足りない1人 2/3
目的の店までもう少しといったところでしょうか。人々の流れを遮らず、それでいて止まることなく駆け寄ってくる人影が1つ。
「ユウくん~!」
迷うことなく、柔らかに大胆にユウへと抱きついたその人物。
腰まで届く黒髪に、黒曜のような黒い瞳を持つ、ユウよりも少し身長の高い少女。まるでユウの身長を少しだけ伸ばして黒髪黒目にしたような相手。
「姉さん」
サリアの手を離して抱きしめたユウが示しています。間違いなくユウの姉、楓です。
「えっと……ユウくんのお姉さん?」
「むむ、ユウくんのお嫁さんかな?」
楓はそう言いユウから離れ、サリアへと身体を向けました。ユウと楓のサンドから開放されたところで、再び楓の全身を観察します。
容姿はさきほど確認できた通りでしたが、服装がサリアや凛と違いました。『しろながす・さんま』と黒色で印字された白いTシャツのうえに白色のパーカーを羽織っており、視線を下ろせば空色のスカートから生足を挟んで丈夫そうな茶色いブーツを履いています。
「ち、違いますよ!?」
慌てるサリアを見捨て、楓のさらに後方へ視線を向けてみれば、こちらに向かってきているであろう人影が3つ。1つは見知った姿であり、1つは"きっとおそらく"まったく知らない誰か。
「えっと、ガンマ世界のせ……妖精族さんかな?」
「はい。ガンマ世界の妖精族、サリアです」
「私はユウの姉、アルファ世界の人族、楓よ」
ややぎこちないお辞儀をしたサリアに対し、楓は笑顔を浮かべて右手を差し出しました。
言葉を間違えなかったところは、さすが楓といったところでしょうか。なんだかサリアも知らないみたいですし、間違いではありませんから。
「えっと……弟さんにはお世話になってます?」
サリアは楓の手を取り、首を傾げながらそう言いました。
そこで一瞬だけ、本当に一瞬だけ楓の視線が鋭くなりましたが、直後には朗らかな笑顔のまま。その意味は私の知るところではありませんが、まあユウが危険に首を突っ込んでないかどうか……でしょうか。
それにしてもと、楓の胸元に視線を向けます。まさか悲しい事実が、言葉通りの事実になるとは思ってもみませんでした。楓のことですから、ボインに成長するとばかり思っていたのですが……。
「むむっ、悲しい視線を感じる気がする」
楓がすっとこちらに顔を向けてきました。思わず視線を逸しそうになりましたが、しっかりと受け止めます。
「……イナバ?」
楓の口からふと漏れたようなその言葉に、その名に、思わずドキリとしてしまいます。
身内に甘いと言われるでしょうが、楓には私を知っていてほしくはないのです。それだけしか知らないとしても、十分なきっかけになってしまうのですから。
「素兎だからイナバちゃんかな? ユウくんが召喚した、ホワイトラビットの従魔だよね?」
「大当たりですよ、楓」
「あら、あなたは喋れるんだね」
あなたは、ということは他の従魔を見たことがあるのでしょうね。それならば。
「私以外の従魔を見たことがあるのですか?」
「この街では結構、召喚されているみたいだよ? まあ喋っているのを見たのはあなたが初めてだけど」
ああ、もう……さすが楓といいますか……こちらの欲しい情報を、ユウに必要な情報をスルスルと提供してくれますね。まあ、この街にいる従魔の人数も、喋れる人数も把握して入るのですけど、来たばかりの今、それは誰かから聞かなければ知っていてはいけないことです。
ええ、なぜか多くの人物に観測されているようですからね。
「ところでユウくん、何か良いことあった?」
「え、どうして?」
聞き返したユウを見て、私だけでなく楓も僅かな驚きを見せてくれました。つまり今のユウが浮かべている表情は、楓が他の3人と合流できたことは別件ということでしょうか。
「いえ、嬉しそうだなと思っただけだよ」
そう言い嬉しそうに、心の子そこから湧き出るような表情を浮かべた楓を見て、心がざわつきます。少し前から感じてる違和感が事実だと告げられているようで、あまり良い気分ではありません。
そんな感情が漏れ出ていたのでしょうか、抱きしめる腕の力が少しだけ強まりました。
