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恐怖に身体が動いてしまって 1/x

 巻き上がる土埃が詠唱を中断された少女と2体の標的をも覆い隠します。いえ、私達2人を覆い隠したのでしょうか。

 直前まで相手をしていた魔物から離れ、背後には最も大切な存在が立っていて、私は動きを止めていて。僅か数秒後には鋼鉄の拳が迫るかもしれない状況で動けなくて。

 

 あの子なら大丈夫だと思っていたはずです。それでも身体が動いてしまった。

 戦場全体を見渡していた目が3体目のそれを捉えた時、サリアを狙っていた拳があの子に着地点を変えた時、目の前の2体が意識から消えていました。そして気づけば今の状況です。

 いえ、なにをしたのかは覚えています。

 ホワイトラビットどころか、魔力だけを見れば魔物のそれにすら劣る兎が、魔法だけでなく物質攻撃にすら強い耐性を持つ巨体を、吹き飛ばしただけでなく破損させた。

 内部のコアを消滅させながら。

 

 そう。『普通を望んだ兎』が、それを行ってしまった。

 主を失い彷徨うそれでもなく、仲間を得て輝く月になった者でもなく、異世界からの旅人でもなく、普通であるはずの兎が行ってしまった。

 これがサリアに知られ、そこから広まってしまえば私は『普通』から外れてしまう。サリアが黙っていようと、それは知られてしまう。

 なんの情報体もなく、貧弱で魔力も少ない身体で、種族すら滅ぼす手前まで迫った魔物を倒せたと。

 その事実が睨みつけるように、まるで蛇に睨まれた蛙の如く私を縛ります。それでいて思考は巡るのですから無様さだけが実感できてしまい、つい考えてしまうのです。あの時と同じように。

 

『死んでしまえば解決するのではないか』と。

 

 そうなれば異常な"それ"は存在しなかったことにできるのですから。

 

「イナバ。ぼくは失敗してしまったと思う」

 

 そんなことを考えたからなのか、悔しさに溢れる声が、それを隠そうともしない素直な声が後ろから通り抜けます。

 あの時を繰り返すように、きっとあの時とは違う想いで。

 

「3体目は予想できていた。その対策も今なら思いつく。いや、思いついていたはずなんだ。それでも、気を取られて1つのミスを犯した」

 

 当然、と言ってはあれですが、予想できていないとは思っていませんでした。事実、あの拳は押し飛ばされたサリアを追って"ユウの目の前"に突き刺さっていたと思います。

 

「サリアさんにたった一言、『ぼくはゲーム外でも幸せだ』と告げるだけでよかった。そうすれば2人で倒れ込むように避けることができた。そんな辛そうなイナバを、見ることもなかった」

 

 あるいは私が渡しておいた『龍鱗の加護』の情報体により1度ならば攻撃を受けても大丈夫だと告げていれば、といったところでしょうか。

 おそらくサリアがユウを助けようと判断できるだけの状況を避けるべきだったと思うのです。

 

「違います。私が3体目を予想できていれば――」

 

「イナバ」

 

 強く静かな声が私の言葉をせき止めます。

 

「これはきみとぼく、2人で手を伸ばしたことだよね?」

 

 ぐうの音もでないとはこのことでしょうか。

 間違いなく、間違いだと認めさせてくれず、それだと望みたくなる。ゆえに反論の余地は一切なく、頷くしかない。

 そのうえ予想できていながら、それでも僅かに震える声で問いかけてくるのはずるいと思うのですよ。

 

「それを知りながら3体目の存在を伝えなかったのはぼくだよ。イナバなら気づいていなくても対処できると思っていたから。事実、対処はしてくれた」

 

 なき虚空に後悔を呟くような声に違和感を感じます。

 

「それが今を生み出して、それでも納得のいくものではなくて。ようやくずっと知りたかったそれを掴み取れた気がする」

 

 まるで私を知ろうとしてくれていたような言葉に、いえ、まるで私を知らなかったかのような言葉に困惑を感じてしまいます。

 

「そう、ぼくは間違えていた。イナバがぼくを頼ってくれると、任せてくれると勘違いしていた」

 

 ……いえ、傲慢が過ぎていたのでしょうね。

 いくら観測と過去からこの子が"予想できている"と判断できたとしても、それは予想でしかない。決して外れないと考えていたそれは私が覆したではないですか。

 じゃんけんで勝てたあの時、勝つことを疑っておらず諦めていた表情を覆せたではありませんか。

 

「きみは『普通』であることを望んだ」

 

「そう。私は『普通』であることを望みました」

 

 他の誰でもない、あなたに。

 

「それでも今はぼくのために一歩を踏み出してくれて……その……嬉しかった。だから、その不安を払う役目をぼくにちょうだい」

 

