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少女は闇夜に月を見る 3/3

 誰もいない宿を出て、誰もいない街を進み、誰もいない店に辿り着いた。

 イナバちゃんの言っていた通り、この街にはもう誰もいないのだろう。

 くじ引きに必要なお金を得ようと情報体を売った露店も当然、無い。今更ながらに考えてみれば、よく買い取ってくれたなと思う。通常の露店は売る場所であって買い取る場所ではないのに。

 

「どれ、景品は……ここの確率、大丈夫でしょうか。あるいは誰も引いていないとかですかね」

 

 夏祭りに並ぶ屋台を前にしているように、自然な様子で呟かれた言葉。これから数分後には訪れる結果を疑っていないようなその様子に、なんだか心がざわつく気がする。

 

「さて、引きますか」

 

 どれを引き当てれば、などと無粋なことは聞いてこない。景品を確認したことはないが、どうせなにが当たっても、それこそ1等が当たっても突っぱねるつもりなのだから知っていても意味はないのかもしれない。

 それでも聞いてほしかった。

 

 そらを描くイナバちゃんの指を目で追ってしまう。

 どうか、どうかと願ってしまう。

 

「そうれ、っと」

 

 当然のように打ち鳴らされるベルの音。

 からーんからーんと誰もいない街に響き渡る。

 

『特等』

 

 ほんとうに、この子は、ずるいと思う。

 

『大きめの館が当たりました!』

 

「とく、とう……。なんで、なんでこのタイミングで、引いちゃうの……」

 

 つい口から漏れ出た言葉は、認めてしまったも同然のもの。

 

「一般的にどれだけの価値があろうと、誰にでも価値があるとは限りません。幾多の金銀財宝であれど言葉1つにすら敵わないこともあります」

 

 知っている。それをどれだけ積まれようとも、嬉しくもなんともなかったから。

 そもそも得るために苦労もしない人がそれを積み上げたところで、それを得るために苦労しない人にはなんの価値もない。

 

「私は一切の損失無く、苦労なく、これを得ました。あなたはそこにどれだけの価値を見出すのでしょうか」

 

 イナバちゃんは振り向かず問いかけてくる。

 はっきり言って、価値はない。3度しか引いていないのに5等、2等、特等と当てるようなこの子だ。いくら掲示板で100回、引いても5等がようやくという書き込みをいくつか見ても、2等を超える景品を当てたという書き込みがなくとも、この子にとって当たることが自然なことなのだろう。

 別に不思議だとは思わない。人生とは不平等だと知っているから。

 

「しかし私にとっては莫大な価値を有するものです。1度目と2度目はあなたが一生懸命、用意してくれた"機会"により得られたもの。そして3度目、今回は」

 

 私も1度目と2度目の価値は認めている。

 私が用意したお金でイナバちゃんが挑戦し、それで得られた景品だ。あの時のイナバちゃんが簡単にお金を用意できていたとしても、用意したのは私であり、それを使って引いたのだから。

 でも今回は関係ない。

 イナバちゃんが用意し、イナバちゃんが挑み、イナバちゃんが当てた。そこに私は関係ない。ただ巻き込まれたに過ぎない。

 一緒に歩むことすらせず、一緒に挑むことすらできず、ただ結果を告げられたことと変わらない。

 そこにどれだけの価値を見い出せというのか。

 

「保管庫にあったホワイトラビットのお肉を売って得たお金で機会を得ました」

 

 嘘ではないと思うけど……きっと事前に仕込まれていたものだろう。それを最後の最後、この日に引いたにすぎない。

 ただ1度の機会に賭けて。

 

「知っていますか、サリア。既にこの街ではカロリーを得ることができません。誰もいないので商品の売買は行なえませんし、街から得る方法はもとからありません。そして私の知る限り、それら以外の方法は存在しません」

 

 掲示板を追えばその程度のことは知ることができる。いくら私が馬鹿だと言っても、その程度は知ることができる。イナバちゃんの目には情けない姿が映っていたとしても、それくらいはできる。

 説明されなくてもわかる。

 

「迂闊だったと言いましょうか。今日、日付が変わると同時にカロリーの取得手段が制限されたのです。この状況を想定していたことは否定しませんが、あなたに渡すはずだった、あなたが最後に何かを選び取れるはずだった財を使うつもりはありませんでした」

 

「……え?」

 

 それはおかしい。

 湿った地面を見つめていた顔を上げ、イナバちゃんの背を見て、外に出てから初めての言葉を伝える。

 

「引きこもってた私でも知ってる。3日目の時点で既にカロリーを得ることはできなかったって。私はそこまで諦めてなかった!」

 

 そう、何も調べないほど、可能性を模索しないほど諦めてはいなかった。

 

「それは表というか、優しい誰かによって情報が提供されていた方法に限った話でしょう。私も確認しています」

 

 なにを言っているのだ、イナバちゃんは。いったい掲示板を何人の人々が利用していたと思っているのだ。

 秘匿する人がいたかもしれない、それでも噂の欠片程度は流れてしまうもの。それを私が見落としていたのだろうか……。

 

