第五話「風を纏う歌声」
擦り切れたショールが、トルソに纏わせられた。胸元をピンでとめ、全体を見る。
ほつれを直す時に刺繍をしてくれと依頼された。
「とびっきり豪華にしてしまって良いから」と。
それなら十八世の貴族もビックリするくらいの、緻密な刺繡を施しましょう。
エミルは意気込んで、金銀の色糸を用意した。
紫色のショールに、金の色糸はよく栄えた。銀の色糸も、金と紫の間を纏めてくれる。
刺繍が出来上がってから、何時も通りに作業台に乗せ、布地を叩いた。
ショールは、誰かが肩にかけている形に持ち上がった。胸元に襞を寄せてピンで止めている。
その形のまま、ゆっくりと揺れる。安楽椅子に座っているのだろう。
老婆の、細い歌声が聞こえた。
特別な事が起こるわけではないが、エミルはその歌が気に入った。
片付けの間に聞いて居ようと思い、床の掃き掃除を始めた。
老婆の声が止んで、エミルはショールの方を見た。
ショールは、別の形になっている。赤子のおくるみのような形に。
別の女性の声が、さっきの老婆と同じ歌を歌っている。
暫くすると、再びショールの形が変わった。小さな子供が頭から被っているような形に。
その子供も、先の人物達が歌って居たのと、同じ歌を歌っていた。
やがてショールは折り畳まれた。
それで記憶は終わりかと思ったが、声が聞こえた。
「このショール、シルクだわ!」
エミルには聞き覚えのある少女の声だった。
「私、これ、もらって良い?」
「おばあの使っていたショールよ?」と、さっきのお包みに歌を聞かせていた女性の声がする。
少女の声は答える。
「大丈夫。全然古臭くない。少しほころんでるけど、直せば良いもの」
「貴女、お裁縫できないじゃない」
「大丈夫だって。友達が、『繕い屋』をやってるから。其処に頼んで来る」
どのように、このショールがエミルの下に来たのかは分かった。
一応は友人である、ファルベが商品を受け取りに来た。
刺繍の施されたショールを見て、目を輝かせる。
「素敵! それで、お代はいかほど?」
「そうだね。刺繍代がほとんどだから、特別料金がかかるよ」
それを聞いて、ファルベは顔を緊張させた。
エミルは頭を傾げ、優しく要求する。
「君が小さい頃に聞いてた、子守歌を歌ってくれない?」
ファルベは溜息をついてから、「大した歌じゃないよ?」と言って、最初は鼻歌で旋律を思い出し、次に歌詞をつけて唱え始めた。
エミルは目を閉じ、その声に聞き入る。
風の精霊が歌う様を思い浮かべながら。




