第三話「ラウンド・ガウン」
何かが焼けこげる時の、灰の臭気を感じた。
ラウンド・ガウンは袖を上に向け、うずくまるような姿勢を取る。
それから間もなく、服は「着ていた誰かが消滅したように」、くしゃりと床に落ちた。
「術」が切れる前に服が輪郭を失った事を、エミルは見抜いていた。
夜も深く。その服を受け取りに来た男性に、「奥様は、何時?」と尋ねてみた。
「何の事でしょう?」と、男性はとぼける。
エミルは口調を穏やかに、囁くように声をかけた。
「誰にも話しはしません。その服の最後の主人が、『消滅してしまった』理由が知りたいのです」
男性は、一度目をつむった。それから、振り絞るように、「十八世紀の終わりでした」と答えてくれた。
彼等は、世に隠れて生きている「闇の者」であると言う。
「ヴァンパイアと言う名を、聞いた事がありますか?」
「はい。伝説の中に出てくる、食事として血液を欲する方々の事ですね?」
男性は、穏やかに笑んだ。
「貴方は、優しい言葉を選んでくれる人だ。私達が『生血を飲む』と言うと、『殺人鬼だ』と決めつける者も多いですから」
「貴方は、お食事は?」
「私は、牛の血を飲んでいます。妻が『刑』に処されてから、ずっと」
その答えを聞いてから、エミルは受付カウンターの横にある椅子を、手で示した。
「どうぞ。お掛け下さい」
「長居をしては、ご迷惑では?」と、男性は首をかしげる。
エミルは外に出ると、返し看板を「閉店」にした。
内鍵をかけ、カーテンを閉める。
「これで今日の仕事は終わりです」
服に刻まれた記憶は、エミルに「死の直前」を伝えてきたが、それはきっと、夫と話をしてほしいと言うサインだったのだろう。
その証拠に、男性の受け取った衣服には、まだ「記憶の断片」が残っている。
エミルは、男性に「掛けたまま、動かないで下さい」と注意してから、もう一度、ドレスを作業台に置き、服の肩を叩いた。
天使を見たように、男性の眼が大きく開かれる。
女性が両手を前に組んで立って居るような姿勢で、ドレスが持ち上がったのだ。
「ヘルムート」と、女性の声が聞こえた。
「アンナ」と、夫は目に涙を浮かべ、妻の記憶に見入る。
「側にいるわ」と、女性は言う。「今も、これからも」
「アンナ……」と、夫は声を詰まらせた。
彼の眼には、妻の微笑む顔が見えていたのだろう。
畳み直した服を受け取り、ヘルムートは店を後にした。
「ありがとうございます。貴方とこの店に会えて、本当に良かった」
そう言葉を残して。




