第二話「エナメルの靴」
皮の表面を樹脂でコーティングした物を、エナメルと呼ぶ。
子供用の、エナメルのローファーを「仕事」として持ってこられたエミルは、顔を曇らせた。
「革製品は、手袋以外、専門外」と、断ろうとすると、警官達は「緊急を要する事なんだ」と述べてきた。
「何処を直せと? 中敷きも綺麗なようだけど?」
そう言い返すと、「これは、数日前に行方不明に成った少女の、遺留品だ」との事である。
最初から、エミルの「魔法」を当てにしてきたのだ。
エミルは、「見世物になる気はない」と、あくまで牽制する。
警官達は懇願する。
「私達は店の外に出る。その間に、どうか何等かの情報を」と。
「カーテンも閉め切るけど、それで良いなら?」
「了解した。頼んだよ」
そうやり取りをして、言葉通りに、警官達が外に出た後のカーテンを閉め切った。
覗き見をされないように、内鍵も閉めた。
それから、エミルは依頼品の靴底を綺麗に拭いて、作業台の上に乗せ、ポンポンッと靴の側面を叩いた。
揃えられていた靴は、一歩二歩と歩き始める。おしとやかに、爪先で歩いている。
しかし、誰か大人に連れられているらしく、相手の歩調に合わせる、せかせした緩急があった。
靴の周りから、特有の煙のにおいが立ち込めてくる。
ふわり、と靴が宙に浮く。どうやら、抱え上げられたらしい。
片足を掴むように持ち上げられている様で、左側の靴の表面が凹んでいた。
その靴の表面に映った影を見て、エミルは、ふーっとため息をついた。
左の頬に切り傷のある、上背の高い、歯並びの悪い男。安いシガレットを吸っている。片腕で子供を抱え上げられるくらいの、腕力のある人物。恐らくは、かつて船乗りだった者だろう。
その情報を与えると、警官達は、慌ただしく署に還ろうとしてしまった。
エミルは「忘れ物!」と声をかけ、専門外の靴をつき返した。
誘拐犯は、とある富豪の家に身代金を請求する前に、逮捕された。
靴を脱がせた理由としては、「さらった時の服装をさせていると、すぐに見つけられてしまうから」だと言う。
保護された時の少女は、貧民街の子供のような服装をさせられ、足には木靴を履かされていた。
捜査の進展をもたらしたのは、ボニファーツ・バルツァー警部の鋭い眼力によるものであると、伝聞紙は報じる。
確かに、彼は幸福な人物だろう。眼力とやらを得なくても、情報を得る手段を覚えたのだから。
エミルは、女王陛下から届いた手紙を横目に、情報漏洩を心の中で詰った。