「まあそれは置いておいて、我が心の友。凛ちゃん、翠ちゃん、葵ちゃんだよ!」
楓がパッと横に避ければ、そこには先程から近づいてきていた3人がいました。見知った凛と、知っている姿の翠と、翠によく似た知らない誰か。
肩ほどで揃えられた緑色の髪、エメラルドのような翠色の瞳。身体は楓よりも少し大きい……というあまり変わらないのですが、まあ、大きいという差がある少女。
そしてもう1人、同様に肩ほどで揃えられた、こちらは海色の髪と、深海のような藍色の瞳を持つ少女。
双子だろうことが予想できる、よく似た容姿をした2人。まあ違いがあって当然なのですが、この子はなんというか……知っている気もします。
「やあ、ユウくん、サリア」
「おや、凛は知り合いでしたか」
大英雄の卵、話題の人である凛には一切の傷が見当たらず、痛みを隠している様子もありません。まあ突破を祝って治療してくれたのかもしれませんし、もとより全員に治療が施される予定だったのかもしれません。
「楓と凛の友達で同級生の翠と言います」
「私は葵、よろしく」
綺麗な2つのお辞儀と、隣を気にした様子の翠と。
「姉さんの"妹"のユウだよ。よろしくね!」
活発な少女といった雰囲気でにこっと笑顔を浮かべたユウと。
さっそく遊び始めた……いえいえ、確認し始めたということにしておきましょう。悪気はなく、純粋に楽しみたいのでしょうから。
「私はガンマ世界からログインしてるサリア。よろしくね」
お姉さん感を出したいのか、優雅な雰囲気のお辞儀を付け加えたサリアの挨拶ですが、まあすぐにバレるでしょう。そもそも凛の同級生なのですから、年齢の差がほとんどないと知っているでしょうに。
そんなことよりも、です。サリアの挨拶の途中も、葵の視線がユウを捉えて離さないままでした。
「葵?」
「……あなたは、男の子だよね?」
「え、私は女の子、華の15歳だよ!?」
サリアの言葉をBGMに、葵の視線はユウを捉えたまま。才能があるか、知っていたか、なにか繋がりがあるか。
私にはよくわからないことですが、ユウは何かを得られたのでしょう。
「ぎくっ」
わざとらしい擬音を口にして、遊びの終わりを告げようとしているのですから。
「……うん、弟のユウです。凛さんもサリアさんも間違えたのに、よくわかったね」
逸らされない葵の視線に、ユウは降参といった様子で答えます。その言葉に苦笑いを浮かべたのは凛で、顔を逸したのはサリアで、驚いた様子を表に出したのは翠です。
「ううん、女の子に見えてたけど……なんだか違う気がしたから」
「葵、知り合いではなかったのですか?」
「うん、初めて会った……はず?」
これは運命の出会いというものでしょうか。正直なところ、幼い頃にユウが助けていても不思議には思いませんけど。
「ところで凛ちゃん、翠ちゃん」
と、そこに濁りそうな雰囲気を変える楓の声が通ります。
「お嫁さんにもらう?」
冗談だとわかる声音でそう言えば、表情を変えぬまま楓にジト目を送る翠と、なぜか顎に手を当てて考えるポーズを取った凛。そして一層、嬉しそうに笑う楓。
それを見て、少し考えて首を横に振ります。この2人に貰われたら安泰……とはいかないでしょうから。それでも楓の親友であるのならばと、可能性を見てしまうのです。
まあ再び少し強まった腕が巻き込むなと言っているようなので言葉にはしませんけど。
「凛、悩みながら移動しませんか? さすがに道の真中で長時間というのは良くないと思いますよ」
「そうだな、たしかにそうだ」
うんうんと頷いた凛は悩みが晴れたような表情を浮かべて移動を始めます。皆も凛に続いて移動を始めますが、そんな中で私に刺さる視線が2つ。翠と葵です。
「ユウに召喚された、従魔のイナバといいます。楓いわく、喋れる従魔は珍しいらしいのですよ?」
「ラビットの従魔ですか?」
「ラビットの希少個体、ホワイトラビットをベースに少しいじっています。もしかして情報体加工に興味が?」
答えるついでに聞いてみれば、翠は「ええ」と無表情に"見える"表情で頷きました。凛とサリアと楓を見て、おそらくはと思っていましたが……まあ、惹かれたのでしょうか。そうしておきましょう。
