足りない1人 3/3
「ユウ、少し離れます」
宿へ向かう道中、露店と呼ばれる道端で規定の布を展開して行われる売買が盛んな場所でユウの手の中から跳び出します。
「姉さん、先に行ってて」
その言葉は意味がなく、楓も凛も、釣られて皆も足を止めました。そんなわかりきった結果を背に1つの露店、黒髪の少女が座る場所へと足を進めます。
「羊の情報体があるのですが、買い取ってもらえませんか?」
「いらっしゃい。買い取りはやってないんだけどな……」
困り笑顔を浮かべながらも、情報アクセサリーを差し出して取引に応じてくれようとする少女。しかし情報体を提示してみれば様子は変わり、違う困った顔を浮かべました。
「すまないけど、これは買い取れない。少し前に来たばかりだから、買い取れるだけのお金を持っていないんだ」
「私達は先程、来たばかりでして、今日の宿代が3人分、欲しいのです。無理を通してもらうのですから相場通りでなくてもかまいません。どうにか買い取ってもらえませんか?」
その言葉に答える声はなく、少女は考え込んでいる様子です。きっと相場を思い出し、情報体の品質を確認し、それでも騙すようでと悩んでいるのでしょうか。
それにしても従魔が喋り取引を持ちかけたというのに、一切の滞りなく受け答えするというのは凄いですね。こういう人が選ばれている、ということでしょうか。
「……言っておくけど、他の場所に持っていけばもっと高く買ってもらえるよ? それでもいいかい?」
「私があなたを選びました」
唖然とした表情を浮かべ、すぐに笑いだし、取引金額が提示されます。もしかしたら少女が今日の宿代に困るかもしれないと思える金額でしたが、この情報体にそれだけの価値を見出したということでしょう。
「無理を通して頂きありがとうございました。また機会を楽しみにしています」
「ああ、楽しみにしているさ」
手を振る少女に背を向けて、少し後ろで待っていたユウの胸に飛び込みます。「どちらが無理を通して貰ったのか」と苦笑いしている少女は、きっとすぐに露店を片付けるのでしょう。
「お待たせして申し訳ありません」
ユウが私を抱きしめる形になれば、再び皆の足は進み始めました。
「イナバちゃん、もしかして私の宿代も入ってる?」
「サリアが無一文なのは私の我が儘が原因ですからね。最初くらいは出させてください」
嬉しいような、困ったような、サリアはそんな表情で頬をかきました。
「ユウくんを守ってくれてたお礼に、数日分くらいは奢るつもりだったんだけどな~」
「というか従魔も宿代を取られるのか?」
嬉しそうに語る楓と、首を傾げる凛と。
「私が1部屋、欲しいだけです。宿代は人数ではなく部屋数だと思いますので」
「それもそうか」
まあ料理は別料金だと思いますけど。
「イナバ」
『どうしましたか、ユウ』
話の流れが途切れたところでユウに名を呼ばれ、多少は秘匿できる専用通信で返答します。ユウは使い方を知りませんからね。
『どうしてあの子に売ったの?』
『先行投資です。あの子が売っていた商品は先が期待できるように思えました。良い装備ができればより強い魔物を多くの人が対処できる。そのために少しだけ発展を早めようかと』
それにまあ、宿代が無かったのは事実です。
などという建前が通じる相手でもなく
『それだけ?』
この一言にうまく答える言葉が思い浮かびませんでした。
『とりあえず、今は』
そんな逃げの一言。今が幸せであるのならば、わざわざリスクを背負う必要はないのです。幸せのページはこれから増やせば良いのですから。
『そっか』
少し悲しそうな呟きが心を揺らします。それでも伝えてしまえば思い出すきっかけを与えてしまうかもしれない。ユウはともかく、ユウが知ることでそれを前提とした行動が、楓にきっかけを与えてしまうかもしれない。姉さんや四葉ならともかく、私からそれを選ばせることだけは避けたいのです。
