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歩んだ先に 1/3

 寄り道をせずに宿へ帰ってみれば、空は茜色を超えて藍色の先へその表情を移そうとしていました。

 夜は魔物の種類が変わるかもしれませんので、尽きが旅人を導く前に戻ってこられて良かったかもしれません。

 

「おかえり、皆」

 

 凛がドアを開いて見れば夏の風鈴のように落ち着く声と、お腹をくすぐる美味しそうな匂いが迎えてくれました。

 

「美味しそうな匂いがする!」

 

 と、爛々しているサリアの腕から抜け出して部屋へと足を進めます。食事のあとでもかまわないのですが……まあ、今しておくべきでしょうから。

 

「少しだけ部屋にこもります。遅いようならかまわず食事を始めていてください」

 

「おや、先に食事でもいいのでは?」

 

 ぐっすりと眠れたであろうアリサが両手に料理の載った皿を持ち、開いたドアの向こうからやってきました。金色の髪を後ろで1つに束ねたエプロン姿です。

 

「ううん。先に行って、イナバ」

 

 それに答えたのは同じく銀色の髪を後ろ1つに束ねたエプロン姿のユウです。こちらは三角巾のおまけ付きですが、なぜ用意してあったのでしょうね。

 

「冷めてしまいますよ?」

 

 私ではなくユウに問いかけたアリサの様子は、調理したのがユウであると知らせたようにも思えます。

 

「そこまで時間をかけるつもりはありませんが、心配ならば保温の魔法を展開しておきます」

 

「うん。料理を並べて待ってるね」

 

 ユウはそれが必要ないと示すように手を振って見送ってくれました。

 

「手を洗ったら手伝うね」

 

 そんなサリアの声と嬉しそうな足音が後ろから聞こえてきます。

 さて、反応が楽しみ……ああ、ユウは少し見ていましたか。まあ、それでもそれなりの反応を期待できそうではありますが。そう胸を期待に膨らませて、部屋への道を歩き始めます。

 

 

 

********************

 

 

 

 2人が手を洗って戻ってくる頃には、既に料理の配膳は終わりかけていた。

 フルコースを作ったわけでもなければ人数が多いわけでもないのだから、もともと手伝ってもらうほどの量がなかったのだけど、それでも手伝おうという気持ちは嬉しいものだ。

 そして4人は椅子に座り、5番目の席が満たされるのを待っている。いや、正確には5人目の到着を待っているだけで5つ目の席には意識を向けていないだろう。

 ぼくは知っていたから、それを予想できたからこそ、そこに意識を向けられた。

 ぼくの隣のその場所に。

 

 ……ずっとずっと、隣は姉さんだけだと思っていた。それが当然だと思っていた。

 兎の姿をしたあの子を見るまでは。

 違和感だらけのその子に、隣を予感させられてしまった。

 ああ、この子の隣なら自然に歩けるって。

 夢を創れば失った時に心が折れるかもしれないと知っているのに、よく知っているのに、それでも永遠にそびえる塔はない。いつか支えが必要だとも知ってしまっていた。

 それを求めるつもりはなかったのに。

 

 なんて、過ぎたことを考えていれば経過の遅さを考えずにすんだ。

 この料理があの子を落胆させないか不安な時を。

 ぼくは他の人よりも良く聞こえてしまうから、ドアの先のドア、さらに先まで知れてしまう。数少ない得意な分野なのだから誇るべきなのだけど、ときには聞こえてほしくない音も聞こえてしまう。

 だからドキドキなどせず、あの子がドアを開けるタイミングもわかってしまう。今のように。

 

「お待たせしてすみません」

 

 アルファ世界の日本でその辺に売ってそうと評されそうな白いパーカーと、こちらも真っ白で短めの膝丈上スカートに包まれた、凛さんと並んですら優劣の評価を二分しそうな身体。

 腰を撫でるのは不純物の混じっていない雪のような白い髪であり、もとを辿ってみれば肩上で2つに結ばれているのがわかる。

 そこからさらに視線を進めてみれば、頭頂にはアルファ世界の人には見られない兎のような白い耳が2つ、ぴょこんと存在を主張していた。

 まるで別世界の住人であることを示すように。

 そして、すべてを見通すような真っ赤で澄んだ瞳はこちらを捉え、すぐに離れていってしまう。まるでひとめ見て目的を達成できたかのように。

 

「美味しそうな料理ですが、ユウが作ったのですか?」

 

 その少女は他にも椅子がある中、当然のようにぼくの隣の席に座りながら尋ねてくる。

 きっと答えを知っているのだろうけど、部屋に入った時点でエプロンをつけていたのは2人であり、料理を運んできたのはぼくではない1人。

 

「ぼくがそんなに器用に見えるかな?」

 

 だからわざとはぐらかしてみる。意味は無いと知っているのに。

 

「不器用など経験で覆せますから」

 

