表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/169

奇跡の果実 4/4

「さて、それではサリアの挑戦を続行しましょうか。ちょうどタイミングを計ったように出現したラビットがいるのですが、どうです?」

 

「え……ラビットはちょっと、ね?」

 

 こちらを向いて困ったような笑顔を浮かべ、頬をかくサリア。

 

「しかし珍しいホワイトラビット、幸運を運んでくれるかもしれませんよ?」

 

「え、そうなの?」

 

「幸運というよりは縁を運んでくれるのです。まあアルファ世界の昔話ですけどね」

 

 その前に海水に浸して……などということはしませんが。

 

「もしかすると因幡の白兎か? ……であれば、君の名前もそこから?」

 

「どうでしょうか。私はあの子の出身も知りませんし」

 

 しかし、確かに私は姫に良き相手を導いたかもしれません。……まあ、その結果があれなのですから、死神なのかもしれませんが。

 

「どうします、サリア」

 

「う、う~ん……そうだ! 凛ちゃんがイナバちゃんを抱きかかえてくれてるなら大丈夫、かも?」

 

 名案だと言わんばかりに手を叩いて疑問形で提案を終えるサリア。確実に私ではないという確証があれば問題ない、ということでしょうか。

 正直なところ姿がそっくりな相手であっても手を抜かずに容赦なく攻撃できるようにしておいたほうがいいのですが……まあ、それもサリアの良いところでしょう。誰もが戦う者である必要はないのですから。

 

「だそうです。凛、お願いできますか?」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 そう言った凛の両手が私を抱き上げます。

 

「想像以上にもふもふだな」

 

 凛は言葉通り毛並みを堪能するように、私を頬にすりつけます。

 まあ毛並みはいじりましたからね。言いませんけど。

 

「それではあちらの方角にいますので、接敵から始めましょう」

 

 そう言いラビットの方角を腕で指し示します。

 それを見たサリアは頷き、そちらへと歩いていきました。

 

「ところで遠い場所にいるみたいだが、安全なのか?」

 

「サリアがある程度、離れて声が届かぬだろう場所まで移動したところで凛が口を開きました。余裕そうに見送りながらも、内心は心配だったのでしょう。

 

「なにかあっても、あなたが助けに行くのでしょう?」

 

 その場に留まらず動き始めた足がそれを示しています。

 

「……それよりも、なにか内緒話があるのかい?」

 

 何か思うところがあったのか、一瞬だけ足を止めた凛は話題を変えるように問いかけてきました。私を抱きしめる両手に少しだけ力がこもったのは無意識なのでしょうね。

 

「別に内緒話ではありませんが、1つ。急ぐものではありませんよ」

 

「そうか……では、私から1ついいだろうか?」

 

「どうぞ」

 

 凛は1度、口を開き、動きを止め、言葉を口にします。

 

「……ユウくんは、どれくらいまでの魔物に勝てるんだい?」

 

「戦ったところを見たことはありませんが、おそらくチュートリアルのラビットにも負けているのではないでしょうかねぇ」

 

 まったく攻撃能力のないスライム相手ですらあれですから。ラビットの突進を避けられずワンパンですよ、ワンパン。

 

「そうか。楓……私の親友が、おそらく魔物を倒さないと進めないと言っていたから、少し心配になってな」

 

 そう言った凛の表情は言葉通り、少し曇ります。

 サリアに対して、多少無理を通してでも魔物と戦わせようとしている理由はそれでしたか。

 

「他にも何か言っていませんでしたか?」

 

「……もしそれが避けて通れぬ場合は、できるだけ強い相手と組むように、と」

 

 俯き悲しそうに、悔しそうに告げた凛。

 まあ私でもわかります。ユウでなくとも、姉さんでなくともわかります。それを告げた楓は平静を装いながらも焦っていたのでしょう。

 自らの危険を顧みずギリギリまで凛の"勇姿"を見守っていた少女が、凛が危険な状況になれば飛び込もうと考えていた少女が、凛の状況も見定められないほどの状況なのですから。

 

「まあ当然でしょうね。ログイン前にどこまでの情報が公開されていたのか知りませんが、未知の場所で未知の脅威と戦うのです。親友の心配をしてもおかしくないと思いますよ」

 

「しかし、言われたのは私だけなんだ」

 

「熊を相手に殿を務める無茶をするようなあなたですからね。どこに不思議がありますか?」

 

 凛はう、と口を噤みました。ええ、不思議な点は一切ないでしょうね。

 

「その子の意見は今のところ間違っていません。素直に受け入れておくべきですよ」

 

「いや、それはわかっているんだがな……楓はいつも正解を選べていたのだから、疑ってはいないんだ。それでも……」

 

