第2回戦後-S
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「これは……」
目の前のベンチに座っている少年が唸る。
焦げ茶色の瞳に薄茶色の髪と、頭頂から覗く同色の犬耳。そして同じく同色の尻尾がお尻の近くでゆらゆらと小さく揺れている。ぼくの世界では見られない種族の人間、本人から聞く限りは獣族狼種ということだ。
「リーダー……」
そんな彼に向けて呟かれた名前……ではなく、呼称。リーダーと呼ばれた彼の本名はシヴェ。ガンマ世界から訪れた、ボクから見れば異世界人となる人物。
そして、そんな彼を囲む3人も異世界人だ。
水色の瞳と緑色の髪を持つ、一見ボクたちと変わらぬ容姿をした少年がデルタ世界からログインしている"巨人族の"アーレ。昔はおおきな種族だったらしいけど、今は小さいらしい。
赤色の瞳と赤色で短めの髪を持つ少年はボク達とそう変わらない容姿を持つ人族だが、デルタ世界からログインしているアスティア。基本となる身体能力にはあまり差がないみたいだけど、魔物の有無が鍛え方に差を出しているのか、こちらの成人よりも遥かに力持ちである。
桃色の瞳とツインテールにまとめた桃色の髪を持ち、背中に半透明で桃色をしたひし形の羽を"浮かべている"少女がベータ世界からログインしている天翼族のフェリ。
以上、ぼくも含めた5人が見入っているのは領土獲得戦と呼ばれる大会の第2試合、その中の1組の試合映像だ。こちらは既に勝ち進んでいるので、この試合で勝ったほうが次の対戦相手となる。
映像で戦っているチームの片方は竜人族2人のチーム。最高20名かつ、1試合5名以下だから、当然それ以下での参加も認められている。それでもこのチームが勝ち進んできているのだから、かなりの実力なのだろう。
そしてもう片方のチーム。全7名で、今回の試合に参加しているのは当然5名。刀使いが1人、魔法使いが1人、弓使いが1人、槌使い1人、魔法使いが1人。わざわざ魔法使いをわけたのは、後の1人が魔法使いだろうという予想でしかないからだ。
鬱蒼と生い茂る森の中、藍色の鱗に包まれた、既に竜の姿となっている人と相対しているのは刀使いの少女。黒髪を綺麗なポニーテールに纏めた、スタイルの良いその人はどこの出身だろうか。
最初は人型で慢心していた竜人族の男性と接敵するやいなや、一気に近寄って鞘から刀を抜きつつで両断。正確には鞘に収まっていたはずの刀が抜けていたから、きっと居合い斬りという技術だろう。仲間に聞いた限り頑強で剣や魔法では容易に傷をつけられないらしい竜人族の鱗を綺麗に避けて、真っ二つ。
動くかなと思ったけど、そこまで超常生物ではないらしく、そのまま戦闘不能扱いで消えていった。これで1対5。
それを感じ取ってかもう1人は即座に竜化。周囲の木々を押し倒しつつ、お伽噺やファンタジーに出てくる感じの、いかにもドラゴンという姿へと変貌した。
大空を飛ぶに十分そうな大きな翼……は木々が邪魔で広げられていない。それでも逞しい四肢とその先に覗く鋭い爪、そして噛まれたら即座に噛み砕かれそうな、牙が並んだ顎はその強さを知らしめてくれる。
さらに人型と違い身体の大部分を燃えるような真っ赤な鱗が覆っており、先程のように一閃決着とはいかないだろう。
そのうえ目視による判断に自信がないボクですらわかる程、大きい。腕の一振りで何本もの木々が薙ぎ払われ、その1歩が踏み出されるごとに地面が揺れているようにすら感じる。
そんなドラゴンが、ただの……とはいえないまでも小さき人族の女性へと足を進めていく。こんなもの、どうやって勝てばいいというのだろうか。慢心して人型でいるところに不意打ちで倒す以外に、どのような方法があるのだろうか。
と、この時点で次の試合に小さくない不安が募る。仲間が大きく傷つく姿は、あまり見たくないものだから。
1人目がやられてから1分も経過しないうちに刀使い"ではなく"、魔法使いの少女と竜化した竜人が接敵。
