表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/169

少女は闇夜に月を見る 2/3

 自分しか聞こえない。この部屋は防音が過ぎている。

 ……違うって知ってる。もう、誰も居ないんだ。

 この部屋から唯一見える空は、青空と夜空をうつすだけ。1人ぼっちでそれを眺めて残っていた数日を"幸せに"過ごしていた。

 ログアウトしたら笑っていなくちゃいけないから、楽しそうに始まりの冒険譚を語らないといけないから。どうかあの子に届きますようにと。

 だから、だから。どうかあの子が笑顔でいられますように。

 そう願いながら布団にくるまろうとすれば

 

「サリア、少し話をしませんか?」

 

 それが響く。

 僅か数日前に聞いた声。心地良い声の1つ。聞いただけで暖かい感触が蘇るそれは、ドアの向こう側から聞こえてきた。

 

「さきほど朝食用の食材を買いに出かけたのですが、この街も人が少なくなりました。露店は無くなり、売買も街システムに頼ったものだけが残っています」

 

 それに耳を傾けながら、予定通り布団にくるまる。

 予定と違うのは顔を出しているところだけだろうか。

 

「掲示板も覗いてみましたが、昨日の"夜"から書き込みがありませんね。4日ほど前は賑わっていて、見ていて飽きなかったものです」

 

 ただ1人がいてくれたおかげで賑わうことができたのかもしれない。

 最初の1人が、まるで情報を与えるように時間をかけて色々と試しながら倒してくれたおかげで、皆が情報を得られた。そうでなければ100を超える規模でログアウトする人が積み重なってようやく辿り着けたかもしれない雰囲気。

 自分たちでも勝てるかもしれない、という状況。

 それでも尻込みしている人は多かったけれど、誰かの書き込みで多くの人が突破していった。まあ1歩、間違えばログアウトする人が積み重なる状況だったみたいだけど。

 今にして思えば、あそこで参加してさえいれば、私は次に進めたのだろうか。

 

「この宿には今、あなたと私以外は誰もいません」

 

 そっか、イナバちゃん以外いないのか。

 

「ですので、召喚されたばかりの私にあなたの世界を語ってくれませんか?」

 

 プレイヤーじゃないイナバちゃんしかいないのなら、泣き言を吐いてもいいのだろうか。どれほどの泣き言を重ねたって、この状況なら差し伸べられる手はない。足手まといにはならない。

 だからと毛布を放り出して、立ち上がって、ドアの前まで足を進める。そしてドアノブに手をかけることなく、ドアを背にその場に座り込んで口を開いた。

 

「私のいた世界はね、ここと一緒で少し街から離れれば魔物が歩いているような場所だったの」

 

 他の世界はどうなのだろうか。よくよく思い出してみれば凛ちゃんの世界、アルファ世界には魔物がいないとだけしか聞いていない。

 

「それでも街の中には魔物が出てこないし、外でも安全な場所はあった。だから夜はぐっすり眠れるし、笑いあって食事もできた」

 

 開拓者と呼ばれる人達は別だけど、その人達も街にいる間は同じだったと聞いている。

 

「あまり違わないのですね」

 

 そう、この場所との差はあまりないはずだ。

 違いがあるとすれば異世界の人々と、情報体だけなのだろうか。

 

「そうであれば食料はどうやって調達していたのですか? 野生の動物も魔物に襲われそうですし、野菜を育てられる場所も限られていたのでは?」

 

「魔物は人を優先して狙うけど、野生の動物達は見逃されることがほとんどなの。野菜を育てられる場所は少ないって聞いてるけど、森の恵みが多いから困ってはないみたい」

 

 世界全体の常識かどうかは知らないけど。

 

「娯楽はどうですか?」

 

「昔、異世界から来た人達が残していった魔導式仮想世界没入装置があって、ここにログインするみたいに作られた世界に入り込んで遊ぶものがあるよ。その仮想世界もソフトを作る人によって色んな世界があって、魔物がいなくて野菜を育てたりするだけの世界なんかもあったりして。そうかと思ったら物語の主人公になって旅する世界もあって」