 この子が僅かにでも言い淀むことは珍しいのに、その対象が私であることを嬉しく思いがらも、続く他のすべてを押しのけて届く凛とした声に心が貫かれた気がしました。

 そう。覆われた心は貫かれ、思いを溢れさせ、再び動き出すのです。

 

「あなたが役目を得るというのならば、私も役目を頂きます。私は弱いですが、それでもあなた1人を魔物から護る力は積み重ねたつもりです。ですので、あなたが抱える弱さを補いましょう」

 

 この子の弱さ。それは魔物に対して無力であること。

 今は平和であるはずのアルファ世界では満たせない弱さ。魔物が存在する世界だからこその弱さ。

 致命的な、それでいて誰でも寄り添える弱さ。同年代の子供であれど、この子が負けるラビットには勝てる。ラビットという脅威からこの子を守れる。

 誰でも担えるその役目、私が独占してしまいましょう。

 

「ぼくは煩わしい背景すべてを引き受ける。君がのびのびと、なにひとつ気にすることなく普通でいられるように」

 

「私はすべての魔物を引き受けましょう。天敵ひしめく世界であっても、あなたが自由に動けるように」

 

 やはり言葉とは偉大です。理解していた内容を口にし合うだけで、ここまでの力を生み出すのですから。

 そう思い振り向けば、自然と嬉しそうに笑うあの子が見えて。少し頬を赤らめた姿に少しどきりとして。『これが欲しかった』のだと確信してしまえば、あとは告げた想いを尽くすだけ。

 

 ようやく重い足音が聞こえてくる頃、1つの情報体を展開します。それは人型の私が持つにちょうど良い大きさの、銀色の柄と赤で満たされた穂先を持つ槍。私の固有情報体。

 なに1つの準備も必要なく、ただ情報エネルギーさえ注げば力を示してくれる。サリアが固有能力と呼んでいたものに近く、それが情報体として形を成したものでしょうか。

 他と変わらず魔法で再現できる点は変わりませんが、エネルギー効率がだんちがいです。

 

 私の真上、一瞬で形を成したそれの柄の先を蹴り上げます。濃縮エネルギー高速循環と身体強化を一切の遠慮なく施した身体で。

 高く高く、さらに高く。雲さえ超えて世界を貫き進んだそれは途中でピタリと動きを止め、光り輝き姿を変容させます。

 

 鈍色に満たされながらも底だけは赤く染まり。上部に見渡す場所と打ち砕く筒を備え。艦艇と呼ばれた兵器に近いその姿は情報体『赤の指針』の1つの到着点。

 空という海に浮かぶそれは船体を傾かせ、地上へと砲身を向けます。

 

「さあ、壁を打ち砕き旅を続けましょう」

 

 そう言い終えるやいなや、地上、正確には砂煙に包まれた鉄塊に向けられた方針が火を吹きます。飛び出した弾はすぐに飛来し、砂煙に穴を開け、大音量と振動をもって2箇所への着弾を知らせてくれました。

 そして事前に耳を塞いでいたユウが問いかけてくるのです。

 

「イナバ。もしかして動けない?」

 

 うさぎは五体投地で空を見上げるだけです。

 

「イナバちゃん!」

 

 払われた砂煙の向こうから駆け寄ってくる、もう1人の挑戦者。おそらく今の音で、サリアを縛っていた後悔の鎖が解けたのでしょう。

 サリアはその後悔を再び起こさぬために動けたのです。

 

「サリア、2つの外殻は壊しました。しかしながらエネルギーも無くなりました。動けません、限界です」

 

 サリアは抱き上げようとした腕を止め、泣きそうな表情でこちらを見つめます。

 

「ほら、あなたは必要だったでしょう?」

 

 それだけで理解したのか、サリアは口をきつく結んで視線を動かしました。

 そして予想外のユウを視界に収めて安堵を覗かせ、晴れた草原に転がる2つの球体を確認して深呼吸をし、頷いてから目を瞑ります。

 知っていたのでしょう、そのうち身体を再構築されてしまうと。時間との勝負であると。

 

 最初とは違う詠唱を始めたサリアの声を聞きながら、思考を別のことに向けます。なぜ魔物が襲ってこなかったのかです。

 ゴーレム種は漏れることなく魔力感知を有しているので、砂煙によりこちらを見失ったということはないはずです。そうであれば誰かが動きを止めたか、こちらを見失わせたか。

 ……、……ふむ。まあ同じ場所に補充されるようなタイミングで同等の魔物が発生したと考えるよりは、ですか。

 つまりこのゲームは安全だということでしょう。

 そうなるとあの子はどうして……う~ん……まあ、そのうちわかるでしょう。

 今はそれよりも

 

「ユウ、動けません」

 

「知ってるけど?」

 

