歩んだ先に 2/3
「ユウ。私が勝負に勝ったら今日、一緒に寝ませんか?」
それは片付けが終えられ皆がお茶を飲むリビングでの一言。
「ほう。私も参加していいのだろうか?」
「凛?」
名案だと言わんばかりに問いかけてきた凜さんに、アリサさんの笑顔が向く。
まあそうなるだろうとは思っていた。"ぼくが"召喚したイナバだからこそ、認められたにすぎない。
「別に勝負なんてしなくても、一緒に寝ればいいんじゃないの?」
そう言ったサリアさんが不思議そうに首を傾げる。
人型のイナバを見た時から別々に眠るつもりではいたし、こう尋ねてきたということはイナバもそのつもりだったはずだ。
「いえ、まあ、その……。兎型ではなく人型で、です」「私もイナバと同じお姉さん枠のはず……」
普段と違い勢いの無いイナバの様子を見て、サリアさんはそこになんの問題があるのかとでもいうように、さらに首を傾げる。
アルファ世界の日本なら……少し問題があるかもしれないけど、ここはそこではない。むしろ自分達の常識は投げ捨てたほうがいいかもしれないとすら思う。
だから
「別にいいけど、勝負内容はどうするの?」
引き受ける。
ぼくはもっと、イナバを知るべきだと思ったから。いや、知りたいと思ったから。
「じゃんけん、3勝先取で」
その提案を聞いて、頭の中にたくさんの"はてな"が咲き誇る。
ぼくを知っているはずのイナバが、どうしてそれを選択したのか不思議でならない。もしかしたら無意識に口から出た言葉で、今は止めてほしいのだろうか。
「ぼくはじゃんけんには自信があるけど、いい?」
「かまいません」
イナバが少しだけ不安そうに頷けば、すぐとなりで悔しそうにしている凛さんにも意識を割くことができた。
「凜さんも参加していいよ?」
「ほんといかい!?」
凛さんが嬉しそうに割く笑顔を向けてくれば
「はぁ。それでは私が勝てば、凛の権利を消してください」
呆れた表情のアリサさんが提案をする。
その様子は勝つことを疑っていないように思えるけど、それは油断でしかないと思う。
3人を負かしていざ、本命。イナバの順番。
嬉しそうなサリアさんと、悔しそうな凜さんと、無言で手に持つ湯のみを見つめるアリサさんが囲むテーブルの近くで、2人向かい合って立っている。
「それでは始めましょうか」
そう言ったイナバは、まるで転機に挑むように真剣な表情を浮かべていた。
「じゃんけん、ぽん」
パーとチョキと。
「じゃんけん、ぽん」
グーとパーと。
やはり、とイナバの呟きが聞こえてきた。
やはりイナバの知るぼくも、それならどうして。そうは思っても間を置くことはしない。むしろ間を置けばまずい予感がしているのだから。
「じゃんけん、ぽん」
パートグーと。
「じゃんけん、ぽん」
チョキとパーと。
「じゃんけん、ぽん」
願い込めた最後の1回は、グーと……チョキと。
その結果に、心が揺れ動くのがわかる。
「そうでしたか……これが正解でしたか」
握りこぶしを解かず、それを嬉しそうに見つめるイナバ。
姉さん相手ですらあの1回以外は"負けたことがない"というのに、3連続で。まるでこれが奇跡の1回ではないと示すように。
「む、勝ちましたか」
「負けるつもりはなかったんだけどね」
あははといった様子で負け惜しみを口にするが、ぼくは本当に負けたのだろうか。
何度も勝つために負けるじゃんけんはしたことがある。その1度も思い通りにならなかったことはない。
今回、ぼくはどちらを勝ちだと思っていたのだろうか……いや、なににしても思い通りにできなかったのだから、負けなのだろう。
「そういえば。凜さんが負けたのに、どうしてアリサさんはじゃんけんをしたんですか?」
「それが勝負を放棄する理由にはならないでしょう?」
「ん、どういうこと?」
アリサさんへの態度を決め兼ねている様子のサリアさんが首を傾げる。
「報酬に意味がなくなっても、勝負に意味はあるということでしょうね。結果は散々だったようですが」
イナバの説明に、アリサさんと凛さんが頷く。
きっとあと1つ、凜さんが負けた勝負に勝ちたかったのだとも思うけど。
「そんなものなの? 私にはわからないかな」
「負けず嫌いだということだよ。さて、お風呂に入って寝るとしようか」
「え?」「ん?」
凛さんの言葉を聞き、2つの疑問の声が重なった。
すぐに外に行ってしまった凛さんは知らないのだろう。
「凛、この宿にはお風呂なんて備わっていませんよ。そもそも魔法が使えれば水で汚れを落とすという行為は必要ないので、お湯に浸かるという文化は珍しいでしょうね」
「いや、私もアリサさんもユウくんも、アルファ世界から来た人は魔法を使えないはずですが?」
アリサさんの説明に、凛さんがどういうことだと問い返す。
「説明書を読まないタイプですか? 情報アクセサリーから宿に接続すれば、ドアを入ってすぐのマットに乗ることで清潔魔法と同等の効力が発揮されると記載されていますよ」
「え?」「え?」「え?」
その説明でイナバ以外、誰も説明書を読まないことが判明してしまった。そう、ぼくも含めて。
そもそも情報アクセサリーに慣れていないのだから、読まないというよりも読めない。情報アクセサリーからアクセスして読むという発想に至らないという人のほうが多いはずだ。きっとそうに違いない。
「ユウもですか。私は聞いていませんが、情報アクセサリーを貰った時に聞きませんでしたか? 都市などではその場所の基幹システムに接続できる場合が多いと」
イナバの言葉にどうだっただろうかと記憶を掘り返し始める。あまり記憶力は良くないから、期待してはいないけど。
「……」「う……」「聞いたな」
必死に思い出そうとしているサリアさんと、そうだったというような表情を浮かべたアリサさんと、素直に頷く凛さんと。三者三様を眺めながらも、ぼくの記憶からそれは掘り出されない。
「まあ今、覚えたのだからいいのですよ。どちらにしてもお風呂は諦めてください」
「都市システムの方はアクセスしていたのですが……」
イナバの締めに対して、アリサさんはまだ少し悔しそうにしている。
そして都市システムで思い出したけど、掲示板は確認しておかないといけない。もう少し鍵が欲しいのだから。
「街に銭湯がないだろうか?」
「思い出した! 確かに言ってたね」
いまだ諦めきれぬ様子の凛さんと、手をポンと叩いて言葉通り思い出したと表現しているサリアさんを眺めながら、そろそろ部屋へ戻ろうかと考える。
お風呂がないのは少し残念だったけど、明日を考えればそろそろ眠ったほうが良いと思うから。
「ぼくはそろそろ眠るよ。皆も夜更かしはほどほどにね?」
皆が睡眠を検討するようにそう言い残して、部屋へと足を進め始めれば
「それでは私も。アリサと凛、ちゃんと眠るのですよ」
そんな言葉が聞こえてきて、一瞬足が止まりかけてしまう。
負けたことに舞い上がっていたけど、そういえばあれはイナバと一緒に眠る約束でもあったのだ。
「私は魔物を倒しに行きますので」
「私もわくわくして眠れそうにないな」
「2人とも元気だね……。私は疲れたから、もう寝るよ」
後ろからはそんな声達ととても静かな足音。前には誰もいない廊下。
いったい、どんな夜が待っているのだろうか。




