第四話「緑色のミトン」
子供用の小さなミトンが、雪を手に掴み、握る仕草をする。
コツンッという音が鳴り、ミトンの片手が上に持ち上げられた。
頭を撫でると、指先に赤黒いシミがついた。
ミトンは空中を掻いた。恐らく、身を守ろうとして。
「痛い! 痛い! やめて!」と、少年は声を張り上げた。
ガツンッと言う一撃がある。
ミトンは、目の辺りを押さえようとしてから、体が倒れる動作に続いて行った。
「仕留めた!」と、別の少年の声がする。
「ハンス坊や。礫玉は美味しかったか?」と、また別の声。
「何とか言えよ」
「あ。こいつ、目が……」
ハンス少年を取り囲んでいた子供達は、怯えたような息を吐き、一斉に逃げ出した。
今回の仕事は、ミトンについたシミを消し、毛糸のほつれを直す事。
何が原因のシミなのか探っていたエミルは、言いようのない嫌悪感を覚えた。
静かに息をし、沸き上がろうとする感情と記憶を、心の中に押し留める。
乾いた血液のシミは、完全には落とせない。部分的に切り取って、同じ色の毛糸で編み直す必要がある。
エミルは鋏と針を取り出した。
ミトンを受け取りに来たのは、壮年の男性だった。片目の色が少し白っぽい。
「ハンス・バルテン様ですね?」と、エミルは確認した。
「はい」と答えた男性は、ミトンを見て頬笑みを浮かべる。「綺麗に直ってる。ありがとうございます」
そう言う彼の首筋には、古い痣が残っていた。
エミルは手元に残った「シミの残る毛糸」を、作業台に乗せて指先でつついた。
ハンス少年と、誰かの会話が聞こえる。
「力を持っている事を、怨んじゃいけないよ?」と、その人は言う。
「うん」と、ハンス少年の声。
「その力は、神様がくれたんだ。でも、その呼び方が分からないから、みんな『魔力』って呼んで、怖がっちゃうんだ」
「うん」
「何時か、その力で、誰かを助けられる時が来る。それまでの辛抱さ」
少年は「うん」と素直に答えた。
バルテン氏が、何故「嫌な思い出の品」であるはずのミトンを直しに来たのか、分かった気がした。
助けてくれた人に言い聞かされた言葉を、今でも大切にしているからだ。
依頼の時に書いてもらった書類を読むと、彼の職業は「治療師」であると言う。
何時か、その力で誰かを助けると言う事が、彼の人生の指針に成って居たのだろう。
エミルは窓の鎧戸を開ける。
人々の靴音と話し声、木立を揺らす音と共に、一陣の風が店内に舞い込んだ。
ふわりと空気をはらんだ、その袖口には、古い痣が滲んでいた。




