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勇者の魔法 1/1

「すまない、発音できそうにないんだが……」

 

 サリアに抱きかかえられての帰り道、凛に魔法の呪文を教えたところそう返ってきました。「私も聞き取れなかった」とサリアの呟きも聞こえます。

 

「浮かんだ音通りに唱えてください。それで十分です」

 

 そう言えば凛は目を閉じ、謳うように言葉を紡ぎ始めました。

 

「無限に降り積もる限界よ、今再び私は飛び越えよう。背を守る刀はここにある。さらに求めるならばミチを照らす光を望もう」

 

 音が締められると同時に心地良い轟音と伴い、凛の前方、少し離れた場所に真っ白な光が落ちました。砂煙を起こさず、土をめくらずにです。

 

「……あれは、私は放ったのか?」

 

 信じられないといった様子の凛が誰にともなく問いかけます。その横で私を抱えたサリアは驚きの表情を見せながらも、口を開きました。

 

「雷系統……勇者の魔法? 凄い! 凄いよ、凛ちゃん!」

 

「雷? 勇者の魔法、なのか?」

 

 凛が少し嬉しそうに聞き返しましたが、私は知っています。雷系統を扱えることが勇者の条件ではないと。

 

「そうだよ! お伽噺の勇者が使うとされてる、勇者の素質がある人に現れる適正が雷系系統なんだから!」

 

 サリアが興奮した様子で凛へと説明します。

 たしか『神が操る雷を操る者、それすなわち神の力の代行者』でしたか。

 

「……いや、気のせいだろう。私に、勇者となれる素質はない」

 

 僅かに目を輝かせたように見えた凛ですが、すぐに首を横に振り、当たり前といった様子で否定しました。

 

「しかし便利そうな魔法だが……目眩ましだろうか? 見たところまったく威力がないようだが……」

 

「あれ、本当だね。初めて使ったから失敗したのかな?」

 

 凛がやや気落ちした声で問えば、サリアが首を傾げて可能性を提示します。

 それにしても、目眩ましを便利な魔法と言い切るのはどうなのでしょうか。それがいくつかあるうちの1つならば素直に頷けるものですが……やはり近接戦闘を念頭に置いた考えですかね。

 まあ私は、あれがとても便利な魔法だと知っているので『便利』と言われれば素直に頷けるのですけど。

 

「いえいえ、とても便利な魔法ですよ。まさにお伽噺の勇者のためにあるような魔法といってもいいほどのものです」

 

「え、あれで成功してるの?」

 

「つまりこんな魔法です」

 

 そう言いながら凛と同等の効力を示す魔法を展開すれば、私達がいる一帯が光りに包まれました。しかし眩しさに視界が遮られることはなく、草の1本まで見て取ることができます。

 本来ならば付属している轟音はうるさいので省きました。

 

「……なんとも暖かい光だな。これが私の魔法なのか」

 

 穏やかな表情で光とその先、きっと空を眺め呟いた凛の隣で、サリアが大地の草に水を落としました。しかし本人は気づいていない様子であり、何かを考えているように、顎に手を当てたまま唸っています。

 

「……サリア。サリア!」

 

 だから気づいた凛がサリアの肩を揺らし、名を呼びました。

 

「え、どうしたの?」

 

「いや、泣いていたようだったから痛かったのかと……大丈夫か?」

 

「え、私泣いてなんか……あれ、どうしてだろう?」

 

 心配そうな表情を浮かべた凛を前に、サリアは指で目元を触りました。

 そしてどうしてだろうと首を傾げる様子は本当に原因がわかっていないようで、凛はそれ以上の追求をやめます。

 この魔法に涙を流させる効力はないので私にも理由はわかりません。ユウがいればなにかわかったかもしれませんが……まあ、私が知るべきなのでしょうね。

 

「イナバ。その、だな……えっと……」

 

「どのような魔法かはあなたが知るべきです。とりあえず1つだけ、攻撃能力がないわけではありません。むしろそれなりの威力を有する魔法です」

 

 言い淀む凛に、私からの答えを伝えておきます。

 

「しか――」

 

 それに納得できず何かを言おうとした凛は言葉を紡ぎ終える前にふらつき、地面へと尻もちをつきました。

 最初からあれだけの魔法を展開すればそうもなりますか。というか前に倒れそうなところを後ろに修正しましたね、凛は。

 

「魔法酔いだね。魔法を使い始めて少しの間はしかたないよ。慣れるまで危険な場面では使わないようにね?」

 

 サリアが人差し指をピンと立てた説明モードで見事な説明をしてくれましたので、私から言うことはありません。

 

「そのまま少し休憩しましょうか。たまには何も考えず、ゆっくりと流れる雲を見るのも悪くありませんよ?」

 

 思い悩むことがあるのなら、なおさら。

 ええ、『窮地ほど心に余裕を作りなさい』ということですね。

 

「そうしようか。警戒を頼むよ、イナバ」

 

「ええ」

 

「……あれ、私は?」

 

 ね~ね~、と自分を指差すサリアは放っておいて、私も身体を伸ばし、五体投地の構えで草原に寝転がります。

 

 

 

「ところで凛。この世界にログインする前にはどんな説明を受けたのですか?」

 

 凛が座れる程度まで回復したところで訪ねてみました。少し気になっていたのですよね。

 

「そうだな……異世界からもログインがある、剣と魔法のファンタジー世界が広がる仮想世界没入型のゲーム。そんな感じだろうか」

 

「サリアのほうはどんな感じでした?」

 

「私のほうも同じ感じかな」

 

「おや、そちらの世界にも仮想世界没入型ゲームや剣と魔法のファンタジーがあるのかい?」

 

