王女の戯れ、或いは乙女のデート
今週の投稿。
――カチャッ――
「…休暇はどうだった?……って、聞くまでもないわね」
王城の庭園…その中で優美にティータイムを嗜む彼女の言葉に、俺は口を開く。
「――疲労は十分に癒えました…職務に支障は有りません」
「えぇ、そうね…身体の方はすっかり元気♪」
俺がそういうと、へカティアはそう言いながら此方へ近付き…俺の胸に触れ、囁くように言う。
「――でも〝心の方〟は…そうじゃないでしょう?」
「ッ…」
その目は怪しく光を帯び、その瞳に映る俺の姿は…まるでヒビ割れた鏡の様な痴態を晒していた…コレは、幻覚…では無いのだろう。
「――心配しないで、貴方を無理に動かせないようお父様にはしっかりと釘を差しておいたから…その代わりに、暫くは私と〝デート〟してもらいます♪」
そんな俺の鼻先を、へカティアは指で突くと…その顔を綻ばせ、そう告げた。
○●○●○●
――カッ…カッ…カッ…カッ…――
「――あ、リズ様!」
「――む?」
通路を進む、その先から己の名を呼ぶ声がする…その声に視線を向けると…彼方から第四騎士団の紋章を身に着けた兵士が此方へ駆けているのが見えた。
「お前は…?」
「はぁッ――ハッ、第四騎士団所属、〝アイベス〟です!…第四騎士団団長よりリズ殿へ伝報を頼まれ、御探ししていました!」
その兵士は私の目の前に立つと、ピシリと敬礼し…懐から一枚の手紙を取り出して私へ差し出す。
「ふむ、そうか…受け取ろう」
その手紙を手にし、私がそう言うと兵士は再度敬礼し踵を返す…その姿を見送ったあと、私はその手紙を見ながら軽く疑問を抱く。
(はて、第四騎士団から私に?…第四騎士団とは半年前の魔獣討伐以来関わりが無かった筈だが…直近の任務で何か有ったのか?)
そう考えながらも、一先ず中を改めようとその手紙の封を切り…中の文に目を通す…其処には。
「ッ……〝精霊からの頼み〟…フロディ殿に…成る程、クライツの奴が私に頼る訳だ」
〝リノベルトの白龍〟…その異名が直接知らされた訳では無いが…既に国王陛下の計らいによってフロディ殿が〝竜殺し〟を成した事は広く知られている…加えて彼自身の私生活を知る者は多く無い。
「一時的とは言え、彼と交友のある私に白羽の矢が立つのも頷ける」
とは言え…だ。
「彼が何処に居るのかは私にも分からないんだが…」
(特にへカティアが連れているとなれば尚の事足取りが掴めん)
私は、へカティア王女に連れられて王城の入口へ向かって行った彼の姿を思い出し…そう溜め息を吐く。
「……流石に日を跨いで何処かに行ったりは、しないと思いたいな」
しかし、へカティアが主となると……不安だ。
●○●○●○
「――ほらほらフロディ、屋台の串焼きよ!」
「いや…腹は空いてない」
「ねぇフロディ、貴方の服を買いましょう!」
「…不要だ、高価な服は気を使う」
「フロディフロディッ、彼処に猫が居るわ!」
「へカティア、あまり燥ぐと転ぶぞ」
活気溢れる王都を練り歩くへカティアにそう言いながら、俺は人混みを避けて歩く…燥ぎ、この街にある高級店と思わしき建造物に迷いなく進むへカティア…その度に事あるごとに俺へ何かを用意しようとするへカティアを諌め…そんな言葉を無視して財を惜しみなく消費するへカティアに、俺は何度目かも分からない溜め息を吐く。
「〜〜♪――やっぱり王都は良いわね…人が沢山いて、活気も有る…閑静な王城も好きだけど、偶には刺激が無いと♪」