こちらの少女も同じく黒髪だけど、ストレートで腰に流していて、個性的なTシャツが時折パーカーから覗くのが特徴といえるだろうか。
そんな軽装備で大丈夫かとも思うけど、情報体とかいうよくわからないの技術で見た目以上の強固さを持つ防具が展開できるのだから、気にしてはいけない。
『気位の高い竜人族が避けて各個撃破なんて珍しい』とはガンマ世界からログインしているリーダーの言葉。でも同じく竜人族がいるデルタ世界の2人は驚いた様子はなかった。そもそもこの2つの世界では竜人族の評価が違いすぎていて、共通点は強いことだけかもしれない。
ああ、竜化した姿や人型時の鱗など"姿形は"似ているのか。
魔法使いの少女を視界に収めた、というか少女までの道が開けた瞬間、竜人族の男性はその大きな顎を開き、喉の奥にオレンジ色の光を掲げる。
そして次の瞬間、爆発した。動かぬまま、喉の奥で。
衝撃で仰け反る赤竜の表情は驚きに満ちていて、なにが起こったかわかっていない様子だ。ボクもわからない。
しかし、今は戦闘中。敵前。当然の如く攻撃が降りかかってくる。
対面する少女が持つ、そのへんに落ちているような木の枝が大振りに振られる度に赤龍の周囲に何かが発生していくのだ。最初は氷柱、次は尖った岩、次は炎球。それが間を置かず、次々と赤龍の身体に刺さっていく。
それでも鱗は貫けない。竜の鱗は伊達ではないということだろう。そのうえ姿勢を崩していた、というか驚いていた赤竜が少女へと向き直る。
次の瞬間、一気に少女に突進していた。巨体と高速移動による大質量の体当たり。戦艦から撃ち出される砲弾、なんてものじゃないと思う。当然、人が受けてしまえばひとたまりもないだろう。
うん、受けてしまえばということだ。赤竜が動き出す前に少女は行動を起こしていたのだろうか、既に姿が見えなくなっていた。そこで隣に開いておいた少女視点の映像に切り替えてみれば、高みから赤竜の姿を捉えていた。どうやらどこかの木の上に跳び乗っていたようだ。
そこに映る赤竜はきょろきょろと辺りを見渡すだけで、移動しない。その様子を見て少女の口元が歪む。小さな笑いの形へと。
きっと感知能力に対処する方法がわかったのだろう。これで赤竜に手札が無ければ奇襲を待つだけになるかもしれない。
そのまま少し経過した時、赤竜が空を見上げて口を大きく開いた。少女が思わず手で耳を塞いでいるから、怒鳴ったのかもしれない。そして直後に、赤竜の口元がニヤリと歪む。
振り向く先は間違いなく少女がいる場所。未だに手で耳を塞いでいるのを確認して、ゆっくりと口を開けば、目の辺りで何かが弾かれた。
目にバリアでも張ってあるのだろうか、ダメージは見られない。そのまま喉の奥にオレンジ色を掲げて、それは霧散した。
どこから出てきたのか、赤竜の近くには刀を振り抜いた少女が1人。鱗がない部分に刻まれる一筋の赤。それは鱗とは違い、身体の内から湧き出る赤。
試しただけなのか思ったよりも硬かったのか、筋の先の鱗を堺に途切れている。それでも赤竜の傍で構えられた刀が折れた様子はない。
再び空に向かい口を開き、直後に尻尾を大きく振り回した赤竜。とにかく周囲から敵を排除しようとするその動きは、もうなにがなにやらといった様子にも見える。
だから直後に待っていた最大の攻撃に気づけなかった。せっかく周囲すべての木々を薙ぎ払って開けた視界でなら見えたはずのそれを見落としていた。
大きな槌を持った少女が空から落ちてきたのだ。それもかなりの速度で。それでいて少女だけはふわりと着地したのだから、魔法かと思ったけど、そういえば魔法がある世界だったと気づいた。
これまた同じく黒髪で、この子は肩ほどで揃えられている。ボクよりも小さな身体に年下かとも思ったが、ふわりと着地した時の揺れはボクにはできないことだ。ああ、できない。きっと年上だろう。
魔法使いの少女はどこからから降ってきてふわりと着地し、倒れ伏せた赤竜と見守る3人という図。
そこへ1人の少女が大きく手を振りながら近寄ってくる。背中にちょうちょうのような形の半透明で空色をした羽を浮かべ、肩下まである焦げ茶の髪を揺らす元気そうな少女が。