 

 訓練に使われるものもあるけど、私には必要なかったからよく知らない。

 

「そうですか。きっと活気あふれる街なのでしょうね」

 

「うん、そう聞いてる。国内でも1、2を競う活気なんだって」

 

 そこでイナバちゃんの言葉が止まった。声が止まった。まるで急にいなくなってしまったように。

 心がざわざわする。なんだろうか、他の誰にも感じないのに、この子だけは急にいなくなってしまいそうな気がする。あれだけ強いのに、なぜかそう思ってしまう。

 それでも振り向いて立ち上がって、ドアを開けようとは思えない。いや、思っているのに身体が動いていないだけな気がする。

 座ったままでも届く程度の距離なのに、遠く遠く、遥か遠くに感じてしまう。

 

「イナバちゃん?」

 

 だから手を伸ばす代わりに声を送る。届け届と、声を送る。

 

「やはり疑問に思うのですよ」

 

 その声を聞いてほっと一息つく。

 いなくなったのではなく、なにかを考えていたみたいで安心した。

 

「そこまで似ている世界に住むあなたは、どうしてこのゲームに参加したのですか? やはり世界間交流に興味があったのでしょうか?」

 

 自然と開きかけた口を焦った両手で塞ぎ、考える。

 なにか、なにか……そうだ。

 

「私達の国のお伽噺なんだけどね、ある村に普通の少年がいたの。その時代はまだ街や村の中でも安全じゃなくて、安心して眠ることもできなかった。食事の時も魔物の話ばかり、眠る時も交代で起きてビクビクしながら。そんな普通の生活にうんざりした少年は願うの、奪われてばかりだと。笑顔も、安寧も、そして命も」

 

 これは私達の国では有名なお伽噺の1つ。誰もが知っている建国の王をモデルに描かれたであろう、夢物語。

 

「でも、どれほど願おうが少年は弱かった。来る日も来る日も鍛錬に明け暮れて、それでも強い魔物が近くに寄れば人が消えていく。昨日までは師匠と呼んでいた人すら今日はいなくなっている」

 

 日が沈み時が経った真夜中に、月明かりだけを受けて何度も読んだお伽噺。

 

「ある日、少年は村だった場所から旅立つの。来る日も来る日も魔物に怯え、人を目指し、ついには魔物のアギトを目の前にして思うの。『もう奪われるものはないのだったな』、と」

 

 そらで思い出せるほど読み込んでも、暗い夜にはつい手に取ってしまう。

 

「だから続く展開に少年は、残り少ない体力も気にせず声を荒げた。『なぜ今になって現れたのだ』、と。その声をぶつける先には消えていく魔物と女性が1人。腰まで届く鈍い銀色の髪と赤い瞳を持つ、儚い雰囲気の綺麗な女性」

 

 その横のページには唯一の挿絵として綺麗な女性が描かれていた。

 

「女性は何も言わず、金色の林檎を少年に投げ渡す。つい受け取ってしまった少年はそれを放り投げようとしたが、思い直して口にした。しょっぱく、あまく。すべてを食べ終えた時、少年は沈むように眠りについた。少年にとって初めての熟睡だったのかもしれない」

 

 実際は存在しない黄金の林檎。昔話には時折、出てくる黄金の林檎。

 

「暗い暗い闇夜に思う、これが望んでいた先だったのかもしれないと。起きた少年の瞳は輝いていた。女性の旅に同行し、力をつけ、ついには望む国の礎を築き上げたとさ」

 

 最初に読んだ時ははしょられた部分が気になった。

 次に読んだ時には満足できた。

 

「その女性は異世界からの旅人で、輝夜っていう名前だったんだって。もしかしたら輝夜様に会えるかなって思って参加したの」

 

 間違ってはいない。嘘は言っていない。

 

「建国した後の王は語り継がれていませんか?」

 

「今も生きてるよ?」

 

