空見えぬ一戦
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決戦の日。
控室の床に描かれた魔法陣の上にはともに勝ち進んだ仲間達。その誰もが緊張している様子を感じながら相手の情報へ目を通す。
「うっ……」
リーダーの苦い声が聞こえた。きっとボクと同じく相手の情報を見たのだろう。
昨日の試合との違いはただ1つ。出場選手のうち最も弱そうに思えた精霊族の少女が参加せず、代わりに一切の情報が得られなかったうちの1人、イナバという女性が参加していた。
いや、一切の情報が無かったというのは間違っているか。アダマンタイト・ゴーレムを最も後に撃破した"可能性のある"有名人だ。
最後に残った2人は妖精族の少女と、白い子。そして腕には兎を抱いていたらしく、その兎は人型にも変化できるらしい。街中でも従魔が人型に変化できるということで有名な話だ。まあ成功例はないみたいだけど。
「あれはこちらを見て変えた……いや、することは変わらないか」
そんな言葉の後にふぅーと息を吐く音が聞こえた。
『10秒後に転送します』
大丈夫、負けるはずがない。今日も制限時間一杯、粘って祝杯だ。
一瞬だけ暗転した視界が開けてみれば、またまた森の中。木の種類が違うようなきがするけど、森の中。
リーダーいわく、種族間の差を埋めるための地形設定かもしれないとのこと。まあ開けた場所なら竜人族は空を飛び、そこから火を吐くだけで勝てそうではある。視界の悪い森だからこそ、迂闊に飛ぶことなく地を歩む。
逆に森に慣れた種族や、単純な力比べで勝てない種族には有利となる可能性がある。罠を仕掛けたり、木々を足場に跳び回ったり。
まあ今回はあまり関係のないことだ。ややこちらが有利かもしれないだけで、そこまでの差は生まれないはずだから。
「それじゃあ進もうか。フェリは警戒をお願いね」
天翼族のフェリは魔法に長けているらしく、魔力による感知で相手を探すことができる。リーダーは匂いと音、他の皆は目視で警戒はするが、最も有効範囲が広いのがフェリの魔力感知なのだ。
フェリが頷いたのを確認し、フェリを囲むように前進を始める。流石に近い敵であれば目視のほうが対応できることもあってフェリは遠くに集中してもらわなければいけないし、回復・探査役ということで狙われやすい。実際に2回戦ではフェリへの攻撃が激しかったように思えた。
そのまま静かな森を進んでいき、フェリがぴくっと反応を示す。
「少し先、2人いるよ。多分、刀とハンマーの子」
リーダーが予想していた通り、前衛となれる2人が先行してきている。そのさらに後方、かなり離れた位置に弓使いが、その中間か近場に魔法使いがいるはずだ。
「それじゃあ一気に近づいて攻撃に移ろう。フェリは少し遅れ気味についてきて」
リーダーの言葉に皆が頷く。
先に感知できたのだから強襲し、少しでもダメージを与える。同時に撹乱も狙って、可能なら後ろにいるはずの3人にもダメージを与える。あとは混戦。それが今回の作戦だ。
その中でボクの役割といえば、後方での待機。安全な位置での待機。
「それじゃあ言ってくるね」
その言葉だけを残して皆が駆け始めれば、すぐに姿が見えなくなる。仮に追いかけたとしても追いつけないだろう。
同じ人族のアスティとすら、それだけの差がある。安全な場所でぬくぬくと育ってきたボクと、危険な魔物に抗い暮らしてきた人達なのだから当然の差だろうか。
と、少し前で爆発音が聞こえた。ちょうど皆が進んでいる辺りで。
不安に胸が押しつぶされそうになる。皆は無事なのかと。
「ファイアアロー」
と、真横からそんな声が聞こえてきた。綺麗な綺麗な透き通った声。
それと同時に橙色の何かが目の前を通り過ぎる。熱さは感じない。
「皆、進んで!」
真横に敵がいるのだと確信して、振り返ってしまうだろう仲間達に進むように伝える。もしかしたら無事ではなく、既に私1人かもしれないけど、それでも伝える。