 サリアの答えを聞き、凛が興味深そうな様子で問いかけます。

 

「結構、昔からあるよ。なんでも昔、異世界からの来訪者が残していったものだとか。たしかブイ……そう、ブイアールって呼ばれてたはず。でも、それじゃあ意味がわからないから仮想世界没入型ゲーム端末って呼び名に改められたんだったかな」

 

 サリアが思い出すような仕草で語るサリアの言葉は続きます。

 

「剣と魔法のファンタジーは、そのとき一緒に残されたソフトウェアの中にそういうジャンルのものがあって、今も同じジャンルが受け継がれている感じだよ。私は魔物がいない世界でゆっくりと作物を育てたり、料理をしたりするゲームが……あれ、凛ちゃんやユウくんがいるアルファ世界がそんな感じなのかな?」

 

「いや、そんな夢のある場所ではないよ。作物を育てる土地を誰もが持っているわけではないし、料理は手順通り作ってもうまくいかないし……」

 

 答えた凛によって一瞬だけ置かれた間は、夢を壊すだけのメリットがあるか考えていたのかもしれません。

 後半は凛、個人の意見として無視するとしても、前半はそうでしょうね。特に日本は。それを乗り越えても色々とあるのでしょうけど、そこまで伝える必要はないでしょうね。

 

「それでも魔物がいない世界は羨ましいな」

 

 そう答えたサリアは、まるで夢の城を見ているように感じます。

 しかし、それはおそらく幻想の城であり、夢の世界は既に存在していないでしょう。この世界が、この交流が認められた時点で。

 それでも蓋を開けてみるまでは他の可能性も存在します。そう、先程、捕まえた猫が有する情報のように。

 

「それは魔法が使えなくなっても……いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 そこで区切った凛は、大きく背伸びをしました。

 

「そうだ。まだ1日目の途中だが、サリアにとってこの世界はどうなんだ? やはり異世界との交流を除けば普段と変わらないのかな?」

 

「まあ魔物も出るし、魔法もあるし、街も障壁に囲まれてるみたいだし、あんまり変わらないの……かな? あ、でもでも。情報体は知らなかったし、兎が喋れるし、人族がとっても強いし。やっぱり結構、違うね」

 

 そう結論を出したサリアはニコっと笑いました。

 巷の話を聞く限り、情報アクセサリーはどこの世界にもないみたいですし、私が喋れるのも情報体加工の産物なので情報アクセサリーの成果といえます。

 そして人族が強いのではなく、凛が強いとするべきでしょうから、異世界交流による変化は少ないのかもしれません。今は、ですが。

 

「私は……まあ、普通よりも少しだけ戦えると思うから、少なくともアルファ世界の基準にしないほうがいいぞ?」

 

 困ったような笑顔の凛が補足します。

 

「え、でも熊は無理でも狼くらいなら倒せるんだよね?」

 

「いや、狼は熊よりも厄介なこともある……ではなくてだな。普通の子は野生の熊や狼を見れば腰を抜かしたり、逃げ惑ったり、戦おうとすら思わないと思うぞ」

 

 やはり『仮想』や『ゲーム』、そして死んでもログアウトするだけという言葉の力は強いということでしょうかね。なにせ野生動物よりもよっぽど恐ろしいはずの魔物相手に、アルファ世界から来たであろう子達が、他の魔物がいる世界の子達よりも積極的に戦っていますから。

 恐ろしさを知らない、と言い換えてもいいかもしれませんし、状況を理解しているとしてもいいかもしれません。

 

「……そっか、魔法がないんだもんね。私も魔法がなかったら……狼にも勝てないよ」

 

 そう言ったサリアは声は、それを実感しているようにも感じられます。

 

「それは魔法がある世界で育ったことも関係あるだろうな。私だってそっちの世界で生まれていて、突然魔法が使えない世界に放り込まれたら……熊相手に立ち向かったかはわからない」

 

 凛もまた、実感を感じさせる声音で答えました。

 むしろ魔法とは戦闘のために生み出されたものではないような気がしますけどね、私は。

 ……奇跡を起こすための万能の力は、なにを願われて生まれたのでしょうか。情報体のように――っ!?

 

「どうしたんだい?」

 

 凛が不思議そうに問いかけてきましたが、それどころではありません。私の千里眼は、あの子が料理をしている姿を捉えているのです。

 なぜ、なぜあの子が料理をしているのでしょうか。むしろ避けるはずなのですが……いえ、こちらでは問題ないということでしょうか。

 ……、……、……まあ覚悟を決めましょう。あの子が問題ないと判断しているのですから、私が悩む必要はありません。

 

「イナバ?」

 

「失礼しました。少し考え事をしていたのですよ」

 

「そうか。なにか驚いていたような気がしてな」

 

 そう言った凛は安堵した様子を見せてくれました。

 これが勘の良いガキはうんぬんというものですか。凛は妙に勘が良いですから、なにか隠し事をする時は気をつけないといけなかったのですが、それはこちらでも同じみたいですね。特に困っている時ほど気づくのですよねぇ。まあ、あれは持っていないようですから安心しているのですけど。

 

「そうなの、イナバちゃん」

 

「よくある予想違いですよ。それよりも、そろそろ帰りましょうか。道中の魔物はラビットをサリアが、他を凛がお願いしますね」

 

「え!?」「わかった」

 

 凛は自然と立ち上がり、サリアは驚きの表情を浮かべました。

 私は必要分を回収していますし、情報も十分に得られたので2人が経験を積んだほうがいいでしょう。それに凛の不穏の言葉もありますから。


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