第四十三話「花瓶に咲く花 4」
ディーターが、刺殺事件の犯人として捕まった。
彼はわざわざ、隣町の劇場の控室に足を運び、レナータの悪評を吹聴しようとした。
「あいつは俺に執着がある。演劇を続けているのが、その証だ。あいつが親の七光りで、このまま主役を演じるのは、この劇場の名折れになる」と、言い出したと言う。
反論した男性劇団員と揉みあいになり、ディーターは控室に用意されていた果物ナイフを手に取って、相手を刺した。
その現場を見ていた女性劇団員も刺し、ディーターは凶器を持ったまま逃げた。
レナータは、物陰からその様子を目撃していたが、ディーターへの恐怖から、真実を言い出せず、そのまま劇場を後にした。
その後、エミルの住んでいる町と、隣町をつなぐ橋の上から、身を投げたのだ。
エミルは、そこまでの経緯を記し、住所を書かないまま警察署に情報を投書した。
消印から、最寄りの郵便局が分かる事を警戒し、わざわざ三つ隣の町の郵便局まで、出向いたくらいだ。
眼力警部は、その町の何処かにエミルが居ないか、細かく探し回って居るらしい。
そんなわけで、エミルは、彼なりにレナータの敵が討てたと、納得して居た。
だが、レナータの残したハンカチーフから読み取れたのは、事件のあらましだけでは無かった。
「だいぶ強い念を込めるけど、これで本当に良いの?」と、何時か聞いた声が言う。
「はい。私、大分、臆病者だから」と、レナータの声。「必死に戦おうとしないと、舞台になんて上がれない」
「貴女が舞台に立つのは、親御さんの意向?」
「ええ。娘を役者にするために、劇場を作ったんだって、毎日言い聞かされていました」
「そう……。だけど、もしもよ? 貴女が、逃げ出したいと思った時に、この護符は『呪い』になってしまうかも知れない」
術師のその言葉を聞いて、レナータの声は答えた。
「覚悟は、あります」
護符を作った術師の声には、確かに聞き覚えがある。以前の店舗に来たことのある、「賢い女性」の、ベネディクタだ。
今回の件について、彼女を責める事も出来ないだろう。
レナータは、呪いになる事を知って居ながら、護符を作る事を許可したのだから。
劇場の使用人としての、エミルの生活は、相も変わらずである。
伝聞紙で、レナータが身を投げた河から、彼女の遺体は見つからなかった、と言う記事を読んだ。
もし、何処かで彼女が生きているなら、今度こそ、心の平安を得られる人生を生きてほしいと、エミルは些末に思うのであった。