それにしてもまさか魔法使いの子が突っ込んでくるなんて、そう思いながら声がしたほうを向いてみれば、そこにいたのは兎の耳を生やした白髪赤眼の少女。今回、突然と入れ替わった1人。
「腰にさげた銃は飾りですか?」
その少女は両手に小型の銃を持っている。それでも魔法から始めてきた。
「まあ当たってあげるつもりはありませんけど」
撃たれていても余裕で避けられるという言葉、それを確信している退屈そうな表情。なんだかムカつくけど、私の得物はナイフだ。特に1人で戦う時は。
「一番弱いボクは囮でしかない。君が10秒でもこの場にいてくれれば、それで十分さ」
こうは言ったけど、本当は試合終了までボクにこだわってほしい。それで皆の負担が減るのだから。
「この試合においての私の役割は、あなたという役割を減らすことだけ。時間稼ぎを考えずとも、ずっと傍にいてあげますよ。まあ暇ですから、少しは運動に付き合ってもらいますけど」
そう告げ終わると、彼女はすぐに銃を突き出してきた。
その先端から青色の弾が飛び出したところで、ようやくナイフを構えられ。その弾が顔面に飛んできて斜め横に逸れて通過したところで足を踏み出し始め。駆け出した頃には下側から緑色の弾がお腹に向かって飛んできて逸れて、右脇腹のすぐ隣を通り過ぎた。
そこから追いかけ、虹の弾達が逸れ、距離は縮まらない。1歩を踏み出せば1歩分だけ下がっている。
それでも追いかけるしかなく、時間だけが経過していく。
『槌使い』
扱いの難しい情報アクセサリーによる通話で、その一言だけが伝わってきた。似たような景色の中を走ってばかりなのでどれだけの時間が経過したかはわからないけど、接敵してからそれなりに経過しているはずだ。それでようやく……いや、考えないでおこう。
ボクは目の前の逃げる的に一撃を当てることだけを考えて。それだけを考えて。
「目的だけに集中するのは悪くないですけど、周囲にも目を向けておくべきですね」
その言葉と同時に景色が一変する。音が殺到してくる。
気づけば暗闇の中にいた。辺りをペタペタと触ってみれば、柔らかさを感じられる硬い感触がする。
軽く叩いてみれば、とてもではないが破壊できないと思わされた。ナイフは落としてしまったのか手の中に感触はなく、腰にさげた銃を引き抜いて撃ってみてもパシンと音がするだけ。あとを触っても大した変化はない。
つまり閉じ込められたのだ。いや、正確には木々を倒しすことで避けられない範囲攻撃を行われて、それが失敗した結果だろうか。
逃げ回っていたのは準備のためで、罠ができあがる中をボクが馬鹿みたいに追いかけていたのだろう。
……悔しい。それでもできることはある。
動きながらでは無理だけど、こうして動く必要のない集中できる状況なら情報アクセサリーによる通話もできる。これで誰かに連絡して、重なっているだろう木を燃やしてもらって、そうすれば――
「え……」
繋がる先なんてなかった。繋げられる先なんてなかった。
そう、既にボク1人なのだ。動けない、なにもできない状況のボク1人だけなのだ。
身体から力が抜ける。なにかをしようとする意思が零れ落ちていく。
剥き出しの土がひんやりとして気持ちいい。
ボクを倒すために相手の誰かが木ごと燃やしてくれればとも思ったけど、そんな様子はない。よくよく考えてみれば、第2試合の映像では小さな魔法しか使っていなかった。そこまで大きな魔法は使えないのかもしれない。
こんなことなら、もう少し真面目に魔法習得に臨んでおけばよかったかもしれない。単純にナイフなどによる戦闘のほうが向いていたから、それだけの理由で魔法を疎かにしていた。
いや、間違ってはいないのだろう。とりあえず戦う力が必要だったのだから、それが魔法ではなかっただけなのだから。