「――お前が満足なら、それで構わないが…だが流石に買い過ぎだ…どれもこれも高級品…しかも俺への贈り物に、こんな金を注ぎ込むのはよせ…受け取るのは気が引ける」
「あら、気にしないでフロディ…〝未来の旦那様〟を飾りたいだけだもの♪…言っておくけど、絶対に受け取って貰うわよ?…これは〝命令〟だから♪」
「……勘弁してくれ」
そんな俺を尻目に、御機嫌に鼻歌を奏でる彼女の後ろを…俺は肩をすくませて着いていく。
――ジッ――
そんな俺達へ、街中の視線が向き始める…仕方が無い事だ。
――カチャンッ――
布とローブで誤魔化しているが、それなりの武装をした男と、偽装に庶民的な衣服を身に着けているのに、高級店だろうと何だろうと臆面なく進む美女…挙句買い物袋が幾つも付いてくれば、嫌でも視線は引いてしまうだろう。
『■■■■』
「……」
耳に捉える〝悪意を孕んだ企み〟の数々、小さくも、大きくも、等しく己等を害する試みに辟易とする…〝鎮圧〟は容易い事だ…しかし。
――チラッ――
群衆に紛れて、此方を覗く…〝子供達〟の目が…俺の気を更に重くする。
『――ッ!』
何時だって…子供の拒絶は、心を抉られるものだ…出来れば、そんな目で見られたくはない。
「ねぇ、フロディ――」
そんな風に、考え事を巡らせていると…不意にへカティアの声が耳に届く…その声に視線を向けると…へカティアが此方へ振り返り…何かを口にしようとしている最中だった。
「ッ――!」
そと姿を認めた時…俺の視線は、不意に彼女と彼女の周囲に生じた〝異常〟に向く…。
――バッ!――
「ッへカティア!」
群衆を飛び出し、〝小さな人影〟がへカティアへ迫る…体躯は小さく、色褪せボロボロなローブを身に着けたソレは、迷いなくへカティアに進みながらその手に鈍色に輝く〝ソレ〟をローブから覗かせる。
――ザッ!――
「ッ!?」
ソレを見た瞬間、持っていた荷物を落としてへカティアを此方に抱き寄せる…それも御構い無しに俺達へ短剣を振るう奴に、俺は相対し、短剣へ手を伸ばす…。
――ガッ!――
「ッ――なに…!?」
振るわれた短剣が、俺の手を浅く斬りつける…しかし、その刃は俺の手の肉を斬り裂くには至らず…手の中で勢いを失い、動かなくなる。
――バキンッ!――
一先ず、手の内に抑えた短剣を握り潰し…武器を奪う…己の矛を失った〝襲撃者〟は、想定外の事態に一瞬同様の声を上げたものの、直ぐに周囲の視線と、俺の目に我へ帰り…懐から何かが詰まった〝玉〟を幾つか取り出して此方へ投げつけると、地面に散らばる〝商品〟を幾つか掻っ攫い、その場から逃げ去っていく。
「〝目と口を閉じろ〟」
――ギュッ――
へカティアの口を押さえながらそう言うと、彼女は顔を赤くして目を閉じる…ソレと同時に投げ付けられた〝球体〟は俺の皮膚に触れ、その脆弱な殻を破ると白い粉塵を撒き散らし…俺達を包み込む。
「チッ…〝煙幕〟か」
(それにこの匂い…硫黄を練り込んでるな…鼻と目を潰したか)
一先ず、へカティアにそう害が無いと判断し…片腕で煙幕を振り払う…そして目を閉じ、〝足音〟を聞きながら…へカティアへ言う。
「一先ず荷物を何処かに預ける…下手人はそれから捜索する……兎も角、怪我は無いかへカティア」
「へ、は…はい…」
腕の中に居るへカティアは、少し呆然としながらも俺の言葉にそう返し…じっと俺を見詰める。
「良かった…具合が悪ければ言え、直ぐに治癒士の元に向かう…〝商品よりもへカティアの方が大事だ〟」
「ッ〜〜〜!?」
そんな彼女へ俺はそう言い…彼女を抱えて…慌ただしい群衆をかき分けて、その場を去った。