 そう言い首を傾げる姿は『それがどうしたの?』と問いかけてくるようにも思えますが、違うのです。この子は言わせたいのです、私の口から。先程のやり取りがあったからこそ。

 もう少し早ければ。くそぅ、くそぅと思いながらも、直接的な言葉なく抱き上げて貰う方法が思いつきません。上空で待機させている『船』を消せばエネルギー問題も解決するのですが、万が一を考えると消すわけにはいきません。

 

「……さっきよりも綺麗な詠唱だよね」

 

 それが示す先はサリアの口から紡がれている音なのでしょう。

 魔法をまったく知らないはずなのに、よくもまあ良し悪しがわかるものです。あるいは純粋に"音"として聞いているのか、はたまた"魔法の真髄"を理解しているのか。

 まあ、この子には必要のない知識なのかもしれません。

 

「サリアに合った詠唱、ということでしょう」

 

 そう呟きながらも魔法でそよ風を起こしてみれば良いタイミングで、揺れたスカートと靡く髪をそれぞれの手で抑える姿が見えました。

 残り少ない魔力を絞り出したというのに、予想通りというつまらない結果です。

 

「魔法や情報体のことはよくわからないけどさ、もしかして結構、余裕があったりするのかな?」

 

 風がやんだところで、ユウがそう言いながら近寄ってきました。

 

「余裕があれば抱き上げてなどと要求しません」

 

 と、自分の口から出た言葉に、本当に余裕がなかったのだなと実感できました。悔しいかと問われれば悔しいと答えないまでも、心の中では悔しさにはにかむのでしょう。

 まあスカートを抑えてスライムから逃げ回るユウを眺めていたのでおあいこということにしておきましょうか。私の言葉を聞き、無邪気に嬉しそうに微笑む姿を見てしまえば、とても失敗だったなどとは思えないのですから。

 優しく暖かく包み込まれ、視界が持ち上がります。

 

「ところでイナバ。あの魔物ってどれくらいのランク? なの」

 

 ランクがどういうものか把握していないような聞き方に、思わず頬が緩んでしまいます。

 個を知っていても全を知らずとはなんともこの子らしく、楓が苦労していそうだなと思いました。そして似たようなことを自分も言われたことを思い出し、なんとも懐かしいなと。

 

「私の基準ではランク3といったところでしょうか。あの浮かんでいたカマキリの1つ上、少し厄介さを感じながらも準備の必要なく倒せる程度です」

 

 どの基準を教えるべきか迷いましたが、結局は最も馴染み深いものを答えてしまいました。

 まあ相手をするのは私なので、わかりやすいものをということで。

 

「それはイナバだったらってこと?」

 

「いえ。私は勝てる勝てないの2択なので、これは汎用基準ですよ。そうですね……初級魔法だけで勝てる魔物がランク1と2。中級魔法も欲しいかなと思う魔物がランク3と考えてもらえれば。当然、同等の身体能力や技術でも代用可能ですし、組み合わせればそれぞれの要求レベルは下がります」

 

「でもさ、あの魔物はらんく6って聞いたけど?」

 

 おそらくサリアの世界で一般的なランクですね。

 まあ上位とされていた種族が滅びかけるほどの魔物ということなので、実際の脅威よりも高く設定されている可能性もありますし、そもそも発生数が少ないのかもしれません。

 あるいは倒せる"強者"に任せきりであれば要求される強さは跳ね上がるでしょう。

 

「正攻法と呼ばれる手段でランク6なのでしょう。少し技量がいりますが中級魔法"だけ"で倒せますから。

 

 詠唱中のサリアには聞かせられない話ですが、渦巻くそよ風が声をサリアに届かせません。そもそも自らの力で見つけてほしいので、あまり教えようとは思いません。

 なのでこの基準は"私達"の基準でしか無いのです。

 と、そんなことを考えていれば突然、身体を抱きしめる力が強まるのを感じました。

 

「あんまり無茶はしないでね」

 

 悔しそうな声が降り注ぎますが理由はわかりませんが、この子の思考を読み解こうなどとは思えません。その想いだけを知っていれば十分ですので。

 

「それはお互い様なのでは?」

 

 お互いできることをしているだけ。それが無茶であっても結果として叶うことを知ってしまっているから、足は止まらない。

 私もこの子もできないことをしようとは思わないでしょう。できるできないの基準が明確だからこそ、無茶をしても結果を得られると知れてしまう。だから躊躇しない。

 本当はやめてほしいのですけどね、私も人のことは言えないので言葉にはできません。まあ楓にはバッチリ言ってやりますが。

 

「だからお願い。消えゆく星に願うような、その程度のお願い」

 

 叶えば運が良い程度のもの、ということですか。

 

「それでは私も。無茶はしないでくださいね」

 