魔法の情報体は簡単なものですら高価だったし、なにが必要だったのだろうか。
『制限時間が経過しました。判定の結果、あなたのチームの敗北となります』
僅かな望みは打ち砕かれ、視界が暗転する。
控室は十分な余裕があるのか、参加チームは朝から夜までの滞在が許されている。たとえ試合が終わったとしても。
当然、チームの雰囲気は重たい。誰1人、口を開こうとしない。
別に誰のせいで負けたということはないだろう。それでも口を開かないのは、開いてしまえば嫌な言葉が跳び出してしまうかもしれないから。自責の言葉なんて聞いても嬉しくない。
だから試合終了直後、一言だけ呟いたのが最後だ。『ごめんね』って。
コンコンっと軽快な音がドアから聞こえてくる。一応はこちらが許可を出さない限りは入れない仕様らしく、今はそんな気分ではない。それでも大切な用事かもしれないとリーダーが鈍い動きで空間を突く。
「……なんのようですか?」
とてもリーダーらしくない声が響いた。刺々しく、重々しいそれが。
その反応を見て、ついドアの外を映し出す仮想ウィンドウを開いてしまう。そこにいたのは兎の耳を持つ、白髪赤眼の女性。つい先程まで近くにいたはずの、ボクに無力さを突きつけた本人。
『いえ、リーダーを担っていた少女に用があってきたのですが』
「時雨に?」
リーダーの目がチラリとこちらを向いた。
『ええ。ですが、その前にチームメンバーの皆さんに話があります』
「え……」
相手の意図がわからないのだろう。ボクも同じ気分だ。
負かした相手を前に楽しむタイプでもないだろうし、そんな雰囲気でもない。なにか挑むような、そんな感じがするのだ。
『もし時間を頂けるのなら、場所を移しませんか? そこは話すには不向きでしょうから』
そこで通信は途切れる。話し合って答えを出せ、ということだろうか。
「どうする?」
顔を向けられているのはボク。あちらの用事がボクへのものなのだから、まずはボクが行くかどうか決めなければいけない。他の皆はボクしだいなのだろう。
「ボク1人で行って確認してくるよ。皆はボクが帰ってきてから決めればいい」
そう言いながらドアへ足を進めれば
「ダメ」
フェリが即答した。
有益な話かもしれないのだから蹴るつもりはない。それこそ仲間として誘ってくれるのなら皆は加入すべきだ。
ボク達アルファ世界の人と、他の魔物が跋扈する世界の人では強くなることの価値が違いすぎる。あれだけ強い人達だ、訓練してくれればこの子達の生存率があがる可能性がある。当然、もとの世界でも。
そして行くのならボク1人が最も安全だと知っているはずだ。それなのになぜ。
「時雨は何もできなかったんでしょ。見てたから知ってる」
……そうだった。安全であったとしても閉じ込められれば身動きはできない。注意すれば回避できるかもしれないけど、さっきと同じ状況になればなにもできない。ログアウトまで待つしかない。
それは生きているといえるのだろうか。
「時雨は行くんだね?」
リーダーが問いかけてくる。これは既に答えを決めている表情だ。
「……怖いから、ついてきてくれないかな?」
「ということだ。俺は行くけど、皆には無理強いしない。むしろ待っていてほしいと思ってる。大丈夫、益があれば皆で山分けにするから、安心して――」
「一緒に行こっか」
リーダーの言葉を遮るようにフェリが告げる。私に抱きついた状態で。
「まさか置いていくなんて言わないよね?」
「このログインが終わるまで、ついていくって言ったよな?」
笑顔を浮かべたシヴェとアーレも応える。
まあ街から出るようならついていかなければいいし、街の中ならそれなりに安全だろう。それに死んでしまっても、ログアウトするだけですむのだから。
「まあ、そうなるか。それじゃあ連絡するから、準備しておいてくれ」
軽そうに手を振って告げるリーダー。
なにを準備するというのか。ああ、気持ちと覚悟か。




