第九話「闇影のマント」
受け取ったのは、襟元に菫色のリボンを飾った、黒いマントだった。だったと言うのは、さっきまではと言う事である。
トルソに纏わせて繕いの作業をしている間に、肘丈だったはずの生地が、異様に長くなっていた。
部屋の物陰に溶け込むようになっている、マントの縁を探ってみると、布めいた質感の物を掴めた。
その感触を上に辿って行くと、依頼品の襟元に辿り着く。
反対側に辿って行くと、こつんと指が床に接した。引いてみても、裾は影の中に溶け込んだまま、端が出てこない。
トルソから外して、影を引きずるように作業台に乗せてみた。
依頼品の肩を叩く。
途端に、それは細かい破片に分裂した。
散らばった影が滲むように広がり、目の前が黒く染まって行った。
其処は河を望む真っ暗な森の一角に成っていた。空には星がある。
水辺で、衣服を洗っている者がいる。黒いローブを着た、老婆のように見えた。
エミルは目を凝らした。
その老婆が洗っているのは、菫色のリボンを襟元に飾った、黒いマントだ。
黙ってその様子を見ていると、老婆は布を絞り、水を切るように、ばさりと振って生地を広げた。
マントは、河の向こうまで広がっているのではないかと思わせる広さで、空の星屑を隠す。
ふわりと老婆の手元に戻って来た黒い布地には、銀色の星屑が集まっていた。
ハッとすると、エミルは店の中に戻って来ていた。作業台の上の品は、元の肘丈の物に戻っている。
頭で理解する前に、エミルは成さねばならない事を知った。このマントの「ほつれ」には、銀色の糸での刺繍が必要なのだ。
その仕事には、一週間のほとんどを必要とした。
翌週に商品を受け取りに来たのは、顔色の悪い老人だった。
その人物の書いたはずの伝票を取り出し、受け取りのサインを求める。
老人は、震える手でペンを操り、何かしらの文字を書いた。
その文字と、注文時のサインを見比べる。
エミルは何も質問はしない。
「デア・トート様。お品物です」と言って、星屑の刺繍が施された、菫色のリボンのマントを、綺麗に畳んで差し出す。
老人はマントを撫で、満足したように頷いた。
早速、それを羽織り、リボンを結ぶ。それから老人は、「肩を叩いてくれ」と申しつけた。
エミルは言われた通りに、老人の肩をポンポンと叩く。
瞬く間に、その姿は黒く膨張し、闇に変わると同時に霧散した。
老人の立っていた後には、星屑ほどの銀貨が残っていた。
どうやらエミルは、死神の満足する仕事が出来たらしい。




