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迷い

昼休み廊下を歩いていると前を歩いていた同級生が階段で足を滑らせた。


 零の目の前でその体が大きく傾く。


 ――助けなきゃ。


 体が反射的に動きかけた。


 だがその一瞬頭の隅で別の声が囁いた。


 ――もしこれでまた誰かが死んだら。


 紗月を助けたときのこと篠原香織のことが頭をよぎった。


 迷いがコンマ数秒零の体を硬直させた。


 結局同級生は階段の手すりをとっさに摑み大事には至らなかった。


 尻もちをついただけで笑いながら立ち上がっている。


「あーびっくりした。」


 周りの生徒たちも笑いながらその様子を見ていた。


 零だけがその場に立ち尽くしていた。


 手のひらに嫌な汗が滲んでいた。


 ――今俺は助けようとしなかった。


 結果的に何も起きなかった。それでもあの一瞬自分の中に生まれた「躊躇い」を零ははっきりと自覚していた。


 誰かを助けることに初めて恐怖を覚えた瞬間だった。


 まだ規則が本当に存在するのか確信は持てていない。それでもその可能性だけで自分の体がこれほどまでに竦んでしまう。


 零はその日一日自分の中に芽生えたその小さな迷いのことをずっと考え続けていた。

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