奇跡の果実 3/4
ほくほく顔で凛とサリアのもとへ戻ってみれば、2人はそれぞれの表情で迎えてくれました。1人は心配そうな表情で、1人は感心したような表情で。
「イナバちゃん、大丈夫だった?」
「ええ、問題ありません。あなたも羊型の魔物は知っているでしょう?」
「うん。反射してくるって聞いてるけど、知らなかったら厄介だって」
知っていたのに伝えられなかった、サリアの表情の要因はそれでしょうか。まあ言葉通り、知っていれば厄介ではないので、無事帰ってきたことを返答としておきましょう。
「なんというか……なんとも珍しい戦い方に思えたな。あれが知っているものの戦い方ということだろうか?」
「いえ、凛ならば頭を一突きすれば終わるのではないでしょうか。とりあえず毛に攻撃すると危ないですよと言っておきますね」
「足元で何かが砕けていたのは見えたが、衝撃を反射するのだろうか? 楓なら今のやり取りで看破するのだろうが、私はどうにも脳筋思考でな」
その言葉に僅かな驚きを覚えました。凛が言っていた2人のうち1人は、どうやら楓だったようです。もちろん違う可能性もありますが、楓が友を置いて逃げるなど考えられません。近くに"どちらか"がいればまた別でしょうが、それは"逃げる"ではありませんからね。
「楓?」
サリアが首を傾げて問いかけます。
「大切な友達だよ。合流はできなかったみたいだがな」
「そうなんだ。早く会えると良いね」
「ああ」
笑顔で告げたサリアに、凛も自然"に見える"笑顔で返しました。
ああ、ああ。これは凛の抱えているものの一部が見えたかもしれません。それでも島の端から見えたからといって、内部にある都市、それこそ地下部分はまったく見えていないのですけど。
まあ楓に任せておけば問題ないでしょう。私は知りません。
「さて次は――」
サリアの番だな、と言いかけたのでしょうか。それを遮るように凛の肩に飛びかかりました。いえ、別に言葉を遮りたかったのではなく、その肩に用があるのです。
「イナバちゃん!?」「ど、どうしたんだい?」
空間を青色に薄っすらと染める猫の姿をしたその存在は、気づけば凛の右肩に乗り空を見上げており、私が飛びかかる直前には気ままな様子で跳ぼうとしていたのです。
その足が肩から離れる前に私の手が猫を抱けば、次の瞬間には空色が弾けて光の粒子となり私の胸元に吸い込まれていきます。
物質体を持たない魔物である『特殊型情報体』に分類されていて、有する情報から『シュレティンガー』と名付けた情報体。なぜ凛から発生したかはわかりませんが、非常に珍しいので2人を驚かせるとしても確保しておきたかったのです。
確保し終えたところで凛に視線を向けてみれば、私が押し倒したような形で尻もちをついていました。
「失礼しました。とても珍しい情報体が凛の肩にいたので、つい確保してしまいました」
そう言いぺこりと頭を下げます。
「そうだったのか。まあ気にしないでくれ。……それにしても、あまりにも自然に動くものだから反応できなかったよ」
笑顔で手を振って気にするなと言ってくれた凛ですが、おそらく見せたくなかった姿なのでしょう。僅かにですが、動きに動揺が見られます。
これは何かお詫びをしておきたいです。
「感づかれれば逃げられてしまうタイプのものでしたので。サリアも、驚かせてしまって申し訳ないです」
「ううん、私は別にいいんだけど……どんな情報体だったの?」
「スカートをめくるまで中を覗き見れないようにできる情報体です」
「……ん?」「……え?」
2人して理解が及ばないような表情を浮かべ、私を見つめたまま固まってしまいました。たとえが悪かったですかね……まあ気にしません。
「いずれ理解できます。それよりも凛、話を折って申し訳ありません」
「いや、近くに魔物もいなかったようだから別にかまわないよ」
そう言いながら立ち上がった凛がお尻を払えば、土埃が風に舞います。
そういえば凛は清潔魔法を知らないのですね。まあアルファ世界から来たのですから、当然ですか。
「さて、改めて。次はサリアの順番になるが、どうする?」
それは言外に、無理に戦う必要はないと言っているのでしょう。それでも自身有りげな声だけを切り取れば、戦うと信じているような、矛盾した問いかけに思えます。
「私は……ううん、戦っておく。大丈夫、これでもここに来てからカマキリを倒しているのよ?」
不敵な笑顔でなにかに蓋をして、それでも震える手が止められず後ろ手に組み、凛に答えるサリア。
