第八話「薔薇のようなあなたの・下」
修復された帽子が、作業台の上に乗っている。
エミルは、その側面を叩いた。
帽子が宙に浮き、ベンチに掛けている人物が被っている位置で止まる。木漏れ日が注いでいる。
木の棒が打ち合う音と、少年達の歓声が聞こえた。
「エミル」と、帽子の持主の声がする。「何故、打ち合いに参加しないんだ?」
幼い声が返す。
「指を怪我すると、練習が出来ないから」
「何の練習を?」
「裁縫」
「へぇ」
「おばあ様が教えてくれるの。貴方は、自分の才能を磨きなさいって」
「『美才』を磨く事は、有意義な事だよ。美しさと言うのは、平和の世界の武器だからね」
「ウェーバー様は、『平和の世界』が続くと思う?」
「続いてくれたら良いね。私も、若い頃の戦争で脚を傷めたが。この右脚は、『有意義な勲章』だと思っているよ」
「勲章?」
「ああ。『自分の誇り』と成って後に残る物を、勲章って呼ぶんだ。君の作り出す『美才』も、何時か数々の『勲章』となるだろう。
君の体には、騎士の血と魂が流れている。誰に与えられるものでなくても、君の『勲章』を作り続けなさい」
「はい」
遠くから少年達が駆け寄る音が聞こえて来た。
「すごいんだ。アーデルが、ディートの突きをいなしたんだ!」と、幼い少年は興奮して言う。
「ディートは立場が無いな」と、他の子も、分かって居ない言葉を使う。「フォン・アルマの名前が泣くよ!」
遠くでは、まだ打ち合いの音がする。
紳士は明るく、「一戦を制しても、次は分からない」と、少年達に声をかけた。
それを見た青年アーデルベルトは、息を飲んで、目を閉じた。
「そうだ。あの頃は夏だった。お爺様が、まだ生きていていた。ディートフリートに、一回だけ勝ったんだ。あいつの猛烈な突きを、全ていなしてやった。その事を、私は、ずっと、鼻にかけていたな」
「貴方は、兄と仲が良かった」と、エミルは言う。
青年は否定した。「嫉妬して居たんだ。私が騎士の家に生まれなかった事を。だから、必要もない剣技を鍛えて……。今では、唯の商家の息子だ」
「唯のじゃない」
そう言いながら、エミルは作業台の上の帽子を手に取る。
「世界一の織物問屋じゃないか。その勲章を受け継げば良い」
そう言って帽子を青年に差し出した。
青年は帽子を見つめ、視線を上げると、「そうだな」と、受け取った。
ウェーバー商会は、その後も精力的に発展し、良質な織物を世界に送り出すようになる。
エミルも、その恩恵に預かっている一人なのは、また別の話。