「あれを売買というのかは知りませんが、とある施設の機能をあくよ……利用することでカロリーへ変換する方法はありました。とある施設で条件を達成することでカロリーを得る方法もありました」

 

 施設についてもあらかた把握していたつもりだけど、そもそも召喚直後の状態で魔法どころか情報体の知識も持っていたイナバちゃんなら……知っていた可能性を否定できない。

 

「しかし最終日、最も可能性が狭められた今になって閉じました。そうでなければくじなどという運任せの方法よりも、もっと選べたはずなのです」

 

 もっと、選べた。

 私は本当にもっと選べたのだろうか。

 

「そう。"魔法が使えないあなたであっても"アダマンタイト・ゴーレムに有効な攻撃手段を得る方法はあった。それを選べる可能性があったはずなのです」

 

「……え、え!?」

 

 イナバちゃんの言葉に頭が真っ白になった。いや、真っ黒に染まったといったほうが正しいかもしれない。

 

「どうして、どうして……私が、魔法が使えないって」

 

 どうにか言葉らしきものを紡げているが、続かない。どうにかそこまで言えたが、これまでだ。

 

「どうしてもなにも、あなたは1度も魔法を使っていない。それでは聞きますが」

 

 意識の耳を閉ざし言葉を待つ。

 聞こえない、聞こえない、聞きたくない。

 

「あなたの世界では誰でも扱えるはずの魔法を、どうして情報体を通じて扱うなどという非効率かつ慣れない方法で使っていたのですか?」

 

 頭を思い切り振って否定する。

 違う、違う、私は魔法が使える。この世界なら、魔法が使える。

 

「ええ、絶対に合っているとは思っていませんので、それを否定するように魔法を使ってください。既に見た魔法は必要ありませんので……そうですね。誰もが始めに教わるはずの『清潔』魔法をお願いします」

 

 たしかにそれは初めて習うに適した魔法。誰もが通る道。決して、避けては通れない道。

 大丈夫、今でも呪文は覚えている。

 

「**~~*~~♪」

 

 震える声で呪文を紡ぐ。昔を思い出して、歌うように呪文を紡ぐ。

 大丈夫、何百何千と成功した呪文なんだから、大丈夫。絶対に、大丈夫。

 

「~~~*♪」

 

 呪文が終わり、魔力が消費され、霧散する。

 あの時と同じように。私のためにと、見つめる人の前で。

 

「……」

 

 言葉が出ない。

 否定したかった、どうしても否定したかった。

 

「ユウや凛が貰ったように、あなたも最初の質問とやらで情報体を貰ったのでしょうか。風魔法の情報体ですね」

 

 胸のアクセサリーを強く握ってしまう。

 それにに収められている情報体を貰った時に聞いた名称は『風魔法』なのだから。

 

「どうして?」

 

 わかったのと。

 無詠唱魔法は存在するし、それを幼い子供が扱った事例もある。未熟とはいえ魔法を扱えた私から見ても発動したそれは魔法そのものだったし、発動経路で感じるそれも魔法そのものだった。

 それでは、なぜ。

 

「少し魔法に慣れていればわかりますよ。本当の無詠唱はそれじゃないと。それにですね」

 

 そうか、私は無詠唱を知らない。知っている人から見れば、これは無詠唱ではなかったのだ。

 そのように否定することを諦めた心は、なぜか続く言葉を待つ。

 

「あれだけ美しい詠唱と魔力供給を行いながら、それだけ杜撰な魔法にはならない。大魔法でも扱えていたのでは?」

 

 1人しか、あの子しか知らない事実を突きつけられて、もう逃げ道はない。

 私はこの世界であっても、仮想の世界であっても魔法を使えない。

 そう、お前はもう魔法を使えないと告げられたのだ。

 

「まあ魔法が使えない程度、凛もアリサも同じです。それでいて2人はオリハルゴン・ゴーレムに勝てたのですから、魔法などいりません」

 

「でも、私は凛ちゃんみたいな身体能力もないし、刀もうまく扱えない」

 

 アリサさんが戦ったところを見たことはないけど、きっと凜さんよりも"何か"を持っているはずだ。

 

「たしかに凛は天才でしょう。アルファ世界どころか、他の世界の人々から見ても天才と謳われるでしょう」

 

 ほら。

 

「しかし、それはその世界で過ごした場合です。今の凛は魔物のいない世界から来たばかりの、友達思いの少女でした。あなたの世界に放り込まれれば、魔法の使えないちょっと動ける女の子です」

 

 ……言われてみればそうだと気づけた。

 私から見れば動きは良かったけど、それは私が根っからの後衛魔法型……運動音痴だからだ。そのうえデメリットまで負っているのだから、世界の基準を大きく下回っている。

 つまり凛ちゃんは、こちらの世界の基準に当てはめれば……普通の村娘以下なのだ。竜族の彼とは比べるまでもなく、国崩しの災害と呼ばれた魔物に勝てる要素はない。

 