 夜闇に輝く流星にひっそりと呟く程度の言葉。誰にも、それこそ想い人にも聞かれていないことを前提とした、ねがいごと。ようは独り言ですので。

 ひときわ強くなった腕を嬉しく思い、それがもうすぐ終わることを惜しく思い。

 

 音が途切れた静かな空間に響く割れ音が試練の終わりを告げるように、静かに響きました。そして時を経ずして2つの水晶が分割され、その勇姿を称えるように辺りを光の粒子で満たします。

 

『アダマンタイト・ゴーレムの反応の消滅を確認。よって試練の突破とします。お疲れ様でした』

 

 徐々に弱まっていた光が完全に消える頃、そんな声が頭の中に響きます。

 

「私、できたの?」

 

 ドサッと尻もちをつくように勢い良く腰をおろしたサリアが、思わずといった様子で呟きました。

 

「ええ、綺麗な詠唱でしたよ」

 

 空に浮かぶ船を消しつつ、自らに問いた様子のサリアに答えます。

 それは私やユウに問われたものではなかったのでしょうが、それでも応えは欲していたと思いましたので。

 

「そっか……そっか。えへへ」

 

 赤く染めた頬に手を当てて嬉しそうに笑う様子を見てみれば、これが間違いではなかったと実感できます。少し見上げてみればユウも嬉しそうに微笑んでおり、同様の感想を抱いたことが予想できます。

 

『条件を満たしたため、3分後に仮想世界『ベアリアス』に存在する、通称『始まりの街』への転送が可能です。転送を行いますか?』

 

 ここでこちらに判断を問うところがいやらしい、そう思ってしまいます。ようは『今のような魔物が跋扈する世界に行きたいのか』と問われたようなものですから。

 

 そっとサリアに視線を向けてみれば、笑顔を消した真剣な表情で虚空を見上げる様子が窺えました。

 手を引いてくれたユウを危険に晒し、任された詠唱まで中断してしまった。予想外のこととはいえ、その事実は変わらない。そこだけを切り取れば、サリアの足を止めていた"足手まとい"を演じてしまったといっても過言ではありません。

 だから私達2人はサリアの判断を待ちます。私達の答えは決まっているのだから、それがサリアに影響しないように。

 

「私は……」

 

 1分が経過した頃でしょうか、そんな呟きとともにサリアが立ち上がりました。胸の前で手を組み、こちらを向いて。

 その表情はとても穏やかであり、既に答えが決まっているようにも思えます。

 

「イナバちゃん、ユウくん。ぐずぐずしていた私が試練を突破できたのは2人のおかげです。2人の"魔法"が私に勇気を、続くための戦場に立つ意思をくれました」

 

 サリアの声に見合うような、穏やかな風がさらさらと草を揺らし音を奏でます。

 

「そして今、エルフの里を滅ぼしかけた程の力を持つ魔物を撃破することができました。ユウくんを危険に晒し、イナバちゃんが任せてくれた役目を中断して、それでも最後はまっとうできて」

 

 そこで一旦区切られ、組まれた手が力一杯ほどかれ。

 

「2人ともありがとう!」

 

 心の奥底から湧き出るような、嬉しそうな声で告げられたお礼とともに宙を舞ったサリアがユウへ飛びかかり、思いきり広げられた手で私達を抱きしめて。

 当然、非力なユウが受け止められるはずもなく一緒に草原に倒れ込みます。

 

「当然、次の街に転送してよね! 私の満足はこれからなんだから!」

 

 2人の間に挟まれ真っ暗で柔らかで。千里眼で確認してみれば満点笑顔のサリアが空に片手を突き上げていました。

 そんなサリアに心が満たされるのを感じながらも、同時に何かしらの違和感を感じます。言葉か、声か、行動か。なにか見落としていると、直感が告げているように。

 それでも今は祝いの場。魔法に特化した種族の少女が、魔法を得意とした種族を滅ぼしかけた魔物を打ち倒したのです。それはまるで英雄譚の1ページに収まる喜劇のようで。英雄譚の始まり『打開』を描くようで。

 

『全員からの承諾を確認しました。時を待たずして転送を開始します』

 

 承諾、してねぇのですけどね。まあユウが承諾すれば、それは私の承諾と同意義なのでしょう。魔物は"3人分"、用意していたくせに。ねぇ?

 まあ会いに来いということでしょうけど、そちらが来いと返しましょうか。

 この場所はこんなにも満たされるのですから。


ご覧いただきありがとうございました。

とりあえず1章は終了です。


2章は確認が終わりしだい投稿を開始しますが、少し遅れるかもしれません。

3章は中盤入り口程度まで書けていますので、そちらが終わってから取り掛かる可能性もあります。熱がある内に書いてしまわないとダメな気がしますので。


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