3つの戦い 1/1
ユウくんの手を引いて宿を出てみれば、小さな兎さんが出迎えてくれた。
こちらを見つめるその瞳は『終わりましたか』と告げているようで
「あれ、イナバちゃんが兎ちゃんモードに!?」
自然と出た声と仕草はそれに応えるようで、さらにテンションが上ってしまうのを感じた。やっほほい。
「あちらはエネルギーの消費が多いので、戦闘を行う場合はこちらの身体の方が優秀なのです」
その言葉をちょうちょが飛んでそうな頭で考えてみれば、身体が小さいからかなという考えに至った。まず違うだろうけど。
それよりも、だ。
「え、エネルギー消費なんてあるの?」
魔法による精霊召喚では召喚時に多量の魔力を消費するけど、継続してなにかを負担し続けることはない。そちらの知識が常識を満たしていたみたいだ。
ここは魔法街もあるのだから、常識は置き換えていかないと。とは思ってみてもなかなか難しいと思う。アリサさんやユウくんが作ってくれた料理があれだけ美味しかったのに料理人ではないというのだから、なおさら。
「従魔魔法で召喚された従魔は召喚主と繋がっていて、エネルギーの提供を受けています」
よくよく考えみれば当然だ。人も食料や水というエネルギーを必要とするのだから、同じように動いている従魔もエネルギーを消費しなくてはおかしい。
そうなると精霊はどうやって動いているのか少し気になるけど……いえ、たしか空気中の魔力を取り込んでいるとどこかで見た気がする。でもそれは続いていて、観測していても周囲の魔力の減少を確認できなかったともあったような……。
まあ私は研究者ではないのだから、そういうのは頭の良い人達に任せておこう。
「え、そうなの?」
「え、知らないの!?」
と、考え事をしていてさえ、つい突っ込んでしまうような言葉が耳に届いた。
召喚した本人が知らないうちにエネルギーを供給できている。これは魔法詠唱に間違いがあったのか、そもそも魔法の詳細を知らなかったかのどちらか。
情報体と魔法の違いはあるけど、危険な使い方だと思う。今回は回復が供給を超えているみたいだからいいけど、もし逆であれば"死"という結果すら考えられた。
だから注意しておこうかと思えば
「私は優秀なので少量のエネルギーならば召喚主が負担しないようにできます。普通は消費するものと考えてください」
イナバちゃんが優秀なだけだと判明したので言葉を口から出る前に止める。
消費されていないものは観測できないから、消費されていればユウくんでもわかったはずだ。
なんといっても私ですら情報体にエネルギーを流し込む感覚を"最初から"掴めているのだから。
それよりも、だ。
「へぇ~」
「どうしましたか?」
「ううん。イナバちゃんってさ、自分で優秀とか言わないタイプだと思ってたから。新しい一面を知れて嬉しくて」
自分の口から出た声がとても嬉しそうで、えへへなどと笑いながら両頬に手を当ててみれば、舞い上がっているのだと理解できる。
そのうえイナバちゃんが嬉しそうに笑い返してくれたのも、とっても嬉しくて。頭の中を抽象化して可視化できれば、お花畑をスキップしているかもしれない。
「スタート地点が違うだけのことですよ。才能が無いと言われ続けた人も鍛錬を詰めば、優秀だと褒め称えられるようになりますから」
ちょうちょに聞いてもわからない。今の私には難しいことは理解できない。普段の私も理解できない。
それでも直感的に、ネットワークで知識を集めてから始めたゲームを思い浮かべた。
「う~ん……知識がある分だけ有利だってこと?」
口にしてみればなにか違う気がして首を傾げてみれば、隣からふふっと笑い声が聞こえた。嬉しそうに小さく笑うこの子には、なにが思い浮かんだのだろうか。
「まあ、歩きながら話そうか」
「あ、そうだったね」
思い出した。今は残り時間を伸ばすための道中。ゆっくりとしている時間はあまりなく、急ぐだけ可能性が増える、そんな時間のはず。
それでもこの2人を見ていれば急ぐことこそが可能性を減らすと思わされてしまう。
なににせよ私は依頼された身だ。イナバちゃんとユウくんが挑む試練を手伝うと約束した身だ。
たとえ、私のための建前だったとしても。
少しだけ落ち着いた心で、歩き出したユウくんの隣に並び歩幅を揃える。そうすればイナバちゃんが間にぴょこぴょこと。
そんな様子を見て思う。ああ、そうか……勝てる気がするから焦って失敗する可能性を減らそうとしているのかな、と。
