眠れぬ夜
今週の投稿…ちょっと遅れたケド。
『ねぇお父さん!』
『ん?…どうしたんだナタリア…って、ソレは…?』
暗がりから…ずっと〝日の光〟を見ていたんだ…誰も寄り付かない、誰も近付かない…暗い小屋の細窓から…俺は…ただ、〝何でもない日常〟を…隠れて、眺めていた。
『猫ちゃん!――ねぇお父さん、私この子飼いたい!』
『え?…えぇっと………う〜ん、どうするかなぁ…』
燥ぐ娘と…迷う父…頼る子と、頼られる親…ただ、なんて事は無い…ただ、何処にでも有って……きっと…ずっと…ずっと昔に…俺の中にも有った〝記憶〟…今はもう……手に入る事の無い……〝家族の日常〟を……独り…羨んでいたんだ。
「……」
外から響く…眩しい言葉を聞きながら…俺は独り…投げ置かれた食料を口に運ぶ…。
保存食のパン、焼いただけの野菜と肉…塩の塊…組まれた水……〝冷たい日常〟…身体は寒くはない…でも…心は凍り付いた様に動かない…。
そんな…〝俺の日常〟を……〝夢に見た〟…。
「ッ……!」
ビクリと…身体が跳ねる……今尚脳にこびり付く…〝冷たい記憶〟が心を蝕む…空は暗く……人の気配は何処にも無い…。
「……眠るのは……〝無理〟だな」
自分の身体が、凍り付いた様に寝具に触れる事を拒む……俺の意思とは裏腹に…いや、無意識に…俺は眠りを嫌っているのだろう…棚の方へ向かい…何時もの〝薬〟を飲めば…俺の意思も希薄になって…眠れる筈だ。
――ガラッ――
「………あぁ……そう言えばさっき飲み干したか」
素寒貧な棚に数時間前の事を思い出す。
「……仕方が無い…買いに行こう」
この時間帯なら…まだやってる店がある筈だ……身体は重いが…仕方無い。
――ガチャッ――
なるべく眠る同僚達を起こさないよう兵舎の寮を出る…夜は風が冷え…頭がスッと冴えてくる…それは心地良くもあり――。
――ブワッ!――
「ッ……はぁ」
見たくもない〝現実〟を想起させても来る…。
――カッ…カッ…カッ…――
冷たい風が、身体を冷やす…暗闇は俺に纏わり付き…苦しい幻覚を見せて来るが…それでも、俺は〝夜〟は嫌いじゃない。
「……」
此処には〝目〟が無い…俺を恐れる目が、憎む目が無い…誰も俺を見向きせず…〝存在しない物〟として扱ってくれるから…。
〝不干渉の苦痛〟なら…もう、何も感じる事は無い…苦しむ傷は浅く済む。
――カッ…カッ…カッ…――
『―――ッ!!!』
暗闇を進む事暫くすれば…大通りに人の騒乱と明かりが見える…微かに香る美味そうな匂いと、酒の匂い…目当ての店は見つかったか。
――キィッ!――
「……すまない」
「いらっしゃい!」
入れば其処は、酒臭く騒ぐ酔っ払いと店の従業員の戦場…騒がしく、誰も彼も楽しげに笑い粗相をし、従業員に叱責されている。
「悪い……三等酒を5本欲しい…家の物を切らしてしまったんだ」
「分かりました、持ち帰りの三等酒ですね…味に好みは有りますか?」
「……いや、何でも良い…度数の強い奴なら」
「…分かりました、じゃあ今から御用意致しますね!――お父さんッ、〝一番強い三等酒5本持ち帰り〟!」
「応ッ!」
従業員の若い娘さんが入口の隣に立つ俺へそう言い、店の奥で包丁を振るう店主へ叫ぶ。
「それじゃ、此処で待たせるのも何だし席に座ってください」
「あぁ、いや…用が済めば直ぐに帰る……気にしなくて良い」
そう言い俺を席に案内しようとする娘に、俺はそう断りを入れる…しかし、何故か娘は俺の手を引き…席の方に引っ張って行く。
「そう言わずに、今日は少し冷えるでしょう?…冷たい風は足に悪いですから、ね?」
「いや…だが………いや…気遣いをありがとう」
その娘へ更に遠慮しようとするが、彼女の気遣いを無碍にするのも憚られ、俺は隅の席に腰を下ろし…注文の酒が来るのを待つ。
――コツッ!――
「はい、コレお通しとお酒…注文のお酒見繕うのにちょっと掛かるから…コレ食べて待ってて!」
「……あぁ、有難う」
そんな俺へ娘はそう言うと盆から小鉢に入ったツマミの一品と澄んだ色の酒の入ったジョッキを俺の前に起き…奥の方に掛けていく。
――ゴクッ――
「ッ……コレは…」
酒を一口飲めば、その質に驚く…ガツンと強い酒の味に、混じって鼻を抜ける果実の濃い香り…苦みの中から微かに感じられる甘さ…〝二等酒〟…いや、ソレよりももっと上等な物の筈だ。
「…」
久方振りに飲む、上質な酒に…思わず驚きつつも、ツマミの肉を掴み…食べる。
「……美味い」
肉の焼き加減が良い、硬くなりすぎない脂のノッた食感、舌触りに醤油の濃い味付けが良く合う。
「……」
食べて、飲み、また食べる……此処に来た目的を忘れて、この〝至福〟をゆっくりと味わう。
――コトッ――
気がつけば、三十分程…心地の良い喧騒と、美味いツマミと酒を味わい…過ごしていた。
「――御免なさい、〝三等酒5本〟…とびっきり強いお酒、持ってきました!」
「ッ……あぁ…有難う」
そして、俺が食べ終えたのを見計らってか従業員の娘が布に包まれた酒を持ってきて俺に手渡す…其処で、俺は此処に来た目的を思い出し、ソレを受け取り立ち上がる。
「……すまない、上等な酒と食事を振る舞ってもらって…金は払う」
そしてそう言い金を払おうと懐に手を伸ばしそう言うと、娘は俺を制止し言う。
「――いいえ、気にしないで下さい!…私が勝手に用意しただけだから!」
「……だが、アレは相当な代物だろう…タダでと言うのは気が引ける」
しかしその言葉に俺はそう返すと…娘はそれでも良いと食い下がる…そうして少しの間押し問答をしていると…不意に娘は俺へ提案する。
「――だったら、また来て色々と食べに来て下さい…もっと美味しいお酒も用意しとくので!」
「…」
「それなら、店の売り上げも良くなるし良い提案でしょ?」
「……そうか…それで良いのなら……次はちゃんと食べに来よう」
その提案を、俺は承諾すると…娘はニコリと笑って俺から安酒分の代金を受け取る。
「……有難う、また来る」
「はい、お待ちしてます!」
そう笑う…その娘の笑顔を…俺は一瞥し…店を出る…。
――カッ…カッ…カッ…――
「……」
『お待ちしてます!』
その言葉が耳に残る…あの表情…あの笑顔…あの、優しい目…瞼の裏に浮かぶ…その姿は――。
『お待ちしてますね、フロディさん!』
……かつて見た〝リリシア〟の…あの笑顔に良く似ていた。
――ズキッ――
「……不要な想像をしてしまったな」
痛む心臓に顔を歪ませながら…頭を降る…夜風は冷たく…少し膿んだ傷に触れてしまったが…それでも、ほんのりとだけ…苦しくない夢を…見ることは出来た…コレなら少しは寝付きが良くなりそうだ。




