鍛錬の末に
投稿ッ、2本目、待て!
――ハァッ…ハァッ…ハァッ…――
朝日が昇り、人々の営みが徐々に活気付いてきた中…荒い息を吐きながら、彼等は走り続けていた。
「ヒィッ、ヒィッ!」
「ゲホッ…ハァッ、ハァッ!」
ただ腹の底から絞り出された呼吸と…兵士達の苦悶の声が響く…訓練場で…彼等は、己等の背後から確かに迫る、その音に焦燥を募らせていた。
――ダッ、ダッ、ダッ、ダッダッ!――
「残り10人、もう一つギアを上げるぞ」
苦悶満ちる訓練場に、似つかわしくない爽やかな声が響き渡る…その声に彼等の心は凍り付き…彼等は背後をチラリと覗き見る…其処には。
「――頑張って走れ」
恐ろしい鍛錬の魔物が、彼等を捉えんと駆けていた。
其処は地獄の訓練場…兵士達に恐るべき苦痛を与える〝戦場〟だった。
――ゴーンッ…ゴーンッ…ゴーンッ…――
「――この辺で良いだろう…30分の休息を摂ろう…諸君等は次の鍛錬に備えていてくれ」
「「「「う、うす…」」」」
その言葉に、兵士達は地面に倒れ込みながらそう言い…死屍累々の様相を見せる。
「はぁ…はぁ…し、死ぬかと思った」
「本気で…あの人…やべぇ…」
「スパルタなんて話じゃねぇ…地獄だぞ…」
「水…水…!」
「――フゥッ…フゥッ…全く…ただの走り込みで全員ダウンか…情けない」
そんな部下達を、浅く呼吸を乱れさせたリズがそう言う…そんな彼女の言葉に彼等は、物言いたげな視線を向けながら…乱れた呼吸を回復させるのに集中していた。
○●○●○●
――カチャッ――
「……♪」
紅茶を嗜みながら、兵舎の倉庫へ向かうフロディの横顔を観察して、へカティアは口端を緩める。
「お嬢様、朝食の準備が整いましたが…」
「後で頂くわ♪」
「左様ですか…では、その様にお伝えしておきます」
「ありがとう♪」
「……あの男が、それ程までに気に入ったのですか?」
そんな彼女の様子を見ていた執事は、その視線を男へ向けながら不思議そうに問う。
「えぇ…だってずっと、私が待っていた〝愛しい人〟だもの♪…」
「……」
「爺やは、あの人が嫌い?」
そんな彼女の言葉に、執事は沈黙すると…不意に彼女が執事へ問う。
「――いえ…しかし、リノベルトの白龍と言われた男です…警戒するに越した事は無いかと」
「……そう」
執事の言葉に彼女はそう言い、紅茶の水面に映る〝光景〟を覗き見る…其処にはフロディ・オーガーの〝姿〟が映っていた。
●○●○●○
――カランカランッ――
〝走り込み〟を終えて、粛々とトレーニングを進めていく、基本的な筋力トレーニングから、素振り、型の確認…其れ等諸々を終えて、最後の鍛錬…〝模擬戦〟に入る。
「…今から模擬戦を始める、二人一組…なるべく実力の近しい者と組んでくれ」
俺がそう言うと彼等は仲間と話し合いながら、言われた通りに二人組を組んで行く…すると。
「フロディ殿、良いだろうか」
「リズ殿…何か?」
彼等の中から、リズ殿が此方へやって来て…俺へ言う。
「――貴殿と手合わせを願いたい」
「……成る程」
そして、彼女から放たれた言葉に俺は納得する…確かに、彼女程の実力を鑑みれば、他の兵士では荷が重いだろう。
「了解した」
その言葉にそう言い、俺が承諾すると…彼女は嬉しそうに笑みを浮かべ…俺の前に立つ…他の兵士達も、準備は終えた様だ。
「それでは…〝始め〟!」
俺がそう言うと、そこかしこで、剣の撃ち合う音が響き渡る…俺達も同じく構え…リズが先行して、剣を振るう。
――ガァァンッ!――
「フゥッ!」
「……」
その一撃は重く…俺へ速さを伴った連撃が叩き込まれるのだった。
○●○●○●
――ガガガンッ!――
三連撃…上から振り下ろす…しかし、その連撃を彼は容易く受け流し…返す刃に、一振り…横薙ぎを放つ。
――ブンッ――
その一撃は基本的な型であるが…流れる様な無駄の無い動きによって繰り出された刃は速く…寸前の所で防御を割り込ませる事しか出来なかった。
――ズゴォッ!――
「――グッ!?」
(重ッ…!)