「なに、君達はチェスゲームの勝者なのだから、そこまで心配はしていないさ。むしろアルファ世界でぬくぬくとしていた私が心配される側だろう」
「そうですよサリア。あそkどえ立ち向かえたのなら、ここにいる魔物相手など余裕をもって挑めばいいのです。今は負けてもいい戦いなのですから」
ちょっと口が滑りました。私は今の状況に浮かれているのでしょうか……まあサリアなら気づかないでしょう。
「うん、うん」
サリアは先程よりも力が抜けたような表情で頷き、「それじゃあ行ってくるね」と軽く手を振ってから私達に背を向けます。
「どこにいるのかな?」
「いや、近くにはいないと思う」
その言葉を聞いた瞬間、サリアの頬に朱色が一滴だけさされ薄っすらと広がります。当然、情報アクセサリーの機能を使って撮影です。
と、サリアが恥ずかしさに俯く中、少し離れた場所からなにかが近づいてくるのが見えました。その速度は中々に速く、僅かな間を待っていれば疾風とともに私達のもとで止まります。
「精霊の嬢ちゃんと兎殿じゃないか。もしかしてこっから先に行くのか?」
舞った土埃が晴れてみれば、そこには灰色の髪から同様に灰色の狼のような耳を覗かせる少年がいました。チェスゲームを終えてすぐ魔物を倒しに向かった彼ですね。
「そのつもりだが?」
「そうか。あんたの実力は知らねえが、こっから先は少し危ないぞ。ランク2だけじゃなくて、ランク3の魔物も確認した」
「3……」
再びサリアの動きが硬くなります。カマキリは同ランクならば上位とはいえランク2、躊躇しても不思議ではありません。
「私はアルファ世界からログインしているからランクというものをよく知らないのだが、牛みたいな魔物はどれくらいなんだ?」
「あれはランク2ですが、ランクとは脅威度の指標なので単純な強さではありません。相手が金属の塊であれば、あなたといえど苦労するのでは?」
「金属は斬れたことがないな。確かに厄介か……」
そう言って、う~むと唸る凛。
試したのですか、と思いつつも、狼少年の足元に土の隆起を、身体に風を当てて転ばせます。
「うわっ!?」
「次からは回復役と一緒に進むのですね」
左腕、服が破れた箇所にもふもふの手を近づけて魔法を展開すれば、ぼんやりとした薄緑が破れた箇所を包み込みます。それはすぐに変化をもたらし、奥に隠された青色に変色した皮膚を肌色へと変化させていきました。
「これって魔法で解毒できるのか?」
狼少年は訝しげ、というよりかは少しの驚いたような表情で問いかけてきました。
「魔法だけでは無理でしょうね。それでも魔法で進行を遅らせることはできますし、無効化と同様の状態にすることもできます。その間に解毒用の素材を得て解毒すればいいのです」
情報に侵食する毒ですからね。広まっている魔法だけで解毒するのは無理なのです。完全に解毒したければ、毒を有していた魔物が残す素材から作成できる解毒剤をもちいるのが一般的ですね。
「じゃあこれは遅らせてる状態ってことか? それにしちゃ皮膚の色が健康そうに見えるが……」
「大丈夫ですよ、毒は消えました。まあ今日くらいは帰って安静にしておきなさい」
手をどけてみれば、そこには健康そうな色をした肌が覗く服の破れ目が見えます。まあ下位の情報毒ですからね。結構、簡単に解毒できるものですよ。
「……素直に帰ってとくよ」
彼はそう言い立ち上がって、「解毒ありがとな」と言い残してこの場を去りました。地面を思い切り蹴って一瞬で視界から消える姿を見て、大事無きと結論づけます。
「毒を負った状態ですら知り合いに警告するために足を止めるとは、中々の人物だな」
凛は彼が去った方向へ視線を向けて、そう言います。
「どうでしょうか。あれは甘いと言われてもしかたのない行動ですよ?」
まあ私好みの行動ですけどね。
「そうだろうな。ここで死んでもログアウトするだけ。それはチェスゲームで実感しているはずだ。それどころか、足を止めたことで彼が死んでいればこちらに負い目を与えてしまう」
それを聞き何かを言おうとした様子を見せたサリアですが、凛が続けて口を開くことで言葉を飲み込みます。
「しかし、それでも放っておけなかったのだろう。私好みの行動だよ」
「……うん、私もそう思う」
飲み込んだ言葉はなんだったのでしょうか、サリアが嬉しそうに微笑みました。
実際のところ彼の行動は結果から見ても間違っていなかったといえるでしょう。私達3人に好印象を与えつつも今は厄介な情報毒すら解毒できた。なに1つ失わず、です。




