布なのですから、許す限り目一杯頼んでやればいいのですよ?」

 

 とりあえず彼女に奢るのはやめよう。お返しに今度は奢ることも考えていたけど、やめよう。

 そんなことよりもメニューから食べたい1品を選んだほうが良い。そう思い、メニューへと視線を送る。

 

 

 

 注文を終えて、彼女がお金を支払ったところで本題の話となる。彼女だけが黒いメニューから注文していたのは見なかったことにした。

 

「まず、あなた。試合では大剣を担いで先陣をきっていましたね?」

 

「う、うん」

 

 やや緊張した面持ちのシヴェが頷く。

 

「試しに剣と盾を使ってみませんか? どうにも大剣に振り回されていた感じがありましたし、なにより器用なあなたは振り回すタイプの大剣は扱い難いでしょう。筋力があるからといって、重い武器を選ぶ必要はありません」

 

「え……えっと……」

 

 まさかの内容に、シヴェは戸惑った様子を見せる。

 

「うん、試してみる」

 

 それでも間違いではないと思ったのか、困惑した様子ながらも提案を聞き入れた。

 それを見届けてから、彼女は次の人へと視線を移す。

 

「次にあなた。試合では大斧を使っていましたね」

 

「うん。でも、全然当たらなくて……」

 

 彼女達との戦闘は見ていないけど、予想はできる。あんな速い……じゃなくてうまい動きをする相手に、一撃が重い反面、攻撃が鈍重な大斧では当たるわけがない。これはアーレが悪いのではなく、相性が悪かったのだ。

 

「相性の問題でしょう。魔物相手の時は問題なかったのでは?」

 

「うん。魔物が相手なら当てられるけど……あの子相手だと当てられないし、追いつけない……。もっと足が速ければ……」

 

 尻すぼみになっていく声が、無力さを感じているように思わせる。きっと当たる可能性すら見いだせなかったのだろう。

 

「足が速ければ当てられていましたか?」

 

「……」

 

 返答はなくとも、その沈黙が答えとなっている。

 

「あなたが相手をしていた少女、はたしてあの子はあなたほどの筋力があったでしょうか?」

 

「……わからない」

 

 アルファ世界の人族だからといって、身体能力自体は大差ないと聞いている。だから見た目通りの女の子であれば、アーレのほうが筋力はあるだろう。しかし確信できることではないし、なにより負けたのだ。常識なんてあてはめられない。

 

「あなたはあの子の土俵で戦っていたのですよ。そして、あの場で何かを望んでいたのではありませんか?」

 

「うん、盾が欲しかった」

 

「ええ、盾があればもう少し良い勝負ができていたでしょう。あなたは足の遅さを気にしているようですが、それを補ってあまりある筋力と器用さがあります。あまり威力が必要とされない今回のような場合に備えて、槍と大盾も扱ってみてはどうでしょうか?」

 

 盾があれば刀持ちの少女の斬撃を防げていたか、と言われれば頷けはしない。それでも一矢くらいは報えたのではないだろうかとは思う。

 

「え、でも、それじゃあ追いつけない……」

 

「今回の戦い、追いつく必要はありましたか?」

 

「で、でも……そうしないとあの子を倒せないから」

 

「そうでしょうか? よく考えてみてください」

 

 アーレは少しだけ俯き、考え始めた。しかし少し経過しても答えは出なかったのか、「わからない」と首を横に振る。

 

「あなたは別の誰かを倒せばよかったのですよ。あるいは誰かを守ればよかった」

 

「あ……」

 

「あなたにはそれができるだけの力があります。頑張ってくださいね」

 

「う、うん!」

 

 先程までの緊張はどこへやら、アーレは嬉しそうに頷いた。実力を認めた上で負かされた相手から"力がある"と言われて嬉しかったのかもしれない。どの世界でも人族は『負け種族』らしいから。

 

「さてさて、そこの可愛いあなた。試合では回復と魔法攻撃を担っていましたね?」

 

「はい」

 

 前2人を見ていたからか、返事をしたフェリには一切の動揺がないように思えた。

 

「足りなかったと自覚していますね。なにが足りませんでしたか?」

 

「……私自身が、弱かったから。もう少し自分だけでも攻撃を避けられれば……」

 

 少しだけ考えた末の答え。声はハッキリしているけども、弱々しく。申し訳なさそうで。

 

「違います」

 

 それは即座に否定された。

 

「でも、でも! 私が避けながら回復できてれば、もっと、もっと戦えてたはずだからっ!」

 