「それでもあの子はアダマンタイト・ゴーレムの外殻を斬り伏せた。あのような刀、ただ1つで」

 

 その勇姿を私は見ていない。

 いつの間にか、凛ちゃんはいなくなっていたから。

 

「しかし本当にそうでしょうか。あの子の武器は、あの刀だったのでしょうか」

 

 そうだ。魔法が、イナバちゃんに教えてもらっていた魔法が……と、そこまで考えて首を横に振る。なにせ外側に魔法は通用しないのだから。

 

「いいえ、違うでしょう。それではあの子が編み出した魔法は? それも違うでしょう」

 

 編み出したという部分に違和感を覚えたけど、それよりも考えたい。何が凛ちゃんの武器になったのか。

 魔法の通用しない相手、凛ちゃんよりも弱い私では活用できないかもしれないけど、それでも知っておきたい。

 

「あの子の武器、勝ちへ繋げたそれは……きっと諦めきれない心だったのでしょう」

 

 違う。それは違う。違っていてほしい。

 

「諦めようとしても許されない。先への約束があの子を縛る。呪いのようなそれは背を向けることを許さない。あの戦い方は、そのように見えました」

 

 諦めなければ勝てるなんて、信じたくない」

 

「まあ諦めなければ勝てるなんて保証はありません。凛には才能があったでしょうし、運もあったはずです。それでも諦めたら終わっていた状況は幾度とありました。あの竜人種すら地に伏せた。多くのオリハルゴン・ゴーレムに囲まれて刀が折れた。自らも血を吐き地に伏せた。それでも立ち上がり、ついにはすべてのオリハルゴン・ゴーレムの外殻を崩し終えた。仲間とともに」

 

 竜人種の彼が、負けた……正直なところ考えたくない状況だ。

 私が参加していたとしてどう動いただろうか。きっと今のように地面を見つめて泣いていただろう。

 

「アルファ世界の人族は弱い。竜人種すら負けた状況で、それでもオリハルゴン・ゴーレムの1体を砕いた。なぜ、自分にそれができないのか」

 

 思い描いただけで心が揺り動かされる。

 それはまるで、まるで

 

「まるで英雄譚の1ページのようではありませんか。先導の勇者のようではありませんか」

 

 涙が溢れる。

 ようやくわかった。私は……悔しいのだ。なにもできない自分が情けないのだ。

 魔法に代わる力は手に入れていた。それは魔法だけではないと知っていた。

 3日もあれば、どれだけ試せただろうか。くじで3等を当てられた姿見えぬ誰かは、きっとオリハルゴン・ゴーレムに有効打を与えられていたはずだ。

 保管されたそれを売り払い、それでくじを引いていれば……可能性はゼロではなかったのだ。

 

「それはきっと、1つの魔法。全員の心を揺り動かし、打開する力とした行動の魔法。私が機会を作るまでもなく、凛は魔法を起こせたのです」

 

 私は自らの可能性を捨てていた。行動という詠唱を行わず魔法を望んでいた。だから失敗して当然だったのだ。

 無詠唱魔法なんて知らないのだから。

 

「さて、あなたが得られたのはただ1つ。この館だけ。間近の戦闘には役に立たない、憩いの場。帰るべき場所」

 

「……ずるいよ。イナバちゃんはずるい。最初からそれを狙って、私に帰るべき場所を作って諦められないように惹きつけて。それでいて、ただ1度しかない機会で奇跡のような確率を引き当てて。私に夢を、続きを見させて……」

 

 もう夜は暗くない、月が明るく照らしてくれるから。見えなかった道を照らしてくれるから。それでもおばけは怖いけど。

 

「これじゃあ、踏み出したくなる。どれだけ怖くてもあなた達との明日を望みたくなる。ここで終わることを天秤にかけても、掴みたくなる」

 

 あの子がくれた、大切な大切な時間。

 私にとっては短くない1日であり、不満を垂れ流せたはずの1日。

 今や準備すらできそうにない明日を夢見るには短い1日で、明日を望み踏み出す1日。

 

「ええ、あなたは明日を望むべきです。最初から諦めていなかったのですから」

 

 そうか。

 私はイナバちゃん達を引き止めないようにと引きこもっていたのではない。自分ができる最高の方法で明日を望んでいたのか。

 諦めきれなかったから。

 

 誘うように揺れる白い髪と、私を迎え入れる赤い瞳。そしてなによりも嬉しそうなその表情。

 振り返ったイナバちゃんの姿に、思わず見惚れてしまった。私もああなりたいと、憧れてしまった。

 

「それでは宿に戻りましょうか。決戦に備えて腹ごしらえです」

 

 ちょうど私の部屋に夜会用のお菓子がある。イナバちゃんとおしゃべりする時のために用意しておいた、お菓子が。

 差し出された手を握れば暖かく、ぶんぶんと振れば風が心地良い。

 眩しい太陽が照らす世界で月夜を歩く。今は私だけの特権をその手に感じて。


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