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少女は闇夜に月を見る 1/3

 このまま楽しい世界が続くと思っていた。少しも疑っていなかった。

 ……いえ、疑いたくなかった。今までずっとずっと我慢してきたんだから、最期くらいは、あの子が用意してくれたこの時間だけは幸せでいたかった。

 こんなことなら、掲示板なんて覗くんじゃなかったとすら思う。書き込んでくれた人達はなにも悪くないのに、むしろ貢献しているのに。

 

 何気なく見上げれば、窓の向こう側は既に輝く月が浮かぶ時間を示していた。昨日は楽しかったはずの夕食の時間はとっくに過ぎている。

 それでも部屋から出る気にはならない。いえ、出てはいけない。

 わかる。こんな顔で出てしまえば……あの子達は私のために可能性を捨ててしまう。次に進むための試練を、私という足手まとい背負って言ってくれてしまう。

 それはダメだ。ただでさえあの子は、ユウくんは弱いというのに私まで抱えてしまえば、いくらイナバちゃんが強くても絶望的な状況になってしまう。

 たしかにイナバちゃんは強いが、それは魔法による強さだと知っている。だから、この魔物でなければ縋ってしまったかもしれない。

 でも倒すべき魔物には一切の魔法が通用しない。すべての魔法を無効化してしまう存在。

 かつてエルフの大きな里すら滅ぼしたと聞く災厄の1つ。

 チェスゲームの時にいた竜族の彼になら縋っただろうか。彼ならきっと、足手まとい1つ抱えても倒せるのだろうから。

 

 ……知らなければ、知らなければ一緒に挑戦できたと思う。

 それでも知ってしまえば、足手まといにしかならないと知ってしまえば、頼むことはおろか誘われるのを待つことすらできない。

 だから私は殻にこもった。

 ……今日はもう寝よう。ああ、ユウくんの膝で休憩していた時は心地良かったな。

 

 

 

 目の前の少女はそれを差し出す。

 銀色のペンダントに銀色のチェーンが通されているというシンプルな作りのネックレス。飾りっ気のない彼女にしては珍しいものだと思っていたが、まさか私のために持ってきてくれたものだとは。

 

『私にはこれしかできなかった。ごめん、なさい……』

 

 それを差し出したまま泣き始めた少女に笑って答える。

『その気持だけでも嬉しいよ』と。『私は幸せ者だ』と。

 

『今日は帰らないといけないから。絶対、絶対にまた来るから』

 

 いつもと違う言葉。欠けた一言は『またね』。

 悔しそうに、悲しそうに、泣いたまま、無理矢理な笑顔を浮かべ、少女は私に背を向けた。

 震える声に気づいていないのか、感情がそのまま表れているような気がする。

 

 さてと。魔導式仮想世界没入装置を頭に装着して受け取った魔導式記録チップを挿入する。

 これはそれなりに昔、異世界からの来訪者が残していった道具の1つで、ベットの上にありながら作られた世界を体験できるという凄いもの。

 その機能は作られた仮想世界に入り込むことに限らず、チップなどの記録装置に刻まれた情報を現実世界の視界に追加するような感じで見ることもできる。視野拡張機能と呼ばれていた気がするけど、詳しくは知らない。それができることだけわかっていればいい。

 

 彼女から受け取ったチップの内容はアクセサリーの使い方だった。

 指定された時間までにアクセサリーを首からさげ、ログイン待機状態になるための呪文を唱えておけば仮想世界へと没入できるらしい。しかも、この世界からだけではなく、異世界の人も同じ仮想世界にログインするとある。

 ……素直に喜べなかった。

 たしかに興味を惹かれる内容だけど、沈んだ心はそれに喜べない。喜べなかった。

 先の一文を読むまでは。

 

 "ログイン中は時間が経過せず、最大で3ヶ月の間ログイン状態を維持することが可能です"

 

 それを読んだ瞬間、時間が止まったように思えた。沈んでいた心が浮かび上がり、久しぶりに太陽を見た気すらした。

 そして、そこでようやく理解できた。さっき背を向けて帰った少女は、自分の権利を私に譲ったのだ。

 街から少し離れた位置に住む私でも、ネットワークからは隔離されていない。正しいかはともかく、とても多くの情報を得ることができる。

 こんなゲームがアレば、きっと話題になっているはずだ。それが起こっていないということは限られた人物にしか渡されていない除うほうおよび権利であるということ。

 それを私に渡したのだ。秘密を、私のために、危険を犯してまで、譲ってくれたのだ。

 

『今日は帰らないといけないから』

『絶対、絶対にまた来るから』

 

 この2つが表すのはきっと……。

 飛び起きたい、すぐに追いかけたい。

 それでも身体は答えてくれない。心すらも否定する。

 

 だから、私は世界を満喫する。幸せを噛みしめる。

 その時まで

 

 

 

 眩しさに起きてみれば、窓の外には青空が広がっていた。

 身体を起こし、歩き出し、ドアノブに手をかけて、離す。

 嫌なことは眠れば忘れられると言ったのは誰だったか。きっと私ではない私だったはずだ。

 踵を返してベットへだいぶ。枕へ顔を埋めてみれば、忘れてはいけないはずの夢がなんだったのか忘れていたことに気づいた。

 

 思い出せない、思い出せない。

 

 だから忘れるために情報アクセサリー街の管理システムにアクセスして、掲示板に目を通す。

 魔道具などの危機器を扱うのは苦手なのに、掲示板への書き込みだけは慣れてしまった。閲覧速度も無駄に早いから、多くの情報を得られてしまった。

 

 もしかしたらとチュートリアルクリア条件の魔物に関する情報を探してしまう。あの魔物でなければと願い探してしまう。

 それでも現実は夢ではない。

 掲示板から得られたのはあの魔物に違いないという情報。さらにパーティの参加人数が多いほど魔物の数が増えるということ。

 どこまで追い詰めればと思ってしまうが、それは私だけではない。魔法でしか戦えない人は皆、追い詰められているはずだ。置物どころか、相手を増やして難易度を上げてしまうのだから。

 

 ……ッ!

 あの魔物を倒すためには、それなりに強力な魔法が必要だなんて……今更だ。

 これを昨日、見つけられていれば……いや、さっきの参加人数が多いほど魔物の数が増えるという情報より先に見つけていれば、まだ迷えたかもしれない。

 掲示板を閉じて、ドアから出て、と。

 なんとも順番の悪い。まるで私の運命はそちらではないと告げられているように感じてしまう。

 

 結局、変わらない。

 変わらず魔力の海に言葉を綴り、元気な言葉を追いかけて、空想を描いてからわらい。いや、今はそのからわらいすらできなくなって。

 来た直後はあの子と一緒に来られたらと思ってもみたけど、今なら間違いだったと、叶わなくてよかったと気づいている。

 こんな姿、あの子に見せられるはずがない。


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