下手人を捕縛せよ
――タッタッタッ!――
「――クソッ、どうなってんだ〝アイツ〟…!?」
(〝付与〟で強化されたナイフだぞ!?…岩位なら容易く斬り裂く刃を受けて、皮膚一枚だと!?)
路地裏を駆けながら、黒尽くめの男がそう言い…己のナイフを見つめ、歯噛みする。
「クソッ…あのハゲ爺、嵌めやがったな…!」
そして、その男が薄暗闇の更に深くへと身を潜めようとした…その時。
「〝見付けた〟」
「ッ――!?」
刹那、己の頭上から響くその声に…男の細胞は〝死〟を予感して強張り…己の眼前に〝ソレ〟は現れた。
――ドサッ!――
「――お前が〝下手人〟だな」
其処には、白髪の〝死神〟が…鎧を剥がれた状態で、此方を見据えていた…。
「ッ………あの女は放っておいて良いのかよ?」
「問題無い、既に王城に移送した」
「――クソッ、化物かよ…!」
(王城から此処まで往復したのか!?…この数分で…!)
――カッ…カッ…カッ…――
「鼻が潰されたから、探すのに手間取った…〝良い隠密〟だったぞ」
「……何で分かった?」
「戦友に、〝この手の知識〟に富んだ奴が居た……ソイツの知恵だ」
白髪の先から覗く…〝血の瞳〟…その瞳には、己がコレから辿るのだろう凄惨な末路が浮かび…そのどれもに映る、苦痛に歪んだ顔に、思わず後退る。
「……降参しろ…そうすれば〝苦しめない〟」
「ッ…ハッ…ハハッ、面白くもねぇジョークだな…テメェの顔は今にも俺をグチャグチャにしたいって面だぜ?」
「……そんなつもりは――」
二人の軽い問答、黒衣の男が放った言葉に…フロディの気が逸れた…その瞬間。
――ヒュンッ!――
黒衣の男が、その身から大量の〝暗器〟を射出し、フロディを狙う。
「ッ…!」
無数の投げナイフが迫る、その光景に対してフロディは…無造作に腕を振るい…迫り来る〝ナイフ〟を弾き飛ばす。
「ッ――消え…!?」
しかし、ナイフを弾いたフロディが視線を戻すと、其処にはもう黒衣の男は居らず、フロディの脳内に〝逃走〟の二文字が過る…しかし。
――ゾッ!――
「ッ――いや、後ろか…!?」
背後から発せられる〝殺意〟に…フロディが振り向こうとした瞬間、彼の身体に鈍い痛みが走る。
「チッ!」
――ブンッ!――
その痛みに、フロディは男へ拳を見舞う…しかし、その拳は寸での所で男に躱され、彼は己の横腹の傷に触れる…。
「…その〝ナイフ〟」
その腹には、衣服を汚す赤いシミと…傷口からジワジワと黒い痣が伸び、その身体を蝕んでいく。
「あぁ、あの特注品とはまた別口だ…此方は〝切り札〟…〝蟲姫の呪鋏〟…〝Sランク絶滅推奨種〟の鋏から作られた代物だ…悪く思わねぇでくれよ?」
己の手に握られた、禍々しい紫のナイフを鞘に収めながら男はそう言うと、俺へ身体を向けたまま…後ろへ下がっていく…。
「ソイツは常人が触れりゃ呪毒の痛みで発狂死、竜相手でも、一時間も有れば毒の効果で心臓が止まる代物だ…アンタが幾ら〝化物〟でも、毒性は変わらねぇ…楽に死にたきゃ首掻っ切って死にな」
「……〝毒〟か」
腹から侵食する毒の効能は凄まじく…男の体をジクジクと刺激し…その身体を黒い紋様で染めていく…ソレを聞いたフロディは、視線を落とし…そう呟くと…その瞬間。
――シュンッ――
黒衣の男の、すぐ目の前に〝肉薄〟した。
○●○●○●
「ッゥグ!?」
「――ッ、避けたのか…殺気を殺していた筈だが…目が良いんだな」
男の頬を、俺の手刀が掠める…爪先に付いた血が…男の頬を割いた事を物語る…しかし、後方へ飛び退いた男の身のこなしに、俺は思わず感嘆の声を上げる。
――ズキンッ!――
「ッ…痛いな」
「まッッじでどうなってんだテメェ……それだけ毒に侵されてんだろ…普通一歩だって歩けねぇっての…!」
身体は確かに〝苦痛〟を訴えている…それは、この紋様が這うに連れて増幅され…微かに腕が鈍る…コレが全身を覆ったなら…確かに竜とて無事ではないだろう…だが。
「――〝この程度の痛み〟なら…死ぬ前にお前を捕まえられる」
ただ肉体に刻まれるだけの苦痛なら…さしたる問題は無い。
――ダッ!――
一拍の静寂を引き裂いて、暗殺者へ肉薄する…徒手空拳を繰り出し、奴を捕らえようと画策する…しかし、当然相手も黙っちゃいない。
――ブンッ――
――ズォッ!――
――バキッ!――
振るう拳、回し蹴り、貫手…其れ等全ては、寸前で躱され、掠めるだけ…やはり、この暗殺者は〝強い〟…だからこそ。
「――〝俺一人〟なら、きっと負けていたな」
〝一番の脅威〟に意識が向いてしまう。
――カチャッ――
「動くな…動けば切る」
「ッ…あぁ、くそ…!」
何度目かの回避に、彼が大きく飛び退いた…その瞬間、彼の背後から伸びた〝剣〟が、男の首筋に触れ…暗闇から、〝リズ騎士団長〟が姿を見せる…彼女だけではない。
――カチャッ――
――ザッ…ゴソッ…――
彼女を筆頭に、彼女の部下達によって〝包囲網〟は敷かれ…隠れ潜んでいた騎士達が、続々とその気配を解き放つ。
「――やっちまった…この〝化物〟に意識を向け過ぎるあまりに……はぁ………〝降参〟だ」
そんな彼らを見て、暗殺者は戦意を喪失させたのだろう…己の握っていた紫のナイフを地面に放り捨て…両手を挙げる。
――ガクンッ!――
それと同時に、足の力が抜けそうになり蹌踉めく…痛みはもうかなり酷くなり…俺の呼吸も僅かに乱れ始めていた…。
「……フゥゥッ…ありがとう、リズ殿」
「――礼は良い…しかし、フロディ殿…貴殿のその身体…!」
「あんだけ派手に動きゃぁなぁ…毒の周りも早まるだろうよ」
「ッ黙れ…!」
リズ殿に拘束された男がそう言い、彼女に締め上げられる…俺は、そんな彼の懐を探り…二人へ言う。
「〝問題無い〟…これ程の代物を扱うんだ…当然備えの1つや2つ用意しているだろう……〝一流の暗殺者〟なら、尚更その辺りを疎かにする筈がない…有った」
そして、男の腰の小さな〝ホルスター〟から、白い薬瓶を1つ取り出すと、ソレを飲み込む。
――ジュウゥゥゥゥッ――
すると、身体に染み付いた黒い痣が燃え上がる様な熱と共に剥がれ落ち…一呼吸落ち着かせると、身体は元の〝軽さ〟を取り戻す。
「……ふぅ…一先ず彼を尋問して情報を引き出すか…リズ殿…尋問は、任せても良いだろうか」
「勿論だ…総員帰還するぞ!」
「「「「「了解!」」」」」
そして、苦痛の取れた吐息を吐き出しそう言うと…〝下手人の捕縛劇〟は幕を閉じた。