防御の上から私は押し退けられる…其処へ彼は言う。
「――焦りが見える、リズ殿…貴殿ならこの一撃は受け流せた筈だ」
その言葉に、私は一瞬…無茶を言うなと言いたくなる…しかし、彼の目を見るとその言葉をグッと飲み込み…私は彼へ斬り掛かる。
「ッ…もう一度!」
「――攻撃に言う事は無い、肉体を鍛えて行けばそれで伸びる…付随して、防御にも余裕が生まれる筈だ」
――ヒュンッ!――
――ガッ、ゴッ、グッ!――
「――防御には、まだ粗が見える」
振り抜いた剣を、彼は剣で受け…軽く押し退けて、剣を振り上げる。
「――〝受けるな〟、〝受けて流せ〟」
「ッ――あぁ!」
彼は私の構えを見てそう言うと…その剛剣を振り下ろす。
――ズッ!――
「ッつ…!」
その一撃を受けた瞬間…まるで自身の身に受ける重力が何倍にも膨れ上がった様な…そんな錯覚を覚え…冷や汗が流れる…このまま正面切って受け止めるのは無理だ。
「―シィッ!」
受け止める力を少し緩め…剣を傾ける…そしてそのまま剣を横方向に押しやり…剣の軌道をずらすと…私の真横を剣は通過し、地面へ振り下ろされる。
――ズガァァンッ!――
〝受け流す〟…彼の剣を受け流し…私が安堵の息を吐きかけたその時。
「―〝まだ気を抜くな〟」
「ッ!?」
その声に我に返った時には…遅かった。
――ズンッ!――
彼の拳が、私のすぐ眼前に迫り…そして、ピタリと止まる。
「〝訓練〟とは言え、まだ終了の合図は出していない……〝死亡〟だ」
彼の言葉に、私は初歩的なミスを犯した事に気付く。
「ッ…不覚を取った」
「…良し、今日の鍛錬はこの位にしておこう……〝模擬戦止め!〟」
そして、私達の合同訓練は終わり…私は確かな学びと…改めて、彼との〝差〟を思い知った。
●○●○●○
――ガチャッ――
「――訓練御苦労様、フロディ♪」
「――へカティア王女様、何故此処に?」
訓練の教官を終え…へカティア王女の護衛へ戻る前に軽く身体を拭おうと部屋へ戻る…そのつもりだったのだが…何故か、俺の部屋にはむさ苦しい部屋には不釣り合いな高貴な御方…へカティア様が待ち構えていた。
「あら、身体を拭う御手伝いをと思ったのだけど…不満かしら?」
「……不満、と言うより…王女殿下にその様な事をさせるのは、護衛の騎士として良くないのではないでしょうか?」
彼女にそう言うと、彼女はクスクスと笑いながら…両手を広げて俺を呼ぶ。
「あら、それなら大丈夫♪…此処には私以外居ないし…私は気にしないわ♪」
「…俺が気にするのです……申し訳有りませんが、一度部屋を出てくれませんか」
「――あら、護衛が護衛対象を外に放り出すの?」
「……では、背を向けて下さい…見苦しい物を見せる訳には行かないので」
「私は気にしないけど?」
「俺が気にするのです」
そんな問答を繰り広げる俺と王女…しかし、王女の意思は固く…何を言おうとも頑なに意見を曲げない…終いには。
「では、私の命令ね♪――〝諦めて受け入れなさい〟」
などと、王女の権限を乱用する始末…しかし、ソレが今の俺にとって最も堅固で逆らえない〝首枷〟であり…その命令に、俺は逆らう事は出来なかった。
「…では、上半身だけ……お願い致します」
「ん〜…まぁ良いでしょう♪」
――グッ…カシャンッ…プチッ、プチッ――
鎧を外し、衣服を脱ぐ…その姿に…王女は息を呑み…言葉を零す。