「死んでもログアウトするだけの世界で、楓……親友との再開よりも優先すべき状況ならば、そちらを優先すればいいのです。あなたは楓の人形ではない」

 

 楓も大切な存在にそんなことは望まない。むしろ人形から解き放ちたいとすら思うはずですから。

 

「……そうだな。昔、楓にも怒られたよ。『何も考えずに私の言うことだけを聞く凛ちゃんは嫌い』だって」

 

 恥ずかしそうに笑う凛からは、先程までのような重い雰囲気は感じられません。ひとときにしろ吹っ切れたのでしょうね。

 そんな話をしていれば、サリアがラビットを見つけて戦闘態勢に入ったのが見えました。両手を前に突き出し、なにやら唱えています。

 そして、それを羨ましそうに、いえ、なにかを望むように見つめる凛。

 

「情報体に魔法と、未知の技術が溢れているな、この世界は」

 

「科学もあちらから見れば魔法みたいなものでしょう。まあ法則が変わるのですから、今までの知識通りにはいかないでしょうけど」

 

「私に科学の知識はないからな。あるのは身体能力、だけだ」

 

 貼り付けたような自然な笑顔が、途切れた言葉の意味を隠します。そこに何かがあるのはわかっても、その内容まではわかりません。

 おっと、サリアがラビットの体当たりをお腹で"受け止め"ました。吹き飛んでいますが気のせいでしょう。

 

「大丈夫だろうか、サリアは」

 

 凛が心配そうに呟きます。

 

「魔物が住む世界の住人です。あの程度は耐えられますよ。むしろ耐えられないのなら、この世界で過ごすのは難しいと思います」

 

 ここには守ってくれる存在も、集団もいません。素材を生成したり加工したりと特別な技能があれば別ですが、すべての縁はここで築かなけれならないでしょう。例外といえば私のような従魔や、アリサでしょうか。

 あとは"保護者"でしょうねぇ。まあ干渉する様子はありませんし、心配で見に来ただけでしょうけど。

 まあサリアは好かれそうな性格をしていますし、なによりランク2の魔物を倒せるだけの能力と、遥か格上の魔物に挑む心があります。

 だからほら、ラビットの体当たりを受けたとしても立ち上がりました。あちらは放っておいてもいいでしょう。

 だから

 

「凛、魔法を使いたいですか?」

 

「え?」

 

 凛は驚いたような表情を浮かべ、こちらを見つめて固まります。

 

「……いいのかい?」

 

 今にも飛びつきたそうな声を押し殺し、尋ねてきます。まるで君に迷惑をかけるのではないかと、問いかけてくるように。

 

「情報体に関してもですが、別に伝えることを禁止されているわけではありません。伝えることであなた達の成長を妨げると私が判断したので伝えていないだけです」

 

「そうだったのか。しかし、ユウくんよりも先に教えてもらってもいいのかい? 急ぎ戦う力を持つべきなのは彼だと思うのだが……」

 

「私は今、あなたに教えたいと思ったのです。そこに優先順位などありません」

 

 そもそもあの子に教えても、とは思いますから。

 

「……私には何も返せないと思う。そんな私が教えてもらっても、いいのだろうか?」

 

 悩むように、困惑するように不安気な様子の凛が発したその言葉に驚きを感じてしまいました。

 まったく同じ性格だとは思っていませんでしたが、この世界で出会ってから今までの様子からもそんな性格だとは思っていませんでしたから。

 いえ、むしろこれは性格というよりも……まあ、そちらは楓に任せておきましょう。

 

「凛、対価を得ようとする親切ばかりだとは思わないほうがいいですよ。善意だけで、などとは言いません。既に対価を得ている場合もあるということは知っておいたほうがいい」

 

「既に対価を? 私が、イナバに?」

 

 凛はそう呟きながら、不思議そうに首を傾げます。まあ知りようのない対価ですから、しかたのないことでしょう。

 楓がそこまでするような親友になってくれて、ありがとうございます。

 

「まあ帰り道にでも教えますね。そろそろサリアの戦闘が終わりそうなので」

 

 ちょうどサリアが、ラビットを風魔法で切り刻んだところです。

 

「……帰り道に覚えられるほど手軽なのかい?」

 

 凛が驚きを混じらせた笑顔で尋ねてきましたが、それは個人の才覚と覚える魔法しだいでしょう。今はそれよりもサリアです。

 あとは情報体を回収して終わ……情報として散るのではなく物質として残ったブロックの肉を手に持って満足そうな笑顔を浮かべて帰ろうとし始めたサリアの近く、空中に『回収』と文字を描き知らせれば、無事に情報体の回収も行ったのが確認できました。これで一安心です。

 それにしても、あのお肉。血が滴らないとはいえ、手に持ったまま帰るつもりなのでしょうかね。まあ困るようであれば、私が宿まで保管しておきましょう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