紗月
放課後教室に残って零は紗月の宿題を手伝っていた。
「零数学得意だよね。羨ましい。」
紗月はノートに向かってうんうん唸っていた。
「紗月これ苦手なのか。」
「うんもう壊滅的。小学生の頃からずっと。」
紗月はペンを置いて伸びをした。
「実はね小三の時の担任の先生が算数すごく丁寧に教えてくれる人でね。私が居残りで泣きそうになってても絶対に見捨てないでくれたの。」
「それで数学得意になったのか?」
「ならなかった。」
紗月はあっさりと言って笑った。
「でもその先生みたいになりたいってずっと思ってる。だから将来は小学校の先生になりたいんだ。」
零は少し驚いた。紗月の将来の夢を初めてはっきりと聞いた気がした。
「なんとなく紗月向いてる気がする。」
「そう? みんなの前ではしっかり者っぽくしてるけど実は家では結構ポンコツなんだよ。」
「弟の面倒見るのも下手だし。」
「弟いたのか。」
「うん五個下の。樹っていうんだけど生意気でさ。でも可愛いんだよねこれが。」
紗月はそう言ってスマートフォンの待ち受け画面を見せた。小学生くらいの男の子がピースサインをしている写真だった。
「あと犬苦手。」
「意外だな。」
「小さい時近所の犬に追いかけられてから駄目なの。今でも大きい犬見ると固まっちゃう。」
「それと方向音痴。」
「えそうなのか?」
「初めて行く場所だとほぼ確実に迷う。この前も駅の反対出口から出て三十分くらい逆方向に歩いてた。」
「よく無事に着いたな。」
「零に電話して泣きそうになりながら道案内してもらったの覚えてない?」
「……覚えてない。」
「まあそうだよね。」
紗月は少し寂しそうに笑ってそれから続けた。
「あと朝本当に弱いの。中学の頃遅刻ギリギリでいつも走ってた。」
「そういえば初日も寝坊した俺のこと怒ってたな。」
「あれは零が悪い。私はちゃんと早起きしようと頑張ってはいるの。」
「頑張ってるだけで成功はしてないんだな。」
「うるさい。」
紗月は頬を膨らませた。
「あとこれはちょっと言いたくないんだけど……。」
紗月が急に声を潜めた。
「実は結構嫉妬深い。」
「……そうなのか。」
「この前零が由紀さんと楽しそうに話してるの見て地味にへこんでた。」
「えそんなことで?」
「そんなことでって言うな。乙女心は複雑なの。」
紗月は少し拗ねたように唇を尖らせた。
零はその表情に思わず笑ってしまった。
「なんだよ笑うなよ。」
「いや……可愛いなと思って。」
思わず口をついて出た言葉に零自身が一番驚いた。
紗月の顔がみるみる赤くなっていく。
「……ばか。」
紗月はそっぽを向いたがその口元は隠しきれない笑みで緩んでいた。
紗月は恥ずかしそうに笑った。
「弟の話も犬の話も初めて聞いた。」
「そう? 零あんまり自分から私のこと聞いてこないから。」
「今度からもっと聞くよ。」
零がそう言うと紗月は少し照れたように微笑んだ。
「じゃあ今度樹にも会わせてあげる。」
「懐いてくれるといいけど。」
「大丈夫零のことは話してあるから。」
その一言に零の胸がじんわりと温かくなった。
優しくて人気者でいつも笑っている紗月。
その裏に算数が苦手で方向音痴で朝に弱くて少し嫉妬深くて弟を溺愛していて犬が怖い一人の等身大の紗月がいる。
零はその全部をこれからももっと知っていきたいと強く思った。