「……凄い古傷」
服を脱げば、俺の身体に染み付き取れない戦争の跡が露わになる。
「…見て気持ちの良い物では無いので、あまり見せたくは無かったのですが」
「……」
へカティア様の声が止まる…やはり、そうだろうな…こんな醜い身体を見れば、恐怖するのも仕方無い。
『おい見ろよ…彼奴…〝不死身〟だぜ…』
『敵中隊で生き残った生き残りだろ…あの串刺しで良く生きてたな…化物だな』
『――何で貴方だけ、生き残ったのよ…!……何であの人じゃ無いの…!』
『近寄るな、化物…お前が、お前が息子を殺したんだろうッ…俺の息子の形見を置いて失せろ!』
「……」
……仕方の無い事だ。
――ペタッ――
「…ッ!?」
「……〝酷い傷〟」
俺の背中を、へカティア様が触れる…その言葉は、震えていた…だが、その声に…〝恐怖〟は無かった。
「――〝哀しい傷〟…痛むでしょう、苦しいでしょう…なのに…貴方は、誰にも傷を明かさないのね……貴方の〝妻〟にも」
「ッ!?」
へカティア様の言葉に、俺は思わず振り返る…何故、彼女がリリシアの事を知っている。
「――何故、リリシアの事を」
「…フフッ、私がこの国で何と呼ばれているのか…教えて上げる……〝呪い姫〟…〝まじないとのろい〟…私の才能から付けられた、敬称であり、蔑称でもある名……私は〝縁を辿る事が出来る〟…だから、貴方の秘め事も…〝見える〟の」
そう言う彼女の紫の瞳に…俺は、思わず、無意識に後退る…恐怖では無い…だが、何故か…彼女から離れたいと身体が勝手に動く。
「――〝忠誠には仇で報いられた〟、〝愛は無常に引き裂かれた〟…貴方を取り巻く〝悪意と理不尽〟を…それでも、〝貴方〟は誰にも明かさず…背負い続けている」
「……」
「…〝恐れているのね〟……〝その呪い〟で…〝誰かを傷付ける〟事を」
彼女の言葉が、深く深く…俺を突く…誤魔化す事など出来やしない…彼女に、〝隠し事〟は出来無いらしい。
――パシッ――
「――分かっているなら…〝離れてくれ〟…アンタには、感謝している…俺は、アンタに救われた…命を拾われた」
ならば…俺も〝隠す事〟は止めにしよう。
「――その〝恩義〟には…報いよう……望むなら、俺は剣を手にしよう、地獄にだって赴こう…だが、止めろへカティア……〝俺を愛する事〟は…止めろ」
愛は俺には重すぎる…地の底からは、星の輝きは遠すぎる。
「…〝届かない夢は〟…〝ただ腐り落ちるだけ〟だ」
「……そう」
掴んでいた、彼女の手を離す……コレで、彼女も夢から覚めてくれるだろう。
「――〝残念〟ね、フロディ・オーガー」
「ッ――!?」
――ドサッ!――
へカティアの手が…俺の顔を掴み…目と鼻の先にへカティアの顔が迫る…その視線は、鋭く…捕食者の様にギラついた目には、俺の顔だけが映っていた。
「――貴方が幾ら否定しようと…貴方が幾ら拒絶しようと…〝私は貴方を愛している〟」
「――」
『例えどんな姿でも…〝私は貴方を愛している〟』
「――〝諦めろ〟」
「――〝諦めないわ〟…絶対に〝逃さない〟♪」
へカティアはそう言うと、俺から手を離し…水桶を持って近付く。
「さぁ、座って♪…綺麗にしてあげる」
「……」
そんな彼女に…俺はただ深く息を吐いた。
主人公とヒロインのイチャイチャタイムです…え?僕私の知ってるイチャイチャじゃないだって?…ハハハッ。