「ただ一言、『護って』と言えばよかったのですよ。今の反応を見る限り、1人で大丈夫とか言いませんでした?」

 

「う……」

 

 フェリは典型的な図星を突かれた反応を見せた。というか見事に図星だ。その場にいたボクは当然、知っている。負担にならないようにと提案を蹴ったのも知ってる。

 

「仲間の言葉は信頼に値します。あなたがそうしたいと言ってしまえば、多少は評価が曲げられることもあるのです」

 

「……」

 

 事実ボクも、フェリはもっと守られるべきだと思っていた。それでもあの言葉で不要とはいかずとも、変えるほどではないと思ってしまった。

 うん、なんとなく彼女がやりたいことがわかってきた気がする。

 

「ですが守る役などいませんでした。他の仲間に対して自分のために武具を替えてほしいなど、なかなか言い出せることではありません。そう考えればあなたの判断は間違っていませんし、あの場での戦闘も十分な成果を残していたと思います」

 

「そ、そうなのかな……」

 

 フェリは控えめにテレテレと両手の指を胸の前でくるくるとさせる。

 

「回復役は攻撃が集中しやすいので、あれだけ場を保たせられれば十分といえます。魔法だけに頼らず、物質戦闘も練習していたのでは?」

 

「う、うん」

 

 嬉しそうに頷くフェリを見れば、それが真実だとわかるもの。おそらく仲間の誰も気づいていなかったことを、すっと現れた部外者だけが知ってくれたというのはなんとも恥ずかしい。特に同室で過ごしていたボクが気づくべきだった。

 よくよく考えてみれば昨日の夜、あんな遅くまで同族の先輩を訪ねていたのは、もしかしたら訓練のためだったのかもしれない。情報収集はその時、たまたま聞けたとか。

 それはそうと物質戦闘とはなんだろうか。前後と語感から魔法などを用いない戦闘なのはわかるけど、他の世界にはそんな言葉があったのだろうか。誰も疑問を感じている様子が見られない。

 

「あなた以外であれば初撃でアウトだったかもしれません。あなたが稼いだ数秒は、あなた以外に攻撃が向くことを防いだ数秒であるともいえます。頑張りましたね」

 

「うん!」

 

 もう隠すことなく、嬉しそうな笑顔を浮かべたフェリが頷く。

 

「さて」

 

 立ち上がった彼女、イナバは残る2人のうちの1人、リーダーが座る椅子の真横へと移動した。釣られて動く皆の視線。ただ1人、イナバの眼前に座る少年を除いて。

 どんな言葉が告げられるのか。皆も静かに待っていたが、それは裏切られる。

 イナバはなにも言わず、リーダーを抱きしめた。

 そこでようやく気づくことができた、リーダーの身体が震えていることに。それはいったいいつからだったのだろうか。

 

「大丈夫です。あなたは優秀でした」

 

「……え?」

 

 思いもしない言葉にリーダーが呆然と声を漏らす。

 

「おそらく前回の街で一緒になったばかりのパーティだったのでしょう。使う武器も動きも見てはいますが、細かなところまでは目が届かない状況。悪くはない仲であれど、武器を替えてほしいなどと言い出せない程度の交友。続く信頼を得るために仲間の意見を取り入れ、足りない部分を補おうと頭を悩ませる」

 

「……でも、負けは負けだから」

 

 震えていそうな、今にも決壊しそうな口から絞り出されたような、そんな言葉。

 

「明らかに戦い慣れていない槌使いに機動性の高い大剣使いを割り当て速攻を目指してもらい、"誰の攻撃も当たらないだろう"刀使いを最もうまくいなしてくれそうな人材に引きつけさせ、自らは回復役を狙うであろう弓使いと魔法使いを逆に狙撃する。当たっても外れても"当初の予定通り"自身に引きつけられる。ある意味でこちらは思い通りに動いたといえます」

 

「……」

 

 皆が戦う場にいられなかったことが、悔しい。

 皆の脳裏に浮かぶ鮮明な映像を、ボクは想像するしかないのだから。

 

「あなたに足りなかったのは戦力でしょう」

 

「違う」

 

 リーダーが即座に否定する。

 

「誰も刀使いに攻撃を当てられない。誰も魔法使いの攻撃を防げない。誰も弓使いを見つけられない。だからこそ、槌使いに最大攻撃力を割り当てた。最後の望みを託して」

 

「皆は頑張ってた。俺の作戦が悪かったんだ」

 