日本風の旅館のような宿で3部屋を借りて、楓の部屋に集合しました。襖に畳に木のテーブルと、中々に居心地の良い場所です。
「ワフウの部屋ね」
サリアは違和感なくスムーズに、並べられていた座布団へ腰を下ろしました。まあ流石に正座とはいきませんでしたけど。
「おや、サリアは和風の部屋を知っているんだね」
「王様が好きなのよ、ワフウは。なんでもカグヤの船にあった部屋を再現して"広まらないように"自室だけを和風にしてたみたいだけど、偉くなったら自室に誰も呼ばないなんて無理だったみたいで。そこから少しだけ広まったって聞いてる」
「カグヤ……輝夜姫?」
サリアの説明を聞き、葵が首を傾げます。
「異世界からの訪問者らしいですからね、日本の輝夜姫かもしれませんよ」
「あれ、イナバちゃんは輝夜姫……というか、日本の昔話を知ってるの?」
「ええ、多少は」
少しずつでも従魔に他の世界の知識を持っている"可能性がある"ことを"常識として"広めておいたほうがいいでしょう。あの子達が少しでも生きやすいように。この世界を楽しめるように。幸せに包まれるように。
「じゃあイナバの白兎も?」
「いたずら兎ですね。知っていますとも」
葵の問いかけに余裕をもって答えます。
よし、これでいたずら好きという認識が
「寂しがり屋の案内人かな、とも思うよ」
ユウの言葉によって上書きされました。
ははは、そちらではユウにいたずらしても笑って許してくれる雰囲気にならないじゃないですか。
「え、イナバちゃんって寂しがりやさんなの!?」
「否定はしませんが、誰でもいいというわけではないです」
サリアを拒絶するわけではありませんが、本当に1人になった時に誰を求めるかと違うでしょう。そもそも私がサリアを縛りたくはないのです。
「そうだな、たしかにそうだ」
うんうんと頷く凛と、静かに頷いた翠。そして気になる葵はといえば……特に反応を見せてくれません。
「さて、私はお昼ご飯を作ってくるね」
一段落といった様子を確認してか、楓はそう言って立ち上がりキッチンへと向かいました。その光景に、いえ、この光景になんだか違和感を感じて
「イナバ?」
ユウが首を傾げて私の名を呼んだことで、首を横に振ります。まだ情報が足りていないから、判断には早いような気がして。
「凛、楓の料理はどのような感じですか?」
気を逸らしたかったからか、ついそんな質問をしてしまいました。
「そうだな……高級レストランに負けず劣らずの味、といった感じか」
その言葉によけい何かが気になって。それでも答えが湧き出ることはありません。
きっとユウは、知っているのでしょうね。
「え、楓ちゃんって料理人を目指してるの?」
「いや、楓は基本的になんでもできるだけだ」
なんでもできるがゆえに背負いすぎてしまう。手は2本しかないのに10を超えることをしようとする。だからリミッターが必要なのですが……まだ20を超えていないということでしょう。超えてほしいような、ほしくないような、微妙な気持ちですよ、まったく。
「おお、天才さんってことだね」
「ユウくん……ううん、なんでもない」
ずっとユウへ視線を向けていた葵は何かを問いかけて首を振り、言葉を飲み込みました。一目惚れ……なんてことはないでしょうねぇ。いくら容姿と性格が可愛いといってもユウですから。
「葵、先程からユウくんを気にしているみたいですが、やっぱり会ったことがあるのでは?」
「……ううん、知らない」
「可愛いから気になる、それでいいんじゃないか?」
ひととき暗くなりかけた翠と葵の雰囲気が、凛の言葉を堺にやわらぎました。
やはり凛というか、なんというか。抜けているようで的確な言葉を選ぶ時があるんですよね。楓よりもよっぽど天才をしている気がしますよ。
それはそうと、凛にはこの子が"可愛く"見えるんですね。
「それもそうだね」
と葵は小さく笑いました。それが4人の中で一番、輝いているように思えて、なんだかなぁと。まあ楓が混ざっているのですから、いずれは解決するでしょう。