「何か加工してみましたか?」
「とりあえず不思議な金属と食材を。刀の形状にはできましたが、特異性の追加はできませんでした」
はい、おそらく才能に満ちています。
きっとこの子は妥協しないでしょうから、刀も刀として扱えるレベルではあるはず。それを含めて初めて触れてから7日という前提ですが、それで形状加工までできたのならば天才といってもいいでしょう。ユウなんて三つ葉のクローバーから葉を1枚削るだけですら失敗して、情報体そのものを消滅させていましたから。
それどころか――
「それは凄いね。ぼくなんて削るだけの加工もできなかったよ」
ぎゅっと腕の力が強まります。私は悪くないです。
「大丈夫、私も失敗したから。翠ねえに才能があっただけだと思う」
「誰にでも向き不向きはあります。ラビットにも負けるユウですが、とても良い声を持っていますからね」
「……どうやって突破したの?」
「ユウ1人で挑んだわけではありませんから」
冥府の女王と、人形の長と、ハク精霊。とりあえず、この3組ですか。
「サリアさんはとても強い、ということ?」
「ええ。サリアはとても強い子です」
と言ってみれば、サリアが頬に手を当て「えへへ~」とてれてれしました。
さてさて、これでユウの弱さを伝えられたでしょう。ついでにサリアの印象を刻めたでしょう。親友の弟の恩人となれば、悪い印象は抱かないはずです。
「ところでどこに向かってるのかな?」
すぐ近くの喫茶店にでも入るのかと思えば、凛はそこを通り過ぎてなお足を進めています。まるで少し離れた場所に向かうように。
「私達の泊まってる宿。お昼ご飯、まだでしょ?」
「おお、楓の手料理ですか?」
おっと、思わず声に出してしまいました。しかし、それもしかたのないこと。楓の料理はとても美味しいのですから。
「そうだけど……よくわかったね?」
「喫茶店は通り過ぎましたからね。それで宿に向かっていて、なおかつお昼ご飯となれば誰かの手料理である可能性が高い。宿で提供される料理が喫茶店を超える美味しさであれば別ですが、ログインして7日であればそこまでの売りがある高級宿を選ぶとは思えませんからね」
と言葉を並べてみましたが、実際は楓が作ってくれるように誘導しただけです。私は楓の手料理が食べたいのです。
「あ……もしかして初日にキャベツ出したのまずかったかな?」
てれてれとした様子から一転、不安気なサリアの声が耳に届きました。
「大丈夫、美味しかったですよ。それに普通、魔物は食物を食べませんからね。何も知らない状態であれば似た動物に学ぶのはよくあることです。そもそも一番知っていそうな召喚主であるユウが何も言わなかったのですから、サリアが気にする必要はありません」
「よかった」
そう呟いたサリアは安堵の様子を見せました。この子はちょっと気にしすぎる傾向がある気がしますが、まあそれもサリアの良さでしょう。
「え、生野菜とかの方がいいの?」
振り向いても足を止めない楓が問いかけてきます。
「いえ、皆と同じものでお願いします」
もう羨望の眼差しを向けるのは堪能しました。それに楓の料理ともなれば、ユウのお皿から"わけてもらう"ことも検討するでしょうから、間違いは確実に正しておくべきです。
「姉さん、イナバは人の姿もとれるからいつも通りでいいよ」
「あら便利。それじゃあ期待しててね」
パチリとウインクをして再び前を向いた楓の背に、「ええ」と呟いておきます。
「イナバ、ぼくの時より期待してないかな?」
「気持ちの方向性が違うだけです」
それだけを言葉にして伝えておきます。
最高の位置を占めるのはユウの料理、きっとそこが変わることはないでしょう。ただ幼馴染の手料理と、レストランの料理では『美味しい』が違ってくるものですから。その両方を満たす楓の料理を望むのはしかたのないことです。
そんな他愛ない会話は雑多な音に紛れ、互いの耳にしか届かなかったのでしょう。皆はそれぞれの相手との会話に夢中で、誰もこちらを気にした様子は見せていません。ただ1人、楓以外は。