「1人でも倒すことができれば、あとはリーダー役に任せて逃げ切れば勝ち。全員に傷を負わせられても、あとは同様の戦術で勝ち。あの時に得られていた情報から組み立てた作戦ならば十分に優秀なものです」

 

 その言葉が示すのは勝ち方も、実力差も、戦術も、すべてが看破されていたという事実。当然の敗北と実感させるに足る差。

 

「でも、結果は1人にしか傷を負わせられなかった。あの槌の少女はリーダーじゃなかった」

 

「それでは皆さんは、誰がリーダーだったと思います? あなたは最後に答えてくださいね」

 

 そう言い終えたイナバはテーブルを囲む皆を眺める。

 

「……狙撃してた子じゃないかな。見つからないんだもん」

 

「僕は魔法使いの子だと思う。あの子は近接戦闘もできそうな気がするから」

 

「私も魔法使いの子だと思う」

 

 3人の意見が出揃ったところでボクの順番。

 いくら実力があるからといっても前に出てくるのでは被弾する可能性が高まってしまうから、前の試合で前線に来ていた3人は除外して……。

 

「ボクは狙撃の子かな。普通は見つからないのが一番だし」

 

「そうですか。では、"答え"を聞きましょうか」

 

 ゆっくりとリーダーに向き直ったイナバは問いかける。

 

「あなた、だよね」

 

「正解です。やはりあなたは優秀だ」

 

 驚きに思考が一瞬止まった気さえした。

 真っ先に突っ込んでくるリーダー役など、考えられない。それもあれだけこちらの作戦を看破しておいてだから、なおさらだ。

 しかしリーダーはその"考えられない"を当ててみせた。

 

「ま、待って。真っ先にボクのところまで、敵のど真ん中まで突っ込んできたよね?」

 

 つい聞いてしまう。どんな理由があったのかと。

 

「だからあなたの相手をするだけですんだ。最も戦いに慣れていない相手だけと、横槍の1つもなく」

 

 つまり

 

「やっぱり俺の作戦は読まれてたんだね。俺のせいで、負けたんだね」

 

 ボクの思考を遮るようにリーダーの言葉が耳に届いた。違う、それは違う。それだけは否定したい。

 

「いや、待つんだ。なぜあなたは全員の戦闘を見ていたように語っているの?」

 

「はい、見ていましたから」

 

「やっぱりか。だそうだよ、リーダー。作戦云々以前に、動きが把握されていた。君のせいじゃないよ」

 

 直前に語られた"前置き"を聞いた後で、リーダーの所為になどできるわけがない。

 

「そうです、全員が足りなかった。それが原因といえるでしょう」

 

「でも、でもっ! 俺がもっと良い作戦を、見られてることも想定した作戦を立てられれば……」

 

 おかしい。さすがにその考えはおかしい。世間知らずのボクですらおかしいとわかる。

 そんな万能、あってはいけない。

 

「確かに、あなたにはもっと勝ち進む方法がありましたよね」

 

「っ! だからもっと良い作戦を――」

 

「誘いがきていたでしょう。他のパーティから」

 

 焦りを見せたリーダーの言葉を遮るように告げられたそれに場の雰囲気が変わった気がした。

 

「それを蹴って、時雨が残るかもわからないパーティに残った。作戦の中核となる時雨が他のパーティに誘われている姿を見た後であっても」

 

「なんで……」

 

 それを知っているのか。

 

「え、どこからも誘われなかったって。リーダーも、時雨ちゃんも……」

 

 フェリの悲しそうな声が胸に刺さる。

 

「俺は誘われてない」

 

「ボクは嘘つきだから」

 

 平静を装って、できるかけ冷静に見えるように応える。高鳴る鼓動も、これだけ離れていれば聞こえないはずだから。

 

「じゃ、じゃあ……リーダーはそっちのパーティに行ってれば、もっと勝ち進めたんじゃないのか? 足りなかった戦力が補えたんじゃないのか?」

 

 シヴェの声から感じられるのは怒りではなく、脱力感。

 

「誘われてない!」

 

「誘われたんだね。いつものリーダーなら、もっと別の言い方するもん」

 

 怒鳴り声を聞いてすら、フェリは落ち着いた声で返した。それが変えようのない真実だと確信しているように。

 

「それでも、俺は……」

 

「僕達が足手まといだったんだね。だって、リーダーは優秀だから。それは皆が知ってたから」

 

「いや、一番足を引っ張っていたのはボクだろう。ボクが一撃でも当てられていれば勝ってたんだから。もともとそういう作戦だったんだから、崩してしまったのはボクだよ。負けさせたのは、ボクだよ」