と、そこで試合終了の合図とともに映像は途切れた。
同時に次の対戦相手が決まった瞬間でもある。
「人数で有利とはいえ、竜人族を倒す相手か……」
リーダーの苦々しい呟きが広がる。
周囲にいる仲間も何か言葉をかけようとしているように見えるが、それは口から出ない。告げられる言葉がないのだろう。
「リーダー、とりあえず宿に帰ってご飯を食べてから考えようか。なんならお昼寝を挟んでも良い」
「……そうだね。ここで悩んでいても良い答えは浮かばない気がするよ」
と、リーダーは目の前に浮かんでいる何も映っていない仮想ウィンドウを消した。
「それじゃあ、宿に戻ってご飯にしようか。そのあとは……夜まで自由時間にしよう。英気を養って次に備えてくれ」
本来は対策を、と言いたいところだが、予算がない。参加費用すら皆の手持ちを合わせて、宿代を残せばギリギリだったのだ。
そして作戦はリーダーに一任している状況。英気を養う以外にすることはない。それはボクも同じだ。
だから反論なんてせず、立ち上がり歩き始めたリーダーと皆に続き宿へと向かう。
真夜中の宿屋の1室、ボクが寝泊まりしている部屋。鏡を前に見つめる。
無傷の身体と衣服。綺麗なナイフ。そして腰にさげられた魔法銃。
異世界の人々と比べてひ弱な身体、脆弱な精神、未熟な技術。
肩下まで伸びた黒髪と弱々しい黒い瞳の、極々一般的な少女の姿をしたそれの顔を改めて見つめる。
今日のあの子達を見て、とてもだけど攻撃を当てられるように思えない。唯一、ちょうの羽を浮かべた子なら、とは思ってしまうけど。
そもそも刀の少女が同じ年だというのが信じられない。それも同じ世界からログインしているので、世界差という逃げ道すら封じられている。
そう、決して私が貧相なわけではない。むしろ可愛いと褒められることは少なくなかったのだ。あの少女のスタイルが良すぎるのだ。
そこまで考えて、いやいやと首を振る。問題はそこではないと。
あの動きを同じ世界の、それも同じ年の少女がしていることが信じられない。あれだけの運動センスがあれば学校一どころか、国一を狙えるのではとすら思える。もしかしたら剣道では有名な可能性すらある。
……情報体だろうか。
情報体ならば基礎能力を強めることができると聞いているから、あそこまでの動きができるのかもしれない。はっきりってスポーツで国一というレベルではないのだ、アレは。どう考えてもその域を超えているようにしか思えないのだ。
「ただいま~」
ドアを開ける音とその声を聞き、パッと振り返る。ここ最近で聞き慣れた声の主は、同室に泊まっているフェリのものだ。
「遅かったね?」
「この街は安全だから。それよりも刀の子、あの子について少し聞いてきたんだけど」
同じ世界同じ年だということもあり、これ以上、偉業を聞きたくはないが、聞かないわけにもいかない。
「動きが速いんじゃなくてうまいんだって」
その言葉に思わず首を傾げる。
「うまいって?」
「え~っとね……達人の動き? みたいな感じ?」
10代の達人がいてたまるかと言いたい気分だが、身体能力の差が少ないと知れただけでも良かったかもしれない。まあスタイルの差は技量ではないけど。
「それは貴重な情報だ。リーダーには伝えたかい?」
「伝えた~、眠い~」
そう言いながらベットの下段、ボクの寝床へと倒れ込むフェリ。
「そこはボクの――」
耳を澄ませば小さな寝息が聞こえてくるから、もう起こすわけにはいかない。そもそも深夜1時、女の子が起きているには遅い時間だ。現実世界ならお風呂と叩き起こすところだけど、この宿には踏むだけで清潔魔法がかかるマットがある。
だから起こさないよう、ゆっくりと上段に昇って布団をかぶった。
対戦は一通り見たけど、次の相手は優勝候補筆頭といってもいい相手。次を勝てば、優勝が近づく。だからがんばら――
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