 さも覆しているのが当然のように答えられてしまえば逃げることはできない。

 逃げてしまえば期待に応えられないのだから。

 

「あ、そこのサラダだけはアリサが作りましたね? 斬り口が綺麗すぎますから」

 

 起きた直後だったら間に合っていたのだろうけど、時間が欲しくて少しだけ微睡んでもらっていたから。だから時計を見て焦ったアリサさんは並ぶ料理を見て動きを止め、1品でもと最も早い方法で野菜を食べやすい大きさに調理した。

 うん、料理になっているのだから調理だと思う。道具は目的で使い方を変えられるものだからね。

 

 それにしても、皆して動きを止めたままでいなくてもいいと思う。いくらイナバが可愛いからって……なんて、人型になったこと"だけ"に驚いているのはサリアさんだけかな。

 だって他の2人は違う驚き方をしているように思えたのだから。

 まあ人型になった驚きが無いとは思っていないけど。

 

「3人とも、なにを固まっているのですか。遅れてきた私が言うのもアレですけど、料理が冷めますよ」

 

「……イナバ、ちゃん?」

 

 少女が口を開き終えれば、サリアさんが確認するようにその名を呼んだ。

 

「イナバと呼ばれている私以外があの部屋から出てくれば、宿の防犯機能が疑われてしまいますね。大丈夫、イナバですよ」

 

 イナバはそう言ってニッコリと笑った。

 そして他の2人はそのような問いかけはしない。サリアさんがしたから、ではなく、もとからイナバであると理解していたように思う。

 まあこの2人ならわかっていても不思議ではない……のかな。

 

「人型にも……いえ、情報体の力ですか?」

 

「もとより情報体に刻まれていた情報によって身体が展開されていますので、そこに変化を加えればこのようなことも可能です。まあ運良く都合の良い情報体が手に入っただけですけど」

 

「あ、もしかしてくじ引きで当てたの?」

 

「そうですよ。いつでも先程までの兎型にもなれる優れものです」

 

 どんな情報体を選んだのかぼくは知らないけど、そちらも残したということは残すべき理由があったということなのだろうか。

 まさか服の材料を忘れていたから、裸でも問題ない兎の姿を残したわけではないと思うけど……いや、これはぼくの知らない事実だったよ。

 

「う~ん……まあ食べようか」

 

 腕を組んで唸っていた凜さんが諦めたようにそう言えば、もう少し尋ねたいことがあった様子の2人も凛さんの提案に頷いた。

 そして5人が少しずれて「いただきます」と言い、箸を手に取る。

 サリアさんがそれらを知っていたことは少し不思議に思うけど、似た文化が発展していても不思議じゃない。それにこちらから"渡った"誰かがいた可能性も否定できない。

 あの人達のように。

 

 と、気づけばイナバをずっと見つめていた。まあイナバの反応が気になるのは事実なので今更そらしたりはしない。

 お椀に盛られたじゃがいもを箸が掴み、崩れること無く口へと運ばれる。見つめながら感想を待つ、そのひとときが楽しさを生んでくれる。こんなにもドキドキするのはいつ以来だろうか。

 驚くことなく自然と

 

「美味しいですね」

 

 それだけが告げられた。

 知っていたかのように。さもそれが当然のように。

 そして嬉しそうに。

 

「ほんとだ、美味しいね。なんて料理なの?」

 

「肉じゃがという料理だ。よく同じ野菜があったね」

 

 う~ん、と頬に手を当て美味しさを表現してくれているサリアさんの問いに、満足げな凛さんが答えてくれる。

 

「おそらく似ているだけで違う野菜でしょう」

 

 イナバの言う通り似ているだけの違う野菜だと思う。それでも『肉じゃが』と認められる料理はできたのだから問題はない。

 もとよりぼくの料理はそんなものだから。

 

「野菜といえば、なぜ肉じゃがにサラダなのですか?」

 

「……焦って間違えました」

 

 イナバの問いに、アリサさんが少し悔しそうに答えた。

 このひとが本気で料理をすれば、ぼくが彼女の活躍の場を奪わなければ、もっと"うまい"料理ができていたと思う。そのあたりは申し訳ないかなとは思っているけど、譲れないものだったから。

 さてと、イナバの反応に満足したので箸を持って綺麗に切り揃えられた、トマトのような野菜を掴んで口へと運んでみる。

 

「美味しいのだから正解だよ。きっとね」

 

 瑞々しくほんのり甘い野菜。味を損なわない調理だからこそ、食べやすい形にしてもここまでの味が出ているのだと思う。ぼくではこうはいかない。

 

「この切り口……もしかして、いや、さすがに……」

 

 箸の先でつままれているトマトを見つめる凛さんが呟いているけど、拾う人はいない。

 そんな楽しげな雰囲気の中、食事は進んでいく。だから思ってしまう。

 いくつもの笑顔が咲いている癒やしの時間よ、訪れる闇夜を灯しておくれ。なんて、ね。


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