非常に興味を惹かれた食べ物の話題が終わり、日常の話題が終わり、好きな子の話題が不発に終わり、幾度かの話題を積み重ねれば、すぐに目的地へと着いてしまった。
既にアダマンタイト・ゴーレムは視界に収まっていて、あと少しでも足を進めればこちらに向かってくる気がする。
「……負けたら終わりなんだよね」
今から戦う魔物を見て怖気づいてしまったのか、ふと口からそんな言葉が漏れ出てしまった。
「終わりませんよ」
自然と告げられた言葉に、ついそちらを向いてしまう。
「これはゲームだと説明があったでしょう。死んでしまったところで、現実のように終わることはありません」
「……ずっとゲーム世界にいたいって考えは、ダメかな?」
今までの明るさは幻想だったのか、そう思うほどに自分の声が沈んでいるのがわかった。
そんな様子の私を見て、イナバちゃんは口を閉ざす。呆れてしまったのだろうかと不安に思っていれば、それを否定するような言葉が告げられた。
「永遠とは許された停滞であり、次を考えるまでの有限な時間でしかない。私はそう思います」
進む意思を捨てぬ限りは許される。終わらぬ停滞は存在しない。
今の私が求めていた言葉だったのだろうか。すっと染み渡り、広がっていき、細かく揺れ動いていた心が動きを定めた。
「そっか」
優秀な統率者に必要なものはカリスマだと聞いた。それは脅威を前に皆が震える中、すべての心を奮い起こさせる能力なのかもしれない。今のように。
と、隣を見てみれば普段と変わらぬ表情のユウくんがいて、笑顔で手を振ってくれて。
魔物がいない世界から来た、それも似たような歳の子がここまで余裕を見せてくれているのだ。"お姉さんとして"頑張らなければならないだろう。
それくらいの理由は背負わせてほしい。
「大丈夫、勝てる気がする!」
勢いをつけるための言葉を口にすれば
「サリア……」
イナバちゃんの声とともに残念そうな子を見るような視線が2つ突き刺さる。
失言に気づいてしまった顔は真っ赤に染まっているだろうけど、逸らすことなくアダマンタイト・ゴレームへの意気込みを示し続ける。
「ところでイナバ。ぼくはなにをすればいいの?」
そのふんわりとした言葉に、あやうくズコーっと滑り込んで戦闘開始となるところだった。
戦いを目前に、直前に、まさかこんな言葉が出てこようとは。私が閉じこもっていた数日で話し合っていたと思っていたけど、もしかしてそれぞれが別に動いていたのだろうか。
「サリアを守ってください。そちらに攻撃を向けるつもりはありませんが、万が一に備えてです」
「うん、わかった」
一切の不安も無い言葉のやり取り。それは互いが信じ合っていると確信できるようで、ちょっとだけ嫉妬してしまいそうだ。
「サリア。ユウが守りますので安心して詠唱に集中してください」
期待しないわけではないが、とても期待しているのだが、この幼き身体を持つ子がどうやって守ってくれるのだろうかと気になる。
魔法は使えないのだろうし、情報体だろうか。
「うん、任せてよ」
なににせよ、外に意識を集中する余裕はない。慣れ親しんだ静かな場所で集中してすら成功が見えないのだから。
「それではパーティ接続と認証をお願いします」
拡張視覚に映し出されたのはユウくんを中央とした接続に参加するかどうか。なんだかイナバちゃんが遠隔操作している気がするけど、気にしない。
「はい、完了ですね。それでは予想される魔物はアダマンタイト・ゴーレム2体。私が引きつけている間にサリアが詠唱を行い、完成に合わせて外殻を破壊します。万が一に備えてユウはサリアの護衛を。一撃を凌げば私がなんとかしますので」
「まっかせて」
子供のように手で胸をポンと叩いたユウくんを見て、ああ、大人びたこの子は子供だったのだと思い至る。
だから抵抗するように胸を叩いて
「任せて!」
力強く宣言する。これは勝ったも同然だ。
「それでは始めましょうか」
いつも通りに朝ごはんを作るような雰囲気でそういったイナバちゃんは足を踏み出した。
1歩、2歩、3歩と踏み出せば予想通り、アダマンタイト・ゴーレムの頭がイナバちゃんへ向く。それだけでなく地面からなにかが湧き上がり、形作られ、着色されてみればもう1体のアダマンタイト・ゴーレムの完成だ。そちらも最初からいた1体と同様にイナバちゃんを向いており、今同時に2体が動き出した。
それらは門を守る番人のようにイナバちゃんの両側で腕を振り上げて、小さな兎に振り下ろす。