 

 そう、一撃でも当てられていれば。皆に進んでなんて言わなければ。

 後悔しかない。

 

「違う! 時雨は、時雨のおかげで、俺達は前2戦を勝てたんだ!」

 

「そうだよ!」

 

 それは別。たとえ前2回がボクの力で勝てたとしても、今回を敗北に引っ張ってしまったとする事実は変わらない。

 それよりも、だ。

 

「それに、誘われるほどの2人の所為だって言ったら……誘われもせずロクな成果も出せなかった僕達はもっと足手まといだよ?」

 

「……そう、だよね」

 

 沈むようなフェリの同意に胸が痛む。頑張っていたはずの彼女達が負い目を感じる必要はないはずだ。

 

「それは違うよ。実際にリーダーが誘われた相手には勝ってるから、リーダーは間違っていなかったし、君達も十分な成果が出せてた」

 

「うん……。え、時雨?」

 

 ひととき同意したリーダーだったが、すぐに疑問の声をこちらに向けてきた。その疑問はどうして知っているのか、だろう。

 

「ああ、もう。見てたよ、トイレの帰りに。とりあえずリーダーに足りなかった戦力は、チームを移っていたところで足りなかったということだよ。違うかい?」

 

 焦りにより出てしまった言葉を隠すように捲し立て、最後に蚊帳の外を気取っていたイナバを向いて問いかける。彼女の言葉なら解決するだろうから、と。

 

「そうなるでしょうね」

 

「ほら。なら、しかたないさ」

 

 これで解決、とリーダーの顔を見てみれば全然、納得してなさそうに見える。

 

「それでも、負けたのは俺の所為だ。強い誰かを誘うっていう選択を採らなかった、俺が悪い」

 

「はたしてそれで、勝てましたか?」

 

「……少なくとも今よりは勝ち進めたはずだから」

 

 なんだろうか、少しイラッとした。イナバの言葉ではなく、リーダーの言葉に。

 

「どうでしょうか。あなたの求めた勝ちはなんでしたか?」

 

「それは……優勝、じゃないのかな?」

 

 その言葉に私達が優勝した姿を想像してみれば、たしかに間違いなく嬉しいものだ。じゃあなんで、リーダーの言葉にイラッとしたのか。間違っていないではないか。

 

「どうなんでしょうかね。そもそも、あなた達は本当に負けたのですか?」

 

「どういう意味?」

 

 リーダーの言葉に、皆が同意したように首を傾げる。当然、ボクも。

 

「誰か領土を欲しがったのですか? 誰か名声を欲しがったのですか?」

 

 リーダーを含めた皆が首を横に振る。

 確かに今回の大会で得られるのはその2つかもしれない。しかし誰も欲しがっていない。それではなぜ、出場したのだったか。

 

「それでは、なにを欲しがったのですか?」

 

 そう、なにを……。

 

「あれ……?」

 

「なんとなく出てみよっかってなって……」

 

「領土なんてなくても、宿屋で楽しく話せればいいし……」

 

「満足していませんか?」

 

 誰かの顔を見ていた顔達が、一斉にその言葉の主に視線を向けた。

 

「うん、満足してる」

 

「僕も」

 

「私も」

 

「俺も」

 

「まあ、ボクもだね」

 

 否定する理由はない。なにせ満足は存分に語れるが、不満は十分に語れないのだから。

 

「さて、もう1度、聞きましょう。あなた達は負けていたのですか?」

 

 すぐに応えは出てこない。少しだけ考えて、口を開いたリーダーは

 

「ううん、俺は、俺達はきっと負けてない。でも、勝ててない」

 

 負けず嫌いなのかもしれない。

 

「そうですか。それでは、次はどうしてますか?」

 

 嬉しそうに微笑ん見ながら、イナバは問いかける。まるで望んでいた答えを得た後のように。

 

「……どうしよう。お姉さん、どうすれば――いてっ」

 

 気づけば震えが止まっていたリーダーの額に、ペシッとデコピンが放たれた。良い音がしたわりにはまったく赤くなっていないが、種族による差だろうか。

 

「あなたは頭が良いのですから、自分で考えなさい。大丈夫、きっと良い案が浮かぶでしょう」

 

「う、うん」

 

 頬どころか耳まで赤く染めたリーダーは、額を抑えて答えた。

 惚れたのだろうか。惚れたとしたのなら、度胸のあることだ。ボクにはあれの隣に並ぶなんて、できそうもない。

 