 人族なのに500年以上も。答えを知る人がいながらも国の七不思議の1つになっている。

 

「どんな王ですか?」

 

「皆が慕う、立派な王様だよ」

 

 だからこそ世界唯一の種族混合国家にして、世界最大の国の王が務まるのかな。

 

「そうですか」

 

 その声がどこか嬉しそうで。

 

「それではなぜ、あなたはそこで立ち止まっているのですか?」

 

 続く言葉で胸を締めつけられて。

 

「輝夜を見つけて残念に思ったのですか? 輝夜が必要なくなりましたか?」

 

 ログアウトはいつでもできる。必要となる呪文は教えてもらっているし、情報アクセサリーの説明書にも書いてある。だから死ぬのが怖くて時間経過によるログアウトを待っているという可能性は排除していい。

 イナバちゃんの疑問はもっともだ。

 

「……」

 

 答えられない。

 

「違いますよね。そうであっても、あなたは最後までいたはずです」

 

 その通りだと思う。

 実際に輝夜様を見つけても、問題が解決しても、しなくても。あの楽しい時間を捨てるなんてできないのだから。

 

「そのドアが開かなくなった時期とあの魔物の情報が出回ったタイミングから考えれば、それ絡みでしょうか。

 

「……」

 

 答えられない。

 

「まあ関係ありませんよね。きっとそこじゃない」

 

「ぇ」

 

 小さく、小さく漏れ出た驚きの声。

 直球ど真ん中だったはずの解答は関係ないと、違うと言われてしまった。

 ……私はイナバちゃんに何を求めていたのだろうか。人の心など、ましてや出会ってから1日、2日しか一緒に過ごしていない人の心など、わからなくて当然なのに。

 

「足を止める理由に壁の大小など関係ないのですよ。諦めたかどうかでしかない」

 

「っ!?」

 

 心が跳ねる。身体が跳ねる。

 目一杯、膨らんだ風船に針を突きつけられているように、恋した相手の返答を待つように、勇者様が目の前にいるように。

 意味がわからない。自分の心がわからない。

 

「妥協できたのなら問題ありません。妥協は大切なことですから」

 

 そう、妥協は大切だ。大切なんだ。

 そう言い聞かせるように頭を抱えて、ココロの中で繰り返して。

 

「最も大切な1つを譲らないために」

 

 目から涙が溢れる。ぬぐっても、ぬぐっても、止まらない。

 

「ただまあ、暇ならば残りの時間を私にわけてくれませんか?」

 

「ふぇ?」

 

 情けない声が出ていたと思う。最高の声が出ていたと思う。

 

「サリア、賭けをしましょう。私は今からくじを引きに行きます。街に来たばかりの時に引いたものです。そこであなたの認める結果が出せたのならば、一緒に試練に臨んでください」

 

 意味がわからない。

 

「なんで、なんで……。私なんて、役立たずどころか、足手まといにしか……」

 

「あなたが必要だから、頼みました」

 

 理由なんて教えてくれない。ただ必要だから頼んだと、その一言で逃げられなくなった。

 役に立てなくとも、足手まといでも、必要ならばそこに在ることができる。逆にどれだけ役に立てようとも、1人ですべてを解決できようとも、必要でなければそこには在れない。

『我が必要だと思う。故に在れ』

 王の偉大なる言葉の1つだ。本当にかっこいいと思った。

 だって1人の平凡な民のために王自らが強大な魔物に立ち向かった時の言葉なんだから。

 誰が言っても価値のある言葉ではない。価値のある行動が伴ってこそ、輝く言葉だ。

 

 だから認めなければいい。どんな結果を出そうとも、認めなければいい。私にあなたは、必要ないと突きつければいい。

 

 立ち上がり振り向いて、ドアを開けて足を踏み出す。ともすれば何かが胸元に飛んできて、つい受け取ってしまった。

 黄金の林檎を。

 

「お腹が空いていませんか? 道中にでも食べてください」

 

 目の前で笑う少女は、本当にずるいと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