それを当然のように避けるイナバちゃん。私でもできる程度の移動距離で、拳が地面に当たった時の振動を受けないようにか僅かな時間、少しだけ地面から浮きながら。
そのまま流れるように2体の間を通り抜け、注意をこちらから離すように移動して、再び振るわれた拳を避けて今度はその場にとどまる。
それらを見れば安心して詠唱を始められるというものだ。
1歩、2歩、3歩と踏み出して目を瞑り、情報アクセサリーから広がる世界へ集中する。まずはその中の1つにエネルギーを注ぎ込み、口を開いて詠唱を始める。
「~*~*~~♪」
残りはまだ起動しない。これらの情報体と同時に受け取った説明書、移動中に頭に叩き込んだから内容から起動はもっとあとでいい。むしろ、いま起動してはいけない。
「~~*=~++~♪」
拳が大地を揺らす音が聞こえる。振動が伝わってくる。
正直に言えば、怖い。とても怖い。
でも、同時にこの程度かと思った。私は何を足踏みしていたのかと。なんだ戦えるじゃないかと。
戦う意志を失わず戦場に立てているのなら戦士である。仲間のために攻撃することもでき、仲間のために支えることもでき、仲間のために声をあげることもでき、仲間のために逃げることもできる戦士である。
故に足手まといではない。
さあ、戦士達よ選べ。
王の言葉だ。偉大なる王の言葉だ。他の国に現れた万単位で死者が出ていたと噂される魔物を撃退した際に、死者をゼロに抑えた言葉だ。
まあ当然信じなかったけど、それでも帰還した人達が笑顔を浮かべていたというのだから極限まで少なかったはずだ。もしかしたらと思わせるのが、あの王様の凄いところかもしれない。
「音に揺れている。目を開き勇姿を見たほうが、きっと安定するよ」
どうにか安定させていると思っていた矢先、隣から綺麗な声で指摘が飛んでくる。王の言葉など自分を安定させるためだけに思い出したものであり、指摘通り詠唱が安定していないのはわかっていた。
だから目を開いてみる。
目を開けてみればもっと怖いかもしれない、そう思ったから目を瞑ったというのに……実際は戦うイナバちゃんの姿が目に映り安堵を覚えた。
「出会って数日で信じるのは難しいよ。それならば安堵とともに恐怖も飲み込んだほうがいい」
たしかにイナバちゃんは勝ちと先を思わせてくれたけど、無条件に信じてはいない。
ラビットなどのランク1程度の魔物ならまだしも、相手はランク6のアダマンタイト・ゴーレム。誰が引きつけていようと安心できるものではない……のかもしれない。
「~~++*+♪」
身を引けば直前までいた場所に拳が刺さり、舞い上がり迫りくる砂を弱い風魔法で受け流して視界を確保。跳べば真下を鋼鉄の拳が通り抜け、それを足場に再度、跳ねる。同時になにかしらの魔法が発動したように感じられた。
常に2体の真ん中に。常に2体の視界の中に。決して姿を隠すことなく、あと1歩で攻撃を当てられると思わせながら。無害ではないと主張して。
うん、怖い。
攻撃魔法で軽減しようとも、あの質量を受ければイナバちゃんは吹き飛ぶだろう。それどころか破裂してしまうかもしれない。実際にイナバちゃんを触った感触と感じられた魔力量からの予想だけど、大きく外れてはいないはずだ。
それでも攻撃は当たることなく、あと1歩と思わされる。それに加えて少量とはいえダメージを与えているのか、こちらに注意が向くことはない。戦闘が開始してから1度たりとも、こちらを向いていない。
ゴレーム系統は魔力型感知で相手の場所を把握できるらしいから顔の向きなど関係ないかもしれないけど、それでもこちらに意識が向いていないとわかる。
踊るように舞うように。2つの手玉を操って。
前に踏み出せば拳が地面に刺さり、胸に飛び込めばすぐ後ろの空間を大きな手が握り潰す。次いで跳ねれば別の拳が胸を揺らしてダメージを与えてみるが、それでもびくともしなくて。
説明を思い起こしてみれば、そんな強度を持つ外殻を破壊すると言っていた。同じ材質、力強い拳ですら破損しない身体をどうやって壊すのだろうか。
と、そんな今は考えるべきではないことを頭の隅に浮かべたのがいけなかったのかもしれない。
トン、と身体が押されて尻もちをつくように倒れてしまう。それだけならば詠唱は途切れなかったはずだ。それだけの覚悟を持っていられたはずだから。
それでも僅かに見上げるような体勢になり、空が暗雲に覆われ、それが「失敗しちゃった」と苦笑いを浮かべた少年へと流れていれば、呼吸が止まるほど驚いてもしかたないと思う。