「さて、時雨に用事があったのですが……まあ料理を食べてからにしましょう。冷ましてしまっては申し訳ないですから」

 

 その言葉で本題がボクであり、料理を注文していたことを思い出した。周囲を見渡してみれば暖かい笑みに囲まれていて、顔が熱くなりそうだ。

 

「お待たせしました、ご注文の品です」

 

 ハンバーグプレート、ミートスパゲティー、焼き魚定食、グラタン、オムライスと、待っていたようなタイミンで運ばれてきた料理が次々とテーブルに並べられる。それでもホカホカの湯気が存在を主張していて、偶然なのか待っていたのかはわからない。

 そもそもそちらに気を回している余裕はなかったのだから気にしないでおこう。

 

「あとはビーフシチューですが、こちらでお食べになりますか?」

 

 そう言ったメイド服の店員さんは店の奥にある真っ暗なドアをチラリと見る。黒いメニューは本来あちらで食べるものなのだろう。

 

「こちらでいただきます。料理してくださった方には『最高の環境で食べられず申し訳ない』と伝えておいてください」

 

「承りました」

 

 綺麗にお辞儀したと思えば、次の瞬間にはその場から消えていた。そして真っ暗なドアとは別の、おそらく料理場に繋がっているだろう場所から料理を持ってすたすたと歩いてくる。

 

「お待たせしました。ご注文の品は以上となりますので、ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

 

 最後にニコっと笑顔を浮かべてから、立ち去る店員さん。

 

「それではいただきます」

 

 とイナバが呟けば、皆も思い出したように動き始める。

 高い料理が気になるのは気になるが、目の前の料理も十二分に美味しいのだ。それを味合わないなんてもったいない。

 だからボクも「いただきます」と言ってスプーンを手に取る。

 

 ふんわりとした卵はスプーンを拒まず、奥へ進めば突如として現れる抵抗が別の存在を感じさせてくれる。

 ちょうど一口サイズを切り取れば赤と黄色と紅色の色合いが食欲をそそり、眺めるという行為をさせない。それは止まることなく口へと運ばれ、美味しさを届けてくれた。

 味わい消えてしまえば、次を運ぶ。それだけで幸せを感じられるのだから、料理は素晴らしい。いや、素晴らしい料理がそうさせてくれるのか。

 

「素晴らしいですね」

 

 その声に顔を向けてみれば、イナバがスプーンを眺めていた。

 木彫りのお皿と、木彫りのスプーン。それでも幼稚さはなく、逆に自然がそこにあると感じさせてくれる出来栄え……と思ったけど、安物かもしれない。

 しかし合っていると感じられたのだから、間違いではないだろう。

 再び目の前の料理と向き合い、スプーンを動かす。

 

「時雨」

 

 数口、食べたところであまりにも自然に名前を呼ばれたので、ついそちらを向いてしまった。

 

「あ~ん」

 

 恐ろしい呪文につい口を開いてしまい、次には別次元の美味しさを感じていた。

 たしかに目の前のオムライスは美味しい。近場のファミレスよりも数段上の味だと思う。しかし、これはそれすら比較対象にできない味だった。それほどに美味しかった。

 本当に美味しいものを食べると並べられる言葉はなく、ただ『美味しい』の一言で完結するって聞いたけど、本当かもしれない。

 口から何かがすっと抜かれた感触に、現実に戻ってくる。

 

「アルファ世界の料理と比べて、どうでした?」

 

「あんまり高級なところに行ったことはないけど、今までで一番美味しかった……と思う」

 

「そちらのオムライスは?」

 

 その言葉にオムライスへ視線を戻して少しだけ考え、再びイナバを見る。

 

「近くのファミレスよりも、かなり美味しい」

 

 ファミレスが美味しくないわけじゃない。きっと、こっちがおかしいんだ。

 

「そうでしたか、ありがとうございます」

 

 それだけを残してビーフシチューに顔を向けたイナバ。

 ボクもオムライスへ……と思うけど、ついあちらに視線を向けてしまう。

 だから嫌だったんだ、身の丈に合わないものを食べるのは。知ってしまったのに手の届かない美味しさというのは、なんとも呪いにすら思える。

 逆に目標にもなるから悪とは思わないけど……そう思いつつもオムライスを口に運べば、意識は美味しさを感じてくれた。誘惑を断ち切るには十分な美味しさだ。

 と、少し気になり皆のほうをチラッとだけ見ていれば、羨ましそうな視線を感じてしまう。きっときのせいだろう、うん。


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